好きです!お嬢様!
どうせ叶わぬ恋ならば、と思いきって珠里に告白した太一郎。
だが、彼に待ち受けていたのは“ひじょう”な現実だった……。
***
「えー!告白したらお嬢様が発狂したぁ!?」
珠里が山姥化した日の翌日。
広過ぎる裏庭にて、太一郎から事の全てを聞いたアレックスは愕然とした。
ちなみに珠里はその日のうちに、太一郎と使用人達によって捕獲され、ただ今自室にてお休み中である。
豪邸の壁に背を預けて膝を抱えて座っている太一郎は、半泣きで頷く。
「っぅ……、ま、まさか……お嬢様が……あ、あんなに発狂するほど……っ、拙者が嫌だったなんてえぇ……」
太一郎は肩を小刻みに震わせながら、ぐすぐすと泣く。
昨日の珠里の変異を、自分に告白されたのが嫌過ぎてああなったと解釈したのだろう。
ショックのあまり立ち直れないといった様子の太一郎を前に、アレックスは不可解そうに頭を掻く。
(あっれー?太一郎くんとお嬢様、いい感じだと思ってたんだけどなー?)
太一郎くんがお嬢様好きなのはもちろんのこと、お嬢様もお嬢様で太一郎くんのこと満更でもないような感じだったのに……。
と、アレックスは疑問に思う。
(虫の居所でも悪かったのかなー)
「……ちなみにアレックス殿」
「んぇ?」
珠里の奇天烈な反応の原因を探っていたアレックスだったが、太一郎に声をかけられて考えるのを一旦やめる。
「アレックス殿はどうだったんでござるか……?」
「え?何が?」
「樹乃様でござるよ」
「あ~~………………………………うん。付き合うことになったよーっ」
「えーーーーーー!!?」
まさかのアレックス・樹乃のカップル成立。
ダブルピース、ウインクにテヘペロの三セットポーズでそのことを伝えてきたアレックスを前に、太一郎は鈍器で頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。
「な……ぇ、え……?どうして……」
二人とも初対面なのに……。
アレックスはともかくとして、あんまり軽そうな印象がなかった樹乃が承諾するなんて……。
何がどうしてそうなったのか、ひたすら疑問に思う太一郎。
そんな太一郎の心境を察してか、アレックスは申し訳なさそうに笑う。
「いやぁ、最初は断られたんだけどねー」
頬を人差し指でぽりぽりと搔きながら、アレックスは回想に入る。
時は遡って、昨日の夕方。
どっかの公園のベンチ。
そこでアレックスはエレキギターを磨いている樹乃に告白していた。
「樹乃様、好きです!オレと付き合ってください」
「は?今日初めて会って付き合うとかないだろ。距離感考えろ。去ね」
「これでも?」
「付き合うっすっっっ」
とまぁ、初めは断られたものの、アレックスは迷彩服の前をおもむろに開いて胸チラをしたことにより、樹乃から難なくOKをもらった。
「ま、こんな感じでお付き合いすることになったわけよ」
「なんだそりゃ!?アレックス殿のすけこましいぃーー!!!」
回想は終了し、正統にカップル成立したのかと思いきや、いつもの色仕掛けで樹乃を落としたアレックスに、太一郎は腹立たしさやら不愉快さやらを感じた。
「まーまー、オレ達のことはともかく。とりあえず太一郎くんはお嬢様と和解しないと。お嬢様、今部屋で休んでいるんだろ?オレも付き合うから……」
「和解……?そんなの無理でござる!!」
アレックスが話を前向きな方に持っていこうとするも、太一郎はいつになく声を荒げて拒絶する。
「拙者が想いを伝えた直後、お嬢様は発狂したんでござるよ……?お嬢様がどれだけ拙者を受け付けられないのか、もう明白ではないか……」
「太一郎くん……」
「ぐすっ……、ふ、普通にフラれるならまだしも……狂うほど嫌がられるなんてぇぇ……。もうやだぁ……、お嬢様に会うのこあい……っ、里にかえりゅうぅ……うええぇん……っ」
(やば。笑いそう)
でもここで笑ったらダメだ。我慢我慢。
と、アレックスはなんとかポーカーフェイスを装う。
これ以上見てたらまずいので、膝を抱えてぐしゅぐしゅと泣きじゃくる太一郎から目を離し、アレックスは考える。
(うーん、これはどうしたものか……)
太一郎くんが本当にお嬢様に告白したのもおどろいたけど、まさかこんなことになるなんて……。
でもオレの推測だと、お嬢様は太一郎くんが嫌過ぎて発狂したんじゃないと思うんだけどなぁ。
あの子、嫌だったらちゃんと口ではっきり言うタイプだし。
そもそも嫌だと思ってる相手を側に置かないだろうし。
(ん~、お嬢様が奇行に走るのはそんな珍しい話じゃないし、今回たまたまそれが激しいのに当たってしまったとしか……)
でも今の太一郎くんにそんなこと言っても通用しなさそうだしなぁ……。
かといって、このまま放っておくと本当に里に帰ってしまいそうだし……。
さてさて、どうしたものか。
と、アレックスは現状の打開策を考える。
思考、熟考……。
そして、程なくして………整った。
「太一郎くん」
「?」
アレックスは優しい微笑みを太一郎に向ける。
そして、
「落ち込んだ時は~~…………コレッ!」
「………は?」
一体どこから出したのか。
突然ドンッと突き出された一本のウイスキーに、太一郎はぽかんとした。
「コレ飲んで何もかも忘れよー?ホラッ、口を開けて開けてっ」
「え……いや……、それお酒……」
「うん」
「拙者、未成年でござるよ……?」
「うん」
ちなみに太一郎は珠里と同じ16歳(今年で17歳)で、アレックスは23歳である。
「うんって……わかってるのでござるか……?日本で未成年の飲酒は、うわぁっ!」
「うん。で?それが?どうした?」
「や、やめるでござるぅ!!」
驚異的な速さで詰め寄るなり、顎を掴んで無理矢理ウイスキーを飲ませようとしてくるアレックスに、太一郎は必死で抵抗する。
「日本ではっ、未成年の飲酒は、法律で禁じられているんでござるうぅーーー!!」
「で?つまり?」
「だからダメなんだって!拙者は飲めないんでござる!!てか仮に飲める年齢だったとしても!お酒に逃げたくないでござるーーっ!!!」
「へ~。んじゃあ鼻から飲もっか」
「はっ!?ど、どういう……」
「鼻からの飲酒だときっと法律も笑って許してくれるはずさっ。オラッ!覆面とれっ!!」
「ヒイィー!な、なんでぇ!?わーやめてやめてぇーー!!」
ウイスキーを構えながら太一郎の覆面を剥ぎ取ろうとするアレックス。
酒を飲むのも覆面をとられるのも死ぬほど嫌な太一郎は、アレックスの腕を掴んでなんとか阻止する。
「HAHAHAー!飲めえぇーー!!」と楽しそうに笑うアレックスの姿は、それはそれはとても邪悪で……。
太一郎は思わず「あ、悪魔……!」と口にした。
アレックスの意地悪精神により突如始まった攻防。
忍者と元軍人なだけあってどちらも力はあるが、僅かな対格差のせいで徐々に太一郎が押し負けていく形になっていく。
このままでは鼻にウイスキーを注がれてしまう、と太一郎が絶望していた……その時だった。
「やめるんだ、アレックス」
聞き覚えのある低い声が、二人の耳に入る。
その声に、太一郎もアレックスも動きを止めて、声が聞こえた方を振り返る。
すると、そこには……宝条院家現当主・宝条院宗政(ほうじょういん むねまさ)の姿があった。
「ご、ご主人様……!」
「ちぇ~っ」
突然の宗政の登場にうろたえる太一郎と渋々太一郎から離れるアレックス。
主人から注意されたというのに反省の色が全くないアレックスを見て、宗政ははぁと頭が痛そうな顔をしてため息をついた後、太一郎の方に顔を向ける。
「太一郎くん。昨日は珠里が迷惑をかけてすまなかったね」
「!、そ、そんな迷惑だなんて……」
昨日のことを怒られるかと思いきや、謝ってきた宗政に太一郎は困惑してしまう。
珠里が発狂した原因を作ったのは、自分だというのに……。
「腕は大丈夫かい?」
「は、はい……」
「そうか。ならよかった。それにしても今回はかなり酷かったようだけど、一体どうして……」
「なんか太一郎くんがお嬢様に告った直後、ああなったらしいですよー?」
「えっ」
「アレックス殿ぉお!!!」
タイミングを見計らって真実を打ち明けようとしたのに、横からアレックスに暴露されて、太一郎は思わず怒声をあげた。
「アレックス殿はどうして!そんなに!デリカシーに欠けてるんでござるかぁっ!!」
「え、だってご主人様の疑問には答えてあげないと」
「だからってアレックス殿が答えることじゃないでござろおぉー!拙者のことなのにぃ!!」
「え、ごめん」
「うわあぁあああっ!!悪いと思ってるなら、酒飲むなぁアアッ!!!」
全く悪びれもせず持っていたウイスキーをぐびぐびと飲み出すアレックスに、太一郎は頭に血がのぼり過ぎて血管がはち切れそうになった。
「太一郎くん……」
「ハッ!」
なめきった態度をとってくるアレックスに全ギレしていた太一郎だったが、宗政に名前を呼ばれて我に返る。
そして、改めて現状を把握し、だらだらと冷や汗を流す。
執事……しかもただの忍者風情が、宝条院家のご令嬢である珠里に一線を越えた感情を抱いていた上に、その想いを伝えて珠里を発狂させてしまっただなんて……。
父の宗政からしてみれば、とんでもない話だろう。
時代が時代なら、打ち首ものだ。
さすがに処刑とまでいかないとはいえ、何かしらの処分は免れられないだろう。
下手したら、クビの可能性も……。
(……いや、いいではないか。それで……)
お嬢様に、あんなにも発狂するほど嫌な思いをさせてしまったんだ。
拙者にはもう、この屋敷に……お嬢様の側にいる資格なんてない。
だから、クビになったところで、悲しむことも困ることもない。
二年間……、長いようで短い春であったな……。
太一郎は目に涙を浮かべつつ、腹をくくる。
この二年、珠里の側で仕えていた日々を走馬灯のように思い出す。
そして最後に、気高く、美しく、優しい珠里の横顔が太一郎の頭に浮かぶ。
(……さよなら、お嬢様……)
もう二度と会うことはないであろう珠里に、太一郎は別れを告げる。
地に芽吹く幼い花々と暖かな風が春の訪れを知らせる三月……。
太一郎は二年間抱き続けた恋に、終止符を打っ「判断が早すぎるぞ太一郎くん!!!」
「ヒィッ!?」
珠里に燗する全てを手離そうとしていた太一郎だったが、急に眼前まで詰め寄って叱咤してきた宗政に、悲鳴をあげた。
明らかに怯えた目で自分を見ている太一郎を見てハッとなった宗政は、一旦身を引いてゴホンッと咳払いをする。
「すまない。驚かせてしまったね。君から諦めの匂いがしたから、つい焦って……」
「諦めの……匂い……とは……?」
「それで、一応確認させてもらうが、珠里に告白したのは本当かね?」
太一郎の疑問を無視して、宗政はアレックスの言ったことが事実なのか太一郎に聞く。
色々と困惑しながらも、太一郎はぎこちなく頷いて返事をする。
それを見た宗政は、「そうか……」と顎に手をそえる。
何やら悩ましげにしている宗政の様子に、太一郎は不安を感じる。
横からアレックスが「残り飲む?」とウイスキーを押しつけてきたが、無視した。
程なくして、宗政が意を決したように太一郎を見る。
「太一郎くん」
「は、はいっ」
宗政の真剣な声に、一気に緊張が走る。
一体これから何を言われるのか……。
と、また冷や汗をかきながら身構えていた太一郎だったが……。
「実はだね………珠里は、奇病を患っているんだ」
「……え?」
今度こそ叱られるかと思いきや、宗政の口から出た予想外過ぎる言葉に、太一郎は目を大きくして固まった。
珠里が、奇病持ち。
それは一体……。
「驚くのも無理ない。ずっと黙っていたからね……。でも、今となってはもう隠せない話だ」
木の根元に座り込んでナイフを磨いているアレックスをよそに、宗政は話を続ける。
「『恋愛拒絶症』という宝条院家代々に伝わる奇病でね。異性・同性問わず恋愛的な展開を迎えると、急に野生化したり、逆に仏のように悟ったり、背中から強そうな触手が出たり、血の涙を流して海に還ったりと……身体的にも心理的にも我を失う恐ろしい病気なんだよ……」
「そんな……」
「ドラ●エでいうパル●ンテみたいなものだ。珠里の母……私の妻もそうだった。彼女と結ばれるまで、たくさんの苦難があった……」
「……」
衝撃の事実に、太一郎は何も言えず黙り込んでしまう。
まさか、宝条院家にそんな呪いのような奇病があったなんて。
しかも、それが珠里に遺伝していたと……。
ということは、珠里があの時発狂したのは………。
「太一郎くん」
「!」
答えに辿り着く前に、宗政に名前を呼ばれ、太一郎はハッとする。
顔を上げると、そこには切実そうな目でこちらを見つめている宗政の姿があった。
「君に不快な思いをさせた上でこんなことを言うのも大変申し訳ないのだが……、告白は一旦保留にさせてもらえないだろうか?」
「え……?」
またもや予想外のことに、太一郎は驚く。
「先ほど言ったとおり、珠里はとても恋愛なんて出来ない奇病を患っている。しかも本人無自覚でだ……」
「……」
「成人を迎えるまでには治るはずだが、それがいつなのかわからない……。幸いにも珠里自身まだ恋愛に興味持ってないみたいだし、もし太一郎くんがよければなんだが、珠里の病気が治るまでその……正式な告白は待ってもらえないだろうか?」
「……」
「それで……これからも今までどおり、珠里の側にいて欲しい。恋愛感情はないとはいえ、あの子は君のことをすごく気に入っているから……」
「………」
「ダメ……だろうか」
酷く申し訳なさそうにかつ縋りつくような目でこちらを見つめる宗政をしばらく見た後、太一郎は静かに目を伏せて首を横に振る。
そして、
「願ってもないことでござる」
太一郎は笑って答える。
その笑顔とその返答に、宗政の表情が明るくなっていく。
「こちらこそ、これからもお嬢様に仕えさせていただきたく思います。執事として」
「太一郎くん……。っありがとう……」
律儀に頭を下げてくる太一郎の姿は、いつもの彼と変わりなく……。
その姿を見て、宗政は安堵と共に嬉しさも感じ、思わず目に涙を滲ませる。
きっと、今回の件で太一郎が珠里にドン引きして辞めるかもしれないと心配だったのだろう。
宗政はポケットから出したハンカチで目元を拭うと、いつものきりりとした目つきに戻る。
「では、太一郎くん」
「はい!」
「早速で悪いのだが、珠里に林檎を剥いてやってくれないか?もう目覚めているだろうから」
「承知しました!」
宗政に珠里の世話を命じられて、太一郎は喜んで返事をすると、シュッと瞬く間に消える。
珠里と同い年の少年とはいえ、さすが忍者といったところだろう。
太一郎がいなくなり、しばらくきりりとした表情で佇んでいた宗政だったが、次の瞬間……一気に表情が緩み、安堵の息を大きく吐く。
「はあぁ~~、とりあえずなんとかなったぁ」
と、宗政が安心し過ぎて本音をもらした直後。
「ご主人様ぁ」
「!」
いつの間にか後ろにいたアレックスが、宗政の首に腕を回す。
そういえばアレックスがいたことをすっかり忘れていた宗政は、ギョッとした顔をする。
「随分と都合のいい奇病ですけど、本当のところはどうなんですかー?」
「アレックス……」
やはり勘づいていたか……。
と、相変わらず裏が読めない笑顔を向けてくるアレックスを側に、宗政は諦めた顔をする。
そして、周りに誰もいないか確認した後、宗政は「珠里と太一郎くんには内緒にして欲しいんだが……」とひそひそと話し出す。
それをふんふんと聞いていたアレックスの表情が、次第に意地悪そうな笑顔に変わっていった……。
***
その頃。
珠里の部屋では。
「お嬢様、林檎でございます」
「あら、ありがとう。太一郎」
清潔感があり、かつ上品なコーディネートが施された広い部屋の奥にあるベット付近で、太一郎と珠里は顔を合わせていた。
「まぁうさぎさん風に切ったのね。とても可愛いわ。太一郎は本当に器用ね」
「あ、ありがとうございます……」
優しく笑って褒めてきた珠里に、太一郎は顔を赤くして指をいじいじさせながらも、言葉を返す。
「ところで窓から見えたのだけど、裏庭の一部が壊滅していたわね」
「!」
「私が寝ている間に何かあったの?」
珠里の問いに、太一郎はギクッとする。
珠里の様子からして、どうやら昨日の山姥化した時の記憶はないようだ。
だからといって、裏庭の一部を破壊したのは珠里だなんて言えるわけなく、太一郎は必死に別の理由を考える。
「え、えぇと、し、侵入者がいまして……。それを撃退していたら、あんなことに……」
「まぁ、侵入者ですって?」
「も、申し訳有りませんっ。拙者が未熟故、裏庭がああなってしまって……」
「裏庭なんてどうでもいいわ。その腕の包帯……そういうことだったのね。他に怪我はない?体調は?」
「え、あ……せ、拙者は特に何とも……」
「それならよかったわ。裏庭が壊滅しようと、家が崩壊しようと、太一郎が無事なら問題ないわ」
「……」
そう言って、ナイフとフォークを使ってウサギ型の林檎を丁寧に優しく切って上品に食べ始める珠里。
その姿と先ほどの珠里の発言を、太一郎は重ね合わせる。
自分のことよりも、他人のことを心配し、気遣う。
お嬢様はいつだってそうだった。
初めて会った時から、ずっと。
だから、自分は惚れたんだ。
お嬢様に。
彼女の心の強さ、美しさに。
(……結局)
告白は先延ばしになったけど、それでいい。
まだ、今のままでいいんだ。
美しくて気高くて、それであって優しいお嬢様の側にいられるなら……。
常軌を逸した奇病だって、喜んで受け入れられる。
お嬢様がどんな姿になろうと、拙者は執事としてお嬢様の側にいる。
……この時間がいつまで続くのか、わからないけど。
それでも今はゆっくり噛み締めよう。
この幸せを。
『好きです!お嬢様!』おわり