パッションピンクは眠れない(全年齢版)

 ランヤードスイベルホルスター。右脇に短機関銃を吊り下げて、使用時にストッパーを外し、ストラップを伸ばして右手で短機関銃を保持して発砲する為のホルスターだ。
 ストラップを伸ばしきって保持すれば簡易的なストックになる。
 片手で2、3の作業をしなければならない事と『収納袋的な覆い』に銃本体を収納するわけではなく、ただ銃をブラ提げているだけなので厳密に言えばホルスターには分類されない。ハーネスが正しい表現だろうか。
 ブラックスーツのガードが背広の脇から短機関銃を取り出すシーンは映画ではよく見る演出だが、大概、このようなスリング式ホルスターを使用している。

 少しばかりその絵面が的外れに写る光景がここでは展開されている。

 ランヤードスイベルホルスターに吊り下げられた得物はチェコスロバキア製のVz61スコーピオン。反対側の脇には予備の20連弾倉が4本挿せるポーチが並ぶ。
 それを体にまとった人間はどこから見てもブラックスーツな職種の人間ではなかった。

 少女。
 胸が膨らみかける位の年頃。
 身長は推定で158cmほど。160cmには満たないだろう。
 平坦になりがちな髪質をカットでボリュームアップしたセミロング。
 シルバーフレームの近視用のメガネを着用。
 全体的にはスレンダーな印象を受けるボディ。
 知的だが無機質な雰囲気を醸し出す図書委員系。

 清楚な白い下着姿の彼女の右脇にはVz61スコーピオンが提げられている。
 ホルスターの腰部固定サスペンダーの止め具は布面積がやや少ないショーツ上辺を噛んでいる。
 白いオーバーニーソックスに紺色のワンポイントが映える。


「……」
 彼女は頬を上気させ、微熱を帯びた眉目を少しばかり落として辺りを見回した。
「……」
 ごく一般的なラブホテルの一室。メインであるベッドの上で冷たくなっているのは、顔から上を失った中年男性の死体。その他、変わった事はなかった。
 20個の小さな空薬莢が床に散らばり、硝煙と血臭が渦巻いているだけだ。
 薄っすらと硝煙が立ち昇るスコーピオンの熱い銃口が肌に当たらないように少女は抜き取った細長いバナナマガジンをショーツの尻に差した。
 自分がこの部屋に入るまで身に纏っていた紺色のロングコートから携帯電話を取り出して脳髄と脳漿を撒き散らしている惨状を複数枚、携帯電話のカメラで撮影し、記録した。

 学校指定のローファーを履き、下着姿の上からコートを羽織る。後はいずれも同系色のニット帽とマフラーだけだった。

 雪代貴子(ゆきしろ たかこ)。
 取り立てて語るほどではない中学2年生。
 クラス内でも孤立しているわけではないが、級友と親しく接しているわけでもない。
 それもこれも実家が広域指定暴力団の傘下に収まるヤクザだからだ。望もうと望まざると自然と級友は距離を置く。

 彼女自身は『取り立てて語るほどではない中学2年生』。
 表向きは『取り立てて語るほどではない中学2年生』。

 彼女のもう一つの『歪んだ顔』は恨みを買い取る仕返し屋。
 極論でいえば犯罪被害者から金を貰って『クロの容疑者』を始末する殺し屋だ。
 義侠心で弱者の肩を持っていない。
 自分の昏いサディズムを有効に処理するためだけの手段として開業しただけに過ぎない。
 ヤクザの娘ゆえに派手に嗜好をひけらかしていては野良犬のような公安に嗅ぎ付けられる。
 そこで、誰もが口を噤み『協力』してくれる仕返し屋を開く事で、刹那的で短絡的な性癖を満足させている。
 人間としてはやはり、ヒエラルキーの底辺を徘徊するゴミクズや蛆虫と同列の人種だ。それでも依頼人は喜んで雪代貴子を支持してくれる。


「っん……」
 早々にホテルを後にした貴子は人気がない公園の公衆トイレの個室で指の動きに任せる。
 どうしても20発の32口径で爆ぜた男の頭部が何度も脳裏を嘗め尽くし、我慢できず公衆トイレに駆け込んで火が点いた興奮を処理している。
 業物のナイフで皮膚や筋肉をゆっくりと裂く感触も良いが、水風船が破裂する様に似ている、『一瞬のあの光景』は何度見ても美しいものだ。
 人間の頭があのように美しく散華する瞬間は触覚から伝わる電気信号とは違った甘い電流を視覚を通じて脳髄に伝えてくれる。
 都合良く仕事上、下着姿。今回は女子中学生マニアに強姦された被害者からの依頼だった。
 実家の経営する孫会社のラブホテルの一室を借りての仕事だった。
 警察の手入れや捜査を困難にするために先日から警報や防犯カメラはオフにして貰っていた。

 仕事道具のスコーピオン短機関銃については仕事現場の確保より簡単だった。
 実家と付き合いの有るロシアンマフィアの物流担当者で東洋系ロリコンマニアの「窓口」と一晩、過ごしただけで歩兵一個分隊相当の武器弾薬が手に入る。
 勿論、どんなに優秀な武器でも自分の体に合った得物でなければ長い付き合いには発展しない。
 軍隊で使用される武器は全てにいえる事だが、『武器を人に合わせるのではない。人が武器に慣れるのだ』。
 そうでなければ兵士一人ずつのオーダーメイドの兵器を作らなければならない。
 強装弾を使用するリボルバーは魅力的だったが、大きく嵩張りコッキングもトリガープルも重かった。
 軟鉄弾頭をロードした大型オートも使用した事があったが、着弾時の感触と視覚的爽快感が無かった。
 可能なら九粒弾をロードした12番ゲージマグナムショットガンが欲しかったがサイズが非現実的だった。
 そんな折、在庫処分に困っていたというVz61スコーピオン短機関銃が手元に流れてきた。
 フィーリングもインプレッションも股間が失禁したように濡れたのを強く感じた。
 それはもう一目惚れに近い。
 短機関銃を確実に作動させるために炸薬を強装してある32口径の1発1発の威力は9mmショートに及ばない。だが、一箇所の標的に20発ともなると桁違いの殺傷力が得られた。
 毎分750発以上の速度で吐き出される32口径弾は5m離れた人間の体に着弾すれば、チェーンソウを使って薙ぐのに似ている。
 胴体に集弾させれば文字通り蜂の巣。横に薙げばミシンで縫うように血煙が咲く。
 1発2発では大して面白くない頭部への着弾も全弾命中すれば、無残な破壊を撒き散らす。
 Vz61とそのアクセサリーならコンテナ一個分位紛失しても問題無い……とは、「窓口」の言葉だった。
 その言葉通りに、彼女の手元には今現在、店が開けるほどのスコーピオンとBB弾感覚でバラ撒いても底が見えそうにない32口径弾が有る。

 上手な指が貴子の体を這って、『頭が白く濁る』。
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