短編
「見て見て、重樹くん。猫の親子が歩いてるよー」
「ああ、可愛いな」
とある広場にて、可愛らしい少女と端正な顔立ちをした少年が肩を並べて仲睦まじく猫を見ていた。
小動物を彷彿させる小柄で可憐な見た目の少女の名前は純田清香(すみだ きよか)、原黒(はらぐろ)高校二年生だ。
そして、その少女の隣にいる顔つきからして優しそうな少年は、清香と同じく原黒高校二年生の黒川重樹(くろかわ しげき)。
サッカー部所属でミッドフィルダーとして活躍しており、更には学級委員も務めている見た目通り品行方正な男子高生だ。
清香と重樹は付き合い始めて三回目のデートを満喫していた。
その回数のわりには、付き合ってもう半年が経つ。
これはサッカー部所属であり学級委員でもある重樹の多忙な生活のせいであって、決して二人が冷めているわけではなかった。
むしろ、こうしてなかなか恋人らしいことが出来ないからこそ、清香も重樹もお互いを求める気持ちが強まるばかりだった。
付き合って半年とは思えないほど初々しさを感じさせる二人に、通りすがりに見かけた人達は微笑ましそうな顔をする。
「あ、逃げちゃった……」
猫の親子にそっと近寄っていた清香だったが、あと一歩のところで親猫も子猫も草むらに消えてしまい、残念そうな顔をする。
「ははっ、仕方ないさ。母猫だって子供を守るために必死なんだから」
「でも酷いことするつもりないのになぁ」
「それでも清香だって言葉も通じない怖そう人が来たら逃げるだろ?」
「う〜……」
何も言い返せずに唸る清香を見て、重樹は愛しそうに笑った。
楽しい時間というのはあっという間に過ぎるもので、気がつけば日はとっぷりと暮れていた。
茜色に染まった空の下、二人は帰路についていた。
静かな住宅街の道を二つの影が並んで歩いていく。
「次の試合はどこと?」
「茨野高校だな」
「ふへー、やっぱりあるんだ……」
「試合あると知ってて聞いたんじゃないのか?」
「ううん……何となく聞いてみただけだったの。なかったら、水族館に誘うつもりで……」
「そうだったのか……。ごめんな。また空いてる日があったら伝える。その日は絶対に水族館に行こう」
「うん……」
落ち込んでる清香の頭を優しく撫でて、重樹は申し訳なさそうにする。
本当はもっと一緒にいたいし、清香にそんな顔をさせたくないのに。
先ほども言ったが清香と重樹が付き合うことになったのは半年前のこと…。
二人は日直のペアになることが多く、ある程度言葉を交わすことはあった。
優しくて真面目でしっかりしてる重樹とおっとりしててマイペースな清香。
二人が話しているとたまに煽られることもあった。
最初は重樹も清香も笑いながら軽く流していたが、時が経つにつれてお互いがお互いを意識していくようになっていった。
そして……、
「純田って……好きなヤツいるか?」
「え……?」
ある放課後。
また同じく日直になり日誌を書いていた清香に、提出表のチェックをしていた重樹は聞いた。
突然の質問にうろたえていた清香だったが、しばらくすると意を決したように重樹を見た。
「そういう黒川くんは……?」
「俺?」
重樹の問い返しに清香は小さく頷く。
重樹はチェックする手を止めて窓の外を見る。
そんな重樹の横顔を、清香は不安そうな顔でに見てしまう。
「……いるよ」
しばらくして返ってきた返事に、清香の心臓がドクッと脈打った。
次の瞬間には、自分の感情を隠すように顔をうつ向かせて、日誌の続きを書き出す。
「あ……そ、そっかぁ。あ、もしかしてテニス部の田中さんかな?それともバスケ部の宮永さん?二人とも可愛いよねっ」
少しでも自分へのダメージを軽くするために、清香は笑顔を作って思いつく限りの女子の名前を口にする。
重樹と釣り合いそうな女子の名前を。
その度に目頭が熱くなってくるのを無視して。
「あ、でもサッカー部のマネージャーの目黒さんもいいよねっ。大人っぽくてしっかりしてて。隣のクラスの市川さんも……」
「純田だ」
捲し立てるように次から次へと女子の名前をあげていた清香だったが、途中で遮るように聞こえてきた名前に、思わず日誌を書く手が止まった。
「え……?」
清香が顔を上げると、そこには顔を赤くして真剣な眼差しでこちらを見ている重樹の姿があった。
「だから……、今俺の目の前にいるヤツだよ……。俺の好きな人は……」
「……」
初めはぽかんとしていた清香だったが、それが告白であることを認識していくにつれて、顔がだんだんと目の前にいる重樹と同じくらい真っ赤になっていった。
「あっ、えっ……えと……わ、私……その……っ」
脳の処理が上手く出来ないのか、清香は目を泳がせてもじもじしながらしどろもどろに喋る。
重樹も顔を真っ赤にしたまま、黙り込んでしまう。
そして、しばらくして。
「俺と……付き合ってくれるか?」
重樹の口から出た言葉に、清香は顔を更に赤くして固まる。
長いようで短い沈黙が流れる。
大きく脈打つ心臓を抱えながら清香は重樹を見つめる。
そして、重樹も清香を真っ直ぐ見つめて、返事を待つ。
程なくして……清香の口が、ぎこちなく開く。
「……は、はい……わっ、私で……よければ……」
しどろもどろながらも、清香は答えを出した。
その日の夕焼けは、二人の顔のように真っ赤だった。
こうしてめでたく付き合うことになった二人は、現在に至るというわけである。
「はぁ……もう夕方かぁ。今日がずっと続いたらいいのに」
「そうだな。俺も清香との時間をもっと増やしていきたい。だから……」
「……?」
と、重樹が何かを言いかけた……その時だった。
「おっ?おいおい~、黒川じゃねーかぁ」
「久しぶりだな〜」
後ろから聞こえた声に反応して、重樹と清香は足を止める。
振り返るとそこにいたのは、ガラが悪いと有名な三年生の男子生徒四人だった。
教師を脅したり、目をつけた生徒を呼び出してはいびり倒したり、万引きやカツアゲも平気でする等……悪い噂はよく聞く。
しかも元サッカー部所属であったため、重樹はその四人と面識があった。
男子生徒の一人が、ニヤニヤ笑いながら重樹と清香に近づく。
「黒川ぁ……可愛い女子連れてんじゃん。俺らに貸してくれねぇ?」
「最近たまっててよぉ……。俺ら、お前ら後輩のことを思って退部してやったんだぜぇ?」
「ちょっとくらい礼してくれたっていいんじゃねーか?」
「……」
「し、重樹くん……」
重樹に身を寄せて、縋るように彼の袖を掴みながら清香は震える。
その一方で、重樹は言い寄ってくる男子生徒達に怯む様子もなく、彼らを真っ直ぐ見据える。
「いくら先輩だからって聞ける頼み事と聞けない頼み事があります。それに先輩達が退部することになったのは、自業自得じゃないですか。校内で麻薬売買とかあり得ないですよ。むしろよく退部だけで留まりましたよ。普通退学の上に刑務所行きですからね。先輩達は上級国民である親に感謝するべきです。こんなところで元後輩に絡むよりも先に、親孝行をしたらどうなんですか?」
重樹の容赦ない反論に、男子生徒達は眉間にシワを寄せる。
「あぁ?黒川のくせに逆らうのか?一度俺らにボコボコにされたくせによぉ」
「お前さぁ……ちょっとばかし顔が良くてサッカー上手くて持て囃されてるからって調子乗ってんじゃねぇぞ?」
「足へし折って二度とサッカー出来なくさせてやろうか?お!?」
重樹の胸ぐらを掴み上げて、男子生徒の一人は拳を構える。
それを見て清香は、目を見開いて顔を真っ青にする。
だが、
「あ、警察」
「!?」
「なっ!!?」
重樹は男子生徒達の後ろを見るなり言う。
その言葉に反応した男子生徒達は、焦った顔をして反射的に後ろを振り向く。
その隙を見て、重樹は男子生徒の手から素早く離れると、清香の腕を掴んで走り出した。
「なんだ、いねぇじゃ……あっ!しまった!!」
「くそっ!逃げられた!」
「んっの野郎!ただで済むと思うなよ黒川ぁあっ!!」
清香と共に曲がり角の先へ消えた重樹に向かって、男子生徒達は悔しそうに叫んだ。
しばらくして大分離れた場所で、重樹は立ち止まって清香から手を離す。
「清香、大丈夫か?」
「う、うん……さ、さすがサッカー部……っ。全然、息が乱れてないね……っ」
呼吸を整えながら、清香は重樹に向かって言う。
清香の笑顔とその言葉を聞いて安心したのも束の間、重樹の表情に陰りが落ちる。
「悪い……俺、殴るとかそういう暴力的なの苦手で……逃げるしかなくて……。情けないとこ見せたな……」
そう言って、重樹は申し訳なさそうに顔をうつ向かせる。
ああいう時、相手を華麗に蹴散らすのがカッコいいのだろうけど、重樹はそれが出来なかった。
出来なかった故に、自分に情けなさを感じたし、清香に幻滅されたと思った。
だが、そんな重樹の気持ちに反して清香は、柔らかい笑顔で首を横に振った。
「ううん、カッコ良かったよ」
清香の言葉に反応して、重樹は顔を上げる。
「私が……重樹くんを好きになった一番の理由は……、重樹くんが人に何をされても絶対に大きな声を出したり、手を出したりしないからなの」
「清香……」
「私、その……肝っ玉が小さいから……暴力とか大きな声とか苦手で……誰だってカッとなる時あるってわかってるのに……どうしても慣れなくて……」
困ったように笑みを浮かべながら清香は言う。
「だから……さっきの見て、重樹くんを好きになって本当に良かったなぁって思ったの。喧嘩に勝つ人より、こうやって争い事から逃げきれる人が一番カッコいいって私は思うよっ」
「……そうか」
清香の言葉を聞いて、重樹は嬉しさでいっぱいになる。
思わず頬が緩むほどに。
「もう暗いし家まで送るな」
「え、でもそれじゃ重樹くんが一人で帰る時間が長くなるんじゃ……。それにさっきの先輩達がまた襲ってくるかもしれないし……」
「大丈夫。その時はまた適当に隙を作らせて走って帰るさ」
「ホントに大丈夫なの……?」
「手を出さないとは言え、俺だって男だぞ?彼女に心配されるほど落ちぶれてないと思いたいんだけどな」
「ご、ごめんっ」
「冗談だって」
焦ってる清香に対して、重樹は少し意地悪に笑う。
「もー」と頬を膨らませる清香を愛しく感じながら、一緒に歩いていく。
前に付き合ってた彼女には、真面目で優し過ぎて刺激がないとかつまらないとか言われて別れて、正直自信をなくしていたけど……。
あの時、思いきって告白してよかった。
清香と付き合って良かった、と重樹も思った。
優しくて、のんびりしてて、自分の言葉に一喜一憂する純粋な彼女が、本当に愛しくて、大切で大切で仕方ない存在だから……。
争いを好まず、何事も笑顔で受け止めてくれる彼女が好き。
大好きだ。
世界で一番好き。
こんな気持ちは初めてで、重樹の胸は清香への愛であふれそうになっていた。
清香に伝えようとしたことも、うっかり忘れてしまうくらい。
***
それから二日経った夕方。
自宅にて、宿題を終わらせた清香は階段を降りて玄関に向かっていた。
(明日重樹くんにクッキーあげよっ)
毎日お疲れ様ってことで、と思いながら清香は買い物に行くべく靴を履いて玄関を出た。
少し薄暗くなっていたが、これくらいならまだ怖くないし変な人も出ないだろうと早足で目当ての店がある駅方面へ向かっていく。
だが、清香が路地裏の前を通り過ぎようとした時だった。
「!?」
いきなり路地裏の方から手が伸びて清香の口を塞ぎ、手や足を掴む。
抵抗する間もなく、あっという間に路地裏に連れて行かれる。
「うーっ!?」
「へへっ……黒川の女ゲェーット」
「やっぱ可愛いなぁ」
「黒川を捕まえるよりこっちで遊んだ方がいいぜ」
「恨むなら俺らに生意気な口を利いた黒川を恨みなぁ?」
清香を路地裏に連れ込んだのは、前に絡んできた男子生徒達だった。
厭らしい笑みを浮かべながら、男子生徒の一人は清香を組み敷き、他の者は手を伸ばす。
口と腕を押さえられて抵抗が出来ない清香は、顔を真っ青にして声なき悲鳴をあげた。
***
翌日。
学校にて。
「あれ、黒川。今日は純田がくっついてないじゃん。珍しい」
「ああ、体調が悪いらしくて……今日はお休みしてるんだ」
「へぇ、風邪とは無縁そうなあの純田が」
下駄箱で上履きを脱ぎながら、重樹はそこでちょうど会った友人の矢見野(やみの)と清香のことで話していた。
「昨日は特に体調悪そうでもなかったんだけどな……」
「すげぇ賞味期限が過ぎてるもんでも食ったんじゃね?純田ならあり得そ〜。今日は部活行くのやめて、お見舞いに行ってやったら?俺が顧問に適当に理由言っとくからよ」
「ああ、ありがとう。そうする」
矢見野の厚意に甘えて、重樹は部活を休むことにする。
清香からは朝に休むとLIENが来たきり返事がないし、かなり体調を崩しているのかもしれない。
とにかく清香の調子を見て、それから必要なものを買って、出来る限りの看病をしよう。
そう思いながら、重樹は下駄箱の蓋を開ける。
すると、靴の上に白い封筒が置かれていた。
「?、なんだ……?」
重樹はそれを取って開けると、中身を半分まで取り出して見る。
その瞬間、重樹の動きが止まった。
何故なら、封筒の中に入ってたのは……清香が嬲りものにされている瞬間を撮った写真だったからだ。
ぐしゃぐしゃに乱れた服にグロテスクなアレを口の中に突っ込まれたり、卑猥な体勢をとらされたり等、とにかく口で言うにはあまりにもおぞましい場面が映し出されている写真が数枚入っていた。
そして、その写真には例の男子生徒達が映っていた。
それを黙って見ていた重樹は、しばらくしてゆっくりと写真を封筒に戻す。
「……矢見野」
「?」
「今日、俺は“部活をサボってお前の家で遊んでいた”ことにしてくれないか?」
封筒を鞄の中にしまいながらそう言う重樹を見て、矢見野は何か察したかのような顔をする。
そして、やや面倒くさそうに小さなため息をつきつつも、下駄箱から靴を取り出すと、
「わかった。そうしとくわ」
「……悪いな」
それだけ言って早足で去っていく重樹の後ろ姿を、佐矢見野は黙って見送る。
重樹が今どんな表情をしてるのかわからない。
わからないが、ただ一つわかるのは……。
「誰かは知らないけど……ご愁傷様」
矢見野はそう呟くと、靴を履いて大きく欠伸をしながら玄関を出ていった。
***
夕方。
「あー、昨日は楽しかったよなぁ」
「ホントにな!結構名器だったし、意外と胸でかかったし」
「なぁこの際俺らの便器にしねぇ?」
「いいねぇ!」
街の外れにある廃屋にて、例の男子生徒達は昨日のことについて楽しそうに話していた。
「まぁ何がともあれメインは黒川だぜ。あいつチビってんじゃねーか?」
「確かに!あれは刺激強過ぎだって!」
「昨日のうちに彼女が犯されて処女じゃなくなったなんて衝撃的過ぎだろ!!」
男子生徒達は腹を抱えて、ぎゃははははと下品に笑う。
夕日が差す廃屋に一つの影が近づいてるのに気がつくこともなく……。
「なぁ、彼女便器にさせんならこの写真使って黒川も利用しね?」
「いいねぇ。パシリにサンドバック、彼女と一緒にウリさせんのもいいかもな!」
「だなっ!どうせあいつ逃げるしか脳ねぇし」
四人がいる部屋のドアが、ゆっくりと音もなく開く。
「大してケンカも強くねぇだろうしな!なぁ、お前……ら……」
楽しげに話し合っていた二人は、ドア側に座っていた二人の方を向く。
だが、その瞬間、二人は凍りついたように固まった。
何故なら、そこにいたのは笑っている二人ではなく……口や鼻等から血を垂れ流して白目をむいてる二人だったからだ。
更にその後ろには……、
ハサミと彫刻刀で二人の首と後頭部を突き刺してる重樹の姿があった。
「ひっ……!?」
恐ろしいくらい無表情で、更には凍りつくほど冷酷な目でこちらを見下ろしている重樹に、一人が情けない悲鳴をあげる。
次の瞬間、死んだ二人を左右に乱暴に退かして重樹は口を開く。
「先日ぶりですね……先輩方」
静まり返った廃屋内に、重樹の地を這うような低い声が響く。
「く、黒川……!?」
「おっお前……自分が何をしたのかわかってんのか……!?」
「何をしたのか……?それはこっちのセリフですよ……。あんな写真を俺の下駄箱に入れて……まるで……」
重樹はポケットからカッターナイフを取り出し刃先をチキチキと出す。
そして、
「殺しに来て下さいって言ってるようなもんだろうがァアッッ!!阿呆共がーーッ!!!!」
一気に目を見開くと、まだ生きてる二人に向かって駆け出した。
シャッ
ブシャアァァーーーッッ!!!
「ごぼぼぼっ!」
「ひっ、ひいぃーーーっ!!」
大量の鮮血が舞う。
カッターで首を深く切られた男子生徒を横に、もう一人の男子生徒は重樹の横を通り過ぎて逃げようとする。
だが、
ガシッ、ダンッ!!
「い゛っ!」
逃げようとした男子生徒の首根っこを掴むと床に叩きつけ、重樹はその上に乗る。
自分の上にいる重樹の右手に鎌があるのを見て、男子生徒は顔を青くして悲鳴をあげる。
「ひいぃいいっ!人殺し!人殺しーー!!」
「強姦魔が何を言ってるんですか?」
「お、お前暴力苦手じゃなかったのかよ!?」
「苦手ですよ。苦手だからこうしてるんじゃないですか」
「え、どゆこと!?」
「殺人は暴力のうちに入りませんよ」
「え?」
「殺人は暴力じゃありません」
……………。
「く、黒川!悪かった!!俺が悪かった!許してくれ!!」
「へぇ……先輩でも謝ること出来るんですね」
「あ、あああ……!っごめん!ごめんなさい黒川!いや、黒川様!!もうあんなことしません!!悪いことはしません!!貴方様の彼女にも土下座して何度も謝りますから!!パシリだってサンドバッグだってなんでもやります!!だから……だから……!!」
色々と察してしまい、顔中の穴という穴から液体を出しながら許しを乞う男子生徒。
それを見ていた重樹は、しばらくすると鎌を下ろして優しく微笑む。
重樹のその表情を見た男子生徒の顔に、安堵の色が覗く。
「く、黒川……」
「……」
「許してくれるのか……?」
「……先輩、いい勉強になりましたね。これで人の大切な存在に手を出したらどうなるか……」
ヒュッ
「よくわかっただろぉおおおッッ!!!?」
猟奇的な笑みを浮かべるなり、重樹は鎌を勢いよく横に振った。
鮮血と共に跳ね飛んだ男子生徒の首がゴンッと音をたてて壁に当たり、コンクリート造りの地面に落ちて転がる。
首から上がなくなった男子生徒を見て、重樹はハッとした顔をする。
「あ……、でもどうせ死ぬんだからわからせても意味なかったか……」
無意味なことに時間をロスしてしまった、と重樹は後悔する。
(これじゃあ、どこ行っても律儀なヤツ〜ってまた矢見野に茶化されてしまうな……)
ま、来世で生まれ変わった先輩達が同じ過ちを犯さないようにしたってことでいいか。
と、前向きに考えて、重樹はよっこらせと立ち上がる。
「さて、早いところ証拠と足跡を消して清香に会いに行かないと。俺の判断ミスで酷い目に遭わせてしまったんだ……。俺の人生をかけて償おう……」
そう言って重樹は心底申し訳なさそうな顔をしながら、“片付け”を始めた。
***
そして数ヶ月後。
保健室にて。
「重樹くん……」
「大丈夫だ、清香。俺がついてる。俺が絶対に清香を守る」
「うん……」
あれから清香はショックで外に出るのもままならなかったが、重樹の献身的なケアのおかげで、なんとか学校に復帰することが出来た。
清香を襲った男子生徒達は、未だ行方不明で手掛かりは掴めてない。
「もうあいつらはいないから……」
「でも……」
「例えまた現れても、絶対に俺が守る。もう二度と清香には指一本触れさせない」
そう言って重樹は、清香を強く抱きしめる。
重樹の温もりを全身に感じながら、清香は静かに泣く。
「ありがとう……、重樹くん……ありがとう……」
清香のか細い声を聞きながら、重樹は彼女の髪を優しく撫でる。
何度も何度も。
慈しむように。
(大丈夫。大丈夫だ、清香。先輩達はもういないし、清香を狙う別のヤツが現れたら今度こそは判断ミスをしない。ずっと側にいて守りきる。絶対に。そうとなれば生涯共にするしかないし、清香と別れることになりたくないから早いうちに結婚のことを持ち出そうと思ったが、もうその必要もないな。清香からもご両親からもずっと側にいて欲しいと言われたし、今回の件悪いことばかりではないかもしれない)
それに先輩達がいなくなって学校の治安も大分良くなったし……、一石二鳥とは正にこのことだな。
前向きにそう思いながら、重樹は微笑んだ。
おわり