相異相愛のはてに
「雹我が来たのは想定外だったな」
木から木へと飛び移り、鬱蒼とした山の中を駆け抜けながら、咸喪と鍛架は会話をしていた。
「大方、独影が呼んだのだろうな。雹我が来た後、あいつの後ろで烏が飛んでいくのが見えた」
「特別な動作なしでも獣共を使役出来るか……。本当に便利な忍法だ……」
「頭達が欲しがるのも無理ないな。芙雪の忍法もああやって飛び道具のようにも使えるとは……戦場で大いに役立ちそうだ」
「痛みに耐性をつけないといけないがな……」
「そうだな。体の一部の中の一部だけならまだ耐えれるが、ほぼ全身となるとな……。噂ではあの忍法を得るには、生きるか死ぬかの苛烈な拷問を百日以上耐えきらねばならないとか……」
「……もし、あの女の忍法の修得法を知った時は俺が引き受けよう……」
「よいのか?」
「構わん……。誰かがやらねば、宝の持ち腐れになるだけだ……」
「……」
「修業の過程で俺が死ねば、修得不能と見なしてもよいし、お前らで改良してもよい……。後は任せる……」
「あいわかった。……と言いたいところだが、巣隠れの者達があそこまで頑なだとな。忍法の修得法を得る前にやつらの方が先に雲隠れしそうだ」
「………」
「とりあえずは、里に戻って頭に報告だな」
と、交互に話していた咸喪と鍛架だったが、話のきりがいいところで互いに黙り込む。
なんとなく気になるのは、後ろの気配。
特にそれを表に出さず至って変わらぬ様子で先へ先へと進む鍛架とは逆に、咸喪はだんだんと面倒そうな表情になっていく。
「……いつまで拗ねているんだ」
しばらくして咸喪が声をかけたのは、後ろにいる蝶月だった。
蝶月は口を尖らせていかにも不機嫌な表情をする。
「だって……散々だったもの。拗ねもするわよ」
「元々はお前が撒いた種だろ」
「咸喪はわたしが悪いって言いたいの!?」
「悪いだろ」
「っ!?、これだから上忍の男共は無神経で嫌なのよ!鍛架も全っ然味方してくれないし!あんたもあいつと一緒で図体だけの役立たずね!」
「………」
「何か言いなさいよ!むかつく!!」
蝶月は通りかかった際にあった手頃な木の枝を、鍛架に向かって投げる。
が、さも当然かのように、鍛架は首を傾けて避けた。
宙を舞っただけの小枝が、蝶月を嘲笑うように軽い音をたてて落ちる。
その一部始終を見ていた蝶月は、ぎ〜っと苛立ちと悔しさが混ざりに混ざった声をあげる。
「もういいわよ!帰って刺雨(しぐれ)と麻葱(あさぎ)に愚痴聞いてもらうんだから!あんた達がどんだけ無礼な態度とろうと冷たくしてこようと、わたしには里に帰ればたくさん味方がいるんだからぁ!!」
男限定でな。
と、咸喪は口に出したら本人がぶち切れそうなこと思いつつ、深いため息をつく。
独影や芙雪の前で見せていた色気ある大人の女といった雰囲気はどこにいったのやら。
まるで癇癪起こした子どもみたいだ。
(まぁしかし……)
今回は独影一人で任務に出向くと思ったが、上忍を一人つけたか……。
後ろでぎゃあぎゃあと喚いてる蝶月に適当な相槌をしながら、咸喪は考える。
独影一人であれば場合によっては力づくで拐うことも出来たであろうに、上忍をもう一人……しかも芙雪をつけるとは。
おかげで、長年の不仲具合に変わりはなく蝶月とぶつかり合ってくれた。
……あちらはあちらで、こちらの動きに気づいているというわけか……。
(ここまで来たら頭と上忍総出で巣隠れに奇襲……といきたいとこだろうが、櫻世……は辛うじてどうにかなったとしても雹我がいる限り、勝ち目はほぼないに等しいだろう)
それほどに、雹我の忍法は厄介だ。
下手すれば、我が軍を滅ぼされかねない。
逆に言えば、雹我さえどうにか出来れば事が今よりずっと運びやすくなるのだが……。
(……頭が一番欲しがっているのは雹我の忍法だ。口に出さなくてもあの空気でわかる。となれば、忍法を諦める提で殺すことは出来ない。更には、あいつの忍法を特殊な修業を重ねて修得するものではなく……推測するに血筋……。あいつの遺伝が必要なら、余計に殺せないことになる)
そうとなれば、なんとかして本人の考えを変えてこちら側につくようにする……のは非常に難しいだろう。
あの男は人見知りな上に頑固だ。
昔から。
だから、こっちの言うことなんて聞きはしても受け止めはしないだろう。
どんなに媚びへつらったとしても、逆に脅しをかけたとしても、右から左へと流されるだけだ。
……やはり、時間はかかるが外側からじわじわと攻めていくしかないのか。
なんとも面倒だ。
本当に面倒な男だ。
(……“戦乱の元になりうるものは断つべし”、か……。甘いことを)
雹我の言っていたことを思い出し、咸喪は鼻で小さく笑う。
(戦なんて忍法があろうがなかろうが、結局は起きるのだ。仮に世が平和になったとしてもそれは表向きだけで、その裏では続いている。戦が、争いが。どんな形であれ殺し合いは必ず生じる。人の欲望が尽きぬ限り……)
お前らの忍法が途絶えたところで、戦は終わらぬ。
未来永劫。
だからこそ、力は強大であればあるほど持っていて損はないのだ。
……と言ったら、どんな反応を返しただろうか。
あの半端者は。
「ねぇ咸喪。咸喪ってば!」
雹我の考えの甘さに苦笑せざるを得なかった咸喪だが、途中で蝶月の声に気づき、意識を現実に戻した。
「なんだ」
「そういえば刺雨から面白いこと聞いたのよ」
一頻り喚いて罵倒して気が済んだのか、至って落ち着いた様子で、蝶月は咸喪に話を持ち出す。
「面白いとはなんだ」
あまり期待していないようなどうでもよさげな口調で、咸喪は言葉を返す。
だが、
「なんか……花咲村、だっけ?そこの海辺で夜、千染らしき忍とそこの町医である男の子が一緒にいるところ、見かけたらしいわよ?」
その発言を聞いた瞬間、咸喪は目を大きくして足を止めた。
突然咸喪が立ち止まったため、鍛架に続き蝶月も少し驚きながら慌ててちょうど飛び移った先の木の上に踏み留まる。
「ちょっと急に止まらないでよ!」
「それはいつ聞いた話だ?」
「え?ん〜……昨日の昼くらい……?」
「何故すぐに言わないんだ……!?」
「そんな急ぐことでもないでしょう!?本当に千染だったのかもわからないし、見間違いの可能性もあるんだから!!」
いつもよりきつい口調で叱責するように言ってきた咸喪に、むっときた蝶月は反発するように言い返す。
その声と怒った顔をしている蝶月を見て、咸喪はあ……とついやってしまったと言わんばかりの顔をした。
せっかく蝶月の機嫌が直っていたのに、またふりだしに戻ってしまった。
「もー今日は嫌なことばっかり!!独影くんに久しぶりに会えると思ったら傷もののでかぶつ女いるし、独影くんの前で恥かかされるし、鍛架は慰めの言葉一つもかけてくれないし咸喪はわたしにばっか当たり強いし!もういい!わたし今日は帰らない!!」
完全にへそを曲げた蝶月を見て、咸喪は非常に面倒そうな顔をしてため息をつく。
「……蝶月、悪かった」
そして、渋々と蝶月に謝罪した。
「俺も上手く事が運ばなくて苛立っていたんだ。とはいえ、お前に当たるのは大人げなかった」
だが、口では謝るものの、半ば棒読みのような口調で咸喪は言う。
心がこもっていないのは明らかだ。
にも関わらず、蝶月はそっぽ向いた状態でありながらも咸喪の謝罪をしっかりと聞く。
それ以上怒る様子もなく。
「今度珍しい調度品が手に入ったらお前にやるから許してくれないか?」
「………」
「……お前が帰らなかったら無月が心配するぞ」
咸喪に助け舟を出すように鍛架がぼそりと言葉をそえる。
つーんとしていた蝶月だったが、無月(むつき)と聞いてぴくっと反応をする。
そして、そう時間が経たないうちに若干不服そうな表情をしつつも、仕方ないといった様子で咸喪達の方を振り返ると
「まぁ?咸喪がそこまで言うなら?許してやってもいいけど?」
「……礼を言う」
無月の存在がまず大きくあるだろうが、わりと適当に謝罪したにも関わらずあっさり許してきた蝶月に、(単純だな……)と咸喪は呆れ半分見下し半分の気持ちで思った。
「それで、花咲村でのことは刺雨が言っていたのだな?」
「ええ。そこ付近で休息している時に見たらしいわよ」
「………」
「でも夜だったし、本当に千染だったらあんまり近づき過ぎると気づかれて殺しにかかってくるかもしれないから、遠目で見ることしか出来なかったんですって。だから、千染に似た誰かの可能性もありよ。もう一人の方は町医の子でほぼ確定みたいだけど」
「……花咲村の町医とあの殺人鬼が、か」
「だから千染の方は確定じゃないって言ってるでしょ。もし違っていて刺雨を責めるようなまねしたら承知しないからね」
「………」
蝶月としては不確定の情報を言ったらお気に入りの子が責められるかもしれないと思って、すぐに口に出さなかったのだろう。
それでも二人の前でなんとなく言ったのは、信頼している証だった。
自分に優しくしない気に食わない男共とはいえ、部下の存在を決して軽んじたりする二人ではないとわかっていたから。
「……とにかく帰って刺雨に直接聞く」
そう言って、咸喪は踵を返す。
「もしかしたら……あの殺人鬼に弱みというものがあるかもしれないからな」
咸喪の口角が微かに上がる。
巣隠れ衆上忍達の弱み。
本人らを揺るがす弱点。
今まさに惨途忍軍が欲しい情報だ。
「あれに弱みねぇ……」
蝶月は千染の姿をなんとなく思い出す。
何度も見た血まみれの姿。
命を命と思わないような殺しっぷり。
加えて、どれだけ血を浴びようが臓物をぶち撒けようが、人形のように崩れることのない微笑。
殺人鬼と呼ばれる彼の姿を久方ぶりに思い出した蝶月は、顔色を悪くして身震いをする。
千染の忍法は、自分のような色香のある美しい女忍が使ってこそ本領を発揮する……と思っているのだが。
「……あいつの忍法は欲しいけど……、あんまり関わりたくないのよねぇ。冬風と同じくらい」
頭に浮かんでいた千染の姿を掻き消して、蝶月は本音を呟く。
直後、冬風と聞いて、今度は鍛架がぴくりと反応する。
表情は依然と変わらないものの、空気に僅かな重々しさが漂う。
その微かな気の動きを感じ取った咸喪は、面倒そうに目を伏せて軽く息を吸い込むと
「帰るぞ」
と、それだけ言って、体を前に向けると一気に駆け出した。
瞬く間に姿が見えなくなった咸喪の後を、鍛架、蝶月の順にすぐ追いかけていく。
三人が消えたその場には、木漏れ日と小鳥の囀りだけが残った……。
***
昼下がり。
綺麗な海に面した花咲村にて、夜雲はいつものように家を回って住人達を診ていた。
「状態は大分良くなってきていますが、一応薬は引き続き飲んでください。明後日の分まで置いていきます」
最後の一人。
村長である老人を診終えた夜雲は、淡々と必要なことだけを伝えると、傍らに置いていた薬箱を開く。
「いつもいつもありがとうございますねぇ、夜雲さま。夜雲さまもやりたいことがあるでしょうに、わしら老人にばかりかまわせてしまって……ごほっごほっ」
布団から起き上がった状態の老人は、お礼を言いながらも申し訳なさそうにする。
その言葉に対して、夜雲は依然と無表情のまま
「いえ、父さまのやってきたことがぼくのやりたいことなので。だから、気にしないでください」
と、単調な口調でそう言って、夜雲は薬箱から取り出した薬を老人の近くに置いた。
黙々、淡々と。
仕事道具を片付けていく夜雲を、老人はじっと見つめる。
そして、
「夜雲さまは……」
「……?」
「人を“いかす”ために……生まれてきたのでしょうねぇ」
感心混じりの声で言ってきた老人のその発言に、夜雲はぴたりと手の動きを止めた。
「……………人を、いかす、……ため……」
少しの時間を置いた後、夜雲は復唱するように呟く。
夜雲の呟きに、老人は深々と頷く。
「はい。人を、活かして、生かす。正に一雲さまと夜雲さまを表しているような言葉ですなぁ」
「………」
「一雲さまと夜雲さまのような存在は、どこであろうといつの時代になろうと世から必要とされるでしょうなぁ。もちろん、お二人を影で支えてきたお陽さまのような存在も……」
夜雲は小さく開いていた口を、静かに閉ざす。
「ごほっ……だからこそ、大事にせんといかんのですよ。夜雲さまのやられていることを、当たり前だと思わんで」
咳き込みながらも、老人は言葉を続ける。
「本当に夜雲さまには感謝しております。若いのに、ご両親を早くに亡くしておつらいだろうに、ここに残って……わしらの世話をしてくださって……」
「………」
「きっと空の上にいる一雲さまとお陽さまも、夜雲さまを誇りに思っておられることでしょう……。それほどに立派なことをされているのですよ、あなたは……」
夜雲は何の反応も返さない。
ちょうど背を向けているため、老人からは彼の顔が全く見えない。
どんな表情をしているのか……。
なんて考えることもなく、いつもの無表情がそこにあると思って、老人は特に気にしなかった。
「でも夜雲さま。たまには息抜きも必要です……。今度よく仕事で行かれる城下町である祭りに行かれてはどうでしょうか……?」
祭り、と聞いて夜雲は少し顔を上げて反応する。
そして、
「まつり……」
と、ぽつりと呟く。
夜雲の呟きに対して、老人はにこりと笑った。
「はい。その日は仕事はなしにして、一日中祭りを楽しまれてはどうでしょうか?」
「………」
「わしらのことは、どうか気になさらず。その日は仕事のことを忘れて、夜雲さまが存分に祭りを楽しんでくださればわしらは嬉しい限りです」
「………」
「わしらに出来ることと言えば作物か魚をあげるか、こうやって夜雲さまにお暇してもらうことしかありませんので……ごほっ、ごほんっ」
先ほどよりも強く咳き込む老人。
大きく息を吸って吐いてと呼吸を整えている声を背中に、夜雲はずっと黙り続ける。
そして、
「………はい、ありがとうございます」
と、静かな声でお礼を言うと、音もなく薬箱を閉じた。
それから夜雲は外に出て、浜辺のいつもの場所にいた。
青い空の下、悠々と飛ぶ海鳥と穏やかに波打つ海。
太陽の光に反射して、無数の小さな光を散りばめながら、どこまでも果てしなく広がる海。
昔からずっと見てきたそれを、夜雲は無表情で眺める。
ふわりと吹いた潮風が、夜雲の癖ある髪を小さく揺らす。
波の音が心地好く聞こえてくる。
今日はよく漁師達はいない。
市に出稼ぎに行ってるのだろう。
浜辺には夜雲一人だ。
海を映していた夜雲の目が、だんだんと細くなっていく。
そして…………そして。
「うみの〜、むこうにゃあ〜〜たくさんの〜おたからが〜」
民家の間から、小さな男の子が出てくる。
花咲村の漁師達がよく歌う民謡を歌いながら、木の棒で地面をたしたしと叩いて。
その木の棒の近くには、小さな蟹がいた。
男の子の動きからして、蟹を浜辺に浜辺にと誘導しているのだろう。
浜辺に向かって逃げていく蟹を見ていた小さな男の子だったが、ふと顔を上げる。
そして、目に入った“彼”を見て、思わず立ち止まる。
男の子の目が大きくなっていき……次の瞬間には一気に顔が強張った。
男の子は少しの間その場で固まった後、持っていた棒を投げるように手放し、浜辺に向かっている蟹に目もくれず、逃げるように民家へ戻っていった。
「ねねぇ!」
自分の家に戻るなり、男の子は中で草を編んでいた若い女に飛びついた。
男の子の急な行動に若い女……由良は、草編みの手を止めて驚いた顔をした。
「沿良?どうしたの?」
由良は草から手を離すと、沿良と呼んだ男の子を膝に乗せて首を傾げる。
由良の弟・沿良は由良の胸に顔を埋めて縋るようにしがみつく。
「あのひと、あのひとぉっ」
「え」
「あのひとがぁ、おいしゃさまがぁっ」
「夜雲さまのこと?どうしたの?」
男の子は由良の着物を゙ぎゅうっと握る。
そして、
「わらってたぁ……」
今にも泣きそうな声で、沿良は先ほど見たものを由良に伝えた。
その言葉を聞いた由良は、目を大きくする。
「えっ……、夜雲さま笑ってたの……!?」
由良の問い返しに、沿良はこくりと頷く。
沿良の反応を見て、由良は愕然とする。
表情が全くと言っていいほど動くことのない夜雲が、こんな幼い子が見てすぐわかるくらい笑っていたなんて……。
「い……」
由良の唇が震える。
そして、
「いいなぁ〜〜!わたしも見たかったぁ夜雲さまの笑顔〜!」
と、心底羨ましそうな声をあげて、沿良を抱きしめた。
沿良は何も言わず、由良の胸に顔を埋めたまましがみ続ける。
「でも……それってきっと好きな人と上手くいってるってことなんだよね」
ある程度落ち着きを取り戻した由良は、少し切なそうな顔をしながら呟く。
が、すぐにはっとした顔をする。
「あ、しまった。内緒の話だったんだ……。沿良、さっき聞いたことは誰にも言ったらだめよ?いい?ねねと約束っ」
由良の言葉に沿良はこくりと小さく頷く。
その反応を見て、由良はほっとする。
そして、少しだけ困ったような顔をして、沿良を再び見下ろした。
昔から沿良は夜雲を異様なくらい怖がっていた。
いつも無表情で特に愛想もない夜雲だから、小さな子どもからはいまいち好かれてないようだったが……。
それでも沿良くらいの年になると夜雲のやってることがわかってきて、いい人なんだってそれなりに認識するようになる。
夜雲を前にしても避けることなく至って平然とするようになる。
なのに、沿良はずっと怖がっているままだ。
昔と変わりなく。
夜雲が家に回診に来た時は、自分にしがみついているか外に出て波人のところに行くかと、明らかな拒絶を示している。
………いい加減慣れてほしいのが本音だが、沿良の臆病な性格もよく知っているため、由良はあまり厳しく咎めることが出来なかった。
由良はふぅとため息をつくと、沿良の背中を優しく撫でる。
「沿良」
「……」
「沿良にとって夜雲さまは怖い人に見えるんだろうけど、あの人はすごくすごく優しい人よ?夜雲さまのおかげでわたしやお父さんとお母さん、村の人達みんな酷い病や怪我で苦しんでないんだから」
「……」
「それに沿良は夜雲さまの笑顔を見たんでしょ?それこそあの人が怖い人じゃない証拠よ?あんまり表に出さないけど、ちゃんと人並みに喜びを感じれる人なのよ?」
「………」
「沿良………ふぅ」
何を言っても自分にしがみついたまま、反応らしい反応を返してこない沿良に、由良はまた小さなため息をつく。
まぁもう少し大きくなったら沿良も他の子のように夜雲に慣れてくれるだろう。
そう思って、由良はそれ以上何も言わず沿良の機嫌が直るまで、小さな背中を優しく撫で続けた。