パッションピンクは眠れない(全年齢版)

 貴子はそれら全てをプロ意識のみでカバーしようとして偏屈なまでにスコーピオンを頼っているのだ。
 街中を意味も無くフラついているだけで悪意を抱く対象に難癖を付けられて人気の無い場所に引き摺り込まれることも有る。
 その際に自衛手段としてスコーピオンを抜く。大概は敵も懐に良からぬ品を呑み込んでいるので大っぴらに人前で抜いたりしない。お互い人気がない場所か、敵が作った縄張りで初めて抜く。

 ―――やだなー。
 貴子は顔色を変えずに矢鱈と喧しいワンボックスカーの中でちょこんと座っていた。
 学校帰りの途中で自宅を前にして拉致された。
 突然目前に現れたワンボックスカーのスライドドアが開き安っぽいイングラムの銃口が2挺現れた。
 中古品と思しきサプレッサーを装着していた。たった3m先の銃口だったが、応戦の余地は無かった。向こうは抜き身の短機関銃でこちらの短機関銃はスカートの下にガータースリングで吊るしてある。
 深い溜息を吐いてからまるで自宅から見知った人間が迎えにきたかのように大人しく、自然にワンボックスカーに乗り込んだ。
 乗り込むなり鞄を押収されてマフラーもコートも剥がされた。
 それ以上体を弄られてはスコーピオンの存在が露見してしまう……が、胸ポケットから携帯電話を取り上げるとそれ以上無粋な手で貴子の体を探り回す真似はしなかった。
 幸いこの連中――全部で6人――は貴子が仕返し屋としての顔を持っていることを知らないらしい。
 ただのヤクザの娘で守ってもらわなければならない存在だと勘違いしている、『か弱い娘』だと思っている様だ。
 彼らからすれば、『いつものよう』に貴子を人質にして取引材料にしようと企んでいるのだろう。いつもなら公安連中が嗅ぎつけてくれるので未遂に終わるのだが……。
「……」
 公安の覆面パトカーを妨害するバイクや車が通行を妨げる行動に出ていない。
 どこかに潜伏しているのだろうが視界に認める事は出来ない。
 公安を巻いたか? 公安に気付かれないほど上手く進んでいるのか? ……公安に泳がされているのか?
――――何やってんの!
――――早く出てきなさいよ!
――――税金泥棒!
 腹を空かせた野犬より鼻が利くと評判が高い公安が、このワンボックスカーを追跡していないことは隣に座っている男が携帯電話で話している内容から察しが付いた。
 貴子は税金泥棒に呪詛を吐いた。

 自宅より30分ほど、何度も角を曲がりながらワンボックスカーは進んだ。
 その間、イングラムの銃口は左右から貴子に押し付けている。
 安全装置が解除された引き金に常に人差し指が掛かっている。
 ボルトが後退して排莢口が開いている。オープンボルト式のイングラムだ。引き金は恐ろしく軽くなっているはずだ。貴子の腋や太腿が汗で湿り気を帯びてくる。
 何度、背中に冷たいものが走ったか知れない。
 命綱で有らねばならないスコーピオンを抜いて反撃する心意気など火が消えたように鳴りを潜めている。
 黙って肝の据わっている姿をアピールして機会を窺うしかない。
 それに、この狭い空間で銃口に睨まれている前でスカートを捲り挙げてスコーピオンを取り出すのは愚かなだけだ。
 やがて、ワンボックウカーは停車した。
 市内の洋上港湾区域より少し手前に有る大型トラックの密集地帯だ。
 港湾で荷物を積み込む順番を待つトラックの群れが違法駐車を繰り返してでき上がった無法地帯。
 ゴミの不法投棄場所としても有名で深夜と早朝にはゴミを捨てに来る近所の住民や走る場所に困ってる暴走族でごった返す。
 勿論、そうなっては大型トラック群はコンテナの運送が殆ど停滞し、道路が空く時間帯まで足止めをされてしまう。その悪循環がこの反吐が出るような素晴らしい環境を形成している。
 背中をサプレッサーで押されながらワンボックスカーから降車させられ目の前のランチ停泊所の事務所に連れ込まれた。
 事務所内は人が踏み込まなくなって久しいのか埃が舞う。
 遠くでは何本ものクレーンで欠けた夕陽が眩しかった。
――――ん?
――――公安も察知してないんだよね?
 ふと、貴子の脳裏に自分が拉致された事実が誰にも広まっていないことに気が付いた。
 この誘拐が秘密裏に行われているとしたら仕組んだ人間とその手下以外に事実を知る人間も少ない。
 様々な憶測と推察。それを論理的に図式にした公式が貴子の脳味噌を駆け巡る。憶測と推測は論理的に書き換えられている。
 最大の強みにしてチャンスは、ここにいる不逞の輩は貴子を完全に見縊っている事だ。
 手枷足枷を施さないばかりか猿轡も噛ませていない。
 自分達の火力が常にこの小娘の命を握っているという征服感が麻痺させているのか? だとすれば、お粗末の極み。
 連携もなっていない。
 恐らくここに居る連中は使い捨ての三下連中なのだろう。
 銃と車を与えられて娘を攫って来いとしか命令を受けていないのでは? 功を焦る三下連中には涎が出るような仕事だ。
 何事も計画通りに進まないのが世の常。
「さあ、行け」
 この集団のリーダーと思しき男がFNハイパワーの銃口で寂れた事務所の中に入れと促す。
 埃臭い。足元には紙片が散らばり閑散とした空間が広がっているだけの部屋が幾つも有った。
 錆び付いたパイプ椅子が転がっている。窓ガラスが時々、寒風に震える。
 自分のドジ加減がここでは大きな仇となった。
 銃口に急かされ、増築だらけの事務所の奥に進んでいる最中に空き缶を踏んで大きなモーションで尻餅を搗いた。
「いったーい!」
 体を起こそうとした時、FNハイパワーを握った男が鬼のような形相で銃口を床に尻を付く貴子の額に銃口を当てる。
「このガキ! こんな物持ってやがったのか!」
――――!
 スカートが大きく捲くれてガーターベルトに連結させたスコーピオンが丸出しになった。
 水色のストライプパンツに透けるような白い腿……美しい非対称を描いて右太腿のスコーピオンと左太腿の予備弾倉が露になる。
 その場に居た全員が貴子を囲むように展開し、それぞれの得物を抜いた。
 自分のドジを呪う。
 呪っても呪っても呪い足りない呪いを百年分心の中で唱えた。
 反省終了。
 ここで女の恥じらいを優先して素早く動いては要らぬ誤解を呼んで更に悪い状況に転がりそうだった。
 貴子の肝が脳内のスイッチを切り替えた。ブレーカーを落とすような荒い仕草でスイッチは切り替わった。
――――イングラム……2挺。
――――オート……3挺。
――――リボルバー……1挺。
 怯えおののく青い顔を演じながら敵の火力を分析した。矢張りイングラムは強敵だ。
「あ……あ……」
 蒼白に震える顔を造り歯をカタカタと鳴らす。
 背筋から肩を小刻みに動かして、普段は鬱陶しいと思っていたドライアイを利用して幾筋もの涙を流す。
 なけなしの演出をできるだけ引き出すために青い顔で目の前の銃口を見詰めながら小水を漏らす。
 股間に湯気が上がり、水溜りが広がる。
 外観こそは腰を抜かして起き上がれない哀れな人質。これで護身用に短機関銃を『持たされているだけ』のか弱い女子中学生のでき上がり。
 6人の不逞な連中はお互いの顔を見合わせて卑しい笑いを浮かべて小動物のように震えている白痴じみた中学生を見た。
 誰も彼もが大笑い。下品な笑い声が事務所の一室を圧倒する。
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