パッションピンクは眠れない(全年齢版)
我慢がならず、しゃがんで3点保持スタイルで3、4発程ほど指切り連射を叩き込んだ。弾道が見えているのか、マズルフラッシュと同時に急ブレーキを掛けてあの女は立ち止まった。
先読みで銃口を女の移動する数歩先に合わせていた貴子の感覚は一瞬狂って女の姿を視界から逃してしまった。
「ちっ!」
舌打ちすると同時にその場を移動した。
残念ながらこの先に有る遮蔽物は女のショットガンの初弾で壁に穴が開いたプレハブしかない。
工具や資材置き場を兼用した飯場なのか、割れた窓ガラスからは中の散らかりようが良く解った。それほど『風通しのいい』窓ガラスなのだ。
「……」
暫し考える。
――――よし!
飯場に向かい、駆ける。
弾倉を交換。出鱈目な指切り連射で乱射しながら牽制する。
プレハブのドアまで来ると32口径を何発か消費して鍵を破壊し屋内に飛び込む。
「……」
予想以上に散らかっている。濁った空気で埃臭い。
ボルトやベアリング等の小物や工具、人が一人で運べる資材が乱雑に積まれている。雨漏りがするらしく、床板が一部腐っている。
窓枠より頭を低くして歩き出した途端に直径1cmほどのベアリングを踏みつけて派手にこける。
床が大きく軋んで棚が揺れて紙の小箱がバラバラと落ちてくる。
「いつつつ……!」
真田が最後に何気なく渡してくれた弾丸。
シングルショット遣いの死体から取り上げた1発の45-70弾。それがこけたせいでポケットから転げ落ちた。
「!」
はた、と気付いて辺りを見回して見る。
「……」
一つの起死回生の案が浮かんだ時、充分な行動に移す暇も無くこの飯場全体を5.56mm弾が強襲した。
激しい射撃。連射が終わらない。ロングマガジンかドラム弾倉でも取り付けたのか?
「がはぁっ!」
フルメタルジャケットのミリタリーボールが左太腿と左脇を貫いた。
熱い槍が突き刺さった衝撃と痛みと精神的パニックを奥歯を噛み締めて堪えながら床を這いずり回り始めた。
100連発のダブルドラムマガジンが地面に落ちる。
重々しい鉄塊は全ての実包を吐き出していた。
女は今度は通常の30連マガジンを挿し込んで短くなったキングエドワードのシガリロを吐き捨てた。
飯場に逃げ込んだ貴子に話し掛けた。女と飯場は30mほどの間隔がある。
「ねぇ。もう終わり? もっと楽しみましょうよ」
新しいシガリロに火を点けて一服する。
女からは見えていた。
窓ガラスに健康的な赤が飛び散るのを。
貴子が被弾したことを既に知っている。
女の嗜虐な微笑みは彼女の勝利宣言だ。サングラスの向こうでサディスティックな瞳が輝く。
20分程して3分の2の長さになったシガリロを地面に落とし、右踵で蹂躙する。
己の得物を構えて哀れな標的に止めを刺すべくゆっくりと爪先をプレハブに向ける。
「あら? 生きてたの?」
6m先では資材の壁を背に左腹を押さえた貴子が口の端から胃液の混じった血を垂らしながら荒い息を立てていた。床に座り込んでいる。
目蓋が半分落ちており、左足にはコートを裂いて作ったと思われる布切れで応急的な止血がされていた。眼鏡の右のレンズに小さな血の飛沫がぽつぽつと付着している。
床にはもがき苦しんで這いずり回った血痕が描かれている。
「うん……綺麗よ。貴女」
貴子の今際の際を頭から爪先まで嘗め回すように見る。
「ふふん。相変わらず私って良い腕してるわ。こんなに美しい『芸術』が作れるんだもの」
自分に酔っている女はオペラを歌うように大仰に両手を広げた。マスターキーはスリングベルトで肩掛けにして背中に回している。
貴子は右手に握ったスコーピオンを女に向けようと力を込める。どうしても力が入らず銃口が直ぐ下の床を向いてしまう。
自らの血で汚れ、震える左手を後ろ腰に持っていきスチェッキンのグリップを握って引き出そうとするが……。
「ダメよ。そんな無粋な物を使わないでもがいて見せて。ね」
女がつかつかと寄り、貴子の被弾した左足の爪先を蹴飛ばした。
貴子は血を吐きそうな悲鳴を挙げた。爪先から伝わった振動は傷を障り、激痛はスチェッキンのグリップから左手を遠のかせた。冷や汗をかきながら咄嗟に左手で左太腿の傷を押さえる。
「あ、あなたは……」
貴子は目蓋を精一杯開いて血の混じった唾液を垂らしながら一言ずつゆっくり喋りだす。
「……わ、私……そ……っくり。べ、勉強になった……わ……」
「あ、そ。それがまた今度活かせると良いわね」
女が眩しい。小春日和のように温かみのある微笑が零れる。
貴子はスコーピオンを震えながら握り、銃口を上げようとする。併し、銃口は水平を上回ることなく、徐々に下がり、力なく床を指す。
「……ごめん……ね……ぶ……すいな物、使って……」
「!」
女は慌てて背中に回したマスターキーを構えようとスリングベルトを引っ張った。
唐突に開いた、死にかけの貴子の瞳に勝利と生存を渇望する力強い光が点ったのだ。
スコーピオンはフルオートで火を噴いた!
女に向かってではなく腐って抜けた床下に張られた血の付いたザイルに向かってだ。板がめくれた床下にぴんと張られた一本のザイルに向かってだ。
空薬莢は女の顔面に向かって吐き出されて恰好の時間稼ぎになった。
時間稼ぎといってもホンの1秒か2秒位だ。
20発も撃てばこんなに細いザイルを撃ち抜く事も可能だ。たった1発でもザイルに当たればいい。
正確には、1発でも良いからザイルに掠りさえすれば良い。
振動したザイルは張力を『棚に万力で固定したスチェッキンのスライド後部の倒れた撃鉄』に挟んだ直径1cmのベアリングに伝え、ベアリングを弾き落とす。引き金に連動するデバイスにペンチでひん曲げたワッシャを噛ませて『撃鉄のショックが撃針に伝わる』ように細工してある。そのスチェッキンのフレームから外された、『機関部とスライド』。……『撃発1発分だけ、可能な状態で棚に万力で固定されている』。
引き金を引かなくとも撃鉄を弾くだけで撃針に衝撃が伝わり弾丸が射出される。撃鉄を弾く仕組みの引き金の役目を果たしたのは1本のザイルだ。
弾丸が込められたスライドと撃発機構は……。
スライドのバレルホールに通された内径12mm全長約30cmの細長い鉄パイプが小さな2個の万力でスライドに固定されている。薬室即銃身と云う構造だ。外観は重い資材棚に万力で固定されている。
見た目は『スライド部分から馬鹿長い銃身が突き出た拳銃のスライド部分』だ。
そして鉄パイプ内に装填された弾丸は……。
真田より受け渡されたワイルドキャットカートリッジだという45-70弾だ。
壁に凭れて死を待つだけに見えた貴子の頭上で爆発が起きた。
ホットロードでマグナム炸薬を用いたと見られる45-70弾はスチェッキンのスライドを完全に破壊した。
併し、16gの超重量軟鉄弾は鉄パイプの内壁を削りながらも『真っ直ぐと女の胸の真ん中に吸い込まれた』。
女は目に見えない巨大なハンマーで殴られたように大の字になって2m程吹っ飛ばされて仰向けに倒れた。
凄まじいショックでガーゴイルスのサングラスが外れる。長い前髪が女の瞳を隠した。
女はピクリとも動かない。呼吸をしている胸部と腹部の上下運動も見られない。
44マグナムの3倍以上の破壊力を持つ弾丸の直撃を受けたのだ。これで生きていれば人間じゃない。
「……真田……やっ……たよ……」
左手でフレームとグリップパネルだけのみすぼらしいスチェッキンを取り出した。スライドは先程爆ぜた。女の前でスチェッキンを取り出そうとしたのはポーズだけで、女はスチェッキンの全貌を見ていなかった。見ていたら、不審に思っていただろう。
完全に『死んでいる』引き金を何度も引いて弄ぶ。
その指の動きが段々緩慢になってくる。
眠気を覚えた貴子の目蓋が少し下がる。
先程の逆転劇で女に見せつけた活力はか細く消え失せ様としている。
「寒いよ……真田……ミルクティー……買ってきて……」
遠くでパトカーのサイレンが鳴り響いている。
左腹部の出血が止まらない。
貴子は何も聞こえなくなった。
貴子は何も見えなくなった。
寒気が心地良い眠気を誘う。
《パッションピンクは眠れない(全年齢版)・了》
先読みで銃口を女の移動する数歩先に合わせていた貴子の感覚は一瞬狂って女の姿を視界から逃してしまった。
「ちっ!」
舌打ちすると同時にその場を移動した。
残念ながらこの先に有る遮蔽物は女のショットガンの初弾で壁に穴が開いたプレハブしかない。
工具や資材置き場を兼用した飯場なのか、割れた窓ガラスからは中の散らかりようが良く解った。それほど『風通しのいい』窓ガラスなのだ。
「……」
暫し考える。
――――よし!
飯場に向かい、駆ける。
弾倉を交換。出鱈目な指切り連射で乱射しながら牽制する。
プレハブのドアまで来ると32口径を何発か消費して鍵を破壊し屋内に飛び込む。
「……」
予想以上に散らかっている。濁った空気で埃臭い。
ボルトやベアリング等の小物や工具、人が一人で運べる資材が乱雑に積まれている。雨漏りがするらしく、床板が一部腐っている。
窓枠より頭を低くして歩き出した途端に直径1cmほどのベアリングを踏みつけて派手にこける。
床が大きく軋んで棚が揺れて紙の小箱がバラバラと落ちてくる。
「いつつつ……!」
真田が最後に何気なく渡してくれた弾丸。
シングルショット遣いの死体から取り上げた1発の45-70弾。それがこけたせいでポケットから転げ落ちた。
「!」
はた、と気付いて辺りを見回して見る。
「……」
一つの起死回生の案が浮かんだ時、充分な行動に移す暇も無くこの飯場全体を5.56mm弾が強襲した。
激しい射撃。連射が終わらない。ロングマガジンかドラム弾倉でも取り付けたのか?
「がはぁっ!」
フルメタルジャケットのミリタリーボールが左太腿と左脇を貫いた。
熱い槍が突き刺さった衝撃と痛みと精神的パニックを奥歯を噛み締めて堪えながら床を這いずり回り始めた。
100連発のダブルドラムマガジンが地面に落ちる。
重々しい鉄塊は全ての実包を吐き出していた。
女は今度は通常の30連マガジンを挿し込んで短くなったキングエドワードのシガリロを吐き捨てた。
飯場に逃げ込んだ貴子に話し掛けた。女と飯場は30mほどの間隔がある。
「ねぇ。もう終わり? もっと楽しみましょうよ」
新しいシガリロに火を点けて一服する。
女からは見えていた。
窓ガラスに健康的な赤が飛び散るのを。
貴子が被弾したことを既に知っている。
女の嗜虐な微笑みは彼女の勝利宣言だ。サングラスの向こうでサディスティックな瞳が輝く。
20分程して3分の2の長さになったシガリロを地面に落とし、右踵で蹂躙する。
己の得物を構えて哀れな標的に止めを刺すべくゆっくりと爪先をプレハブに向ける。
「あら? 生きてたの?」
6m先では資材の壁を背に左腹を押さえた貴子が口の端から胃液の混じった血を垂らしながら荒い息を立てていた。床に座り込んでいる。
目蓋が半分落ちており、左足にはコートを裂いて作ったと思われる布切れで応急的な止血がされていた。眼鏡の右のレンズに小さな血の飛沫がぽつぽつと付着している。
床にはもがき苦しんで這いずり回った血痕が描かれている。
「うん……綺麗よ。貴女」
貴子の今際の際を頭から爪先まで嘗め回すように見る。
「ふふん。相変わらず私って良い腕してるわ。こんなに美しい『芸術』が作れるんだもの」
自分に酔っている女はオペラを歌うように大仰に両手を広げた。マスターキーはスリングベルトで肩掛けにして背中に回している。
貴子は右手に握ったスコーピオンを女に向けようと力を込める。どうしても力が入らず銃口が直ぐ下の床を向いてしまう。
自らの血で汚れ、震える左手を後ろ腰に持っていきスチェッキンのグリップを握って引き出そうとするが……。
「ダメよ。そんな無粋な物を使わないでもがいて見せて。ね」
女がつかつかと寄り、貴子の被弾した左足の爪先を蹴飛ばした。
貴子は血を吐きそうな悲鳴を挙げた。爪先から伝わった振動は傷を障り、激痛はスチェッキンのグリップから左手を遠のかせた。冷や汗をかきながら咄嗟に左手で左太腿の傷を押さえる。
「あ、あなたは……」
貴子は目蓋を精一杯開いて血の混じった唾液を垂らしながら一言ずつゆっくり喋りだす。
「……わ、私……そ……っくり。べ、勉強になった……わ……」
「あ、そ。それがまた今度活かせると良いわね」
女が眩しい。小春日和のように温かみのある微笑が零れる。
貴子はスコーピオンを震えながら握り、銃口を上げようとする。併し、銃口は水平を上回ることなく、徐々に下がり、力なく床を指す。
「……ごめん……ね……ぶ……すいな物、使って……」
「!」
女は慌てて背中に回したマスターキーを構えようとスリングベルトを引っ張った。
唐突に開いた、死にかけの貴子の瞳に勝利と生存を渇望する力強い光が点ったのだ。
スコーピオンはフルオートで火を噴いた!
女に向かってではなく腐って抜けた床下に張られた血の付いたザイルに向かってだ。板がめくれた床下にぴんと張られた一本のザイルに向かってだ。
空薬莢は女の顔面に向かって吐き出されて恰好の時間稼ぎになった。
時間稼ぎといってもホンの1秒か2秒位だ。
20発も撃てばこんなに細いザイルを撃ち抜く事も可能だ。たった1発でもザイルに当たればいい。
正確には、1発でも良いからザイルに掠りさえすれば良い。
振動したザイルは張力を『棚に万力で固定したスチェッキンのスライド後部の倒れた撃鉄』に挟んだ直径1cmのベアリングに伝え、ベアリングを弾き落とす。引き金に連動するデバイスにペンチでひん曲げたワッシャを噛ませて『撃鉄のショックが撃針に伝わる』ように細工してある。そのスチェッキンのフレームから外された、『機関部とスライド』。……『撃発1発分だけ、可能な状態で棚に万力で固定されている』。
引き金を引かなくとも撃鉄を弾くだけで撃針に衝撃が伝わり弾丸が射出される。撃鉄を弾く仕組みの引き金の役目を果たしたのは1本のザイルだ。
弾丸が込められたスライドと撃発機構は……。
スライドのバレルホールに通された内径12mm全長約30cmの細長い鉄パイプが小さな2個の万力でスライドに固定されている。薬室即銃身と云う構造だ。外観は重い資材棚に万力で固定されている。
見た目は『スライド部分から馬鹿長い銃身が突き出た拳銃のスライド部分』だ。
そして鉄パイプ内に装填された弾丸は……。
真田より受け渡されたワイルドキャットカートリッジだという45-70弾だ。
壁に凭れて死を待つだけに見えた貴子の頭上で爆発が起きた。
ホットロードでマグナム炸薬を用いたと見られる45-70弾はスチェッキンのスライドを完全に破壊した。
併し、16gの超重量軟鉄弾は鉄パイプの内壁を削りながらも『真っ直ぐと女の胸の真ん中に吸い込まれた』。
女は目に見えない巨大なハンマーで殴られたように大の字になって2m程吹っ飛ばされて仰向けに倒れた。
凄まじいショックでガーゴイルスのサングラスが外れる。長い前髪が女の瞳を隠した。
女はピクリとも動かない。呼吸をしている胸部と腹部の上下運動も見られない。
44マグナムの3倍以上の破壊力を持つ弾丸の直撃を受けたのだ。これで生きていれば人間じゃない。
「……真田……やっ……たよ……」
左手でフレームとグリップパネルだけのみすぼらしいスチェッキンを取り出した。スライドは先程爆ぜた。女の前でスチェッキンを取り出そうとしたのはポーズだけで、女はスチェッキンの全貌を見ていなかった。見ていたら、不審に思っていただろう。
完全に『死んでいる』引き金を何度も引いて弄ぶ。
その指の動きが段々緩慢になってくる。
眠気を覚えた貴子の目蓋が少し下がる。
先程の逆転劇で女に見せつけた活力はか細く消え失せ様としている。
「寒いよ……真田……ミルクティー……買ってきて……」
遠くでパトカーのサイレンが鳴り響いている。
左腹部の出血が止まらない。
貴子は何も聞こえなくなった。
貴子は何も見えなくなった。
寒気が心地良い眠気を誘う。
《パッションピンクは眠れない(全年齢版)・了》
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