CHANGE
平和な日常なんて、脆く、儚い。
何の前触れもなく壊れてしまう。
あっという間に。
***
空気が冷たくなり、木々の青々しかった葉っぱが枯れ、幾多と散っていき、山が寂しい姿になってきた頃。
朝。
カヤは麓の町へ買い出しに行く準備をしていた。
テーブルに鞄を置いて、財布や布袋等必要な物を詰めているカヤの後ろから、古いジャンバーを持ったカエデが駆け寄る。
「カヤっ」
「ん?ああ、ありがとう」
背中にジャンバーを被せてきたカエデに、カヤはお礼を言ってジャンバーの袖に腕を通す。
「芋があったら、買ってきて欲しーなー」
身支度をするカヤの側で、カエデは両手を後ろに回して、甘えるような声で言う。
それに対して、カヤはクスッと笑うと
「芋ね。あと、バターも買ってこようか」
「えっ!?じゃあ……」
「今日のおやつはふかした芋にバター塗ったやつだよ」
「やったー!カヤ、早く帰ってきてね!」
「はいはい」
嬉しそうな声をあげて、後ろから抱きついてきたカエデに、カヤは満更でもない笑みを浮かべてその頭をぽんぽんと軽く叩く。
そして、カエデから離れると、簡素な布靴から長靴に履き替え、テーブルに置いていた鞄を持ってドアに向かった。
ドアノブを掴み、少し開いたところで、カヤの動きが止まる。
後ろを振り返り、真剣な顔でカエデを見ると
「昼には戻ってくるからね。私が帰ってくるまで、家から出ちゃダメだよ?もし何かいつもと違うことがあったら……」
「わかったって!ちゃんと大人しくして待ってるから!」
少し煩わしく感じたのか、カエデはカヤの声を遮るとその背中を押して、一緒に外に出た。
「カヤこそ気をつけろよ?今日雨降ると思うからら、帰りに足を滑らせて怪我するなよ?」
カヤの背中から手を話したカエデは、灰色がかった雲に覆われた空を見て言う。
色々気にはなるものの、自分のことを心配してくれるカエデに、カヤは思わず頬を緩めてしまう。
家に残すカエデのことがどうしても気になってしまうが、この五年近く何もなかったんだ。
五年、山を下りて戻ってきては、カエデはちゃんと家にいたんだ。
もう心配するのは、野暮だろう。
………そうとわかりつつも、やはりどうしても出る前に口説いことを言ってしまうのは、性分なのか。
(でもいい加減しつこ過ぎると、カエデに嫌われるかもしれないね)
最近、やけに背伸びしたがるし。
稽古にしろ料理にしろ、ここ最近何かと一人で出来るからと言わんばかりの行動をとるカエデの姿を思い返しながら、カヤはクスッと笑った。
そんなカヤの様子を見て、カエデは不思議そうな顔をする。
「?、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ。それじゃあ、行ってくるね」
「うん。気をつけてな~」
山道の方へ向かうカヤを、カエデは大きく手を振って見送る。
その際に、屋根の上にいた小鳥達が飛び下り、カエデの頭や肩にとまる。
そして、カエデと一緒にカヤを見送る。
カヤはカエデと小鳥達に軽く手を振ると、体を前に向き直し、木々が延々と並ぶ中へと入っていった。
大量に落ちている枯れ葉を踏み、山道がある先へと進んでいく。
が……、途中で足を止めて、後ろを振り返る。
(……)
小鳥達と一緒に家の中へ入っていくカエデの姿が、木と木の間から見える。
変わらぬ姿、変わらぬ表情、変わらぬ雰囲気。
その姿を、カヤはいつもの優しい目つきでありながらも、どこか切なそうに見つめる。
(……明日)
明日、カエデに全てを言う。
イグノデゥスのことも、カエデがそうであることも。
カヤはそう胸に決めていた。
何故なら、明日はカヤがカエデを見つけた日。
二人が出会った日だ。
いつまでもタイミングを見計らっていたら、きりがない。
結局、変化を恐れて後込みしてしまう。
だから、一つの大きな区切りとして明日がいいだろうと、カヤは決心した。
カエデの姿が、小鳥達と一緒にドアの向こうへと消える。
しばらくカエデがいた場所を見つめていたカヤだったが、再び前を向いて歩き出す。
木々が幾多と生えているところを一気に通り過ぎ、細い山道に出る。
枯れ木に挟まれた道を歩きながら、カヤは何とも言えない表情をする。
(……)
カエデが全てを知った時、どんな反応をするのか。
ショックを受けるか、なんで黙っていたんだと怒るか。
いや、まだそれだけならいい。
もし。
もし、本当に前の記憶が戻ってしまったら……。
カエデは……どこか行ってしまうのだろうか。
もう一緒にいてくれないのだろうか。
全てを思い出したカエデが、自分の元から去っていく。
カエデがいなくなる。
それを想像しただけでも、胸が引き裂かれそうな気持ちになった。
記憶が戻ったカエデが、どんなカエデであっても、受け入れる覚悟は出来ている。
だけど、受け入れたとしても、カエデがこちらを拒絶して去っていったら意味がない。
そうなるなら、いっそのこと……。
………。
(……やめよう)
カヤは頭を左右に振って、考えるのをやめる。
まだ結果も出てない、どうなるかもわからないことを考えたところで、無駄に気力を消耗するだけだ。
後ろ向きなことばかり考えるなら尚更。
とにかく、全てを伝えるのは明日なんだ。
今日はいつもどおりでいよう。
いつものように。
今までどおり……。
カエデと一緒にいよう。
今日だからこそ。
胸の内でそう自分に強く言い聞かせ、カヤは深呼吸をすると、ゆっくりと顔を上げる。
緩やかに下がっていく細い山道の先を真っ直ぐ見据える。
木は朽ち、枯れ葉が散らばる寒々しい景色。
曇り空のほの暗さのせいか、より一層そのように感じてしまう。
その景色の中を歩きながら、カヤはふと考える。
(……もし)
もし、カエデが自分をイグノデゥスと知っても、今のカエデのままでいてくれたら……。
一度、麓の町に……一緒に下りてみようか。
そう思うカヤの頬を、冷たい風が撫でる。
カエデがこの世界の仕組みを理解して、自分がイグノデゥスと知った上でなら、きっと大丈夫なはず。
カエデも自分がイグノデゥスであることを周りにバレないように、気をつけてくれるはずだから。
カエデにお面をつけてもらって、もし、それで町を歩いても大丈夫だったら、カエデが欲しいものをいくつか買ってあげよう。
色んなところを一緒に歩こう。
少し前向きなことを思ったおかげか、カヤの表情が幾分か明るくなる。
カエデはもちろんのこと、カヤはカヤで密かにカエデと一緒に山を下りて町に出たいと思っていたのだ。
カエデと一緒に買い物が出来るかもしれない。
そう思うと、暗くなっていたカヤの心に少しの光が差し込んだ。
カエデに全てを伝えるということは、その可能性もあるということ。
悪いことばかりではないんだ。
カヤは掴んでいた鞄の紐をぎゅっと握りしめる。
明日以降のこれからがどうなるかはわからない。
それでも、少しでも明るい先があることを信じて。
そして、カエデの未来が優しいものであるように願って。
カヤは細い山道の先へ先へと進んでいく。
やがて、麓の町が見えてきて、風に乗ってきた潮の匂いがカヤの鼻をかすめる。
目を細めて、カヤは先にある町の風景を見つめる。
(芋とバターと………あとお面ね)
絶対買い忘れてはいけないものだから、先に買いに行こうか。
そう思いながら、山道を出たカヤは、町の中へと足を踏み入れた。
***
それから三時間ほど経って……。
芋やバター、その他食料や日用品が入った布袋を両手に持ってらカヤは来た道を辿っていた。
途中で、カヤの目がちらっと日用品が入っている布袋に向く。
その布袋の口からは、赤・黄・緑等カラフルな棒の束が少し出ていた。
それを見たカヤは、少しだけ頬を緩ませ、胸を躍らせる。
カヤが見ているカラフルな棒……それは花火だった。
お面を売っている店に置いてあったのだ。
(こういうのもあったんだ……)
カヤは花火から目を離すと、懐かしそうにする。
ここらへんでは祭りごとがないから花火を見たことないけど、ずっと昔自分が住んでいたところでは、夏がくる度よく花火を打ち上げていたそうだ。
夜空に咲く、大きな火の花。
大分小さい頃の記憶だけど、覚えている。
とても綺麗だった。
(カエデ……どんな反応するかな)
大きさは全く違うが、カヤはカエデにも花火という綺麗なものを知って欲しくて、お面と一緒に買ったのだ。
花火を見た時のカエデの反応が楽しみで、カヤはついにまついてしまう。
雲行きからして夕方から雨が降るだろうが、屋根の下でやれば問題ないし、雨の中の花火というのも粋だろう。
カヤは軽い足取りで、枯れ葉が散らばる山道を歩いていく。
その途中で踵を半歩返し、幾多と木々が並ぶ上り坂の方へ進む。
小さく息を切らせ、先へ先へと上がっていく。
帰ったら昼食の用意をして、カエデと一緒に食べて、その後洞窟で軽く稽古して、それから芋をふかして……。
と、カヤは頭の中で帰った後の予定をたてる。
しばらくして家が見えてくる。
もう少し上がれば、いつもの風景が見えて、いつものように安心して、いつものように家に帰ればカエデが「おかえり」と言って迎えてくれる。
………はずだった。
(……?)
妙な臭いが、カヤの鼻を掠める。
いつもにはない臭い。
鉄と生々しい何かが混ざったような臭い。
それがふわりと、冷たい空気に混じって漂う。
初めは不思議そうにしていたカヤだったが、直感的に何か察したのか、次の瞬間にはざわりと粟立つ。
顔がみるみるうちに強張り、坂を上っていた足が忙しなくなる。
呼吸に乱れが生じる。
この臭い。
鼻の奥まで染みつく嫌な臭い。
知っている。
でも。
でも……、まさか……。
血の気が引くのを感じながら、カヤは坂を駆け上がる。
木と木の間から、家とその周りが見えてくる。
目に入った光景に、カヤは心臓が止まるような感覚に襲われる。
壁とドアの一部がへこんで壊れている家。
そして、血。
真っ赤な血。
それが、家の前の所々に飛び散っていた。
木々が並んでいる場所を抜けて、カヤは立ち止まる。
地面や家の壁についている血を見て、固まる。
思考が動かない。
ただただ息が苦しい。
上手く呼吸が出来ない。
一部壊れている家に、ちょっとやそっと傷つけられたものとは思えない血の量。
微かに震えているカヤの手から、するりと布袋が離れていく。
ぐしゃっと地面に落ちた二つの布袋の口から、芋やバターが入った箱、タオル、花火等がこぼれ出る。
冷たい風が吹く。
カヤは何をすることもなく、ただ見開いた目の中にある黒い瞳に、目の前の光景を映す。
布袋から出た芋の一つが、静かに転がっていく。
そして、それはドアの前にある血溜まりの上で、微かな水音をたてて止まる。
その瞬間。
「カエデッッ!!」
ようやく我に返ったカヤは、悲鳴に近い声でカエデの名を呼び、弾けるようにドアへ駆け出した。
下側がへこんでいるドアを更に壊すような勢いで開け、中に入る。
家の中は荒れていない。
出る前と同じ状態だ。
カヤは肩にかけていた鞄を投げ捨て、テーブルの下を見て、次は棚、クローゼット、トイレの戸を開けて、寝室の布団を捲り、ベットの下を見てと一心不乱にカエデを探す。
だが、どこにもいない。
「カエデ……!」
最後の頼み綱。
家の奥にある棚の裏。
そこの隠し部屋にカエデがいることを、カヤは藁に縋る思いで願う。
外で何かがあって、危険を察して隠れたかもしれない。
そうであって欲しい。
カヤは家の奥に移動し、本棚を大きく横にずらす。
そして、壁を思いきり蹴って、ドア代わりにしていた板を壊す。
すると、
「……っ」
中は真っ暗だった。
カヤはその場に立ち尽くす。
こちらから差す明かりで、手前しかうっすらと見えない暗い洞窟の中を見つめる。
中が暗い、ということはカエデがいないということ。
カエデがいたら、必ずランプの灯りがついているはすだ。
「……カエデ……」
それでもカヤは、カエデの名を呼ぶ。
返事は返ってこない。
しばらく暗闇の向こうを見つめていたカヤだったが、だんだんと視線が落ちていき、顔をうつ向かせる。
(……)
いるわけない。
本当は感情の裏側ではわかっていた。
だって、この洞窟に隠れているなら、本棚の位置を戻せるわけがない。
こちらから押して閉めれる取っ手のない隠しドアを、内側から閉めきれるわけない。
だから、いない。
いるわけがない。
………それでも、もしかしたらと、僅かな可能性に縋らずにはいられなかった。
「……」
しばらくの沈黙の後、カヤはふらりとした動きで踵を返して、その場から離れる。
そして、少しの時間が経って、灯りがついたランプを片手に戻ってくる。
そのまま洞窟……隠し部屋の中に入っていき、中を照らす。
中には、勉強机、山積みの本や玩具が入った木箱、小さなソファー等があり、子ども部屋のようになっていた。
カエデがよく使っていた部屋。
カエデのために作った部屋。
今は誰もいない部屋を力無い動きで見回した後、カヤはまたふらついた動きで歩き出し、半ば倒れ込むようにソファーに座った。
(……)
音のない時間だけが過ぎ去っていく。
ソファーに座り込んでいるカヤは、ぼんやりとした目で足元を見つめる。
カエデがいない。
立ち込める静寂が、その事実を突きつける。
カヤが恐れていたこと。
それが現実になってしまったのだ。
ただいつものように山を下りて、買い物に行っていただけなのに、何の前触れもなく。
………だけど。
(………)
カヤの頭の中は、至極冷静だった。
取り乱したのは最初だけで、今は自分が見た光景を思い返して、考えていた。
(……『リバースホープ』がここに来ることはまずない。仮に来てたとしても、必ず私への伝達役に一人残してるはずだ……)
となれば、イグノデゥスの可能性が大きい。
ここにヤツらが来るわけないと思っていたから、すっかり油断してしまっていた……。
自身の迂闊さに、カヤは片手で頭を抱える。
自責の念に駆られる。
けど、今どれだけ後悔したって、現状は変わらない。
カエデは戻ってこない。
……だから。
今……、自分がやるべきことは。
……自分が、しておきたいことは……。
カヤは大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。
そして、重い腰を上げて、傍らに置いていたランプを取ると、隠し部屋の奥に向かう。
奥の地面には、取っ手がついていた。
カヤはそれを掴んで、引っ張る。
すると、大人一人が入れるくらいの大きさの穴が開き、その下には地下へ続く階段があった。
ランプを片手に、カヤは階段を下りていく。
暗闇へ続く狭い階段に、カヤの小さな足音だけが聞こえる。
最後の一段を下り、カヤは先へと歩いていく。
程なくして、行き止まりまで着き、カヤは目の前にあるものを見つめる。
土壁に立てかけられているもの。
それは……長剣だった。
月と太陽が相対するような模様が彫られた重厚な鞘に収められた長剣。
カヤはしばらくの間、それを見つめる。
そして、何か考えるように、ゆっくりと目を伏せる。
(………カエデ……)
買い物に出る時、笑顔で手を振ってきていたカエデの姿を思い出す。
そして、それに次いで、今まで見てきたカエデの姿も。
元気で、明るくて、純粋で、好奇心旺盛で、たまにドジなところもあって。
優しくて、可愛い……。
………。
(……)
頭に浮かんでいたカエデの姿が、暗闇に消える。
カヤは直感的に感じていた。
もう、そのカエデには会えないだろうと。
次、会う時は……きっと……。
(………)
その先の言葉は思い浮かべず、カヤは静かに目を開いていく。
そして、今までカエデには見せたことのない重々しい雰囲気のある目で、前にある長剣を睨むように見る。
その場の空気が、一気に張り詰める。
無表情で、かつて自分の“相棒”であったそれを見ていたカヤは、一歩踏み出す。
空いてる方の手を、それに向けて伸ばす。
そして、それを掴んだ瞬間、カヤは素早く踵を返して、迷いのない足取りで階段を上がった。
地下から出て、隠し部屋を通り過ぎ、寝室へ向かう。
ベットの近くでしゃがみ込み、その下に手を突っ込み、中から一つの箱を取り出す。
それの蓋を開けて、二冊の書物に小さなナイフ、長い針等の刃物に紛れてあった黒の太い下げ緒を取り出す。
持っていた長剣を膝の上に置き、鞘に下げ緒をしっかり結ぶと立ち上がる。
踵を返し、玄関のドアへと向かいながら、カヤは下げ緒に腕と首を通して、長剣を背負う。
(……まだ、そう遠くに行ってないはず)
まずは付近のイグノデゥスを当たって……。
それから“群れ”の方に行ってみるか……。
これからやることを考えながら、カヤは家を出る。
赤く染まっている地面に散らばっている芋や花火等のことなんて気にもせず、その場から離れていく。
麓の町とは逆の方向。
東大陸の本領土である山の裏側に向かって……。
(……)
枯れ木が延々と並ぶ山の中を早足で進みながら、カヤは思った以上に冷静な自分に、内心驚きを感じる。
カエデがいなくなった時、自分は今までにないくらい取り乱すだろうり
悲しみと絶望に打ちひしがれて、何も出来なくなるだろう。
そう思っていた。
けど、違った。
カエデがいないと知って、確かにショックを受けた。
悲しくもなった。
苦しくて、息が詰まった。
だけど。
だけど、それ以上に……カヤを動かすものがあった。
(……カエデ)
カエデ、カエデ。
カエデ、無事なのだろうか。
大丈夫なのだろうか。
死体はなかったから、生きているとは思うが……。
そもそも、あの血はカエデの血なのか、それともカエデ以外の血なのか……。
………とにかく、カエデを探さないと。
見つけないと。
それで、確かめるんだ。
元の居場所でも、大事にされていたか。
カエデが……あの子が、あの子らしく生きられる場所なのか。
今までのようにカエデと一緒に暮らす。
そのことは、もうカヤの頭の中になかった。
あれだけ離れることを恐れていたのに。
カエデとの生活がずっと続くことを願っていたのに。
それよりも……。
カヤの中にあったのはーーーーー。
『カヤ!』
太陽のような眩しい笑顔で、自分の名前を呼ぶカエデの姿が、カヤの脳裏を過ぎる。
直後、近くからジャリッ……と土を踏むような音が聞こえ、カヤは足を止める。
長剣の柄を掴み、音が聞こえた方に素早く体を向ける。
その瞬間、木の影に潜んでいた猪と熊を混ぜ合わせたような風貌のイグノデゥスが、大きな唸り声をあげてカヤに向かって突進していく。
迫り来るそれを、カヤは冷静に見据える。
静かに息を吸い、構える。
そして、それが間合いに入ったところで、カヤは一気に長剣を抜いた。
けたたましい獣の叫び声が、山の裏に響き渡る。
それに伴って、山の中に潜んでいたイグノデゥスが目を光らせて反応する。
同種の断末魔に、本能が騒ぎ出す。
静かだった山の空気が、一変する。
一体、また一体とイグノデゥスが動き始める。
狩るべき獲物を求めて……。
灰色の空からは、ぽつり、ぽつりと雨粒が降ってきていた。
まるで、これから始まる悲劇を知らせるように……。
つづく