パッションピンクは眠れない(全年齢版)
「……」
真田に撃たれた胸を探る。
強く殴られたような痛みは有るが銃弾の怪我は無い。
9mmマカロフ弾は胸ポケットのハクキンカイロにめり込んで停止していた。9mmマカロフ弾の衝撃で後ろに尻餅を搗かなかったら穴を覗き込んでいた貴子の頭が吹き飛んでいたに違いない。
自分に放たれた9mmマカロフ弾が真田の最後の忠義だった。
大きな悲しみが膨らむが、別の感情がすぐに湧き出す。悲しみは収縮した。静かな怒りの感情に支配される。
「……」
千切れた真田の手からスチェッキンを優しく包む様に剥がすと弾倉と薬室と撃針を確認してスライドを思いっきり引いて撃鉄が倒れた状態で安全装置を掛けた。後ろ腰にスチェッキンを差す。
「ゴメンね……帰ろうね。真田」
スコーピオンを拾って右手に力無く提げる。土煙で汚れた頬を払いもせず踵を返す。
「逃げちゃダメ。逃げ回って貰わなくちゃ」
女の声。
ねっとりと絡み付く艶の有る声。
スコーピオンを声がした方向……右方向に向かって声の主を確認することもせずガク引きを起こさない程度に力一杯に引き金を引く。
セレクターはフルオートだ。
10個程の32口径のケースが弾き出される。
爆音の耳鳴りが回復した貴子の耳は人間一人分の足音が移動するのを聞いた。
自分の失態で、真田を失った悲しみと怒りで腸が煮え返るほど熱いのに五感は研ぎ澄まされたように鋭敏になっている。
煙草に似た甘い香りを風が運んでくるのを嗅覚が感知する。
急に脱兎……否、豹の如く疾駆する。
貴子が立っていた位置を銃声と共に弾丸が過ぎて行く。
腹腔を震わせる大口径の銃声だ。向かいの壁に着弾し、直径40cmほどの範囲でプレハブの壁面に20数個の小さな穴が開く。
散弾銃。
直後に聞こえてきた恫喝力満点の重いコッキング音。それに反して軽く安っぽい空シェルが地面に吐き出される音。12番口径のポンプアクションだ。
柱の陰に姿を隠して耳でそれらの情報を収集。
あたかも敵がわざと貴子に自分の得物をひけらかしているようだった。
冷徹に貴子の頭が回転する。
――――32口径20発イコール12番口径2.75インチ長O(オー)号弾1発分の火力……。
単純に破壊力だけを初活力に置き換えて計算すれば、貴子の頭が弾き出した答えになる。ショットシェル1発の制圧力は中口径短機関銃の一連射分に相当する事になる。
銃身がフルチョークバレルで携行しているのが普通のショットシェルだけではなく、サボット・スラッグ・ガス・ナパームアンプル・グレネード等も用意されていたら?
状況に応じて戦闘力を調節することができるのもポンプアクション式ショットガンの恐ろしい利点である。
「あらあら。驚いたかしら? こんなのも有るわよー」
聞くからに軽い連射音と共にコンクリートの柱が粉塵を上げる。その一点だけに削岩機かチェーンソウを当てられているようにコンクリートの柱が削られる。
――――5.56mm!
――――「マスターキー」!
歩兵が装備する現用火器の中で最高の組み合わせと評価が高いマスターキーが貴子の脳裏を走る。
M16アサルトライフルやM4カービンの銃身下部にポンプアクション式ショットガンを装着して多用途性を高めたコンビネーションアームをマスターキーと呼ぶ。
名前の通り、室内戦の際にドアの蝶番やノブを破壊するために短銃身のポンプアクション式ショットガンが取り付けられたのが始まりだが、ショットシェルの進化で屋外の戦闘でもしばしば使われる。
どの位置から貴子を捉えているのかは不明。近距離戦でも遠距離戦でもオールマイティに戦える武器を持っている事実は判明した。
――――けど……。
――――万能と云うのが欠点なのよ!
どこかのポイント毎に弾薬の補給地点を設けているかもしれないが、それが欠点だと言いたいらしい。
――――マスターキーは万能すぎてそれぞれの携行弾数が限られる
――――どんなに収納力の有るBDUを着ていてもフル装備なら弾薬だけで10kgは有る。
――――必ずどこかに補給地点を設けているはず。
――――そうでないと、身軽にフィールドを走れない!
――――『私を獲物と認識しているのなら機動力を優先する』!
どこに敵が潜んでいるのか不明。コンクリートの柱が銃弾に削られて姿を晒してしまうのはそう遠くない時間だ。
弾道からして自分が隠れている柱の対極側に陣取っているのは確かだ。
先程の禿頭のシングルショット遣いと違って高い位置から弾丸をバラ撒いているのも判る。
向こう側のどの遮蔽物にしても100mは離れている。32口径では到底対抗できない距離だ。タマは届くが殺傷力は殆ど無くなる。
打って出る方法しか残されていない。
敵はそれを望んでいるのだろう。
燻り出す為に、出来るだけの絶望感を与えるつもりで自分のカードを次から次に晒しているのかも知れない。
――――乗ってやろうじゃない!
スコーピオンの携行弾数はいつもの3倍以上も有る。複数の相手を仕留めるつもりで装備してきたのだ。その甲斐があった。
新しい弾倉を挿して半分ほど32口径が残っている弾倉を左手に持つ。
いつ飛び出そうかとスタンバイしている時に甲高い金属音が流れる様に聞こえてきた。5.56mm弾の空薬莢だけをばら撒いたのだろうか?
――――その誘い、乗ってあげる!
左人差し指で眼鏡のブリッジを押して位置を正すと、目前15mほどの位置に有る廃材の山を目指して走り出す。
指切り連射の盲撃ちで向かいの遮蔽物になりそうな箇所を適当に狙う。
目的の廃材まで来る頃には空撃ちをしていた。急いで左手に持っていた弾倉と交換する。
「あはははっ! 楽しい! 楽しいよ!」
女の声が反響する。声の位置に変化あり。貴子と同じ『目線の高さ』まで移動したのか?
「!」
50mほど向こうから灰色のトレンチコートを纏ったロングヘアの女が左右の遮蔽物を素早く移動して伝いながらこちらに向かってくるのが見えた。
ガーゴイルスのサングラスが異様に見える。
直線的な移動ではないので中々スコーピオンの照準の直線上に収まらない。真正面からの一騎打ちを望む戦闘狂であることは痛い程分かった。
美しく靡く女の髪。
吸血鬼のマントを連想させる裾の長いコートが捲れ、下に着込んだ米軍のイラク仕様のBDUが見える。
得物はM4カービンモデルのマスターキー。
現在のアメリカ軍で使用しているM4カービンはフルオートモデルは廃止され代わりに3バーストを標準装備していると聞く。
だとすればあのM4はカスタムか? 廃止前のモデルか? よく見ればショットガンも米軍正式採用のレミントンモデルではない。
機関部の全長が短く右サイドに排莢口が無い。そのスタイルはイサカモデルの特徴だった。装填口と排莢口が同じで特許を取っている。
米国警察が広く採用するイサカM37ステークアウトを自前の改造で取り付けているようだ。
勿論、自前の改造であろうと何だろうと殺傷力は何も劣らない。
女は右手にマスターキーを小脇に挟むようにして構えている。
左手でシガリロを咥え髪に差し込んでいたロウマッチを抜き、マスターキーのキャリングハンドルのサイドで着火する。その火を駆けながら器用にシガリロのフットに点す。
――――いつでも殺せます……か。
女の態度に殺気が燃え立つ。
真田に撃たれた胸を探る。
強く殴られたような痛みは有るが銃弾の怪我は無い。
9mmマカロフ弾は胸ポケットのハクキンカイロにめり込んで停止していた。9mmマカロフ弾の衝撃で後ろに尻餅を搗かなかったら穴を覗き込んでいた貴子の頭が吹き飛んでいたに違いない。
自分に放たれた9mmマカロフ弾が真田の最後の忠義だった。
大きな悲しみが膨らむが、別の感情がすぐに湧き出す。悲しみは収縮した。静かな怒りの感情に支配される。
「……」
千切れた真田の手からスチェッキンを優しく包む様に剥がすと弾倉と薬室と撃針を確認してスライドを思いっきり引いて撃鉄が倒れた状態で安全装置を掛けた。後ろ腰にスチェッキンを差す。
「ゴメンね……帰ろうね。真田」
スコーピオンを拾って右手に力無く提げる。土煙で汚れた頬を払いもせず踵を返す。
「逃げちゃダメ。逃げ回って貰わなくちゃ」
女の声。
ねっとりと絡み付く艶の有る声。
スコーピオンを声がした方向……右方向に向かって声の主を確認することもせずガク引きを起こさない程度に力一杯に引き金を引く。
セレクターはフルオートだ。
10個程の32口径のケースが弾き出される。
爆音の耳鳴りが回復した貴子の耳は人間一人分の足音が移動するのを聞いた。
自分の失態で、真田を失った悲しみと怒りで腸が煮え返るほど熱いのに五感は研ぎ澄まされたように鋭敏になっている。
煙草に似た甘い香りを風が運んでくるのを嗅覚が感知する。
急に脱兎……否、豹の如く疾駆する。
貴子が立っていた位置を銃声と共に弾丸が過ぎて行く。
腹腔を震わせる大口径の銃声だ。向かいの壁に着弾し、直径40cmほどの範囲でプレハブの壁面に20数個の小さな穴が開く。
散弾銃。
直後に聞こえてきた恫喝力満点の重いコッキング音。それに反して軽く安っぽい空シェルが地面に吐き出される音。12番口径のポンプアクションだ。
柱の陰に姿を隠して耳でそれらの情報を収集。
あたかも敵がわざと貴子に自分の得物をひけらかしているようだった。
冷徹に貴子の頭が回転する。
――――32口径20発イコール12番口径2.75インチ長O(オー)号弾1発分の火力……。
単純に破壊力だけを初活力に置き換えて計算すれば、貴子の頭が弾き出した答えになる。ショットシェル1発の制圧力は中口径短機関銃の一連射分に相当する事になる。
銃身がフルチョークバレルで携行しているのが普通のショットシェルだけではなく、サボット・スラッグ・ガス・ナパームアンプル・グレネード等も用意されていたら?
状況に応じて戦闘力を調節することができるのもポンプアクション式ショットガンの恐ろしい利点である。
「あらあら。驚いたかしら? こんなのも有るわよー」
聞くからに軽い連射音と共にコンクリートの柱が粉塵を上げる。その一点だけに削岩機かチェーンソウを当てられているようにコンクリートの柱が削られる。
――――5.56mm!
――――「マスターキー」!
歩兵が装備する現用火器の中で最高の組み合わせと評価が高いマスターキーが貴子の脳裏を走る。
M16アサルトライフルやM4カービンの銃身下部にポンプアクション式ショットガンを装着して多用途性を高めたコンビネーションアームをマスターキーと呼ぶ。
名前の通り、室内戦の際にドアの蝶番やノブを破壊するために短銃身のポンプアクション式ショットガンが取り付けられたのが始まりだが、ショットシェルの進化で屋外の戦闘でもしばしば使われる。
どの位置から貴子を捉えているのかは不明。近距離戦でも遠距離戦でもオールマイティに戦える武器を持っている事実は判明した。
――――けど……。
――――万能と云うのが欠点なのよ!
どこかのポイント毎に弾薬の補給地点を設けているかもしれないが、それが欠点だと言いたいらしい。
――――マスターキーは万能すぎてそれぞれの携行弾数が限られる
――――どんなに収納力の有るBDUを着ていてもフル装備なら弾薬だけで10kgは有る。
――――必ずどこかに補給地点を設けているはず。
――――そうでないと、身軽にフィールドを走れない!
――――『私を獲物と認識しているのなら機動力を優先する』!
どこに敵が潜んでいるのか不明。コンクリートの柱が銃弾に削られて姿を晒してしまうのはそう遠くない時間だ。
弾道からして自分が隠れている柱の対極側に陣取っているのは確かだ。
先程の禿頭のシングルショット遣いと違って高い位置から弾丸をバラ撒いているのも判る。
向こう側のどの遮蔽物にしても100mは離れている。32口径では到底対抗できない距離だ。タマは届くが殺傷力は殆ど無くなる。
打って出る方法しか残されていない。
敵はそれを望んでいるのだろう。
燻り出す為に、出来るだけの絶望感を与えるつもりで自分のカードを次から次に晒しているのかも知れない。
――――乗ってやろうじゃない!
スコーピオンの携行弾数はいつもの3倍以上も有る。複数の相手を仕留めるつもりで装備してきたのだ。その甲斐があった。
新しい弾倉を挿して半分ほど32口径が残っている弾倉を左手に持つ。
いつ飛び出そうかとスタンバイしている時に甲高い金属音が流れる様に聞こえてきた。5.56mm弾の空薬莢だけをばら撒いたのだろうか?
――――その誘い、乗ってあげる!
左人差し指で眼鏡のブリッジを押して位置を正すと、目前15mほどの位置に有る廃材の山を目指して走り出す。
指切り連射の盲撃ちで向かいの遮蔽物になりそうな箇所を適当に狙う。
目的の廃材まで来る頃には空撃ちをしていた。急いで左手に持っていた弾倉と交換する。
「あはははっ! 楽しい! 楽しいよ!」
女の声が反響する。声の位置に変化あり。貴子と同じ『目線の高さ』まで移動したのか?
「!」
50mほど向こうから灰色のトレンチコートを纏ったロングヘアの女が左右の遮蔽物を素早く移動して伝いながらこちらに向かってくるのが見えた。
ガーゴイルスのサングラスが異様に見える。
直線的な移動ではないので中々スコーピオンの照準の直線上に収まらない。真正面からの一騎打ちを望む戦闘狂であることは痛い程分かった。
美しく靡く女の髪。
吸血鬼のマントを連想させる裾の長いコートが捲れ、下に着込んだ米軍のイラク仕様のBDUが見える。
得物はM4カービンモデルのマスターキー。
現在のアメリカ軍で使用しているM4カービンはフルオートモデルは廃止され代わりに3バーストを標準装備していると聞く。
だとすればあのM4はカスタムか? 廃止前のモデルか? よく見ればショットガンも米軍正式採用のレミントンモデルではない。
機関部の全長が短く右サイドに排莢口が無い。そのスタイルはイサカモデルの特徴だった。装填口と排莢口が同じで特許を取っている。
米国警察が広く採用するイサカM37ステークアウトを自前の改造で取り付けているようだ。
勿論、自前の改造であろうと何だろうと殺傷力は何も劣らない。
女は右手にマスターキーを小脇に挟むようにして構えている。
左手でシガリロを咥え髪に差し込んでいたロウマッチを抜き、マスターキーのキャリングハンドルのサイドで着火する。その火を駆けながら器用にシガリロのフットに点す。
――――いつでも殺せます……か。
女の態度に殺気が燃え立つ。