パッションピンクは眠れない(全年齢版)

 一通り笑い転げて気が済んだ男の一人が右斜め背後から左手を差し出す。その男はベレッタM92Fを右手に握っていた。
 貴子は恐怖で居竦んだ少女を演じ続けた為に、左斜め背後に居た、チャーターアームスブルドッグを握った男が貴子の左腋から銃を握っている右手を差し込んで回した。引き摺り立たせるつもりだ。
「……」
 貴子の瞳が猛禽の如く鋭い輝きを放った。
 貴子の左手がベレッタM92Fのスライドの中ほどを素早く握る。
 親指がテイクダウンレバーボタンを押して左右対称の位置にあるテイクダウンレバーを中指で押し下げた。
 思いっきりスライドを引くとフレームからスライド、リコイルスプリング、バレルが一瞬で分解する。勿論、こうなっては撃発など不可能だ。
 貴子の右手は更に自分の腋の下を回っていたリボルバーを握る手首を逆に捻り挙げて男の右手の腱筋を限界まで引き伸ばし激痛を与えた。男が思わず床に寝転がって悶絶してしまうほどの激痛だった。
 その両手に二人の男を掴んだ。その二人を体の前に引き寄せて中腰になりつつ『肉の盾』を作った。
「このっ!」
 イングラムが2挺、一斉に吼える。スコーピオンと大して変わらない発射速度だがサプレッサーを装着している為に紙鉄砲より小さな発砲音が連なる。
 弾頭はことごとく肉の盾にされている仲間の体にめり込み盾の役目を見事に果たす。
 二人は削岩機をあてられたように体を痙攣させて息絶えた。最初の数発で既に死んでいたのかもしれない。肉袋と化した亡骸は見事、貴子に1発の被弾も許さなかった。
 肉の盾の間から華奢な左腕が突き破るように伸びた。チャーターアームスのリボルバーが握られている。撃鉄は起きている。
 間髪入れず獰猛な銃口から44口径の重量弾が弾き出された。耳を聾する銃声。
 慌てて再装填中のイングラムを持つ真正面の男のドテっ腹に命中し、見えないハンマーで殴られたように体を折って顔面から地面に倒れ込む。
 貴子の掌では制御し難い反動が、握り難い大型グリップを通じて伝わってくる。
 残りのイングラムが再び9mmパラベラム弾をバラ撒かんと構えられる。貴子の左腕は肉の盾に埋まり、嵐の様な銃撃が途絶えるのを待った。
 9mmのケースが乱舞し、耳を劈く銃声が狭い空間を席巻する。
 短機関銃1挺に自動拳銃2挺の火力は、自分達の仲間の亡骸をボロ雑巾で作ったズタ袋に変えてしまった。
 今度は連中が再装填している隙に盾にしていた死体を捨てて事務所の更に奥へと進んだ。
 貴子を追いながらの弾倉交換。
 慣れていない手付きで罵声を浴びせながら弾倉を差し込んでボルトを引いたりスライドリリースレバーを下げたりするのだが、視線を貴子に合わせていいのか手元に合わせていいのか、全くの素人の動作だった。お陰で貴子を完全に視界から失った。
 一つ勉強になった。
 たった3mmの距離でも9mmパラベラムクラスでは人体を完全に貫通する事は難しいということと、素人があれだけ弾丸をバラ撒いても咄嗟に撃てば恐ろしいくらいに命中率が低いということだ。……弾丸に関しては軟鉄弾頭を使用していたためなのかも知れない。
 44口径の使い慣れないリボルバーをシリンダーが空になるまで盲撃ちしながら走る。
 一時の演技のためとはいえ、漏らした小水のせいで股間周辺が不快だ。勿論スカートも足にへばりついて走り難い。
 季節が正反対ならパンツとスカートを脱ぎ捨てて下半身を露出したままでも良いと思うほどに不快。
 ウォールナットグリップの中型3インチリボルバーを捨てた。手首を挫くかと思うくらいに強い反動だった。
 自分にはリボルバーは不向きだと再認識。遮蔽の角まで辿り着き、漸く、右太腿に吊り下げていたスコーピオンを取り外してボルトを引いた。
 予め10連発バナナマガジンを挿してある。
 予備弾倉は左太腿の4連ポーチに納まった4本の20連発バナナマガジンのみ。
 状況が芳しくないのでセミオートか指切り連射での使用に限定されると予想される。
 今の相手は3人。
 応援を要請している事を視野に入れて逃走手段を講じる必要がある。
 応戦しつつ退路の確保が何といっても最優先だ。
 携帯電話を奪われたのは大きな打撃で、こちらも応援を要請できないばかりか、ここに貴子が存在していたという物的証拠を残す事になる。 何としても携帯電話とワンボックスカーに置きっ放しにしてきたコートや鞄は回収したい。
 故に難しい。
 応戦しつつ回収しつつ逃走。
 普通なら二つは捨てて一つに専念しないと命が無い。
「……」
 スコーピオンを腰溜めにして忙しなく辺りの窓ガラスから外を窺うが帳は下りてとうに暗い。
 頼りない街灯が幾つか見えるだけの黒い平面が広がっているかのように見える。ランチの停泊場所なのだろう。窓を突き破っても外は海だ。
 3階建ての古ぼけた建造物だが、よく見回せば遮蔽物に困らない。
 対岸から長距離狙撃でも受けない限り小回りの効くスコーピオンは有利かもしれない。
 スコーピオンを用いた場合だけの室内戦闘は得意な方だ。自前の理論で勝手に身に付いた戦闘術だが、連中のイングラムより上手く立ち回ってみせるという自信があった。
「……」
 結局、寒くともマガジンチェンジの際に邪魔になるであろう、湿ったスカートを脱ぎ捨てる。
 こんな時にストッキングを穿いていないことを悔やむ。
 このスカートも自分が生きていいれば回収しなければならない。
 足音と息を殺して連中の罵声が近付いてくるのを待つ。予想通り携帯電話で指示役と連絡して応援を要請している。
「……」
 貴子は小さく歯軋りを立てた。
「出て来い! クソガキ!」
 盛んにボキャブラリーの少ない怒声で喚き立てる連中。
 その声のお陰でどの位置まで近付いてきているのかよく分かる。
 銃声の中で覚えた声の質からするとFNハイパワーを握るリーダー格の男が一番遠く、イングラムの男が一番近い位置に居る。もう一人、マカロフと思われる自動拳銃を握った男がどこに居るのか判然としない。
 一塊となっているわけでは無さそうだ。声に遠近を感じる。
 廊下の角でじっと片膝を付いてスコーピオンを両手で構えて待つ。
 少しでも精密な射撃が出来るように折り畳みストックを伸ばしてある。
 こんな針金のオモチャみたいなストックでも有りと無しではホールド感が全く違ってくる。
 セレクターをセミオートにしてポーチから抜いた予備弾倉をパンツの腹の辺りに差し込む。
 上半身は冬物セーラー服。下半身はスリング式ホルスターを吊り下げたパンツ姿。白い靴下が眩しい。特定の層には性的にも嗜好的にも受ける姿だ。
 薄暗い建物内の照明が急に息を吹き返す。即座に理解した!
 マカロフの男が見えないと思っていたら、電源の復旧にあたっていたのだ。
 こちらに向かって無防備に走ってくる足音が聞こえる。貴子の背後にある踊り場から足音が近付いてくる。電源の復旧作業をしていたマカロフの男だろう。その男は貴子が潜んでいる場所を知らなくて当然だった。
 貴子は躊躇せず4m先の踊り場に向かって待機した。
 白い息を吐きながら駆け上がってくる男はハッと顔を上げた瞬間に額に1発の32口径を受けて絶命した。
 貴子が望む派手な頭部破壊は全く無い。射入口は有っても射出口は無い。階段の中ほどで大の字になって貴子に足を向けた恰好で倒れた。そのできたての死体に駆け寄り拳銃と弾倉3本を奪う。
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