恋愛拒絶症の真実!






敷地が広過ぎる宝条院家の豪邸。
そこの食堂では、宝条院家のご令嬢・珠里が凛とした表情で姿勢よく席に着き、昼食が来るのを待っていた。
がちゃり、と食堂の扉が小さな音をたてて開く。
開いた扉の向こうから、味噌汁に焼き魚、松茸ご飯と何とも食欲をそそる和の香りが漂い、それと共に木製のキッチンワゴンを押した太一郎が入ってきた。


「お嬢様、昼食の用意が出来ました」

「ありがとう。太一郎」


珠里が一日中いる休日。
そして、自分の手料理を振る舞える至福の時間。
それを染々と感じながら、太一郎は珠里の元へ歩み寄っていく。


「今日は何かしら?」

「はい。松茸ご飯と鰆の西京焼き、ふきの味噌汁に浅漬けでございます」

「まぁ。素敵な献立ね。美味しそうな上に体にも良さそうだわ。食べるのが楽しみ」

「あ、ありがとうございます」


早速珠里からお褒めの言葉を頂き、太一郎は照れ臭そうに身を縮める。
実家で料理の勉強と実践をしていてよかった、と足が軽くなるのを感じながら、珠里との距離を縮めていく。
そして、あとちょっとで珠里の側に着こうとしたところで……。


「お嬢様ぁ~っ、オレも昼食用意しました~!」


「!!」


またもやどこからわき出てきたのか。
ナポリタンとお冷やが乗った鉄製のキッチンワゴンを押したアレックスが、割り込んできた。


「お昼といえばナポリタンですよね!オレ、お嬢様のために心を込めて作りましたぁ~っ」


陽気に笑ってそう言うと、アレックスはナポリタンを手に取って、キッチンワゴンに身を乗り出す。
そして、



「オレのナポリタン……食べてくれますよね?」



迷彩服を肩下まで脱いで、黒タンクトップに包まれた肉感的な上半身を見せながら、熱を帯びた色気のある声で珠里にナポリタンをすすめるアレックス。
その様を後ろで見ていた太一郎は、「な……、な……」と言葉にならぬ声をもらしてワナワナと震える。
一方で、それを間近で見せられた珠里はというと……。


バッ!ガツガツガツ!!

むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃっっ!!!


「Oh!さすがお嬢様ぁっ。オレ嬉しいデースッ」

「わーーーーっ!!!」


アレックスからナポリタンを奪い取るなり、彼のはだけた上半身を凝視しながらそれを貪り食う珠里。
その光景を見て、太一郎は悲痛な声をあげて泣いた。



***



「いーかげんにするでござるよアレックス殿ぉ!!」


赤絨毯が敷かれた広く長い廊下にて。
太一郎の怒声が響く。
その怒声の先には当然のことながら、開いた窓の枠に腰をかけているアレックスがいた。
アレックスはきょとんとした顔をして、首を傾げる。


「え、どうしたの?」

「白々しい!さっきのお昼のことでござるよ!アレックス殿はもう恋の宿敵でも何でもないのに、どうして未だにお嬢様にちょっかい出すんでござるか!?」

「面白いから……かな?」

「は!?」

「あと楽しいから」

「どっちも大体同じ!!」


申し訳なさそうな顔をしてほぼ同じ理由を二回に分けて言うアレックスに、太一郎はイラッときた。


「別にいいじゃん。お嬢様、正気に戻った後はちゃあんと太一郎くんのも残さず食べてるんだから」


例のナポリタンドカ食いした後、ハッと我に返り「わたくしは何を……」と呟き、次の瞬間には何事もなかったようにケチャップまみれの口で「太一郎、昼食の準備を」といつもの凛とした態度で太一郎に声をかけていた珠里。
そして、そんな珠里を見て「お嬢様お口が……」と困惑していた太一郎。
その光景を思い出しながら、アレックスは悪びれなく言う。
アレックスの態度と発言にムカッときた太一郎は、彼を睨みつける。


「そういう問題ではないでござる!あれはどう見ても食べ過ぎだし、摂取カロリーえげつないでござるよ!」

「お嬢様全然太らないからいいじゃん」

「そうじゃなくて!普通に考えてあれだけ食べたら、消化管の負担がものすごいことになっているから、余計なもん出すなってことでござる!!」


ああ言えばこう言う。
しかも珠里のこと全く考えない。
そんなアレックスに、太一郎はイライラムカムカとしてしまう。
だが、真っ当なことを言ってはいるものの、珠里が自分の作った料理を美味しそうに食べる姿が嬉しくて大好きだから、食事を中断させない太一郎も太一郎であった。


「大体アレックス殿は樹乃様とお付き合いしているのでござろう!心に決めた女性がいるというのに、お嬢様にちょっかいかけていいんでござるか!?」

「あ、そーそー。オレ、樹乃様と別れたから」

「え?」

「言ってなかったっけ?ごめんね~」

「………ほぁ?」


太一郎の口からまぬけな声がもれる。
一体どういうことなのか。
確か、アレックスと樹乃が付き合ったのは先週の話で……。
ということは、二人はこの一週間のうちに別れたわけで……。
そんな超速破局あり得るのか?、と太一郎はなんだか信じられない気持ちになる。


「ち、ちなみにいつ別れたんでござるか?」

「太一郎くんに樹乃様と付き合うことになったの教えたその日の夜」

「お付き合い期間約一日!!!」


三日や五日どころか、一日で関係が終わっていた二人に太一郎は衝撃を受ける。
それはもはや付き合っていたと言えるのか。


「ど、どどどどうしてそんな……」

「ん?あー、あの日の夜ねぇ」


動揺しまくっている太一郎を前に、アレックスは回想に入る。



空に浮かぶ三日月が綺麗な六日ほど前の夜。
宝条院邸の門前。
そこでアレックスと樹乃は対面していた。


「私と別れろ」

「え」

「当たり前だろ。私にはオランダに9人彼女がいるんだよ。お前と付き合ったら、普通に考えて浮気だろ」

「そっかぁ」

「それにお前全然好みじゃないし」

「エ~~ッ」

「私に好かれたかったら、少しは慎みを持ってかつ清楚なタイプになるんだな。じゃあな」

「バァ~イッ」


オレの誘惑にまんまと引っかかったくせに……、と思いながらも、アレックスは去り行く樹乃をあっさりと見送った。
ちなみに樹乃はその翌日にオランダに帰った。



「ってなわけで、樹乃様とは別れたんだよん」

「なんだそりゃ!!」


回想は終わり、全く恋愛感情のれの字もない別れ方をしている二人に、太一郎は驚き通り越して呆れた。


「まぁ胸チラで得た関係なんてこんなもんよ」

「あ、あれ?」

「どした?」

「さっきの回想……、恋人が9人というのも十分おかしいでござるが、彼女というのもおかしくないでござるか?通常は彼氏と呼ぶのでは……」

「今日び恋愛は多種多様だからね」

「??」

「何事も柔軟に受け入れる男にならないとモテないぞ~?」

「いや……どういうことなのか、さっぱり……」

「あそ」

「え……?」

「……」

「……」


意味ありげなことを言うだけ言って、何も言わなくなったアレックス。
よくわからない沈黙が流れる中、太一郎はアレックスに対して、なんだこいつ、とだけ思った。


「と、とにかく!樹乃様と別れたとしても!アレックス殿はお嬢様にはもうそういう気持ちを抱いていないのであろう!」

「そういう気持ちってどういう気持ち?」

「キィッ!しらばっくれるなでござる!ずっと前からお嬢様への恋心はなくなっていたのに、毎度毎度やらしいちょっかいを出して、お嬢様の心を掻き乱して!アレックスは娯楽感覚でやっているのでござろうが、もし!ま、万が一!お嬢様がアレックス殿に惚れたらどうするんでござるか!?」

「それは単純に太一郎くんがオレより魅力がなかったって話になるだけで……。そうなったら素直に反省しな?」

「わ゛ーー!うるさいうるさい!!」


アレックスに負い目を感じさせるつもりが、逆に自分が引け目を感じる羽目になり、太一郎は悔しさやら腹立たしさやらで癇癪を起こした。


「そもそもアレックス殿は警備・護衛担当でござろう!仕事はちゃんとしているのでござるか!?」

「してるよー。オレが来てから、ここチョー平和じゃん」

「だったらその平和を保つために、見回りするなり鍛練するなり身になることをすればいいではないでござるか!なのになんで、いちいちいちいち横からお嬢様のごはんを用意して色仕掛けしたり、割り込むようにお嬢様の身の回りの世話をしては色仕掛けしたりするんでござるか!?意味不明でござる!アレックス殿は何がしたいんでござるか!?なんで人前で肌を晒すことに抵抗がないんでござるか!?それでまんまと誘惑されてるお嬢様を見ては、拙者がどんな気持ちになっているのかわかっているのでござるか!!?」

「太一郎くん……」

「アレックス殿の性悪男っ!すけこましっっ!!ド助平軍人ーーーーっ!!!!」

「るせーーッ!!悔しいならお前も脱げーーーッッ!!!」

「わ゛わ゛ーーーー!!?」


怒りの勢いでアレックスを罵倒した太一郎。
だが次の瞬間、アレックスのナイフによって服の前を縦一直線に大きく切り裂かれた。


「前から思ってたけど、太一郎くんの忍装束って結構型が古いよねー。最近の忍装束はそれなりに露出度あるよ?」

「ひ……ひぃ……」

「時代遅れだねぇ。そんな時代遅れな太一郎くんのためにぃ、オレがセクシーにカッコよくアレンジしてあげるっ。オラッ!!かまととぶってんじゃねぇぞッッ!!!」

「わ゛ーー!やめてやめでぇーーーっ!!!」


ナイフを振り上げて服を切り裂いてこようとしてくるアレックスの腕を掴んだり、体を押したりしながら、太一郎は必死で抵抗する。
騒ぎを聞きつけたのか、廊下の向こうから掃除道具を持ったお団子頭の可愛らしいメイドが、その光景を見て「あ!」と声をあげる。


「コラッ!アレックス!また太一郎をいじめて!旦那様ー!アレックスがーーっ!!」


メイドの叱り声が響いた直後、アレックスは「ヒャッハー!」と笑いながら窓から飛び出て、太一郎は「わ゛ーんっ」と泣きながらその場に崩れ落ちる。
メイドは駆け足でアレックスが出ていった窓に近寄り、のめり込むように外を見る。
だが、そこには青々とした木々が広がる裏庭の景色が見えるだけで、アレックスの姿は既になかった。


「くっ……すばしっこい……」


またしても現行犯逮捕にならず、メイドことメイド長の下高沙理(したたか さり)は悔しそうに歯ぎしりをする。
いないものは仕方ないので諦めたようにため息をつくと、近くでメソメソと泣いている太一郎を見る。


「太一郎、お嬢様の側にも鍛練場にもいないと思ったら、またアレックスに文句言いに行ってたのね。もう何度も泣かされてるんだから、いい加減懲りなさいよ」

「だってだってぇ~~」


切り裂かれた服の前部分を隠すように踞りながらぐすんぐすんと泣く太一郎に、下高はまたもや大きなため息をつく。
アレックスがまた何かやらかしたのは、わかりきっていることなのだが、それにいちいち反応する太一郎も太一郎だ。
太一郎がすぐむきになるから、アレックスが面白がってちょっかいかけるというのに。
いい加減、スルースキルを身につけて欲しいものだ。
……と言っても、素直な性格の上にまだ16歳の太一郎に大人の対応を求めるのも酷な話なのかもしれないが。
それにそもそもの話、悪いのは10:0でアレックスである。


「ま、ここでベソかいてても仕方ないし、お嬢様のところに……って言っても、その格好と顔じゃ行けないわよね」

「……」

「じゃあ着替えたら、いつもの顔つきに戻るまでお掃除の手伝いして頂戴。掃除してたら、気分も直るでしょ」

「うぅ……すまないでござる。下高殿ぉ」


「いつものことでしょ」と下高は太一郎の背中を軽く叩くと、きびきびとした動きで掃除場所に向かっていく。
宝条院邸に来た時からお世話になっている大先輩の背中を見て、太一郎は頼もしさと同時にまた慰められてしまったと申し訳なさを感じる。


(しっかりしないといけないのに、強くもならないといけないのに、拙者はどうして……)


と、自分の情けなさにまたじわりと涙が滲み出たが、太一郎は頭を大きく左右に振って、ぐいっと涙を腕で拭うと立ち上がる。
そして、とりあえずまずは着替えをするべく、シュッと風を切るような音をたててその場から消えた。



***



一方で、アレックスはというと……。


(あー、楽しかった~)


ナイフを片手で器用に回しながら、ルンルン気分で広すぎる裏庭を歩いていた。


(太一郎くんってば、お嬢様をちょっと誘惑しただけであんなむきになって……。お嬢様がオレに本気で惚れるなんてまずねぇってのに)


ぷぷぷとおかしそうに笑いながら、アレックスはナイフを回していた手を止める。


(なんたってお嬢様は……)


アレックスは宙を仰ぐ。
吹いてきた生温い風が、短い金髪を小さく揺らす。
そして、



(太一郎くんがド本命なんだからな……!)



衝撃の真実を、胸の内で言い放った。
珠里の本命が太一郎。
どうしてアレックスがそのことを知っているのか、それは珠里の父・宝条院宗政に呼び出された日のこと。



時計の針が0時を差す深夜。
いかにも金持ちといった上品かつ豪奢なコーディネートが施された宗政の部屋にて。
そこでアレックスは、改めて宗政から珠里の奇病のことを聞かされていた。


「えーと、つまりはその『恋愛拒絶症』は相手が本命に限った話なんですねぇ」


わかりやすく要約してきたアレックスに、宗政は「うむ」と返事をする。


「これがなかなか厄介な病気でね。アレックス、宝条院家が女系家族なのは知っているね?」

「はい」

「そう。つまり、私は婿養子」

「ださ……」

「あ?」

「確かにそうなりますよねー!で、それがどうされたんですかぁ?」

「……」


ヘラヘラと笑っているアレックスをしばらくジトーッと見ていた宗政だが、ゴホンッと咳払いをして気持ちを切り換えた。


「私の妻と娘達を見てわかると思うが、宝条院の女性は皆美しく、気高く、知性もあり、運動神経も抜群で、完璧といっても過言ではない方達ばかりだ」

「へ~」

「だが、天はそれを許さなかった。完璧な女性の存在なんぞ言語道断かというように、彼女達からある感情を取り上げた……!」

「恋愛感情?」

「我々人類がここまで増え、栄えたのは何の感情があってか……わかるかね?アレックス」

「性欲」

「うおぉい!そこは『だから恋愛感情でしょ?』って言うとこだぞー!!」


人差し指で何度もこちらを差してきながら、大きなリアクションでツッコミしてきた宗政を見て、アレックスは真顔で(うざっ)と思った。


「でも間違ってはいませんよね?男と女がセッ●スしてきたから、人類が増えすぎるくらい増えたわけですし」

「私が聞いたのは“感情”のことだ!性欲なんて感情のうちに入らんだろ!」

「劣情って言葉がありますけど」

「黙りなさい!とにかくその男女がまぐわう前に、互いが抱く感情があるだろうっ。もう既に答えは出ているが、それは恋愛感情だ」

「え、別に恋や愛がなくてもその場のノリと勢いでヤる時はヤりますよ?」

「黙れっつってんだろ!!」


しつこく口出ししてくるアレックスに、宗政はビキビキと顔中に青筋を浮かべる。
だが、すぐにハッと今の自分が宝条院家当主に相応しくない振る舞いをしていることに気づき、ゴホンッと大きく咳払いをして元の凛々しさを取り戻した。


「とにかくだ。取り上げられた……は少し言い過ぎたが、宝条院の女性達は自身の恋愛感情に酷く鈍い」

「うん」

「故に、『恋愛拒絶症』完治の鍵となる『恋の自覚』は非常に難しいのだっ」

「確か~、その本命に対する恋愛感情が違うものに変換されるんですっけ?」

「うむ。私の場合、妻・悠利(ゆうり)から私への恋愛感情は『唯一無二のビジネスパートナー』と変換されていた。6年近く……な」

「よく想い続けれましたね」

「当然だ。悠利ほど魅力的な女性はいなかったからね。彼女と結ばれるのなら、6年の月日なんて容易いものさ」

(いや……、ちょっと恋愛モーションかけると高速道路のど真ん中でどじょうすくいを始めたり、猿人化して攻撃してきたり、蛇女みたいになって生卵丸飲みしたりカエル食べたがったりする人をよく好きでいられたなぁと思ったんだけど……)


ちなみにこれらは珠里の母・悠利が残した伝説として、使用人達の間で語り継がれている一部のことである。


「つまり、太一郎くんに対する恋愛感情も何かに変換されてるのですね?」

「ああ、そうだ」

「あ、一応確認したいんですけどぉ。お嬢様、オレの体を見るとわりとイカれぽんこつになるんですが、もしかしてオレにも気があったりします?」

「んなわけないだろ。それは単に煩悩に負けているだけだ」

「……」

「フッ……悠利も若い時はそうだったな。私の幼なじみの体や好みの男体を見るとおぞましい笑顔と涎が止まらなくてな。嫉妬しまくったものだよ。まったく、そういうところもお母さんにそっくりだ」

(やはり例の奇病なくても、素でおかしいとこはあったか……)

「で、話は戻すが、珠里の恋の相手が太一郎くんなのはこの前の山姥化事件で明白となったわけだ。その珠里が今、太一郎くんに抱いている気持ちは何かと言うと……」

「……」

「……」

「………」

「………」

「早く言ってくださいよ」

「なんだと思うかね?」

「え~、……『大事な執事』?」

「ブッブーーッ!!ちがいまぁ~~っっすっ!!!ぶふふー!間違えてやんのーーっ!!!」

「そうですか」

「ちょちょちょちょっまっっ!!!ちょっとしたユーモラスじゃないか!やめて!殺さないで!!」


両手で大きくバッテンを作ってハズレの旨を伝えた直後、背後に回って首にナイフを押しつけてきたアレックスに、宗政は顔を青くして命乞いをした。


「アレックス!宝条院家当主に刃を向けるとは何様だ!こんなの謀反だからな!謀反!悪い意味で歴史に残るぞっ!!ついでに私の親族から恨まれるぞ!!!」

「お嬢様も樹乃様もこんなふざけたクソ親父いらねぇって思ってますから、大丈夫でしよ~っ」

「そんなわけないもん!樹乃ちゃんは今反抗期で冷たいけど、珠里ちゃんとは仲良しだもん!!」

「あっそ。まぁアメリカンジョークはさておき、お嬢様は太一郎くんに対してどんな気持ちでいるんです?」

「え、このままで話すの?」

「当たり前じゃないですか」

「……」


アレックスに背後をとられてる上に首筋にナイフを当てがわれているという、アレックスの気分次第ではいつでも殺される状況に、宗政は冷え冷えの肝になった。


「うむ。珠里が太一郎くんに思っていることはだね……」


いつものきりりとした顔立ちに戻った宗政は、現在恋から変換されている珠里の感情を言い始める。
それを全て聞いたアレックスは、なるほどぉと言わんばかりに納得した顔をした。



回想は終わり。
豪邸周りを巡回していたアレックスは、宗政が言っていたことを思い出して、ぷぷっと笑った。


(いや~~お嬢様って太一郎くんのこと……、なるほどなるほどね~~。確かに接し方がそれっぽいよな~)


珠里と太一郎の姿を思い浮かべながら、アレックスはうんうんと一人で納得する。


(けーど、これはなかなか難関かもねぇ。まだビジネスパートナーの方が男として見られてるというか……。太一郎くん、ちょっとは男気見せないとお嬢様に一生『恋の自覚』なんてさせること出来ないぞ~っと)


まぁオレは面白いからいいけどっ。
と、当人達をよそに真実を知るアレックスは、天の邪鬼なことを思いながら、広すぎる裏庭へと向かっていった。
対侵入者用の罠を仕掛けるために……。



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