好きです!お嬢様!
前回のあらすじ。
太一郎が仕込んだ胸風船が大破裂した後、謎の美少年(?)が現れた。
「……」
壁に背を預け、腕を組んだまま、珠里達を見つめる美少年(?)……もとい“樹乃”。
あまりにも美しく、冷然としたその佇まいに、アレックスはなんだか敗北したような気持ちになって、くっと悔しげな声を漏らす。
新たなライバルの登場かもしれない。
そう察したアレックスは、太一郎の隣にささっと移動する。
「太一郎くん……!気絶したフリしてる場合じゃないぞ……!」
「な、何を言って……拙者はあれだけの風圧を受けたんですぞ。気絶して当然……」
「やっぱりフリじゃねーか!オラァッ!!」
「いたぁい!?ひどいでござるアレックスどのぉ~っ」
往生際悪く気絶のフリをし続けようとした太一郎にイラッときたアレックスは、思いきり彼の胸を叩いて喝を入れた。
「あれを見ろあれを!」
「ほえぇ?、!、わわっ!綺麗な少年でござる!」
叩かれてじんじんと痛む胸を涙目でさすっていた太一郎だが、アレックスに強制的に樹菜の方に顔を向かされてようやく彼(?)の存在に気がつく。
しかも、いつの間にか珠里が近づいており、何か会話しているではないか。
いつも毅然とした態度の珠里が、いつになく表情を柔らかくして彼(?)と喋っている。
その姿を見て、太一郎は激しくショックを受ける。
「そ、そんな……お嬢様が……、お嬢様があんな親しげに……っ」
「どうする?殺すか?」
「ころっ……!?そんな物騒なことよく平然と言えますな!ダメでござるよ!相手が刺客でもないのに私情で殺すなんて!非常識にも程があるでござるよ!」
「いやだって邪魔なヤツは殺すしかなくない?」
「こいつ怖い!」
己の恋路がどうなるか以前に隣の元軍人が殺傷事件起こしそうで、太一郎は顔を青くして戦慄した。
「何を騒いでいるの?」
「あ、お、お嬢様!」
会話が済んだのか、こちらに近づいてきた珠里に、太一郎は慌てて反応する。
「太一郎、あなた気絶していたみたいだけど大丈夫?」
「あ、は、はいっ。もう意識が戻りました故……」
と、返事を返しつつも、珠里の後ろにいる樹乃が気になって、太一郎はちらちらと彼を見てしまう。
「お嬢様ぁ。そちらのナイスルッキングボーイは誰ですかー?」
いつもの陽気な感じに戻ったアレックスは、人懐こい声で樹乃のことを聞く。
その問いを聞いた珠里はきょとんとした後、クスッと少しだけおかしそうに笑う。
突然笑った珠里に、太一郎もアレックスも不思議そうにする。
「ふふっ、ごめんなさい。やっぱり初めて会う人はそう見えるわよね」
「?」
「どういうことですか?」
状況が全くわからない二人は、首を傾げる。
珠里は軽く咳払いして、樹乃の方に手を向ける。
そして、
「紹介するわ。彼女は宝条院樹乃(ほうじょういん じゅの)。私の妹よ」
「え」
「えぇ!?」
美少年だと思っていた樹乃はなんと女……しかも、珠里の妹だった。
珠里よりも身長が高く、ベリーショートで黒Tシャツにジーパンというラフな格好だったものだから、つい美少年と勘違いしてしまっていた太一郎とアレックスは衝撃を受ける。
「姉さん、こいつら何?」
「お口が悪いわよ、樹乃。二人は我が宝条院家の自慢の従者。彼がアレックス、そして彼が太一郎よ」
「ふーん」
珠里が丁寧に二人を紹介するも、樹乃は大して興味なさそうな反応を返す。
「どうもはじめまして、樹乃様。アレックス・キーンです。どうぞ、お見知りおきを」
「あ、せ、拙者は才賀太一郎でございます」
衝撃を受けていたものの、パッとすぐに切り換えてにこやかな笑顔で挨拶をするアレックスに続いて、太一郎も慌てて挨拶をする。
だが、樹乃は「あーうん」とだけ返事をすると、耳穴をほじりながらその場を去り、食堂から出ていった。
本気でどうでもよかったのだろう。
「まったくあの子は……。五年ぶりに帰ってきたかと思ったら全然変わってないのだから……。ごめんなさいね。無愛想な子で」
「いえいえ。それにしてもさすがお嬢様の妹様なだけあって、すごく美人ですねぇ」
「まぁアレックスったら、お口が上手なのだから。それじゃあ、わたくしは樹乃が帰ってきたことをお父様に報告してくるわ。アレックス、太一郎、お片付けお願いね」
「は~い」
「はいっ」
そんなわけで、風圧によって散らかりまくった食堂内を二人はせっせと片付けて掃除した。
***
数時間後。
宝条院家の裏庭にて。
「つーわけで、オレ樹乃様に告白してくるな」
「は?」
アレックスの突然過ぎる発言に、太一郎はただただ疑問しか感じなかった。
こいつはいきなり何言ってんだと。
「それじゃっ。太一郎くんは珠里お嬢様とお幸せに!」
「うぉええぇ!?ちょちょ、ちょっと待つでござるよアレックス殿!」
勝手に話を進めて勝手に去ろうとするアレックスを、太一郎は慌てて迷彩服の裾を掴んで引き止める。
「え何?」
「え何?じゃないでござるよ!お主!お嬢様が好きだったのではないでござるか!?」
「あ~、実は一年九ヶ月前くらいにはもう冷めてたっていうか、対象外になったっていうか……」
「はぁ……!?え、じゃあこの二年間、アレックス殿とお嬢様を巡って競り合っていたのは何だったんでござるか!?」
「いや~オレに負けまいと必死になってる太一郎くんが面白くて、つい。ごめんなっ」
(こ、こいつ!!)
何の悪びれもなくあははと笑うアレックスに、太一郎はビキビキとこめかみに青筋を立てる。
「まぁまぁこれでお嬢様を狙ってるのは太一郎くんだけになったわけだし、君も思いきって告白したら?」
「えぇえ!?そ、そんな拙者まだ未熟故、あんな完璧で美しい全知全能のお嬢様に、こ、告白だなんて……そんな身の程知らずな……っ。てか!アレックス殿こそ、今日初めて会った樹乃様によく告白しようと思いましたな!」
「え、だって樹乃様美人だしまともそうだったし。告るなら今かなって」
「なっ!お嬢さまがまともじゃないとでも言いたいのか!?」
「いや……。………ま~、とりあえずだ。オレは太一郎くんの恋、応援してっから。相談したいことや協力して欲しいことがあったら、じゃんじゃん言ってねー。じゃ!!」
「あ!アレックス殿……」
さすが元軍人なだけあって今度は引き止める間もなく消えたアレックスに、一人残された太一郎は呆然と立ち尽くす。
二年……いや正確には一年半、アレックスにからかわれていたかと思うと、むかっ腹が立って仕方ないが、今や珠里に恋愛感情を向けている男は自分一人。
その事実に、太一郎は激しく動揺していた。
(……お嬢様に……告白……)
告白という単語と共に珠里の姿が思い浮かび、太一郎の顔がボンッと弾けるように赤くなる。
(い、いやいやいやいや!拙者のような田舎者とお嬢様が釣り合うわけ……!)
でも……、と太一郎は冷静になって考えてみる。
珠里と自分。
容姿端麗、文武両道で才色兼備な名家のお嬢様とただの忍者。
珠里のスペックと自分のスペックを照らし合わせると、あまりにも差があり過ぎる。
釣り合うとか釣り合わないとか、それ以前の問題だ。
身分違いの恋にも程がある。
今までアレックスというライバル(?)がいて、ひたすら競り合っていたから気づけなかったが……。
今こうやって一人になって、冷静に考えると……思い知らされてしまう。
身の程知らずな恋だ、と。
太一郎の顔に、陰りが落ちる。
(……)
所詮は、しがない忍者の恋心。
このまま、この気持ちを消したところで困る者は誰もいないだろう。
お嬢様だって、こんな人並みの忍者なんかより、お嬢様と同じかそれ以上のハイスペックな美男子がいいはずだ。
それにお嬢様の相手は、ご主人様が既に用意されているはず……。
お嬢様に相応しい、素晴らしい相手を……。
(拙者なんて……)
珠里と自分の差、忍者であること以外何もない自分自身に、太一郎は惨めな気持ちになる。
もう諦めた方がいいのはわかりきっていることなのだが、でも。
それでも二年前、珠里に惚れた気持ちは本物で。
今でも彼女に抱き続けている恋心も本物だ。
嘘ではない。
だから、諦めきれない自分がいるのも確かで……。
それなら、いっそのこと……。
と、太一郎が決意を固めようとしていた……その時だった。
「太一郎?」
「!、お嬢様……!?」
広過ぎる裏庭の向こう側から、ゴールデンレトリバーのベスを連れて珠里が現れる。
まさかこのタイミングでのご本人登場に、太一郎は動揺せざるを得なかった。
「珍しいわね。今の時間、太一郎がこんなところに一人でいるなんて」
「あ……、その……」
愛犬の散歩をしていたのだろう。
珠里の側にいるベスは、嬉しそうに尻尾を振っている。
「今日は鍛練はお休み?もし時間があるのなら、将棋でも付き合ってもらおうかしら」
「……」
「?、太一郎?」
顔をうつ向かせたまま何も言わない太一郎を見て、珠里は首を傾げる。
いつもなら何か言えばすぐ返事が返ってくるのに、今日はなんだか様子がおかしい。
もしかして仕事や人間関係に、何か悩みがあるのではないか。
純粋で優しい太一郎のことだ。
こちらを心配させまいと、何か我慢していたのかもしれない。
ここは宝条院家の令嬢……いや、太一郎の頼れる存在として悩みを聞くべき場面だ。
そう判断した珠里は、いつもより凛とした顔つきで太一郎を見据える。
そして、太一郎に再度声をかけようと口を開きかけた……が。
「お嬢様」
珠里が太一郎の名前を呼ぶ前に、太一郎が珠里を呼ぶ。
珠里の口が反射的に止まる。
「せ、拙者……、………」
「……?」
何か言い出そうとしてまた黙り込んだ太一郎に、珠里は不思議そうにする。
太一郎の様子とこの空気感……。
それらを感じるに、彼がお笑いなしの真面目なことを言おうとしているのは容易にわかる。
だけど、珠里は敢えて何も言わず太一郎を見守ることにした。
余計な口出しをして、太一郎の気が散ったらいけない。
とりあえずしばらく黙って待って、それでも言いづらそうにしていたら、太一郎の様子を窺いながらその時々で適切な対応をしよう。
そう思いながら、珠里は太一郎の言葉を待つ。
一方その頃、太一郎はというと……。
(うわわわわぁあ~~~、お、お嬢様が眩し過ぎるぅう~~!だ、だめだ!心臓が爆発しちゃうぅ~~~!!)
珠里を前にして、緊張でいっぱいいっぱいになっていた。
ようやく決心したというのに、いざ恋い焦がれている相手を目の前にすると、ときめきやら緊張やら臆病風に吹かれまくるやらで、どうにかなってしまいそうになる。
やろうとしていたことから逃げたくもなる。
けど……。
どうせ、結果は決まっているんだ。
何もせず、ずっとお嬢様への気持ちを抱いて引こずるよりは……。
それにアレックスなんて、今日初めて会ったばかりの樹乃に告白しに行ったんだ。
自分も、ここで度胸を見せないと。
「……お嬢様っ」
太一郎は改めて意を決し、再度珠里を呼ぶ。
珠里は何も言わず、ただ太一郎を見守る。
優しき姉のように……。
前から感じる珠里の視線に怖じ気づきそうになりながらも、太一郎は拳を握りしめる。
そして、
「せ、拙者……」
「……」
「お、ぉ、お……お嬢様のことが……っ、す、す、好きです……!」
「……!」
言った。
ついに太一郎は言ったのだ。
二年間、ずっと胸に秘めていた珠里への想いを。
珠里への感情を。
自らの口で、彼女に伝えた。
珠里の足元にいるベスが、ハッハッハッと息を吐きながら二人を見守る。
長いようで短い一瞬の沈黙。
言った、言ってしまった、と顔を真っ赤にしてうつ向く太一郎。
その一方で、見開ききった目で太一郎を凝視する珠里。
珠里の口が微かに動き出す。
そして、
「んぐお゛お゛ぉお゛ぁあ゛あ゛え゛ぇえ゛ぅ゛あ゛ぁあ゛ああ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーっっ!!!!!!」
「わ、わーーーーーーッ!!?」
一体何が起きたのか。
太一郎には理解出来なかった。
いや、そこにいたのが太一郎でなくても理解出来なかっただろう。
山姥。
そう、山姥だ。
突如、珠里の髪がブアァアッと逆立ち、服もボロボロになって、鬼のような形相で奇声を発したのだ。
その姿は、どこからどう見ても山姥だった。
「お、お嬢様!?えっ、えぇえ!?」
「キャン×キャン!」
「ベ、ベス!とりあえずこっちに……!」
「きしゃーーーーっ!!!」
「!!」
怯えているベスを咄嗟に避難させようとした太一郎だが、それよりも速くこちらに向かって飛びかかってきた珠里に驚愕する。
「がるるるるるるるるるっ!!!」
「うわぁ!お嬢様やめてくだされぇ!!」
飛びつくなり腕に噛みついてきた珠里に、太一郎は慌てふためく。
わりと痛いので本来なら突き飛ばしているところなのだが、相手が珠里なため乱暴なことが出来るわけなく、太一郎はひたすら耐える。
「お、お嬢様!どうか!どうか落ち着いてください!さっきのことが嫌でしたのなら謝ります!謝りますからどうか!何卒!っあ!!」
なんとか珠里を鎮めようと必死に声をかけていた太一郎だったが、途中で鎖帷子ごと袖を食い破られてしまう。
珠里が離れ、太一郎は「わっ」と尻餅をつく。
尻からくる鈍痛に顔を歪めたのも束の間。
「ひっ……!」
むしゃむしゃ、くっちゃくっちゃ、と服の袖を楔帷子ごと貪り食う珠里の姿が、太一郎の目に入る。
その姿にとてつもない恐怖を覚えた太一郎は、凍りついたように固まってしまう。
一頻り咀嚼した服の袖と楔帷子をごくりと飲み込んだ珠里は、ぎょろりと太一郎を見る。
そして、にたりと笑った後、四つん這いになってガサササササッ!と広過ぎる裏庭の闇に消えていった……。
「お、お嬢様ぁ!!」
静けさが戻ったその場に、太一郎だけが残る。
驚異的な速さで、闇の向こうへ消えていった珠里……。
彼女が去った後を、太一郎は座り込んだまま見つめる。
一体何がどうしてこうなったのか。
太一郎はただ放心する。
「おじょぉ……さま……」
「!、なんだあれは!!?」
「ば、化け物!物の怪だ!!殺せ殺せぇーーっ!!!」
「!」
珠里が消えた闇の向こうから、不穏な声と音が聞こえてくる。
きっと、庭の草むしりをしていた使用人達が変わり果て過ぎてる珠里を発見したのだろう。
そして、駆逐すべき存在と瞬時に判断して攻撃している……と。
そういったところだろう。
「や、やめてくだされ!それはっ……それはお嬢様でござるうぅ!!!」
このままではお嬢様が仕留められてしまう。
そう察した太一郎は、なんとか立ち上がり、使用人達を止めるべく闇に向かって走り出す。
闇の向こうから聞こえる銃声や破壊音……。
珠里が無事であることを願いながら、太一郎は木々の間を走り抜ける。
どうしてこうなってしまったのか。
何がいけなかったのか。
その疑問に返ってくる答えはなく、太一郎はただひたすら走る。
悲しみと困惑の色が浮かぶその目から、一筋の涙をこぼしながら……。
ちなみにベスはとっとと犬小屋(2LDK)に帰っていた。
つづく