パッションピンクは眠れない(全年齢版)
マカロフと思っていたが実際はPMMだった。マカロフを複列弾倉化して火力増強を図ったモデルだ。装弾数が8発から12発に増えただけでそれ以外には全く改良も発展もしていないマカロフのバリエーション。
「!」
「野郎!」
銃声を聞きつけて走ってきていたイングラムの男が怒鳴りながら引き金を引く。
「……きゃっ!」
貴子は9mm弾が直撃して弾けたPMMを捨てて脱兎の如くジグザグを描きながら階下に走った。PMMの弾倉も捨てる。
イングラムの男は乱射しながら貴子を追う。
壁、床、天井を9mmが無差別にミシンに似た跡を刻む。
「くっ!」
甲高い金属音と供に銃撃が止んだ。
ローファーに急ブレーキをかけて踵を返すと同時にしゃがんでスコーピオンを片付けする。6m先で空薬莢を噛んで固くなったボルトを引いて排莢しようとしているイングラムの男に銃口を向けた。
男の目とスコーピオンの銃口が合う。
貴子の右親指が閃いてセレクターがフルオートに切り替えられた。
男の目玉が眼窩から食み出んばかりに見開いた。
刹那。
イングラムより軽快な発砲音が短く唸り、イングラムの男の頭部が爆薬を仕込んでいたように破裂した。後ろの壁や天井に灰色と赤が混じった砕けた豆腐状の内蔵物を噴き出して仰向けに倒れた。
「……」
貴子の人差し指はマガジンキャッチを押して短いバナナマガジンを落とし、左手で腹に差した20連発弾倉を抜いて叩き込んだ。
頼もしい20連弾倉が嵌め込まれる感触。
久々の鉄火場に体が悦びつつある。
――――うーん。久し振り……。
――――偶にはいいかも!
心までもが躍りだす。耳元を掠める銃弾も良いBGMだ。仕事抜きで暴れまわるのも良いかもしれない。
FNハイパワーから吐き出された9mm弾が貴子の左上腕の肉を少し削いでも、それですら快感に置き換わってしまう。それほど昂っていた。
スリルに溺れる熱い瞳が火箸を押し付けられたような感覚をもたらす傷口を見る。
深い擦過傷から赤い大粒の真珠が湧き出るように溢れる。
被弾して破れたセーラー服の大きく開いた布地から見える玉肌の瑕。肌理の細かい白い肌から手首に向かって落ちる健康的な鮮血。
「ふんっ……痛いじゃない!」
「……」
貴子の体が大きく反応する。
FNハイパワーを握って怒鳴り声を挙げている男が目前5mで遮蔽物の陰で構える。
命の危機。
頭が研ぎ澄まされながらも胸が熱くなる『酩酊感』。
「銃を下ろせ!」
FNハイパワーの男が貴子の顔面に銃口をサイティングした!
彼は何事か大声で叫びながらガク引きを繰り返す。銃弾が虚しく空を切って貴子の脇や頭上を過ぎていく。
「そんなんじゃ、当らないよ……」
猛禽の眼光を瞬時にして取り戻した貴子は、右腕をビシッと伸ばし、スコーピオンの銃口を男が隠れる遮蔽物の壁に向けてフルオートで引き絞る。
壁を削り、粉塵が舞う。空薬莢が床や壁に無秩序に跳ね返る音と大型の羽虫が羽ばたくのに似た音が交差する。
最後の空薬莢が壁に当たり、ボルトが軽い音を立ててブリーチレールを叩いたまま沈黙した。
体が覚えた癖で、人差し指が滑らかに動きマガジンキャッチを押して空弾倉が床に落ちる。
「ふう……」
漸く、一時の安堵を手に入れた。
「……さて」
事務所内で自分が駆けずり回ってきた箇所を拾った箒や男達の遺体から奪った防寒手袋で自分の痕跡を掃いたり拭いたりする。
出来るだけ自分が此処に居た事を消すためだ。気温の低さも相まって、心を燃やしていた鉄火場の熱気も潮が引くように冷めていく。
「ん……」
自分が作ったばかりの頭部が無い男の死体を見る。
湯気が立つ男の破壊された頭部跡から目が離せない。
――――んー。ゆっくり堪能してる時間なんてないよね……。
これだけ死体の山を築いておきながらじっくり愛でる事が出来ない不満が悶々と貴子の心を引き摺った。
乾いた唇を舌で湿らせると
「リップクリームが欲しい」
と呟いて作業を再開した。
汗の玉が額に浮くほど痕跡を消すための掃除をした。下半身が丸出しなのに気がつくのは少し後だった。
貴子はどこかで聞き慣れた電子音が鳴っているのに気が付いた。自分の携帯電話の着メロだ。
少し寒さに震える体を摩りながら音源を捜す。心なしか少し小走り。寒いものは寒い。
音源は、最後に屠ったFNハイパワーの男の内ポケットだった。携帯電話を取り出す。
白い息を吐きながら太腿同士を擦りつけて、鳴り止まない携帯電話の通話ボタンを押す。
「お嬢様! 今、どこですか? お怪我は?」
真田が半分怒鳴り声で捲くし立てる。
寒さが身に凍みている貴子は真田の声に軽い頭痛を覚えながらも、少し垂れてきた洟を啜りながら喋り出した。
「真田ぁ……っくしゅん…寒いよぉ……」
「え?」
電話の向こうで状況が掴めず悩む真田だが、咳払いをすると貴子を案ずる事だけに徹した。
「……今からお迎えに参ります。オヤジには『この件についてのお嬢様のコト』は黙っておきますので、できるだけの情報を下さい。お怪我は? 寒くないですか? そっちの番格と話させて下さい」
「殺した。んーそれと、左腕、タマが掠って血が出てる。ちょっと冷えてきた……」
「怪我ぁ? 殺したぁ?」
呆れ返っていいやら案じていいやら頭の中が忙しくなってきた真田。
その間に事務所内を歩き回りながら、大して乾いていないスカートを回収してスコーピオンを太腿に吊り下げてから穿く。
「ははっ。真田ぁ……私が帰ったらあっためてよね」
「兎に角、派手に動いたら公安が付いてくるので俺一人でお迎えに上がります。何か欲しいモノは?」
「あったかーいミルクティー。自動販売機で買ってきて……へへ」
ワンボックスカーまで来ると鍵の掛かっていないスライドドアを開けて鞄とコートを回収した。
これで敵と応戦しつつ回収品は全て手の中。後は逃走するだけ。
「南埠頭の1号南灯で待ってる。早く迎えに来て」
「!」
「野郎!」
銃声を聞きつけて走ってきていたイングラムの男が怒鳴りながら引き金を引く。
「……きゃっ!」
貴子は9mm弾が直撃して弾けたPMMを捨てて脱兎の如くジグザグを描きながら階下に走った。PMMの弾倉も捨てる。
イングラムの男は乱射しながら貴子を追う。
壁、床、天井を9mmが無差別にミシンに似た跡を刻む。
「くっ!」
甲高い金属音と供に銃撃が止んだ。
ローファーに急ブレーキをかけて踵を返すと同時にしゃがんでスコーピオンを片付けする。6m先で空薬莢を噛んで固くなったボルトを引いて排莢しようとしているイングラムの男に銃口を向けた。
男の目とスコーピオンの銃口が合う。
貴子の右親指が閃いてセレクターがフルオートに切り替えられた。
男の目玉が眼窩から食み出んばかりに見開いた。
刹那。
イングラムより軽快な発砲音が短く唸り、イングラムの男の頭部が爆薬を仕込んでいたように破裂した。後ろの壁や天井に灰色と赤が混じった砕けた豆腐状の内蔵物を噴き出して仰向けに倒れた。
「……」
貴子の人差し指はマガジンキャッチを押して短いバナナマガジンを落とし、左手で腹に差した20連発弾倉を抜いて叩き込んだ。
頼もしい20連弾倉が嵌め込まれる感触。
久々の鉄火場に体が悦びつつある。
――――うーん。久し振り……。
――――偶にはいいかも!
心までもが躍りだす。耳元を掠める銃弾も良いBGMだ。仕事抜きで暴れまわるのも良いかもしれない。
FNハイパワーから吐き出された9mm弾が貴子の左上腕の肉を少し削いでも、それですら快感に置き換わってしまう。それほど昂っていた。
スリルに溺れる熱い瞳が火箸を押し付けられたような感覚をもたらす傷口を見る。
深い擦過傷から赤い大粒の真珠が湧き出るように溢れる。
被弾して破れたセーラー服の大きく開いた布地から見える玉肌の瑕。肌理の細かい白い肌から手首に向かって落ちる健康的な鮮血。
「ふんっ……痛いじゃない!」
「……」
貴子の体が大きく反応する。
FNハイパワーを握って怒鳴り声を挙げている男が目前5mで遮蔽物の陰で構える。
命の危機。
頭が研ぎ澄まされながらも胸が熱くなる『酩酊感』。
「銃を下ろせ!」
FNハイパワーの男が貴子の顔面に銃口をサイティングした!
彼は何事か大声で叫びながらガク引きを繰り返す。銃弾が虚しく空を切って貴子の脇や頭上を過ぎていく。
「そんなんじゃ、当らないよ……」
猛禽の眼光を瞬時にして取り戻した貴子は、右腕をビシッと伸ばし、スコーピオンの銃口を男が隠れる遮蔽物の壁に向けてフルオートで引き絞る。
壁を削り、粉塵が舞う。空薬莢が床や壁に無秩序に跳ね返る音と大型の羽虫が羽ばたくのに似た音が交差する。
最後の空薬莢が壁に当たり、ボルトが軽い音を立ててブリーチレールを叩いたまま沈黙した。
体が覚えた癖で、人差し指が滑らかに動きマガジンキャッチを押して空弾倉が床に落ちる。
「ふう……」
漸く、一時の安堵を手に入れた。
「……さて」
事務所内で自分が駆けずり回ってきた箇所を拾った箒や男達の遺体から奪った防寒手袋で自分の痕跡を掃いたり拭いたりする。
出来るだけ自分が此処に居た事を消すためだ。気温の低さも相まって、心を燃やしていた鉄火場の熱気も潮が引くように冷めていく。
「ん……」
自分が作ったばかりの頭部が無い男の死体を見る。
湯気が立つ男の破壊された頭部跡から目が離せない。
――――んー。ゆっくり堪能してる時間なんてないよね……。
これだけ死体の山を築いておきながらじっくり愛でる事が出来ない不満が悶々と貴子の心を引き摺った。
乾いた唇を舌で湿らせると
「リップクリームが欲しい」
と呟いて作業を再開した。
汗の玉が額に浮くほど痕跡を消すための掃除をした。下半身が丸出しなのに気がつくのは少し後だった。
貴子はどこかで聞き慣れた電子音が鳴っているのに気が付いた。自分の携帯電話の着メロだ。
少し寒さに震える体を摩りながら音源を捜す。心なしか少し小走り。寒いものは寒い。
音源は、最後に屠ったFNハイパワーの男の内ポケットだった。携帯電話を取り出す。
白い息を吐きながら太腿同士を擦りつけて、鳴り止まない携帯電話の通話ボタンを押す。
「お嬢様! 今、どこですか? お怪我は?」
真田が半分怒鳴り声で捲くし立てる。
寒さが身に凍みている貴子は真田の声に軽い頭痛を覚えながらも、少し垂れてきた洟を啜りながら喋り出した。
「真田ぁ……っくしゅん…寒いよぉ……」
「え?」
電話の向こうで状況が掴めず悩む真田だが、咳払いをすると貴子を案ずる事だけに徹した。
「……今からお迎えに参ります。オヤジには『この件についてのお嬢様のコト』は黙っておきますので、できるだけの情報を下さい。お怪我は? 寒くないですか? そっちの番格と話させて下さい」
「殺した。んーそれと、左腕、タマが掠って血が出てる。ちょっと冷えてきた……」
「怪我ぁ? 殺したぁ?」
呆れ返っていいやら案じていいやら頭の中が忙しくなってきた真田。
その間に事務所内を歩き回りながら、大して乾いていないスカートを回収してスコーピオンを太腿に吊り下げてから穿く。
「ははっ。真田ぁ……私が帰ったらあっためてよね」
「兎に角、派手に動いたら公安が付いてくるので俺一人でお迎えに上がります。何か欲しいモノは?」
「あったかーいミルクティー。自動販売機で買ってきて……へへ」
ワンボックスカーまで来ると鍵の掛かっていないスライドドアを開けて鞄とコートを回収した。
これで敵と応戦しつつ回収品は全て手の中。後は逃走するだけ。
「南埠頭の1号南灯で待ってる。早く迎えに来て」