その世界の私は鬼ちーと呼ばない




***






某日、昼。
東京駅にあるパチ公像前にて、たくさんの人達が行き交う中、一人の大柄な男がスマホをいじりながら、今日ここに来る人物を待っていた。
男の名前は、鬼塚庄司。
神奈川県在住の強豪レスラーだ。
鬼のラフファイターと呼ばれており、その二つ名のとおり彼のファイトスタイルは実に苛烈で、過去に数人対戦相手を再起不能にしている。
が、ここ二ヶ月ほど前から少しだけ、ほんの少しだけだが、その苛烈さがなりを潜めているらしい。
それは何故かというと……。


「おぉい!!!」


パチ公前に大声が響き渡る。
その付近を歩いていたほとんどの人が驚く中、鬼塚は至って冷静な様子で顔を上げる。
そこにいたのは……。


「待ち合わせ40分前やぞ!!!?」


見た目といい服装といい、爽やか可愛いという言葉がぴったりの印象なのに、極限までかっぴらいた目と怒り肩にガニ股といった姿で全てを台無しにしている女子。
川口さやか。
三ヶ月前、色々とあって鬼塚と知り合い、相性の良さから彼と友達になった女子だ。
川口を見るなり鬼塚は小さくため息をついて、スマホをポケットにしまう。


「別に遅れてきたわけじゃねぇんだからいいだろ」

「早すぎるんだって!!前回は20分前にいたから、さすがに40分前はおらんやろと思ってきたのにおるし!!!鬼塚くんよりもずっっと早く来て、待ち合わせ時間よりもちょっと早めに来たけど既にいる私に驚いている鬼塚くんに『いいよ、全然待ってないよ。まぁ三時間前にはここにいたけど全然待ってないよ!!』って言って驚愕しつつも気まずそうにする鬼塚くんを見てニチャニチャする私の計画が台無しだよ!!!」

「ずっと台無しになってろ、そんな計画」


相変わらず変なこと考えてんなぁ、と思いながら鬼塚は彼女の元へと歩き出す。


「このままだと二人揃ってどんどん待ち合わせ時間よりも早く来てしまうよ……!次は50分前……、その次は二時間……、そして最終的には三日前……!!」

「それもう待ち合わせ時間決める意味なくね?」

「どうしよう……!このままだと早く来る習慣が身につきすぎて約束の時間というものが機能しないよ……!!どうしよう!!」

「普通に待ち合わせ時間に来ればいいだろ」

「せやな」

「こわ。急に納得すんな」
急激に落ち着きを取り戻した川口の情緒に恐怖を覚えながらも、鬼塚は彼女と肩を並べて歩き出す。
目的は川口おすすめのパンケーキ屋さんだ。
たまにはハンバーガーではなくパンケーキにも目を向けろという川口の謎の要望だ。
で、パンケーキを食べた後は三時から始まる水町と朝原のシングルマッチを観戦して、公園で感想を言い合うという実に健全な友達付き合いだ。


「ねーねー」

「なんだ?」

「鬼塚くんのローリングソバットって象を一発で殺すほどの威力あるって噂だけど本当なの?」

「象はないだろ」

「あ、ごめん。蟻だった」

「蟻にローリングソバット当てるの逆に至難の業だろ」

「うそうそ。熊だよ熊。で、どうなの?殺ったことあるの?」

「ねぇよ。どうせ、解説のじじいが例えで言ったのがそんな風に広まったんだろ」

「フッ……なるほど。私だったら鬼塚くんの知名度をぐんと上げる解説をするね」

「例えば?」

「ほ〜……あれが女子供にも容赦なくぶちかまして血反吐を吐かせた鬼塚選手のローリングソバットかぁ〜」

「一生解説すんな」


ある意味知名度バク上がりの最低な解説をしてきた川口を、鬼塚はばっさりと切る。
こういったやり取りは相変わらずだ。


「いやぁまっさかあの雲の上の存在だった鬼塚庄司とこうやってパンケーキを食べに行くとはねぇ。人生わかんないね」

「俺もまさかこんな奇天烈な女とつるむことになるとは思わなかったぜ」

「んんぇぇえへっへへへへへへへ……」

「なんだその笑い方」

「いや幸せだと思ってぇ」

「だとしてももうちょっとまともに笑えよ。軽くホラーだったぞ、さっきの笑い方」

「おほほほほほほほほほ」

「お、お前でも上品な笑い方出来るんだな」

「当たりまげほっごほっがはがはっ!」

「咽るんかい」


げほげほと咽まくる川口の背中を、鬼塚は軽く擦る。
そのおかげかすぐに咳がおさまり、深呼吸をして落ち着いた川口は、鬼塚に向かってにこっと笑う。


「は〜ありがとう」

「別に」

「ん〜やっぱ鬼塚くんと話す本当に楽しいよ。つい咽ちゃうくらい」

「そうかよ」

「わいら、種(性別)と推しとファンの壁を越えたマブダチやんな!これからもよろしゅ〜〜!」


満面の笑みでそう言って、肘で鬼塚の腰辺りをつつく川口。
だが、それに対して鬼塚は目を大きくした後、少しだけ気難しい表情をする。
川口のちょっかい……というより、彼女の発言が気に食わなかったみたいだ。


「ダチ……か」

「そーそー!あっ!」


鬼塚の様子の変化に気づくことなく、呑気な川口は目的のパンケーキ屋さんが目に入るなり、ぱっと花が咲いたように明るい表情になる。


「パンケーキ屋さん見えてきた!私が食べたいやつソールドアウトになってないかな〜!数量限定のやつ!」


どどすこと目当てのパンケーキ屋さんへ駆け出す川口の後ろ姿を、鬼塚は見つめる。
それはもう友達を見る目ではなくて……。


「……いつか」


鬼塚は拳をぎゅっと握りしめる。 


「ダチなんて言わせねぇようにしてやる……」


振り絞って出したような声で、川口の背中を睨むように見ながら言う。
それがどういう意味なのか、彼の仄かに赤くなってる頬を見れば一目瞭然だろう。
鬼塚が川口にどんな感情を抱いているのか。
どういった関係になりたいのか。


(……まずは、今日こそは、……名前をちゃんと呼ぶぞ……。さやか……は、さすがに無理だからせめて川口って……)


心の中で今日の目標を自分に言い聞かせ、鬼塚はパンケーキ屋さんのガラスケースに張りついている川口の元へ向かっていく。


「鬼塚く〜ん!あったあった!私が食べたいやつ生き残ってた!」

「そうかよ。よかったな」

「うん、よかった〜。鬼塚くんはどれがいい?気になるのある?」

「あ〜……まぁとりあえず中入ろうぜ。メニュー見てゆっくり決める」

「そだね!入ろ入ろ!」



果たして、二人がそういった関係になるのはいつのことになるのやら。

それを知るのは、この世界にいる二人のみ。




おわり
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