相異相愛のはてに





丹後の村から丹波にある小春城に運ぶ荷物の護衛。

あれから心ノ羽が千染と一緒なのがやはり嫌で愚図ったり、千染は千染で一度引き受けたくせに心ノ羽とはやはり嫌だと後々駄々こね始めたりして、独影と忍頭に次ぐ実力者の上忍・雹我(ひょうが)が千染を説得したり、芙雪と中忍の鍔女が心ノ羽をあやしたり、櫻世が間に入って二人の言い分を聞いた上で二人に納得してもらうような説明をする等……。
紆余曲折の末、当初の予定通り、千染と心ノ羽は与えられた任務についた。

里を出発してから、千染はずっと苛立っていた。
まず、心ノ羽が遅い。
自分一人だったら丹後にある村まであまり時間かからないのに、数刻置きに「千染さま〜、待ってください〜!」と後ろで喚くから、度々止まらなくてはいけなかった。
次に、心ノ羽がうるさい。
静かにしとけばいいものを、「ま、まだ日もそこまで沈んでいませんし、ちょっと一旦休憩ついでに本番の練習しませんか?」とか「蛇さんだ、可愛い〜!」「あら熊さんもいる!可愛い〜!」とか「あ、菊だ!綺麗〜!帰り、芙雪さまのお土産に摘んで帰ろうかなぁ」「あ、ち、千染さま!帰りにここらへん寄っていいですか……!?」とか、いちいちいちいち言わんでもいいことを口に出して耳障りでかなわなかった(ちなみにその度に蹴ったり頭を殴ったりして泣かせた)。
次に……いや、もう次とか言ってたらきりがない。
とにかく心ノ羽の鬱陶しさが尋常ではなかった。
村に着いたら着いたで、荷物を運ぶ村人達にまた媚びるような挨拶をして、任務中だというのに村人達と雑談して、挙げ句には村人達は村人達で心ノ羽を気に入ったのか「また村に来てくれたら美味しいもんご馳走するよ」と言う始末。
本当に媚びるのだけは美味い餓鬼だ。
自分もついでと言わんばかりに村人達にそう言われたが、丁寧に断った。
何故殺す価値もない、ただの護衛対象と馴れ合わないといけないのか。
あとそこで能天気に喜んでいる糞餓鬼と一緒にしないで欲しい、とも思った。
というか、こんな顔を隠して正体もわからない相手に軽率にまた村に来てくれだなんて………どうやら村人達も心ノ羽並みに能天気みたいだ。
これが殺す対象だったら嘲笑えるものの、守る対象だから笑えない。
刃を向けて脅すことすら出来ない分、千染は苛々した。


そんなこんなで打ち合わせどおり(というより千染が一方的に)心ノ羽が前衛、千染が後衛といった形で、村人達が運ぶ荷物と一緒に丹後から丹波にある小春城に向かっていた。
不気味な雰囲気が漂う薄暗い山道。
時折、村人達に声をかけられ心ノ羽は前に気をつけながらも、彼らと世間話をする。
夜道はいつ山賊や辻斬りが現れてもおかしくないのに、なんとも阿呆というか馬鹿というか……。
苛立ち通り越して呆れながらも、千染は周りに意識を配る。
配りつつ、なんとなく。
なんとなしに、これからのことを考えていた。
これからとは、そう遠くない先の未来のことである。
戦が、大きな争い事がだんだんと、だんだんとなくなっていき、いつか……こういった仕事ばかりになる日が来るのではないのだろうか。

千染は思っていた。

冷静に。

殺すことも、斬ることも、総じて少なくなる。
いや、それどころか、いよいよ忍の力も必要ではなくなる。
持て余される。
年々、戦の渦中にあったような仕事が減っていくのを感じながら、千染はなんとなしにそう予感していた。
殺人鬼の狂人と、里の者達からもよくそう言われている千染だが、先のことを客観的に見て考える頭はあった。
いずれ、制圧も争い事も武士の力だけで事足りるようになる。
決まったわけではないが、そんな気がする。
平和というものが近づけば近づくほど、千染の中では、その予感が現実味を帯びていってるような気がした。
……まぁ、だからといってどうしようとか困るとか、そういったのは感じていないが。
でも、少し欲を言うなら、そうなる前に朽ち果てたい。
討ち死にでも事故でもいいから世が平和に踏み込む前に死ねたらな、と。
千染は密かに思っていた。
平和となった世の中で生きている自分が、想像出来ないからだ。
想像出来ないけど、でも、頑張って思いつくとしたら。
それこそ本格的に、無駄な殺生というものを始めてしまうかもしれない。
物足りないからって、里の者にも手をかけてしまうかもしれない。
光でも影でも、お尋ね者になってしまうかもしれない。
そうなってもいいかもしれないと思ったりもしたが、やはり潔く死ぬのが一番かもしれないとすぐに考えは戻った。
光の元で生きてる者はともかく、共に影で生きていた里の者をわざわざ何の理由もなしに己の欲求を満たすためだけに殺めるなんて……さすがに。
さすがにそれは……気持ち良く出来ない。
そう思った。
そこまでして生きたいなんて、微塵にも思わなかった。
だから今のうちに、まだ戦というものが存在している今のうちに、自分よりも強い者が現れて、完膚なきままに叩きのめされて、殺されたい。
事故で死ぬのもそれはそれで受け入れるが、自分が死ぬような事故というのがいまいち思い当たらない。
事故らしきことに幾度と出会してきたが、どれも全て難なく回避した。
となれば、現時点で最も確率が高いのは、強者から与えられる死だ。
どんな方法でもいいから、自分が手も足も出なくなって、もうどうしようもない状況にさせて欲しい。
そうすれば、あとは避けようのない死を待つだけだから。
それくらいのことを自分に出来る存在が現れるとしたら、今だけだ。
平和になったら、きっと皆、腑抜けになる。
ほんの僅かでもそんな気がある者に、百戦錬磨で情けも容赦もない千染が負けるわけない。
だから。
………だから、早く、早く現れてくれないかと、千染は静かに思っていた。
今なら、自分でも敵わないような手練れはいるはずだから……。

昔馴染みである独影は、よく遠回しに少しでも長生きしてくれと言ってくる。
直接的な言葉で表すことはないが、おおむね言いたいことは察する。
仕事ついでに奪わなくてもいい命を奪う殺人鬼によくそんなことが言えるもんだ、と内心呆れるのだが、だからといって独影の気持ちが全くわからないわけでもなかった。
昔から一緒だった。
同期が次々と死んでいく中、自分と独影だけが残った。
殺しては生きて殺しては生きてを繰り返し、横を見ればいつの間にか一人だけ。
お互いだけになっていた。
師からの過酷な訓練も経て忍法を得て、気がつけば二人揃って上忍。
共に苦痛と血みどろの道を駆け抜けた同士と言っても過言ではない。
あの頃のつらさも、あの時の苦しさも、吐き気をもよおすほどの血生臭さも敗者からの怨嗟も、唯一知っているのはお互いだけだ。
だから、先に死んで欲しくない。
その片割れを失う寂しさを味わいたくない。
そういったところだろう、多分。
自分も、もし独影が先に死んだら、少しは寂しさを感じるかもしれない。
胸が痛むかもしれない。
けど……だからといって、表に出すことも引きずることもしないだろうが。
そこらへんは、きっと独影も同じはずだ。
独影も、自分が死んだら寂しさを感じはするだろうが、すぐに割り切っていつもの調子に戻るはずだ。
ほぼそう確信出来るくらい、千染にとっても独影は“優秀な忍”だった。
自分と同等の忍と認めていた。

だから……。

だから、独影には申し訳ないが、自分の望みを優先させてもらおう。
平和な世が来る前に死ねるような伏線を張り続けよう。
平和な世で、自分が殺しから……忍から身を引いて、能天気に日の下を歩いている姿なんて、どう頑張っても想像つかないから。
そもそも、幼き頃から己の手を汚し殺生を好んできた自分が、生まれた時から日の下を歩いてる者と共に生きられるわけがない。
なんとか紛れたとしても、そのうち息苦しくなって得物を抜くのが目に見える。
そう考えるとやはり、泰平の前に死ぬのが妥当か。


と……、珍しく感傷的なことを考えていたりしていた千染だったが、その思考は単なる暇潰しなだけで、実のところどうでもよかった。
戦と共に仕事が減ろうとも、世が平和になろうとも、自分がどうなろうとも、どうでもよかった。
散々人を殺してきたからろくな最後を迎えないだろうとだけは確かに思っているのだが、それ以外は本当になんとなく、暇潰しに思ってみる・考えてみるという感覚で、本心から思っているわけではなかった。
いや、独影に関することだけは一応多少なりとも本音は入っているが。
でもそれ以外は、行き着くところ全部どうでもよかった。
それくらい、千染は頓着がなかった。
変わり行きつつある時代も、自分のことも。
ただ生きている限り、与えられた仕事をこなすだけ。
殺生を楽しむだけ。
それだけ。
それだけだった。



そうこう考えている間に。


千染は気配を感じた。
暇潰しをやめて、感じる先に意識を向ける。
ここから約二十丈先の道外れに、気配を感じる。
五人、いや六人か……。
人数がいるあたり、きっと賊の類だろう。
動いていた気配のが、先ほど止まったのを感じたあたり、こちらの存在に気がついたのかもしれない。
心ノ羽は気づいているのか。


「うぅぅぅ……なんかお化けが出てきそうですねぇぇ……」


気づいていない。
お化けなんぞ気にしてる場合か愚図女が。
と、前方でびくびくしている心ノ羽に、笠越しに冷ややかな視線を送りながら千染は思った。
ここで先回って始末することも出来るが、心ノ羽が愚図過ぎてムカつくから何もしないでおこう。
そんな意地悪なことを実行した甲斐あってか、案の定、少し経ってから山賊が真正面から現れた。


「ひ、ひぃ……!」

「さ、山賊だぁ……!」

「よぉ、てめぇらいいもん運んでんじゃねぇか。ここでオレ様の刃の餌食に」

「わあぁぁぁぁ出たーー!!!!?出た出た出たあぁぁーーー!!!!!!!」

「うるっせぇな!!!!!」

「お、おぉお……!す、すすすみません……!」


せっかくいい感じに決め台詞を吐こうとしていたのに、心ノ羽のとんでも声量に遮られて、山賊頭は思わず怒鳴ってしまった。
心ノ羽はびびりながらも思わず謝った。
どこまでも素直な少女である。


「ここらはオレらの縄張りなんだよ。関銭として出すもん出してもらおうか〜?」

「そ、そんな……!これは城主様にお渡しする大事な品物で……!」

「黙りな!」

「ひぃ!」

「城主とかそんなの関係ねぇよ。ここではオレらが正しいんだ。死にたくなったらそれを置いて去りな!!」

「ひいぃ!」


千染は静観していた。
意地悪な気持ちももちろんあったが、ここで一応心ノ羽の力量を見ようとも思っていた。
なんせ、心ノ羽との仕事はかなり久しぶりだ。
前は何の使いようもなく、そこにいるだけの木偶だったが、今回はちょっとばかり違うかもしれない。
さすがに成長していると願いたい。
……そうであると、願いたかったのだが。


「そ、そそそそれ以上近づかないでください!この人達にも荷物も、指一本触れさせませんよぉ!」

「なんだそのへっぴり腰」

「どこの城のもんか知らねぇがまともに構えることも出来ねぇ腑抜けがよく護衛役してるもんだな!」

「まだ城下町の餓鬼の方が度胸あるっての!」


刀を抜いたかと思えば刃先は揺れまくってるわ、腰は引けているわ、山賊達には馬鹿笑いされてるわで……。
その光景を見て、千染は思った。
こいつ全然成長してないな、と。
正直放っといて帰りたい気持ちなのだが、仕事は仕事。
任された以上、やり通さないといけない。
千染は諦めたように小さなため息をつくと、腰におさめている小太刀を掴んで、前に歩み寄った。


「あ……!」

「下がりなさい、心ノ羽。この役立たずの肥溜め以下の塵虫が。下がりなさい」

「うわあぁぁぁ!そうですけどそうなんですけど今この時に言わないでくださいぃーーっ!!」


相変わらず無駄に喚く心ノ羽に、千染は心の中で舌打ちをする。
二人のやり取りを見てぽかんとしていた山賊だったが、次の瞬間には目つきを変えて身構える。
なるほど。山賊とはいえそこらへんの勘は確かですか。
と、彼らの反応を見て、千染は思う。
千染は彼らから目を話さないまま、心ノ羽の方に寄って小さな声で指示を出す。
わたしが右側の者達を斬ったらそこから一気に突破しなさい、と。
それを聞いた心ノ羽は小さく頷くと、刀を腰におさめて、前を向きながら後ろに下がる。
そして、村人達に千染に言われたとおりの指示を静かに言う。


「おい、何してやがる」

「別に何も。それよりそこ、通してくれませんか?急いでいますので」

「いいぜ?ただし、荷物を置いていってからだ。じゃねぇと通さねぇよ。……いや、いっそ殺した方が早いか」


頭の発言と共に、山賊達がそれぞれ得物を構える。
その光景を後ろで見ていた心ノ羽と村人達は、小さな悲鳴をあげる。
一方で、千染は冷然とした様子で、言葉を続けた。


「そうですか……。困りましたねぇ」

「素直に荷物を手放さねぇお前らが悪いんだよ……」

「……穏便に済ましたかったんですけどね」


我ながらに白々しく思える台詞を吐いて、千染は笠の下で申し訳なさそうに……いや。
嬉しそうに笑って、言った。


「致し方ないですよね」


次の瞬間。
千染が消えた。
消えて、心ノ羽達から見て右側にいる山賊二人の首から、血が吹き出た。


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