相異相愛のはてに
「怒らないのですか?」
「どうして?」
「約束を勝手に破りましたから」
「怒らないよ。ぼくがその原因を作ったのだから」
「そうですか……」
「それよりも、きみがまた来てくれて嬉しい」
「………」
「千染くん」
「なんです?」
「ちょっとだけでいいから……抱きしめて欲しい」
「……」
「だめ?」
「……いえ、別にいいですけど」
「ありがとう……」
「……あの」
「何?」
「ついでに聞いてもいいですか?」
「いいよ」
「あなた、何故私を好きになったのですか?」
「……」
「理由、教えてくれませんか?」
「……わからない」
「は?」
「わからないけど……、きみを初めて見た時……なんて言えばいいのかな、……胸に……」
「胸にぽっと火がついたような感覚がして……」
「きみから目を離せなくなって……」
「きみを見れば見るほど……、きみを思い出せば思い出すほど……」
「その火が大きくなって……」
「焼きついて……焦げつくような……、そんな強い感覚……」
「それがずっと、ずっとあって」
「きみの存在がずっとぼくの中にいて」
「これが……この感情が、“好き”なんだって」
「ぼくはきみに恋してるんだって」
「そう思ったんだよ」
***
「それこそ一目惚れってやつなんじゃね?」
昼下がり。
巣隠れの里の外れにある林にて、千染と独影は一本の大木に背を預けて話していた。
話の内容は、もちろん夜雲のことだ。
あの日、幾日かぶりに夜雲の家に行った日の夜。
彼に求められたこと、言われたことを、そのまんま独影に言った。
そしたら、そう答えが返ってきた。
「一目惚れ……ですか」
少し怪訝そうにしながらも、千染は独影が言ってきた言葉を復唱する。
「そーそー。それ以外にねぇだろ」
「……」
独影がそう言うならそうだろうし、自分も思いつく先はそれになってしまうのだが……。
にしてもだ。
夜雲が自分を初めて見たのは、彼の親を殺した時だ。
善良と評した父母を目の前で殺したというのに、その姿を見て一目惚れ?
………どういう感覚なんだ。
「……肉親を殺されたら、普通は殺した者を憎むはずなんですがね」
「例外もあるってことじゃね?」
「………」
それもそうだ。
型に嵌まる者もいれば嵌まらない者もいる。
夜雲は後者だった……だけの話。
と、終わらせたいところなのだが、そうはいかない。
彼の言う“好き”というものをわかるために、今後も彼に会ってみようと決めたのだから。
「まぁ……あいつの感性が常人とは大いに異なるとしてもですよ。わたしを好きになった理由くらい、もう少し具体的に言えるもんじゃないですか?」
「例えば?」
「えっ。………見た目が綺麗だからとか」
「うん」
「……太刀捌きが見事だからとか……、言葉遣いが丁寧だからとか……」
「それもう千染である必要なくね?」
「………」
千染は黙り込む。
独影に指摘されたからではなく、それ以上思い浮かばなかったからだ。
夜雲が自分を好きになった理由が。
「まー若医者くんと関わっていれば、そのうちわかんだろ」
独影は大木から離れて、数歩前に歩き出す。
「仲直りしたんだろ?だったら、焦らずゆっくり理解してけよ」
「……別に直すほどの仲では」
「はいはい。とにかく若医者くんはお前がだーい好きなことに変わりないんだから。しっかり向き合ってやりな〜」
じゃ、と言って独影は疾風の如くその場から消える。
柔らかな木漏れ日が差す大木の下に、千染だけが残る。
小鳥の囀りが、どこからともなく聞こえる。
独影がいた場所を見ていた千染は、ふぅと軽くため息をつくと、顔を前に向き直して視線を落とす。
そして、あの夜のことを再び思い出す。
あの夜、夜雲は一度の接吻とニ度の抱擁だけで自分を解放した。
正直、拍子抜けだった。
絶対に一悶着あると思っていたから。
夜雲からひどく責められて、場合によっては強姦されるかもしれないと見ていたから。
つくづくこちらの予想を裏切ってくる男だ。
なんだったら、以前最後に見た自分のみっともない姿について言及してくるとも思っていたのに、一切口にしなかった。
何か考えがあってのことか……いや。
何も考えていないのか。
そう思えるくらい、あの時の夜雲は切実な様子だった。
とにかく自分を離したくない。
それだけは、はっきりとわかった。
(脅すことすらも……してこなかった)
あの時の夜雲に、初めて……いや、正確には再びか。
とにかく山道で会った時のような、威圧的で支配的な気配はなかった。
(その気になれば、力づくでわたしをどうにだって出来るはずなのに……)
その選択が出来るほどの力量を持ち合わせてるはずなのに、その選択をとらなかった夜雲に、千染は疑問を感じる。
自分を思いどおりにしたいのなら、どう考えてもそっちの方が手っ取り早いのに。
(これも……“好きだから”、なのでしょうか……)
誰かを好きになったら、わざわざ効率の悪いやり方をとるようになるのだろうか。
それはどうして……。
考えれば考えるほど、思考回路が出口のない迷路のようになってしまう。
結局、ここで一人で考えたところでどうにもならないので、千染は小さくため息をついて思考を止める。
そして、大木から離れて歩き出す。
(とりあえず……やれることはやっておきましょうか)
好きという気持ちが何なのか。
どういう感じなのか。
それを少しでも知るために、千染は足に力を入れ、先ほどの独影と同じく一瞬の風だけを残してその場から消えた。
それから程なくして。
豊かな木々に囲まれ、ささやかに流れる川と所々に長屋や平屋がある巣隠れの里。
里の景色がよく見える絶壁から生えた木に降りた千染は、観察するように下を眺めた。
今日は仕事がない日。
いつもの千染なら、里外れの林か山の木に紛れて昼寝しているか、一人で鍛錬しているかなのだが(一応住処である長屋はあるのだがあまり帰らない)……。
この日は違った。
(……思い当たるのは四人……いや、五人か……)
今日その五人のうちの一人でも里にいれば……、と千染は目的の者達を探す。
すると、
(……ん?)
長屋や平屋が集まってるところから、少し外れた場所。
物置と化しているあばら家の近くで、何やら言い争いをしている様子の中忍二人の姿が、千染の目に入った。
小道具が入った桶を抱えてひどく困った顔をしている短い黒髪の青年と、その青年を指差してひどく怒った様子で何か言っている灰色の髪の青年。
千染はその二人を知っていた。
いや、同じ里の者に知ってるも知らないもないのだが、専属の部下を従えてない上に無関心が過ぎて心ノ羽以外の下忍と中忍の顔と名前をいまいち覚えていない(というより覚える気がない)千染にとっては、顔と名前が一致するくらいには認知している二人だった。
人の好さそうな顔立ちをした短い黒髪の青年が太壱(たいち)、顔つきや目つきからして気が強そうな感じの灰色の髪の青年が火斑(ほむら)。
還手専属の部下だ。
どうして千染が、ほぼ全く関わったことのない還手の部下の名前と顔を覚えているのかと言うと……。
(また喧嘩しているのですか……)
そう。
喧嘩しているところをよく見かけるからである。
太壱と火斑がというより、火斑が一方的に怒ってるのだが……。
とにかくあの二人は諍いが絶えないから、嫌でも目についてしまうのだ。
千染にとっては。
あと火斑の方は、上忍の雹我の元弟子というのもあって、太壱よりは多少認識あった。
(どうせまた還手絡みでしょうね……。というより、それ以外にないのですが……)
考えなくてもわかる諍いの原因。
巣隠れ衆上忍の一人・還手。
現上忍の中で最も若く、齢六にして忍法を会得した才女だ。
そして、極度な面倒くさがりで我が儘。
千染にとって還手は、女としてない寄りのないのだが(忍としては一応優秀と思ってる)、一部の男達にとっては大分ありのありありらしい。
実際、還手に惚れている男は複数人いるのだ。
若いからとか、前髪の間から見える顔が可愛らしいからとか、あのなやましい体がたまらないからとか、理由は様々。
そして、今太壱を責めている火斑もその一人だ。
その一人……なのだが。
(ちょうどよかったです……)
どうやら、火斑は千染が探していた五人のうちの一人だったようだ。
しゃがみ込んでいた千染は、すっと立ち上がる。
そして音もなく、その場から消えた。
一方で、あばら家の前では太壱と火斑の言い争いが続いていた。
「貴様いい加減にしろ!毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日俺よりも先に還手さまの世話をしやがって!この役目泥棒!!」
「仕方ないじゃないか!火斑くんは外の仕事でいなかったんだから!それに還手さま直々に命じられたんだから、やらないわけにはいかないだろ……!」
もの凄い剣幕で怒鳴ってくる火斑に対し、太壱も気丈に言い返す。
それが余計に気に食わないのか、火斑の眉間の皺がより一層深くなる。
「そこをどうにかしていいように断れって、いつも言ってんだろ!!」
「無理!」
「あ゙!?」
「断ったら還手さまから理不尽なお仕置きされるから無理だ!あんな目に何度も遭いたくない!!」
「……」
「というか還手さまの、その、あれ、い……いやらしいお仕置き……火斑くんが一番知ってるだろ!?だからぼくの気持ちがわかるはず……」
「知らない」
「え?」
その場がしん……と静まり返る。
火斑は真顔で太壱を見て、太壱はぽかんとした顔で火斑を見る。
が、だんだんととてつもなく気まずそうな表情になっていき、額や身体中から冷や汗が滲み出てくる。
火斑の反応からして還手から、“そういう”ことをされたことないのだろう。
どうやら言ってはならぬことを言ってしまったようだ。
今の火斑の心情を考えたくもない太壱は、彼の様子を窺う。
火斑は未だに真顔のまま、こちらを見ている。
多分、あまりの衝撃に思考回路が停止してるのだろう。
「は、はは……そ、それじゃあぼくは家に帰るんで……」
逃げるなら今しかない。
そう判断した太壱は、そそくさとその場から去ろうとする。
が。
カカカカカッ!
「ぅおぉ!!?」
火斑の視界から外れて一気に走り出そうとしたところで、あばら家の古びた木壁に複数の手裏剣が綺麗に縦一列に並んで刺さる。
太壱の動きを妨げるように。
そして、次の瞬間。
「!、うわあぁ!!?」
胸ぐらを掴まれ、勢いよく木壁に押しつけられたかと思いきや、顔に迫ってきた苦無に太壱は顔を真っ青にして悲鳴をあげた。
咄嗟に手首を掴み、あと少しで頬に刺さるというところでなんとか迫りくる苦無を制止する。
それだけでも十分冷や汗ものなのだが、太壱は恐る恐ると視線をずらして目の前にいるその苦無の持ち主の顔を見る。
直後、太壱の顔が恐怖で強張る。
何故ならそこには……やはりと言うべきか、怒りや妬み、悲しみ、苦しみ、様々な負の感情が詰まった恐ろしい形相でこちらを睨んでいる火斑の顔があった。
「太壱ぃ……貴様というやつは、役目泥棒に飽きたらず還手さまとそういった関係になっていたとは……」
怒りという怒りに満ちた火斑の声に、太壱はあわあわする。
いくら同期とはいえ、実力は火斑の方が上。
もし彼が自分を殺す気になれば、きっと……。
と、最悪な未来を予想してしまい、太壱は慌てて火斑を宥める姿勢に入る。
「ほ、火斑くん……ちょっと落ち着いて話を……」
「なるほど……なるほどなぁ……。だから還手さまは俺を………くくっ……はははっ……」
「……?」
怒っていたかと思えば今度は笑い出した火斑に、太壱は冷や汗を流しながら困惑する。
程なくして、火斑の乾いた笑い声がぴたりとやむ。
そして、落ち着き払ったような表情で太壱を見る。
「太壱」
「は、はい……?」
「還手さまが俺をあまり呼び出さなくなった原因がよくわかった。ありがとう」
「え、いや、そうじゃなくて」
火斑の発言からして絶対誤解してると瞬時に察した太壱は、咄嗟に弁解しようとする。
だが、次の瞬間。
「ならば俺は死ぬのみ!還手さまに必要とされない俺に価値はない!!が、ただでは死なない!太壱ぃ!!貴様も道連れだあぁぁ!!貴様を殺して俺も死んでやるうぅぅぅ!!!」
「わ゙ーーーーっ!!最悪な決断下したよこいつぅ!!!」
半泣きの半狂乱で今度は首に向けて苦無を押しつけようとしてきた火斑に対し、太壱は死に物狂いで抵抗を始めた。
「俺を踏み台にしておきながら貴様だけ……っ貴様だけ還手さまと幸せな毎日を送れるなんて!!還手さまと完全に結ばれる前に俺が地獄に引きずり込んでやるうぅぅ!!!」
「ちがっ!ぼくは還手さまに弄ばれてるだけだって!というか、そんなに還手さまをお慕いしてるのならもっと積極的に関わったらいいじゃないか!!」
「それが出来たら苦労しないわ!還手さまに必要外の会話を持ちかけるなんて……なんか……余計緊張して変なこと言いそう!!」
「なんだそれ!?専属の部下のくせに照れるな!こんなことしてる暇があるなら会話力つけろおぉ!!」
「うるさいうるさい!!!」
ごろごろ、どすんばたん、と忍らしかぬ取っ組み合いする二人。
その一方で、あばら家の屋根上に一つの影が音もなく降り立つ。
千染だ。
こちらに全く気づく様子もなく、幼子の喧嘩のような攻防を繰り広げている火斑と太壱にやや呆れた表情をする。
(なんとまぁ滑稽な……。まだ童子の方がまともな喧嘩しますよ)
これも二人が同期故なのか……。
と、千染はなんとなく推測する。
(さて。とりあえず片方を呼び出しますか)
いくら喧嘩をしている最中でも、自分が姿を現せばぴたりとやむはず。
もしやまなければ、少し痛めつけて大人しくさせればいいだけだ。
そう思いながら、千染は一歩踏み出す。
が、もう片方踏み出しかけたところで、何かに気づいたかのように足を止めた。
直後。
「うちの部下に何か用なの〜〜?」
「……」
耳元から聞こえてきた声。
千染は表情を変えることなく、その場に佇む。
後ろから千染の耳元に口を寄せていた一つの影は、少し退いた後、ふらふらとした足取りで千染の隣に来る。
それは、火斑と太壱の諍いの原因になっている人物。
還手だった。
還手はふわああぁと大きなあくびをして、長い前髪の隙間から下で未だ取っ組み合いをしている二人を見る。
相変わらず眠そうで、着ている着物も帯が緩んで胸元が開いていたりとして相変わらずだらしない。
けど、寸前まで千染に気づかれることなく彼の背後まで近寄れたのは、さすが上忍であり才女と呼ばれるだけはあるといえるだろう。
「もしかしてうるさいから殺そうとしてる〜?だめだよ〜?火斑も太壱も〜、かえでの大事な部下なんだから〜」
いつもの気が抜けそうな間延びした声で、還手は珍しく千染に注意する。
千染は落ち着いた表情のまま、還手に視線だけを向ける。
「殺しませんよ。あんなの殺す価値もありませんし」
「あ〜そうなの〜?ならよかった〜。千染ちゃんのことだから、適当に理由つけて殺そうとしてんじゃないかと思った〜」
「さすがにそこまで見境なくありませんよ。あの片方の……確かに名前は火斑、でしたね。あの方と少しお話がしたいだけです」
「え〜なになに〜?火斑にお話ってなに〜?かえでも混ざっていい〜?」
「だめです。あなたがいると話の流れがおかしくなるので」
「え〜〜」
「それより自分の部下があんな幼稚な喧嘩してるのですよ?上の者として止めないのですか?」
還手が駄々こねる前にと千染は話を変えて、彼女に問いかける。
実際気になっていたことでもあったので。
千染の問いに対して、還手は「う〜ん」と気の抜けた唸り声をあげる。
「わかっているかもしれませんけど、あなたが原因で喧嘩してるのですよ?」
「うん〜」
「あなたが火斑さんから太壱という中忍に乗り換えたばかりに」
「乗り換えてないよ〜?」
「そうですか?あなたの身の回りの世話、火斑さんが昔からやってたにも関わらずここ一、二年で太壱さんによく頼むようになったようですが」
「だって〜太壱の方が家事上手いんだもん〜。特に炊事〜」
「………」
「火斑ああ見えて結構おっちょこちょいなところあるから〜、仕事面は頼もしいんだけどね〜」
「はぁ……」
「それに〜火斑がああやって一生懸命ぴぃぴぃ喚いてるの見てると〜、胸がきゅ〜んってなるの〜」
「……」
「小鳥とか〜うり坊とか〜かわいいのを見た時と同じ気持ちになるの〜。あ〜でもつまり〜かわいいって思ってることだよね〜。だからなかなか見飽きなくて〜」
「………」
「でも〜千染ちゃん言うとおり〜そろそろ止めるべきだよね〜。太壱も困ってるし〜」
還手の気持ちがわからない、というよりわかりたくもないのだが、とにかく火斑も太壱も還手の勝手な気分に振り回されてるとわかった千染は、何とも言えない気持ちになる。
それに加えて、二人に対して若干の哀れみも感じた。
「それに〜誤解されてるみたいだし〜」
「?、誤解……?」
「そ〜、かえでが火斑の××や×××に悪戯しなかったのは〜、火斑に興味なかったわけじゃなくて〜」
「………」
「一応〜雹我さまの元弟子だから〜、あんまり雑なことしない方がいいかな〜って〜」
還手の口から出た言葉に、千染は意外そうな顔をする。
還手が、あの我が儘で傍若無人な還手が、火斑……というより雹我のことを思って遠慮していたなんて。
というかその言い方だと、太壱は雑に扱っていいと言ってるようなものなのだが。
「それに〜火斑は太壱より初そうだし〜、急にやったら〜傷ついて〜泣くかもしれないから〜」
「そうですか……」
「ま〜でも〜、もういいかな〜。雹我さまの元を離れて〜大分経つし〜」
そう言いながら、還手ではふらふら危なっかしい足取りで前に向かって歩き始める。
「いい加減〜二人には仲良くしてもらわないとね〜」
「………」
「千染ちゃ〜ん、かえでの説得っぷり〜しかと目に焼きつけてね〜。いつか千染ちゃんも〜専属の部下を〜持つようになるかもだから〜、お手本として〜見ててね〜」
「はぁ……どうぞ……」
専属の部下を従えることはまずないからお手本もくそもない、と返したいところだったが、返したところで話が長引くだけなので千染は敢えて生返事した。
還手は屋根の端に立つと、ふわっとした動きで二人の元に降りる。
「火斑〜太壱〜」
「!」
「!!、か、還手さま!!?」
突然現れた還手に互いの髪や胸ぐらを掴んで取っ組み合っていた二人は、慌てて互いから離れて還手に向かって跪く。
「二人とも〜よく喧嘩するね〜」
「えっ、あ、も、申し訳ありません……!お見苦しいところを見せてしまいまして……!!」
よく喧嘩する、と聞いて、まさか還手さまは自分が太壱によく文句を言っているのを知っていたのだろうか、と火斑は冷や汗を垂らしながら思う。
一方で、太壱はようやく仲裁に入ってきてくれたかと若干疲れた顔をして思っていた。
「いいよいいよ〜、謝らないで〜。火斑を構わなかったかえでが悪いんだから〜」
「え!?い、いえそんな!還手さまは悪くありません……!悪いのは俺の心の狭さで……!」
(本当にな)
いつになく申し訳なさそうにしている還手に対し、必死に自分が悪いと主張する。
隣でそれを聞いていた太壱はしらーっとしながら胸の内で肯定する。
「ううん〜今回はかえでが悪いよ〜。だからね〜、二人とも今からわたしのおうちにおいで〜」
「えっ!?」
「え……?」
まさかの還手直々の呼び出しに火斑は驚きと嬉しさを感じ、太壱は嫌な予感がすると言わんばかりに顔を上げる。
そして、
「三人で〜夜明けまで〜まぐわお〜?」
「………」
「………」
還手のとんでも提案に火斑と太壱は固まり、屋根上で様子を見ていた千染はどん引きした。
「かえでが〜二人を〜いっぱい気持ちよくしてあげる〜。前も〜後ろも〜」
「……」
「か……還手さま……何を言って……」
周りの凍りついた空気を気にも止めず喋り続ける還手に、太壱は口を挟もうとする。
が。
「三人で〜体から心にかけて〜繋がろ〜?ね〜火斑〜太壱〜?みんなで仲良くしよ〜?」
そう言って、二人の目線に合わせるようにしゃがみ込む還手。
その際に、膝に豊満な胸が乗り、開いた襟元のせいもあって胸の谷間を強調してしまう。
それが視界に入った火斑は目を見開き、太壱は咄嗟に目を閉じて渋い表情をする。
「ね〜、はやくかえでのおうちに行こ〜?」
「ぅ、あ……ぅ……うわあぁぁぁあぁぁ!!あぁあぁぁぁぁごめんなさいいぃぃぃ!!!」
「ほ、火斑くん!!」
色々と耐えきれなくなった火斑は、真っ赤になった顔を両手で覆ってその場から走り去る。
火斑がいなくなり、あばら家の前に呆然としている太壱と不思議そうに首を傾げている還手が残る。
「あれ〜〜?」
「還手さまぁ!仲裁に来てくれたかと思えば急に何言ってるんですかー!?」
火斑と同じく恥ずかしさやら何やらで顔を赤くした太壱が還手に詰め寄る。
「だってぇ、二人には仲良くして欲しいから〜」
「仲良くして欲しいなら!還手さまが以前のように火斑くんにたくさん頼み事をすればいいだけの話でしょう!飯炊きなり洗濯なりお風呂なり!」
「え〜だって〜そこは太壱の方が〜上手に出来るから〜」
「っ……で、でも!火斑くんはぼくよりも長く還手さまに仕えているわけですし、誰よりも還手さまのことを考えているのですから……!少しは目に見える形でその気持ちに応じてもよろしいのでは……?」
なんだかんだ還手に褒められて嬉しくありつつも、火斑のことを考えると申し訳ない気持ちになるため、太壱はなんとか還手の意識を火斑の方に向けようとする。
が。
「そ〜そ〜、だから〜三人で〜思いっきりまぐわうのが〜一番と思って〜」
「いやなんでそうなるんですか!?せめてそこはぼく抜きにしてくださいよ!!」
やはりと言うか、何と言うか。
どう足掻いてもそっちの方に繋げて強制解決しようとする還手に、太壱はうんざりせざるを得なかった。
「大丈夫大丈夫〜、女はなんと〜穴が三つあるから〜。だから〜、二人どころか〜三人同時に〜受け止めれるよ〜?放置されることは〜ないから〜、ね〜?安心でしょ〜?」
「そういう問題じゃないんですよ!!」
(………)
これのどこがお手本なんだ。
と、屋根上から一部始終を見ていた千染は、還手に冷めきった視線を送りながら思う。
(まぁしかし……好都合ですね)
還手と太壱から目を離して、千染は火斑が走り去っていった方を見る。
やり方はなんであれ、火斑が還手達から離れて一人になった。
話しかけるなら今だろう。
そう思った千染は、下で延々と終わりの見えない言い合いをしている二人を放っておいて、音もなくその場から消えた。