相異相愛のはてに
遷身忍者の衆。
六年前までは存在していた忍衆。
とある城に仕えており、実力者揃い……だったわけではないが、他の追随を許さないほどの組織力はあった。
城からの信頼も厚かった。
一人一人ノ足りない力を戦略・策略、そして卓越した団結・連携力で補う。
そういった忍衆だった。
構成員も多く、そう簡単に全滅することはない。
なんなら、戦が終わった後でも残るのではないかと噂されていた忍衆だった。
だけど、六年前に全滅した。
それが自然によるものではないのは、見て明白だった。
誰も彼もが無惨に切り捨てられていたのだ。
何者かの手によって。
複数の犯行……としか言いようがなかった。
何せあの人数だ。
しかも実戦経験豊富な忍を何人も相手に一人で葬り去るなんて、まず不可能。
……ただ。
唯一、それが可能かもしれないと囁かれていた忍衆がいた。
忍者・巣隠れ衆。
個々の実力はもちろんのこと、中でも上忍と呼ばれる忍が体得している無二の“忍法”。
巣隠れ衆が異形、異端と呼ばれる象徴たるもの。
人知を凌駕したその技を使えるあいつらなら可能かもしれない。
否、そもそも歴史的にもあいつらは我らが忍からも爪弾きにされた過去があるのだ。
遥か昔とはいえ、当時の恨みつらみが今でも引き継がれているかもしれない。
惨途忍軍以外とはほぼ全く関わりがなかったことも相まって、過去と噂を基準にした憶測が更なる憶測を呼び、瞬く間に疑念と警戒の目が巣隠れ衆に向けられることとなった。
災厄の芽は早く摘むに越したことはない。
その考えに至る忍衆は少なくもなかった。
それほどに危険なのだ、巣隠れ衆の忍法は。
一触即発。
一時とはいえ、そうであったにも関わらず事は意外にも早くかつ丸くおさまった。
巣隠れ衆忍頭・櫻世の働きと惨途忍軍の協力によって。
櫻世が惨途忍軍とどう協力して事をおさめたのか、冤罪を晴らしたのかは敢えて省略する。
とにもかくにも此度の件、巣隠れ衆でなければ誰が、どこの集団がやったことなのか。
六年経った今でも、それは判明されていない。
真相を知るのは……やった当人と、その光景を草木の影から見ていた獣のみ。
そう。
遷身忍者の隠れ里付近に住んでいた川獺の親子は見ていたのだ。
その惨劇を。
犯人の姿を。
***
空を覆う灰色の雲。
雨が降ってくる気配はないものの、太陽も青空も覆い尽くしているそれは、どんよりとした影を地上に落としていた。
そんな空を山の中にある洞窟から見上げながら、巣隠れ衆上忍の一人・独影は肩にとまっている烏の大吉と疎通していた。
独影は時折頷いたり、時折首を傾げたりと、小さな反応を見せる。
肩にいる大吉はじっと独影を見ている。
程なくして、大吉は独影の肩から下り、独影は空から目を離して大きなため息をつき、後ろにある土壁にもたれる。
そして、今度は土の天井を見上げた。
(……なんで今更、って言いたいとこだけど……まぁあそこ付近の子らとは疎通したことがないし、獣伝いでも警戒心が強くて逃げられることがしょっちゅうあったからなぁ)
師匠だったらすぐに聞き出せたのかもしれないけど……。
ふとかつての師の姿が脳裏を過り、独影は何とも言えない気持ちになる。
そして、続け様に過ったのは千染の姿。
(……千染)
幼い頃から血まみれの道を共に駆け抜けてきた昔馴染み。
今でこそ周囲から殺人鬼と恐れられている彼だが、元からそうだったわけではないのは独影がよく知っている。
ずっと近くで彼を見てきたのだから。
千染がいくら残虐非道の冷酷無慈悲と呼ばれようと、独影からしてみれば、ひどい強がりにしか見えなかった。
千染の本心は千染にしかわからないため、あくまで個の意見に過ぎないのだが、そうとわかっていても独影は忍を受け入れ、忍として死のうとしている彼を見る度に、胸の奥が苦しくなった。
本当にそれが千染の望んでいることなのか。
もっと別の生き方がしたいのではないのか。
ーーーお前は知らないだろ?
ーーー千染が寄磨さんからどんなことされてたか知らないだろ?
ーーーお前のいないところで何をされて、何をしてきたのか。
ーーーなぁんにも聞いてないだろ?
いつしか、凍える冬のように冷たい目をした忍に言われた言葉。
ーーー別にそれがわりぃってことじゃねぇよ。
ーーーむしろそれでいいんだよ。
ーーー誰にだって知られたくない秘め事の一つや二つある。だから……。
ーーー今までと変わらず、千染にとって唯一の健全なオトモダチでいてやりな?
ーーー死ぬまでずぅっと。
覆面で隠されていてもその下の口が笑っているのは容易にわかった。
彼の口から出る声も、言葉も、いやに優しくて、いやに冷たい。
あまり関わらなくなった今でもその特徴的な声は鮮明に思い出せる。
とにかく苦手な忍がいつしか言ってきたその言葉を思い出した独影は、複雑そうな表情をする。
千染が自分に言ってないことがあるのは知っている。
何か隠しているのも知っている。
それは信頼してないからではなく、自分との関係に不浄なものを入れたくないからと。
それも……わかっている。
だから、聞かなかった。
しつこく問わなかった。
知っているであろうあの忍に問い詰めることもしなかった。
知らないままでいることにした。
そして、千染のその行動は却って彼の中に幾分かの繊細さがあるということを独影に知らせた。
(……忍から抜けて、穏やかに生きてほしい)
本人に言ったら絶対怒るであろう本音を、独影は胸の内で呟く。
救いたいとか、助けたいとか。
そんな傲慢なことは思わない。
否、思えない。
何故なら独影も“忍”だから。
……それでも。
もし、誰かが千染の手を引いてくれたら。
日の下に出してくれたら。
共に生きることを望んでくれたら。
きっと、そのひどい強がりもしなくなっていくはず。
そして、ようやく一人の人間として未来へと歩もうとしてくれるだろう。
独影もまた千染の存在に感謝していた。
彼がいたからずっと安心していられた。
自分が自分のままでいられた。
昔馴染みであり、かけがえのない……友達。
だからこそ、幸福までとはいかなくても穏やかな未来を願わずにはいられなかった。
だからこそ。
……どんな形であれ。
彼が夜雲に出会って良かったと……心底思った。
徐々に強がりの皮が剥がれていく彼を見て、安堵と喜びを感じた。
夜雲なら千染を日の下に連れ出してくれる。
夜雲なら彼と共に生きてくれる。
忍では与えられないものを与えてくれる。
未来へ引っ張ってくれる。
……そう信じていた。
なのに、今更。
今更、何故。
そんな情報が……。
(……決めつけるのは、まだ早い)
物事には理由がある。
そうならざるを得なかった理由が、必ず。
だから。
(………)
独影は静かに目を閉じる。
腹をくくるかのように。
そんな独影を傍らにいる烏の大吉は、じっと見上げる。
そして程なくして、ゆっくりと目を開いた独影は「っし」と声を出して立ち上がった。
「大吉、そこに案内出来るか?」
「かぁっ」
独影の言葉に大吉は返事をすると、彼の横を通り抜けて飛んでいく。
独影は大吉を目で追い、その後に続いて走り出した。
***
夜。
海に面している花咲村にて。
左足首を負傷してしまった心ノ羽は、そこに住んでいる少女・由良の民家にお邪魔していた。
「まあっ、そんな遠くから山菜狩りに?」
「え、ええ。そのぉ、い、いっぱい採って母と父を驚かせたくてぇ」
「ご両親、今頃心配しているわよね……。住んでるところをもっと詳しく教えてくれたら、伝えに行けれるけど……」
「いえいえいえ!本っ当に大丈夫ですので!ここまでしてもらってそれはさすがに申し訳ないので!」
「でも……」
「あの、あれなんです!わたしよく遠出するので父も母もちょっとの間いなくてもそんな心配することないんです!だから大丈夫ですご安心ください!気遣ってくださってありがとうございます!!!」
「は、はぁ……」
勢いのある言葉数に加えて勢いよく頭を下げてきた心ノ羽に気圧された由良は、内心気にしつつもとりあえず納得した素振りを見せた。
「今父さんがやく……お医者さまを呼んできてるから。多分すぐ来ると思うから、それまで自分んちだと思ってゆっくりしてね」
「は、はい。ありがとうございますっ」
由良は心ノ羽ににこりと笑いかけると、夕飯の準備をしている母の手伝いに行く。
ぽけ〜とその様子を見ていた心ノ羽だったが、途中で背後からの視線に気づく。
振り返ると枕屏風から出ていた影が、ひゅっとその裏に引っ込む。
(………)
絶対に誰かいる。
いくら忍として未熟な心ノ羽でもすぐに気配を感じ取り、枕屏風付近をじっと見つめる。
少し経って枕屏風の裏からそっと顔が半分出てくる。
まさか心ノ羽が未だにこっちを見ていると思っていなかったのだろう。
枕屏風の裏に隠れている子どもは心ノ羽と目が合い、驚いた顔をした!
長いようで短い数秒。
子どもをじぃ〜っと見つめ続ける心ノ羽と怯えた顔をして固まる子ども。
特に意味のない時間だけが流れていく。
しばらくして……心ノ羽がニコッと笑った。
「由良、そこのかぶ切っといて」
「はぁい」
土間で魚の煮つけとみそ汁とを手際よく作っていく由良と由良の母。
その途中で後ろから笑い声が聞こえて、二人は目を大きくして手を止める。
そして、二人同時に後ろを向くと、そこにはお互いに笑い合っている心ノ羽と由良の弟・沿良の姿があった。
「じゃあ次はもっとすごいのいくよ〜?んぶうぅ!!?」
「あはははははははは!ぶ〜〜っ!」
可愛い女の子がやってはいけないぐらいの変顔をかます心ノ羽。
それを見て沿良は大笑いし、心ノ羽の真似をする。
同じく心ノ羽も沿良の変顔を見て、おかしそうに笑う。
楽しそうにはしゃいで遊んでいる二人を見て、由良も由良の母もぽかんとしていたが、すぐに顔を見合わせると小さく吹いて笑った。
「あの子、明るくて元気ないい子ね。まさか沿良がすぐに慣れるなんて……」
「ね。波人でさえ懐いてくれるのに時間かかったのに。わたしもあとでたくさんお話ししよ」
そう話し合いながら、二人は夕飯の準備を再開する。
後ろから聞こえる笑い声に微笑ましさを感じながら。
それから間もなくして。
ガタタッ
潮風で木の部分が傷んだ障子が開く。
その音に反応して、由良と由良の母がすぐに玄関の方を向く。
そして、少し遅れて心ノ羽と沿良も同じ方を向いた。
「ささ、夜雲さま。どうぞ」
先に入った由良の父は、外にいる人物に向けて腰を低くして声をかける。
その声かけに応じるように、外にいた人物は入ってくる。
入ってきた人物に、由良の母はすぐに頭を下げ、由良も少し身なりを気にしつつ頭を深々と下げる。
沿良はその人物を見た瞬間、怯えた顔をして心ノ羽の後ろに隠れる。
一方で、心ノ羽はというと……。
ぞくり
妙な悪寒が背筋を駆け抜けた。
心ノ羽は目を見開き、凍りついたかのように固まる。
見開いた目で、開いた障子の前にいる人物を見る。
灰色がかった白髪に、感情の色が乗ってない藤色の瞳。
無表情の青年。
初めて会ったはずのその青年に、心ノ羽は何故か恐怖を感じた。
どうしてなのか、わからない。
だけど、何の根拠もないのに体が意思とは関係なく反応していた。
冷や汗が出て、体中が震えている。
「こちらの女の子です。立ち上がれないくらい左足首を痛めたみたいで……」
「………」
由良の父の声に従って、夜雲と呼ばれたその青年は心ノ羽の方に顔を向ける。
目が合った瞬間、心ノ羽は思わず息を止めてしまう。
こちらを捕えている藤色の瞳。
その目にあるのは、恐怖の材料になるような感情どころか、波紋すら浮かばない水面のような何も無い静けさだけなのに。
どうして、こんなにも恐れを感じてしまうのか。
彼の目からなんとか逃れようとした心ノ羽は、あっと気がつく。
彼の腰。
そこには何故か刀がおさめられていた。
どうして帯刀なんか、と夜雲の腰を凝視して混乱しかけていた心ノ羽だったが。
「これはお守りみたいなものだよ」
まるで心ノ羽の疑問に答えるように、夜雲が言った。
耳に入ってきたその言葉に、心ノ羽の思考が止まる。
そして、恐る恐ると心ノ羽が顔を上げようとしたところで、夜雲は板間に腰を下ろして、医療道具と刀を置いて、草履を脱いでいた。
心ノ羽はその背中を見ながら、ゆっくりと手を胸に持っていく。
先ほどの心臓がきゅっと締まるような感覚はない。
体の力も徐々に抜けていってるのも感じる。
感覚が元に戻っていく。
さっきのは一体何だったのか。
「心ノ羽ちゃん。この方がうちでよくお世話になっている医者の夜雲さまだ」
障子戸を閉めた由良の父が、呆然としている心ノ羽に声をかける。
心ノ羽はハッとなって由良の父と夜雲と呼ばれたその人物を交互に見た後、慌てるように夜雲に向かって深々と頭を下げた。
「す、すみませんっ。こ、こんな急にご迷惑おかけしまして……!」
「……気にしないで。ちょうど仕事帰りだったから」
淡々とした口調でそう答えて、夜雲は板間にあがって心ノ羽の元に向かう。
心ノ羽の後ろに隠れていた沿良は、夜雲が近づいてくるのを見て、慌てて立ち上がり、夜雲から逃げるようにして走って土間に下り、由良の母に抱きつく。
ちょっと前までは、由良の母も父も夜雲に失礼だろと注意してたが、これは時間の問題だと悟ったのか或いは諦めたのか、何も言わなくなっていた。
