パッションピンクは眠れない(全年齢版)
掃いて捨てるほどいる社会不適格者の中でも、反撃の余地を窺う肝の据わった人間がいることに実は少し驚いていた。
仲間がこれだけやられているのに、実力不詳の少女とタイマンを張ろうという心構えには敬意を払う。
32口径短機関銃vs357マグナムリボルバー。
貴子は陳腐なVシネマを連想していたが、どのVシネマでも主人公はリボルバー拳銃と相場は決まっている。そして悪役はサルのように機関銃を振り回す……。苦笑いを抑えられない貴子。
意味の無い膠着状態は良い効果をもたらす事が無い。
先に打って出たのは貴子だった。
軽自動車の陰から向かいの列に駐車されている乗用車の陰まで。
僅かな時間に貴子を狙った轟音は2発。
――――やっぱり……。
貴子が体を張って知りたかった事が有る。少年の正確な熟練度だ。
尤も、予想通り2発の間隔は大きかった。
彼について、直感で解した事柄は二つ。
反動で銃口が大きく跳ね上がって続けてサイティングし難いのだ。一瞬しか時間が無いというのにわざわざ撃鉄を起こしてシングルアクションで狙っている。
そして、律儀に薬莢を捨てて補弾。それなりにリボルバーを使うことに拘りが有るようだが実力と体力が伴っていない。
彼の名誉のために言うのなら、伊達や酔狂でぶら下げているわけではないというのは解った。
「……でもね」
貴子は伏せ撃ちの体勢を取るとじっくり狙って3、4発の指切り連射を行った。
少年は足首の付け根に被弾して敢え無くばったりと倒れた。
自動車のタイヤの隙間から少年の足の運びは容易に確認できた。それを狙っただけに過ぎない。
「……」
少年は大声で呪詛を喚く。右手は放り出してしまったロシーリボルバーを拾おうと懸命に伸ばしていた。
被弾した両足首の痛みはアドレナリンのお陰で一時停止しているのだろう。骨が完全に粉砕されたので立ち上がるのは無理だが。
リボルバーに届きそうになった少年の手首をセミオートでゆっくり狙って3発撃った。尤も、命中したのは3発目だった。やはり射的は苦手だ。
「……さて」
貴子は立ち上がってコートやニット帽に付いた埃を払った。
スコーピオンを本来のスリング式ホルスターに連結させている貴子の背後に頭一つ分高い人影が音もなく現れる。
そのシルエットは大型自動拳銃を握っていた。
センターグリーンのスタジアムジャンパーを着た、金髪クルーカットの少年だ。
へらへらとした笑顔はどこにも無く、凛と引き締まった精悍な瞳で右手に携えたスチェッキンの安全装置を解除した。
両手でスチェッキンを保持すると背中を貴子に向けて後ろ歩きで近付いてくる。
「お嬢様、早く撤収しましょう。少し時間が……」
「真田、アリガトね」
「否、ですから時間が……」
真田と呼ばれたクルーカットの少年はスチェッキンの銃口を左右に振って貴子の背中を警戒していた。
貴子は倒れた少年の頭元に来ると弾倉に残っている32口径を全て頭部に対して吐き出した。
貴子の顔に表情は無い。
翌日。
昨夜の駐車場での一件。
例の少年グループに暴行された複数の女性からの依頼だった。
少年グループの行動パターンを探るために貴子の実家で『働いている』三下の真田政司(さなだ まさし)を潜入させて秘密で調査していた。
真田は貴子の性癖を知った上で忠実に仕事をこなす犬だ。
貴子の仕返し屋としての仕事の受付窓口になっているのも彼だ。
受付窓口になっているといっても引っ切り無しに仕事の依頼が舞い込んでくるような宣伝はしていない。
普段は暴力団事務所の門前小僧よろしく掃除と電話番を担当している。
仕返し屋の受付窓口が真田であるということを知る者は少なく、彼を探し出すことができないので挫折する依頼人も少なくない。
それでも何とか真田を探し出すことに成功した依頼人の仕事だけを請け負っている。
貴子とて常に殺し屋稼業に身を置くわけにはいかない。ただの中学2年生としての顔も堅持しなければならない。
中卒で事務所入りをした真田とは立場が違う。
真田の忠誠心は盲従とは違う。
常に俯瞰的に貴子を見守り、貴子の気が済むまで『愉しみ』を邪魔するような真似はしない。
有効な情報を引き出すためや弾薬補充のために貴子が様々な男を渡り歩くのは良い気がしない。
貴子の性癖についても明らかに人間の道を踏み外していることも心が痛い。
それでも……。
それでも、『自分を拾って、養ってくれている』恩人には違いない。
彼が彼女に抱く忠誠の根源は昔気質な一宿一飯の恩でしかない。
たったそれだけの恩義で彼女に義理人情を抱いてしまう彼は典型的な不器用人間なのだ。
今朝は体が重く疲労感が抜けていなかった。
深夜の駐車場という絶好のロケーションで何の呵責も無く屠殺できる対象が5人も居ながら大して味わうことも無くただのドンパチに発展してしまった。
帰宅するなり、不満を紛らわせるために布団に潜り込んだが日が昇る直前まで眠りに落ちることができなかった。
殆ど眠っていない。眠くだるいのは当たり前だ。
いつもの癖で仕掛けた目覚ましが耳障りだ。
流石に学校にまで短機関銃を持ち込むわけにはいかない。
……と思いきや、鞄の底にモデルガン用プラケースに収納したスコーピオンを忍ばせている。
安全のために弾倉は抜いてある。
体育の授業などで着替える機会が有る時はこのようにして携行している。着替える必要が無い時はスカートの下に吊り下げることも有る。
冬服セーラー服にスリング式ホルスターは似合わない。
身に危険を感じることは実感として少ない。
今の所、彼女が仕返し屋であるという面は割れていないはずだ。
依頼達成率100%を誇る腕前のお陰で獲物を取り逃がしたことは無い。
逃がしそうになれば即座に性癖を満たす手段から冷徹で冷静な殺し屋に変貌する。昨夜の駐車場での一件がそれを物語っている。
ヤクザの娘と級友たちとの間にはそれ相当の距離感が有る。
それは有り難いのだが、下校途中には敵対組織の飼う三下見習の若い構成員に拉致される危険が有った。
護身用に中型自動拳銃を携行する事も考えたが今一つ好きになれなかった。命のやり取りの現場でも道具を好きか嫌いかで選ぶ辺りが彼女らしい。
結局のところ、普段は10連バナナマガジンを差し込んで携行している。
概ねして自動拳銃は一つの標的に1発乃至2発の弾丸を叩き込んで無力化する事を目的としている事が多い。貴子の腕力からすればサブの拳銃や32口径より大きな口径の銃器を扱うのは無理が有った。
それとサイティングに大きな問題が有った。短機関銃であるスコーピオンは照門と照星の間隔が自動拳銃より長い為に咄嗟でも無理なく正確な射撃が可能だった。勿論、射的が苦手な貴子の感覚での話しだ。
そのためには予めボルトを引いてコッキングしておかなければならないし、スリング式ホルスターのストラップを伸ばしておかなければならない。
常に傍らに短機関銃を置いておくわけにもいかないのであらゆる状況の先読みが必要だ。
仲間がこれだけやられているのに、実力不詳の少女とタイマンを張ろうという心構えには敬意を払う。
32口径短機関銃vs357マグナムリボルバー。
貴子は陳腐なVシネマを連想していたが、どのVシネマでも主人公はリボルバー拳銃と相場は決まっている。そして悪役はサルのように機関銃を振り回す……。苦笑いを抑えられない貴子。
意味の無い膠着状態は良い効果をもたらす事が無い。
先に打って出たのは貴子だった。
軽自動車の陰から向かいの列に駐車されている乗用車の陰まで。
僅かな時間に貴子を狙った轟音は2発。
――――やっぱり……。
貴子が体を張って知りたかった事が有る。少年の正確な熟練度だ。
尤も、予想通り2発の間隔は大きかった。
彼について、直感で解した事柄は二つ。
反動で銃口が大きく跳ね上がって続けてサイティングし難いのだ。一瞬しか時間が無いというのにわざわざ撃鉄を起こしてシングルアクションで狙っている。
そして、律儀に薬莢を捨てて補弾。それなりにリボルバーを使うことに拘りが有るようだが実力と体力が伴っていない。
彼の名誉のために言うのなら、伊達や酔狂でぶら下げているわけではないというのは解った。
「……でもね」
貴子は伏せ撃ちの体勢を取るとじっくり狙って3、4発の指切り連射を行った。
少年は足首の付け根に被弾して敢え無くばったりと倒れた。
自動車のタイヤの隙間から少年の足の運びは容易に確認できた。それを狙っただけに過ぎない。
「……」
少年は大声で呪詛を喚く。右手は放り出してしまったロシーリボルバーを拾おうと懸命に伸ばしていた。
被弾した両足首の痛みはアドレナリンのお陰で一時停止しているのだろう。骨が完全に粉砕されたので立ち上がるのは無理だが。
リボルバーに届きそうになった少年の手首をセミオートでゆっくり狙って3発撃った。尤も、命中したのは3発目だった。やはり射的は苦手だ。
「……さて」
貴子は立ち上がってコートやニット帽に付いた埃を払った。
スコーピオンを本来のスリング式ホルスターに連結させている貴子の背後に頭一つ分高い人影が音もなく現れる。
そのシルエットは大型自動拳銃を握っていた。
センターグリーンのスタジアムジャンパーを着た、金髪クルーカットの少年だ。
へらへらとした笑顔はどこにも無く、凛と引き締まった精悍な瞳で右手に携えたスチェッキンの安全装置を解除した。
両手でスチェッキンを保持すると背中を貴子に向けて後ろ歩きで近付いてくる。
「お嬢様、早く撤収しましょう。少し時間が……」
「真田、アリガトね」
「否、ですから時間が……」
真田と呼ばれたクルーカットの少年はスチェッキンの銃口を左右に振って貴子の背中を警戒していた。
貴子は倒れた少年の頭元に来ると弾倉に残っている32口径を全て頭部に対して吐き出した。
貴子の顔に表情は無い。
翌日。
昨夜の駐車場での一件。
例の少年グループに暴行された複数の女性からの依頼だった。
少年グループの行動パターンを探るために貴子の実家で『働いている』三下の真田政司(さなだ まさし)を潜入させて秘密で調査していた。
真田は貴子の性癖を知った上で忠実に仕事をこなす犬だ。
貴子の仕返し屋としての仕事の受付窓口になっているのも彼だ。
受付窓口になっているといっても引っ切り無しに仕事の依頼が舞い込んでくるような宣伝はしていない。
普段は暴力団事務所の門前小僧よろしく掃除と電話番を担当している。
仕返し屋の受付窓口が真田であるということを知る者は少なく、彼を探し出すことができないので挫折する依頼人も少なくない。
それでも何とか真田を探し出すことに成功した依頼人の仕事だけを請け負っている。
貴子とて常に殺し屋稼業に身を置くわけにはいかない。ただの中学2年生としての顔も堅持しなければならない。
中卒で事務所入りをした真田とは立場が違う。
真田の忠誠心は盲従とは違う。
常に俯瞰的に貴子を見守り、貴子の気が済むまで『愉しみ』を邪魔するような真似はしない。
有効な情報を引き出すためや弾薬補充のために貴子が様々な男を渡り歩くのは良い気がしない。
貴子の性癖についても明らかに人間の道を踏み外していることも心が痛い。
それでも……。
それでも、『自分を拾って、養ってくれている』恩人には違いない。
彼が彼女に抱く忠誠の根源は昔気質な一宿一飯の恩でしかない。
たったそれだけの恩義で彼女に義理人情を抱いてしまう彼は典型的な不器用人間なのだ。
今朝は体が重く疲労感が抜けていなかった。
深夜の駐車場という絶好のロケーションで何の呵責も無く屠殺できる対象が5人も居ながら大して味わうことも無くただのドンパチに発展してしまった。
帰宅するなり、不満を紛らわせるために布団に潜り込んだが日が昇る直前まで眠りに落ちることができなかった。
殆ど眠っていない。眠くだるいのは当たり前だ。
いつもの癖で仕掛けた目覚ましが耳障りだ。
流石に学校にまで短機関銃を持ち込むわけにはいかない。
……と思いきや、鞄の底にモデルガン用プラケースに収納したスコーピオンを忍ばせている。
安全のために弾倉は抜いてある。
体育の授業などで着替える機会が有る時はこのようにして携行している。着替える必要が無い時はスカートの下に吊り下げることも有る。
冬服セーラー服にスリング式ホルスターは似合わない。
身に危険を感じることは実感として少ない。
今の所、彼女が仕返し屋であるという面は割れていないはずだ。
依頼達成率100%を誇る腕前のお陰で獲物を取り逃がしたことは無い。
逃がしそうになれば即座に性癖を満たす手段から冷徹で冷静な殺し屋に変貌する。昨夜の駐車場での一件がそれを物語っている。
ヤクザの娘と級友たちとの間にはそれ相当の距離感が有る。
それは有り難いのだが、下校途中には敵対組織の飼う三下見習の若い構成員に拉致される危険が有った。
護身用に中型自動拳銃を携行する事も考えたが今一つ好きになれなかった。命のやり取りの現場でも道具を好きか嫌いかで選ぶ辺りが彼女らしい。
結局のところ、普段は10連バナナマガジンを差し込んで携行している。
概ねして自動拳銃は一つの標的に1発乃至2発の弾丸を叩き込んで無力化する事を目的としている事が多い。貴子の腕力からすればサブの拳銃や32口径より大きな口径の銃器を扱うのは無理が有った。
それとサイティングに大きな問題が有った。短機関銃であるスコーピオンは照門と照星の間隔が自動拳銃より長い為に咄嗟でも無理なく正確な射撃が可能だった。勿論、射的が苦手な貴子の感覚での話しだ。
そのためには予めボルトを引いてコッキングしておかなければならないし、スリング式ホルスターのストラップを伸ばしておかなければならない。
常に傍らに短機関銃を置いておくわけにもいかないのであらゆる状況の先読みが必要だ。