一二六〇円の星空





「星味のパンケーキぃ?」



時間は夕方が過ぎた19時。
ファミレスのアルバイトが終わって更衣室で着替えていた私は、二個下の後輩・梶本由佳の話に怪訝な顔をしていた。
入れ代わりで来た由佳は、私と逆に制服に着替えながら至極不思議そうにこちらを見てきた。


「え、先輩知らないんです?」


さも知って当然、まるで知らない私がおかしいかのような反応してくる由佳に、私はちょっとだけむっとしてしまう。


「知らないですけど、何か?」


つんと突っぱねるように言ったら、由佳がおどけたように笑う。


「そんな拗ねないでくださいよぉ。先輩を責めてるわけじゃないんですよ?」

「拗ねてないですけど?」

「拗ねてるじゃないですかぁ。ただ意外だなぁって思ったんですよ」

「意外?」


由佳の口から出た言葉に、私は髪を梳かしていたヘアブラシの手を思わず止める。


「だって先輩、そういうの好きそうじゃないですかぁ。なんだこれ!?って思うような珍しい系の食べ物」


続いて出てきた言葉に、なるほどと宙を仰ぐ。


「だから知ってそうだなって思って話を持ち出したんですよ」


由佳の言葉になぞらえて思い出す。
己の行動を。
確かに私は食べることが好き。
中でも“珍しい”“滅多に見ない”ものへの食いつきは異常なくらいだ。
先月だって当ファミレスに登場した新メニュー『プリンパスタ』にすぐ食いついて、バイト終わりに注文して食べたくらいだ。
……何口目かくらいでミートパスタやカルボナーラがとてつもなく恋しくなったが。
由佳や周りからは「あんな明らかなゲテモノよく食べる気になりますね」みたいなことをよく言われるが、これは味の発掘だ。
確かに奇抜な組み合わせは賭けであり、ハズレは多いが、当たりを引いた時の感動と新感覚はとてつもないものだ。
世の中にこんな美味しいものがあったなんて、と幸福に包まれる。
だから私は誰もがこれはないと思っても、迷わず口に運ぶのだ。
………とはいえ。


「でも、“星”味って……もはや食べ物の領域じゃないじゃん」


まさかの物質。
私の二十二年培ってきた食の常識に異物が飛び込んできた気分だった。
確かに『おふくろの味』という存在もあるが、これはあくまで『お母さんが作ったような味』という提であり、お母さんそのものの味を示しているわけではない。
つまりは『星が作ったような味』と解釈してもおかしいのだ、これは。
なんだろう。
石の味でもするのか。
それは食べるものとしてどうなのか。
これも新感覚と捉えればいいのか。


「だからこそ気になるじゃないですかぁ。多分、てか普通に考えてそこのパティシェさんが思い描く“星”の味だと思うんですよぉ」

「……ほぉ」


由佳の考えに若干混乱していた私の脳が、『納得』という形の落ち着きを取り戻す。


「で・す・か・ら。……今度の日曜日、二人で行きましょうよ。その星味のパンケーキがあるカフェに」


着替え終えた由佳が近寄ってきたかと思いきや、間近で、かつ苺ショートケーキのような甘い声で囁いてくる。
これで落とされた男はどれほどいるのだろうか。
というか女の私にもこんな感じにしてくるもんだから、素でやってるんだろな。
魔性の女だな。
と、由佳への感想を淡々と思っている一方で、頭の大半は例の星味のパンケーキでいっぱいだった。




なので。




「ここか……」


ファミレスから出るなり向かった先は、例のパンケーキがあるカフェ『memoria-メモリア- 』だ。
由佳から聞いたとおり、街中にある書店と古びた不動産屋の間にある路地をずっと真っ直ぐに行ったらあった。
ビルの裏側に囲まれているような場所に、ぽつんと小洒落た小さな店。
メニューのサンプルは置いていない。
入ってからのお楽しみのようだ。
知る人ぞ知るみたいな雰囲気のカフェに胸が躍るような気分になりながら、私は『OPEN』と書かれたプレートが飾られたドアを開く。
カランカラン、と耳触りの良いベルの音がする。
中も外観どおり落ち着きのある洒落た感じで、クラシックな音楽が流れている。
そんな物珍しくもない光景だが、つい見とれるようにその場に立ち尽くしてしまった。


「いらっしゃいませ」


少しも経たずして、黒いフード姿の店員が声かけてきた。
声からして多分女性だと思う。
とはいえ、顔も全く見えないし身長もまぁまぁあるし、何というか……お店に対して制服は大分個性的だなと思った。


「お一人様ですか?」

「はい」

「こちらへどうぞ」


だが、たかが姿格好が個性的なだけで揺らぐわけないのが私だ。
普通に返事して店員の後を平然とついて行く。
案内されたのは窓際。
外に見えるのは無機質な灰色の壁……ではなく、天の川のような夜空の景色。
所謂銀河系景色。
なかなか凝ったプロジェクターではないかと私は感心する。


「今宵のディナーは『星空』『天ノ川』『流星群』の三種類でございます。どれにされますか?」

「へ?」


まさかのメニュー三択。
しかも聞いただけでは何が出てくるのかわからないタイプ。
しかものしかも、どれも料理の名称ではないという。
初めは驚いたが、これはかなり面白い店だぞとワクワク感が込み上げてきて私は「『星空』をお願いします」と言った。
例の星味のパンケーキに因んで。
フードを深く被って顔が全く見えない店員さんは「かしこまりました」と答えて、足音もたてず厨房に向かっていった。
ディナーの『星空』。
一体何が出てくるのかと、私は窓景色の銀河を眺めながら胸を躍らせて待つ。
そういえばこういった壮大な景色しばらく見てないな。
プラネタリウムとか、幼い頃に両親と行ったきりだ。
昔はよくわかってなかったけど、今行ったら宇宙の果てしなき広さと未知の可能性に感動出来そうな気がする。
次の休みはあのでっかいタワーにあるプラネタリウムを見に行こうかなと頭の中で予定を立てていたら、「お待たせしました」と横から声がした。
さすがに驚いて振り返るとあの店員がいた。
足音どころか気配すらもさせないなんてこの店員、何者。
……なんて疑惑は、店員の手にあるディナーによって瞬く間にふっ飛ばされた。


「ディナーの『星空』でございます」


トレイの上にある料理が次から次へと手際よく置かれていく。
私はそれらを見下ろして呆気にとられていた。
何故なら、『星空』があったからだ。
ハンバーグにかけられたソース、サラダにかけられたドレッシング、加えてスープ。
そのどれもが『星空』で彩られていたのだ。
美味しそうな香りのするハンバーグに、瑞々しいサラダに、夜空に浮かぶ星が散りばめられていた。
スープなんてもはや星空で満たされている。
黒から濃い青のグラデーションの中で無数の光がキラキラと小さく輝いている。
それが光の当たり具合で輝いてるならまだしも、私が微動だにせず見下ろしたままでも輝いているのだ。
一体どういう仕組みか。
もし科学的な何かを使っているのならこれ食べて大丈夫なものなのか。


「あの……」

「では、ごゆっくり」


これ何で作ってます?と聞く前に、店員は頭を下げて音もなく去っていった。
店員が厨房に消えたため、店内には私一人という状況になってしまう。
私は厨房を見つめながらこのソースやドレッシングの材料を聞くべきか否か迷っていたが、テーブルの上にある料理達の匂いがふわりと鼻に触れ、うっとなってしまう。
匂いがいいのだ、とてつもなく。
香ばしい匂いに食欲を刺激され、私は強制的にテーブルの上にあるディナーと向き合うことになった。
料理を彩っている『星空』は相変わらず輝いている。
一体何をどうすればこうなるのか……なんて、“空腹”と“食欲”が野暮な疑問を掻き消した。
こうして客に提供している食事なんだ。
さすがに体調を崩すようなものは入ってないだろう。
冷静で理性的な自分をその結論で押し退けて、私はフォークとナイフを手に取った。


まずはサラダ。
星空のドレッシングがかかったレタスを数枚フォークで刺して、口の中に入れる。
レタスに纏わりついていたドレッシングが、じゅわ、と口の中で溶けた。
そして、甘酸っぱい輝きが舌の上で静かに弾けるように広がった。
味わったことのない味と食感。
だけど、美味しかった。
気づけば、フォークは次の一口に向かっていた。
口の中が甘酸っぱい『星空』で満たされていく。

次にハンバーグ。
ナイフで一口サイズに切るとソースがとろりと垂れ落ちてくる。
本当にどういう仕組みなんだと、フォークに刺さっている一口サイズのハンバーグ……というよりそれに纏わりついてるソースをまじまじと見た後、口の中に放り込んだ。
こってりとした味がゆったりと流れ込んでくる。
ふわり、ふわりと無数の星が口の中で自由気ままに浮遊するような感覚。
輝きもなんだか濃い。
肉汁と共に星々が奥へと流れていく。
同じ『星空』なのに違う。
けど、これも不思議な味のはずなのに美味しい。
切っては口に入れ、その度にこてこての『星空』を堪能した。

そして、スープ。
これはドレッシングが、ソースが、とかではなく、『星空』そのものだ。
白い陶器の中にある『星空』を銀のスプーンですくって、それもまた一旦まじまじと見て口の中に入れる。
まろやかで、温かくて、柔らかい輝きが舌を通過して喉の奥に流れ込んだのを感じた。
これに関してはミルクスープに近い味と言えるのだが、やはり不思議な感覚そのものは一貫している。
口の中で星の輝きを感じる。
包み込むような優しい輝き。
体の芯まで染み入るような温もりのある『星空』をじっくりと味わうように口に運んだ。


全部食べ終えた私は今まで感じたことのない料理というものに屈服するかのように、両肘をテーブルにつき両手で顔を覆っていた。
なんだこれはという気持ちと新感覚の料理に出会えた感動が、自分の中でせめぎ合っていた。
結論的に料理は本当に美味しかった。
100点満点サヨナラホームラン級。
誰かにオススメの店を聞かれたら真っ先に教えたいくらい。
だけど、仕組みが。
あの『星空』達の仕組みがわからないし、気になる。
本来真っ当な人間の体質には合わないものを使っている可能性があるかもと、理屈的な部分の自分がついつい余計なことを考えてしまう。
いつからある店かわからないが、本当にまずいもの使っていたら今頃ニュースになってるだろうし、それがないならとりあえず大丈夫と、前向きな部分の自分が語りかけてくる。
とにかく食べてしまった以上は、後戻り出来ない。
あとは体が正直に反応してくれるだろう。
反応次第では病院に行けばいいだけだ。
と、腹をくくっていたら甘い香りがふわりと鼻を掠めた。
は?と思って両手を顔から離す。
すると、テーブルの上にあった皿達はいつの間にか消えていて、そこにはバターが乗っているパンケーキがあった。


「食後のデザートでございます」


またもや横から聞こえた声に私は思わず振り返った。
言わずもがな、店員だ。
いつの間にか皿を下げて、デザートを持ってきたのか。
というよりデザートあったのか。
と、愕然としていたら店員はまた「ごゆっくり」とだけ言って音もなく厨房へ消えていった。
甘い湯気がたっているパンケーキを前に、私は厨房の方を見続ける。
あの店員、なんか移動が歩いているというより浮いてるといえばいいのか……。
とにかくベルトコンベアーに乗ってるような不自然な移動をしてるよな……よくよく見ると。
と、店員に対する不気味さを今更ながらに感じていたが、パンケーキの匂いがその気持ちを掻っ攫っていった。
もう頭の中はパンケーキでいっぱいで改めてパンケーキを見下ろす。
二段の分厚いパンケーキの上にバターが一欠片。
そして、傍らにはメープルらしきものが入った小さなピッチャーがある。
説明受けなかったからわからないけど多分メープルだ。
蜂蜜ではないはず。
しかし、あれだけ摩訶不思議なドレッシングやソース、スープを出しておいてデザートは普通とは。
拍子抜け、と言いたいとこだが逆にこれはこれで新鮮なスタイルだと前向きに捉えることにした。
まぁあれだけ驚きの感覚を味わわされたのだ。
最後は極普通に王道で美味しい味で締めるってのも粋だろう。
そう思って私はバターの上から全体にとメープルをかけて、ナイフとフォークを手に取った。
ふわふわのパンケーキにナイフを入れる。
普通に食べて、普通に満足して終わる。
この時の私はそう思っていた。
けど。


「え?」


パンケーキの断面を見て、すぐ出たまぬけな声。
私はナイフの手を止めて、それを見つめた。
そこには……『星空』があった。
皮一枚に包まれるような感じで、パンケーキの中いっぱいに広がる『星空』。
スープと同じ、黒から濃い青のグラデーションの中でキラキラと輝いている。
強いて違うといえば、妙に奥行きを感じるところか。
いよいよどういう仕組みなのか。
メープルとバターのいい香りがした一口サイズのパンケーキをフォークで刺して、目の前まで持ってきた時だった。




星空が広がった。

満天の星の中を私は泳いでいた。

甘くて、ふわふわとしたのを感じながら。

私は舌から全身にかけて『星空』を堪能した。








「1,260円です」


ハッと気がついた時には私はレジ前にいた。
目の前に黒いフード姿の店員。
私は財布の口を開いて今にも中身を出そうとしているような体勢のまま、呆然と周りを見回した。
何の変哲もない店の風景が視界に入る。
確か、自分はさっきまでパンケーキを食べようとしていたはずでは……。
そう思っていると。


「へ?」


瞬きした次の瞬間には、店の外に出ていた。
ビルの裏側に囲まれた殺風景な景色。
夜の冷たい空気が肌に纏わりついてきて、今この時が夢ではないことを知らせる。
右手には財布。
私はとりあえずといったように中身を見る。
すると四枚あった千円のうちの一枚が消えていた。
小銭は残金を把握してないから省く。
私は狐につままれたような気分に陥りながらも、後ろを振り返る。
店に明かりはなく、『OPEN』と表記されていたプレートは『CLOSED』となっていた。


「………」


店をじっと見つめる。
なんとなく、店の中には人の気配がしない……気がする。
ここは通常、恐怖を感じるところなのだろうが……。


(次は『天ノ川』と『流星群』のどっちかだな……)


と、次来た時に注文するディナーのことを真剣に考えながら、私は体を前に向き直して、雑音がする路地の先へと歩き出した。
あんな不思議でかつ美味しい料理を食べたのは初めてだ。
これはコンプリートせねば。
あとディナーってことはランチもあるというわけで、昼に行ったらどんなメニューを提示されるだろうか。
考えれば考えるほど好奇心が止めどなく湧き出てくる。


また絶対来るぞ、なんなら次の休みにでも。


そう意気込む私だが、翌々日のバイト先で『memoria-メモリア- 』を一人で行った話をうっかりしてしまい、由佳を超絶不機嫌にさせてしまうのだった。




おわり
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