相異相愛のはてに





話を聞くだけ聞いて火斑の前から去った千染は、適当に行き着いた山の木の枝に座って考えていた。


(なんだか……新鮮に感じましたね……)


思い浮かんだのは、少し前に見た火斑の姿。
ちょっと困らせてやろうと悪戯心で嫌味混じりの言い方をしたら、慌てて謝ってきた。
そして、見てすぐわかるくらい怯え、震えていた。
……そういえば、これがよくある反応だったっけ。
なんとなく、そう思った。
別に怒ってるわけではないのに、勝手に的外れな想像をして、最悪な未来に恐怖して、一方的に許しを乞いて……。
非常に滑稽、だけどほんの少しだけ可愛らしくも思えた。
その素直な惨めさが。


(あれがおかしいんですよね……)


夜雲の姿を思い浮かべながら、千染は思う。
こっちがいくら低い声を出しても、殺気を露にしても、動じない。
あの肝っ玉の座り具合はどこで養ってきたのか。
忍でも武士でもない、ただの町医者が……。


(……可愛くない……)


威嚇も殺意も、攻撃の手も、顔色一つ変えずに受け止める夜雲に、千染は忌々しそうな顔をする。


(でも……)


だが、それもほんの一瞬だけで、あの夜のことを思い出した千染の表情から棘々しさが消える。
あの夜、再び夜雲の家に訪れた夜……自分を見るなり抱きしめてきた夜雲。
謝ってきた夜雲。
自分がいなくなるのが怖いと、いつになく切実な声で言ってきた夜雲……。
あの時、確かに彼から“余裕”というものを全く感じなかった。
縋りつくようだった。
泣きつくような感じだった。
実際に泣いてたわけではないが……、それでも、それくらいのものを感じるほどの必死さがあった。
あの時の夜雲は……少しだけ……、………。
と、何か思いかけた千染だが、なんだか腑に落ちない気分になってその先の言葉を強制的にかき消した。
それよりも先ほどの話だ。
火斑から聞いた話。
千染は思考を切り換える。


(あの中忍が還手を好きになった理由……。まぁ、要するに昔還手に助けられて、そこから還手に興味を持って好意に発展したというわけですよね)


好きになる理由……というより、きっかけとしては全くもってあり得ることだ。
気持ちはわからないが、理屈としてはわかる。
やはりそういうものなのだ。
誰かを好きになるということは。
火斑のように還手に助けられたという恩恵的なものもあれば、気が合うとか単に容姿が好みとか体型が好みとか、そういった嗜好的なものもある。
そこに損も傷も一切ない。
そしてやはり、対象からの理不尽な損失は対象への好意を大きく揺らがせる。
それを確認出来たのは大きい。
早速当たりを引いたな、と千染は思った。
火斑の還手に対する意識が、他の誰よりも強いと感じ取っていただけに。
………だけど。


(親を殺された……それでも好き……、一体どういうことなのでしょうか……?)


夜雲のことを考えて、千染は不可解そうにする。
自分は夜雲にとって大きな損となることをした。
一生消えぬ傷になるも同然のことをした。
なのに、夜雲は好きと言ってきた。
恨みもせず、憎みもせず、自分を求めてきた。
………だけど、好きな理由を聞いたらあんなあやふやな答えが返ってきたし……。
もしかしたら………。


(勘違いしてる……?)


一つの可能性が、千染の頭に浮かんだ。
もしかしたら夜雲はその時抱いた感情を、好きと勘違いしたのではないかと。
相手のことが忘れられないのは、憎しみでもあり得ることだ。
憎い相手を忘れるわけがない。
殺したいほどとなれば、尚更。
それを夜雲は間違って好意と受け取ってしまったのではないかと、千染は思った。
だとしたら、とんでもない誤認だが、ここまできたらそれもあり得そうな気がしてならない。
とりあえず、今度夜雲に会ったら聞いてみるか。
……もし。
もし、それで今の関係が壊れて殺し合いになったとしても、順当といえば順当なので……別に……。
と、千染がこれからのことを考えていた時だった。



「わーーーー!!!」


「………」


後ろ側から悲鳴が聞こえてきたかと思いきや、次の瞬間にはドボンッという水が大きく跳ねる音がした。
千染は驚く様子もなく、少し眉間に皺を寄せて気難しい表情をする。
というのも、千染はここに来てすぐ気づいていた。
“それ”の存在を。
だけど、“それ”がこっちの存在に気づくわけないので、一人も同然な状況だったのだが……。


「………はぁ」


千染の口から気だるげなため息が出る。
そして、ゆっくりとした動きで立ち上がり、川の音がする方へと向かう。
木から木へと飛び移り、程なくして千染は足を止める。
木の葉っぱに紛れて、川を見下ろす。
木々や大小形様々が並ぶその間で、澄んだ音をたてて流れゆく川。
延々と続いているその川の途中で、千染は“それ”を発見する。
全身びしょびしょなりながら一つの岩に這い上がってきている……心ノ羽の姿を。
ひぃひぃと半べそをかきながら、岩の上に辿り着いた心ノ羽はそのまま座り込む。
どうしてこうなったのか……、きっと心ノ羽なりの鍛錬をここらへんでやっていたのだろう。
で、その最中にうっかり足を滑らして川に落ちてしまった……と。
そういったところだろう。


(……愚図が)


千染はしゃがみ込み、びしょ濡れの心ノ羽を見下ろしながら、胸の内で辛辣な言葉を吐く。
何をしていたのかは知らないが、何もないのに一人で勝手に川に落ちるなんて。
忍として終わっている。
千染は蔑みを込めて思った。


(雑魚兵以下の役立たずのくせに、生命力と運の良さだけは一丁前にある……。本当、目障りな存在ですね……)


そのまま滝下まで流されればよかったのに、と心の中で心ノ羽をとことん貶す千染。
だが、体を震わせくしゃみをする彼女を見るにつれて、そんな心の声もだんだんと消えていく。
眉間の皺が濃くなっていき、表情に苛立ちの色が出てくる。
ふと脳裏に、昔心ノ羽が熱を出して倒れた時、いつになく落ち着きがなかった櫻世の姿が過る(芙雪に関してはお前本当に上忍かってくらい情緒がおかしくなっていた)。
寝ている心ノ羽の側で心配そうに彼女を見守っていた櫻世の横顔。
その姿を思い出し、千染は小さく舌打ちをする。
そして、心底かったるそうに立ち上がった……その時だった。


(!)


何か気配を感じ取ったかのように、千染は動きを止める。
視線を心ノ羽から少し離れたところにある木々の間に向ける。
すると、そこから一人の青年が出てきた。
身に纏っている衣服からして忍なのは明白。
深緑色の瞳に、癖のある焦茶色の短髪。
そして、口元を覆っている薄茶の覆面……。


巣隠れ衆上忍の一人・春風(はるかぜ)だ。


一昨年くらいに上忍に昇進して、今いる七人の中で新参に当たる。
そして……同じ上忍の冬風の弟でもあるのだ。
どうして、春風が突然現れたのか。
たまたま通りかかった……わけではないことを、千染は既に察していた。
木々の間から出てきた春風は、川を飛び越えて一直線に心ノ羽の元へ向かう。
心配そうな表情をして、心ノ羽に声をかけながら上着を脱いで、それを彼女に差し出す。
それを見た心ノ羽は驚いた顔をして両手を振り、首も左右に何度も振った。
声は聞き取れないが、二人の動きと表情を見ただけでどういうやり取りをしてるのか、大体予想出来る。
千染は再びしゃがみ込んで、二人を見る。


(……)


程なくして、千染の視線が二人から春風の方へと寄る。
心ノ羽に上着を差し出したまま、少し緊張した様子で何か言い続けてる春風。
その姿はなんだかいじらしくて、母性をくすぐらせる。
が、当然ながら母性のぼの字もない千染は、冷静に観察するように春風を見る。

実はというと、千染が声をかけようと思っていた五人の中に春風もいた。
一応、という枠で。
見てのとおりだが、春風は心ノ羽に好意を抱いている。
もちろん、里の仲間としてではなく異性として。
心ノ羽を前にしている時の春風を見て、すぐに気がついた。
今のように都合よく現れたのも、里で見かけた心ノ羽に声をかけようとして、でもなかなか声をかけられなくて、声かけようかけようと思っているうちに、ここまでついて来てしまっていたのだろう。
もう“好き”の基本については火斑で確認出来たから、春風にまで聞く必要はないのだが……。
それはそれとして、どうして心ノ羽を好きになったのかは少し気になる。
あんな無能の雑魚を……。


(とはいえ、聞いたところで春風がわたしにちゃんと話してくれるかどうか……)


上着を受け取って何度も頭を下げてくる心ノ羽に、前に出した両手を小さく振りながら控えめに応じる春風。
その姿を見ながら、千染は思う。
何故なら、とある時期からずっと彼に避けられているから。
千染が春風に何かしたわけではないし、逆に春風が千染に何かしたわけでもない。
でも千染はわかっていた。
春風に避けられるようになった理由を。
そのきっかけを。


(………)


過去に見た彼の姿が、千染の頭に浮かぶ。
大きく目を見開いて、自分を見ていた春風。
不規則になる呼吸音、流れ落ちる汗。
驚愕と困惑と焦燥の色に染まりきっていた……深緑の瞳……。
それを思い出し、千染は目を冷ややかに細める。
次いで、浮かんだのは……あの時のこと。
日が落ち、不気味な薄暗さが蔓延る山の中。
どうしようもない熱と嫌悪が体内を駆け巡る中、確かに感じた視線。
感情の揺れる気配。
きっと……いや、絶対に見られていた。
見られるのは別にいいのだが……問題はその時の相手。
相手が良くなかった。
それでより一層春風から避けられるようになってしまったといっても過言ではない。
その相手というのは……。



「よぉ」



相手の姿が頭に浮かびかけた直後、間近で声がした。
後ろから伸びた腕が、千染の肩にだらりと回ってくる。
それを振り払うことも、反応らしい反応も返すこともなく、千染は依然として春風を見続ける。


「俺の弟に何か用か?千染」


じっとりとした甘さのある声が、耳元から聞こえる。
相変わらず耳に纏わりつくような声だ、と千染は冷ややかに思う。
突然気配もなく現れたこの人物が誰なのか、見ずともわかった。
春風と同じく黒の覆面で口元を覆っており、灰青色の髪と灰青色の瞳で凍える冬を思わせるような冷たい目つきの男。
巣隠れ衆上忍の一人・冬風。
春風の兄だ。
いつからいたのか、それとも前から見張っていたのか、はたまたたまたまか。
気配を消すのだけは本当に誰よりも秀でている。
すぐに気づけるのは、現時点だと櫻世か雹我くらいだ。
それでも千染が冬風をさして警戒しないのは、彼が自分に危害を加えることはないとわかっているからだ。


「もしかして声かけづらいのか?お前の大嫌いな心ノ羽さまもいるし。俺が春風を呼び出してやろうか?」

「………却って逃げられてしまうのでは?」


冬風の優しげな声色に対し、素っ気ない声で言葉を返す千染。
そう、千染が先ほど頭に浮かびかけた相手とは正に今隣にいる人物。
冬風だった。
千染の返答に、冬風はくくっと喉を鳴らして笑う。


「違いないなぁ……。ああ、悲しいもんだぜ。たった一人の可愛い弟に嫌われるなんて」


本当に悲しく思っているのかというくらい先ほどと変わらぬ声色で、嘆きの言葉を吐く冬風。
それに対して千染は、


「同じ里の者、しかも男を犯す兄を好く弟なんていないんじゃないんですか?」


と、慰める気配なんて一切なく辛辣な言葉を返す。
千染と冬風はそういった関係だった。
ある日を皮切りに交じり合うようになった。
一度だけではなく、何度も。
特に千染がまだ中忍だった頃に。
そのうちの一回、一回だけ……春風に見られてしまったのだ。
避けられるのも無理はない。
彼の実の兄とそういう行為をしていたのだから。


「はははっ、そうかもなぁ」


冬風は否定しない。
軽く笑って緩く肯定する。


「でも仕方ないだろ?春風が心ノ羽さまに想いを寄せてるように、俺もお前に夢中だったのだから」


肩に回っていた冬風の手が、千染の肌をなぞるようにして動き、彼の頬を優しく撫でる。
千染は無表情のまま、白々しい、と思う。
夢中とか、そんな一つの単語で済む生易しい感情ではなかったくせに。
そうこう思っている間に、川の方にいた心ノ羽と春風が帰っていく。
二人とも、生い茂る木々の向こう側へと消えていく。
事実上、冬風と二人っきりになってしまう。


「なぁ」


それを見計らったかのように、冬風が声をかけてくる。
千染の頬を撫でていた手が、するりと落ちていく。
直後、もう片方の手が千染の顎を掴み、強制的に自分の方へと顔を向かせた。


「そういえばお前、最近いい相手が出来たそうじゃないか」


千染と冬風の視線が交わる。
形としては穏やかに笑っているような目をしているが、瞳の奥からは吹雪のような冷たさを感じさせる冬風の目。
その目を、千染は平然と見つめる。


「……里の連中の噂ですか?」

「まぁ、そういったところだな。で、どうなんだ?」

「あなたが知る必要あります?」

「ははっ、その答えはなぁ……はいって言ってるようなもんだぜ?」


そう言って、冬風は千染の肩を掴むと自分の方に寄せる。


「あーあ……、お前が女だったらさっさと孕ませて俺の女房にしたってのに」

「身の毛がよだつことを言いますね。男に生まれてよかったと心底思いますよ」

「そんなこと言うなよ。悲しくなるだろ?」


冬風の体と千染の体が密着する。
冬風が千染を抱き寄せる形になる。


「俺は俺なりに、お前を愛していたんだぜ?」


千染は抵抗する様子もなく、依然として冬風を見つめる。


「顔も体もその性格も生き様もぜぇんぶ愛していたんだぜ?」


冬風の囁きと共に、千染の肩を掴んでいた彼の手が、撫でるように下がっていく。


「お前が俺を愛さなくても、好きにならなくても……な」


脇腹まで移動した冬風の手が、内側へ向かう。


「俺だけはお前の全てを受け入れるんだけどなぁ……。お前が男であっても殺人鬼であっても、どんな本心を抱えていようが、全部受け入れる。お前の全てを肯定する。お前の全てが愛しいんだから、当然のことだ」

「………」

「誰よりもお前を大事にするし、お前の欲しいもの何だって用意してやる。何だってだ。だから……」


脇腹から胸へとなぞるように進んだ冬風の手が、襟の隙間に侵入しようとする。
が……、指先が入り込んだところで、動きがぴたりと止まった。


「………」

「……」


その場が沈黙に包まれる。
千染と冬風の視線は依然として交わっている。
表情も互いに変わりない。
けど、唯一変わりあるとしたら、冬風の首に……棒手裏剣が食い込んでいた。
千染の手があと少しでも動いたら、その棒手裏剣は冬風の首の皮を突き破るであろう。
冬風は無表情でこちらを見ている千染を見つめる。
見つめて、しばらくしてにたりと笑うように目を細めると、


「強くなっちまったなぁ……」


そう言って、千染の顎と襟にあった手をゆっくりと離していった。
冬風の手が離れていったと同時に、千染も彼の首に当てがっていた棒手裏剣を離して忍袴の隙間にしまう。


「俺の愛の告白、お前には響かなかったみたいだなぁ。ざんねんざんねん」

「何言ってるんですか。あなた、愛してるとか好きだとか誰にでも言ってるでしょう」


吐き捨てるように言ってきた千染のその発言に、冬風はくすくすと小さく笑う。


「まぁな。でも誰にでもは語弊だな。一応ちゃあんと相手を見定めて言ってるぜ?俺は妹ほど、献身的ではないからなぁ」

「……わたしに無駄口叩いてる暇があるのでしたら、弟さんとの関係を少しでも改善する努力したらどうです?」


“妹”のことには触れず、冬風の節操なしな発言も無視して、千染は彼がやるべきであろうことを指摘する。
そう、千染だけではなく冬風も春風に避けられているのだ。
ずっと前から。
実の兄なのに。
しかも、同じ避けられているといっても、冬風のは千染とは違う。
千染に対してはひどく気まずそうかつ時折申し訳なさそうな雰囲気を見せる春風だが、兄の冬風に対しては嫌悪を露にしていた。
心ノ羽が見てもすぐわかるくらい。
あの呑気で愚鈍な心ノ羽が。
きっと春風からしてみれば、あの時の光景は冬風が合意もなく一方的にしているように見えたのだろう。
確かにあれは合意ではなかったが、特に拒否もしていない。
だから、別に傷ついたとか悲しくてつらいとかそういうのはないのだが、まぁ春風にとってはそういう問題ではないのだろう。
それに加えて、冬風の場合は他にも原因があるが。
とにかく、たった一人の可愛い弟と言うのなら、ここでくだらないことを言ってないで彼との関係修復に力を入れるべきでは。
そう思っての発言だった。
だが、その指摘をものともしないように、冬風はまた小さく笑う。


「あ〜、大丈夫大丈夫。春風は大切な大切な弟だから慎重になっているだけで、ちゃあんと考えてるさ」 

「……そうですか」

「くくっ、自分は大切ではないんだって思ったか?一番じゃなかったんだって……嫌な気分になっちまったか?」

「全然」

「まぁそうだろうなぁ。はははっ」


そう言ってケラケラと笑う冬風を、千染は冷めた目で見る。
冬風は昔からこんな感じだ。
何を言っても、どんな言葉を返しても、大抵は肯定して笑う。
肯定しては、受け入れる。
どこまでもどこまでも。
引きずり込むかのように。
……自分に対してはそこまであからさまではなかったが、それ以外に対してはそうだった。
その言動に何の意味があるのか。
千染はよくわからなかった。
ただ、今、確かにわかったのは………。



夜雲が口にする“好き”に対して、冬風が口にする“愛してる”は……薄っぺらく感じた。


言葉の意味としては、冬風の方が深くて重いはずなのに。



そのことに気づいた千染は、思わず冬風から目を離してしまう。
自分を好きだと言った夜雲の姿が、不意に思い浮かぶ。
自分を真っ直ぐ見つめてくる藤色の瞳が。
一方で、千染のその反応を見逃さなかった冬風は、目を細めて笑う。
そして、


「へぇ……そうか」


冬風の声に反応して、千染は再び彼を見る。


「なるほどぉ。じゃあ、俺からはこれで最後にするかぁ」

「……?」


突然納得したようにそう呟く冬風に、千染は怪訝そうにする。
そんな千染をよそに、冬風は静かに立ち上がる。


「千染」

「……なんですか」

「お前にとって俺は節操なしの口先だけ野郎に見えてただろうが、これでも一応お前だけは他よりちょっと特別に思っていたんだぜ?」

「……」

「だからさっきのも同じように見えて他よりちょっと特別な気持ちのこもった告白だ。でも……俺のそのちょっと特別を大きく越えてるんだな、例のお相手さんは。この俺の特別を。……くくっ、くくくくっ……」


冬風は笑う。
おかしそうな、自嘲しているような、ほの暗い感情がこもってるような……そんな笑い声を漏らす。


「それじゃあお前に手ぇ出すのも、これでやめにしようか。お前をもう抱けないと思うとちょっとだけ惜しいけど、まぁ仕方ないよな」


だが、次の瞬間には、冬風はからっとした笑顔を見せて言った。
ひどくあっさりした様子で。
怪訝そうに冬風を見ていた千染だったが、だんだんと無表情になっていく。


「でも……」


冬風は千染の方に体を向き直すと、少しだけ腰を屈める。
そして、千染の顎に人差し指を添えて、少しだけ上げると


「もしそのお相手と上手くいかなくて寂しくなったり困ったりしたら、俺に縋ってくれていいからな。俺はお前をいつでも受け入れるから」

「………」

「それじゃあな」


優しくてじっとりとした声で囁くようにそう言うと、冬風は千染に接吻をした。
覆面越しで、触れるだけの接吻を。
これで最後と、自身への戒めのつもりでやったのだろう。
大した時間を置くことなく、冬風は千染から顔を離すとにこりと微笑んで静かに立ち上がる。
そして、足に力を入れると近くの木に飛び移り、瞬く間に見えなくなった。


「………」


冬風がいなくなり、その場に千染だけが残る。
冬風に接吻されたことについて、特に何も感じていないようで、千染は静かに顔を前に向き直す。
水の流れる心地よい音だけが、聞こえる。
時折吹いてくる風に、長い髪をさらりと靡かせながら、千染はまた思い浮かべる。
夜雲を。
冬風の愛してるという言葉より、重みを感じた夜雲の好きという言葉。
まさか、ここで確かな比較が出来るなんて。


(少しだけ……冬風に感謝ですね)


とりあえず今度夜雲に会ったら話してみよう。
今日得た情報を踏まえて。
そう結論づけた千染は、そのまま木の枝の上で横になり、小さく揺れる緑豊かな葉っぱ達をしばらく見た後……静かに目を閉じた。




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