短編






私の人生は今、順風満帆だ。


昔は色々とあってたくさん苦労したけど、仕事は昇進して人間関係も良くなって、友達もそれなりにいて、恋人との仲も良好で、本当まさかこういう時期が来るとは思わなかった。
人生の絶頂期というのだろうか。
昔の私からして見れば、信じられない状況だ。
死にたいと思うことは何度もあったけど、今の今まで生きてよかったと思う。
たまにストレスになるようなことはあるけど、それも人生における必要なスパイスであって、別になんてことない。
今の私は本当に幸せだ。


けど、いつからだろうか。
私は七階のマンションの一室で暮らしているのだけど、ふとベランダが気になった。
カーテンが閉まりきっているベランダの方を見ていると、何故か無性に飛び降りたい衝動に駆られた。
今すぐにでも立ち上がって、窓を開けて、囲いに上がって思いきり飛びたくなった。
頭の中で、ずっとその映像が繰り返されていた。
足が行きたい行きたいと言わんばかりに、妙なむず痒さに襲われた。
けど、私の理性がそれはダメだと、私をソファーに座らせた状態で体を留めていた。
だって、七階から飛び降りるんだよ?
死ぬに決まってるじゃん。
それに、今の私に死にたい理由なんて一つもない。
むしろ今が幸せで、これからも生きて楽しいことや新しいことに挑戦したいと思っているくらいだ。
なのに、なんで急に飛び降りたくなってるの?
おかしいじゃない。
おかしい。
でも、何故か頭から離れない。
自分が飛び降りる瞬間の映像が。
これはダメだ。
ダメだ、本当にやってしまいそう。
そうだ、風呂に入ろう。
きっと、仕事で疲れているんだ。
そう思って、私は今のおかしい衝動を忘れるために、浴槽に向かった。


風呂に入ったら、もうその衝動すっかり消えていた。
やっぱり、仕事疲れだったんだろう。
今日は早くと寝よう。







おかしい。
おかしいおかしいおかしい。
楽しいんだ。
毎日が平和なんだ。
不満なんて、何一つない。
今の私が不幸か幸せかと言われたら、確実に幸せなんだ。
仕事先の人と何気ない会話をして、よく行く和菓子屋さんに行ったら大福をおまけでくれて、友達と映画を見に行って、彼氏とデートの約束をして来週が楽しみで、母さんとも少し前に電話して面白可笑しな話をして笑い合った。
なのに、どうして。


どうして、こんなにも飛び降りたいの!


ベランダに関心が向く。
気になって気になって仕方ない。
囲いに身を乗り出したい。
あの暗闇に向かって飛びたい。
そしたら、どうなる?
死ぬに決まってるじゃない。
………いや、私が気になっているのは“結果”じゃない。
その瞬間なんだ。
何故なら私は、高いところから落ちて地面に当たる感覚を今まで一度も経験したことない。
その衝撃はどれほどのものだろうか。
どれくらい痛いのだろう。
気になる。
知りたい。
人生で経験したことないことを経験したい。
味わってみたい。
この身で感じたい。
知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい。





やってみたい。





やろう。

やるならやりたいと思った今しかない。



本来私は遊園地で言う絶叫系が苦手だ。
落ちる浮遊感が大の苦手で、ジェットコースターなんて絶対乗らないタイプの人間だ。
でもその私が今、恐怖心も何も感じず、自ら飛び降りたいと思っているんだ。
それって、すごいことじゃないか。
今を逃したら、二度はないと思う。
人生で知り得なかったことを知るチャンスなんだ。
私はソファーから立ち上がって、カーテンを開けて、窓を開けた。
ベランダの向こうに広がる暗闇はとても魅力的で、決意した今だと最高の世界に見えた。
今から私は飛び降りるんだ。
知らなかった痛みを知れるんだ。
そう思うといてもたってもいられなくて、私は囲いの上に乗ると、思いきり蹴って飛んだ。



すごい。

すごい、すごい。

こんな感覚初めて。

落ちるのってこんな感じなんだ。

私は今、初めての経験をしている。

それで

あとは








グヂャッ









あ、なるほど。







おわり
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