崩落編
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他の誰かに見つかる前にとイオンとナタリアを連れてばたばた教会を後にして、街の外、第四石碑のある丘まで逃げてきた。巡礼地の一つでもあるこの場所は魔物避けがされていて、教団員や巡礼者たちはいるものの神託の盾兵の姿はない。追手がないことを確認したガイの「ここまで来れば安心だろう」の一言で、ようやくわたしたちは一息つくことができた。
「ありがとうございます、皆さん」
「助かりましたわ、ありがとう」
「ああ、騎士団本部に忍び込むって言うから俺、いろいろ覚悟してたけど、拍子抜けするくらい順調に終わったな。俺たちが来なくてもジェイドとハナとアニスでどうにかなったんじゃないか?」
「それは結果論じゃない?普通こんなにうまくいかないよ」
「敵の本拠地、それもあれだけ広くちゃな。こっちもむこうも犠牲が出なかったのはハナのファインプレーのおかげだと思うぞ」
「えっ、あ〜、いやあ、たまたまだよたまたま!」
「そういえば怪しい場所をあっさり見つけてたよね」とか「ハナにしては珍しく指示を飛ばしたりして手際が良かった」とか「発想が柔軟なのね」とか、思いの外わたしへの言及が続いてしまって適当な誤魔化し笑いで流す。どうして?と訊かれてしまえば知ってたからで〜すとしか言えないし、そんなこと実際に言えるはずもない。無理やり引き上げた口角がぴくぴくしだしたところで、「それで、今後のことですが」とジェイドさんが話題を逸らしてくれたけど、たすかった!と思わずほっと息をもらしたわたしをちらっと見てきたから、たぶん確信犯なのだと思う。タイミングも。
「この後か…。戦争が始まりそうなんだよな。バチカルへ行って、伯父上を止めればいいんじゃね?」
「忘れたの?陛下にはモースの息がかかっているはずよ。敵の懐に飛び込むのは危険だわ」
「残念ですが、ティアの言う通りかも知れません。お父様はモースを信頼しています」
「私はセントビナーが崩落するという話も心配ですねぇ」
目下の課題は次々と出てくる。戦争、モース、崩落……モースの名を口にするティアの表情は苦々しげだった。信頼、尊敬していた上司が非道な行いをしようとしていることが最早否定しようのない事実になってしまって、気持ちの整理がしきれていないのかもしれない。イオンとナタリア救出のさなか、教会内で偶然聞こえたモースの言葉は、それを決定づけるものだった。
「それならマルクトのピオニー陛下にお力をお借りしてはどうでしょう。あの方は戦いを望んでおりませんし、ルグニカに崩落の兆しがあるなら陛下の耳に何か届いているのでは」、というイオンの意見に皆が賛成して、わたしたちは再びタルタロスに乗ってグランコクマを目指すことになった。
✱✱✱
「グランコクマかあ…。なんか、すごく久しぶり」
「ハナはもともとグランコクマに住んでたんだよな」
「住んでたっていうか、うーん、まあそうだね。酒場をやってるご夫婦のところにお世話になってたんだ」
「あ、そうか…記憶喪失になる前は別のところにいたんだもんな。なんか手がかりとかないのか?」
モリーさんとロシーさんはどうしているかな、もう地球の暦で言えば一年も会えていないふたりを思いながら、ごうごうと風の強いタルタロスのデッキでルークとミュウと並んでぼんやり海を眺める。わたしがおやつにと渡したカット済みのりんごを齧っているミュウは目を離せば海風に飛ばされてしまいそうで、ルークはしっかりと両手で小さな体を抱えていた。
「…うーん、ないなあ。こうして今もみんなの旅についてきてるのは、帰り方が見つかればいいなあって理由もあってなんだけど。まだ見つかんない」
そう、記憶喪失だなんてことにしているけど、そろそろどこか折を見てみんなに本当のことを打ち明けるべきかもしれない。ずっと嘘をついているのも心苦しいし、命を預け合って戦う仲間なんだから隠し事はちょっとでも少ないほうがきっといい。未来のこととかは、最後まで言わないでいるつもりだけど。ジェイドさん以外のみんなにも秘密を打ち明けたとして、きっとみんなは否定しないでくれるのだろうなということはなんとなくわかっているのだ、わたしがあと一歩、なかなか踏み出せないだけで。
「そっか…何かできることがあれば言ってくれよ。俺、力になるから」
「ありがとう。今までだって、ルークにはたくさん助けてもらってるよ」
「…髪を切る前まではさ。俺、ハナに自分を重ねて見てたんだ。記憶喪失で、戦うのが怖くて、巻き込まれた一般人でさ…俺と似てるって、可哀想だって思っておまえに接してた。でも今はそうじゃないってわかる、俺とおまえは全然違うよ」
言いながら、もっと綺麗に食えよなあ、と果汁でべたべたになった手袋でルークはミュウの頬を潰す。
「ハナはやさしくて、強いよ。そのやさしさを突っぱねちゃった弱い俺が、おまえを可哀想だって思うのは違うよな。今の俺は自分が可哀想だって立ち止まっていられないし、おまえにもそんな同情の気持ちじゃなくて…って、上手く言えないけどさ。今まで背中を押してもらったぶん、おまえが苦しいときは助けになりたいって思うんだ。友達だから」
辿々しいけどどうしようもなく真っ直ぐな言葉。ああ、本心から言ってくれてるんだなあって、わかる。
「…。ルーク……成長したねえ……お姉ちゃん嬉しいな……」
「ばっ、揶揄うなよ!」
「へへ、ごめん…ほんとにうれしいよ。ありがとうね、そうだなあ…。もうちょっと気持ちの整理がついたらみんなに話したいことがあるから、そのときは力になってくれる?」
「うん。勿論」
ちょっぴりじわっときてしまったのを誤魔化すようにわたしが揶揄ったのがわかったのかわかっていないのか、ルークは眉を下げて笑う。うれしいなあ。人ってこんなに変われるんだね。もともと優しかったルークだけれど、考え方も態度の表し方も、誰だってこんなふうにすぐに変えられるわけじゃない。ルークだってすごく強いよ。それが画面越しに見る以上にひしひしと伝わって、まぶしい。
いつ打ち明けようかなあとこの先のことを考えていると、突然タルタロスが大きく揺れた。けたたましいサイレンが艦内中に鳴り響く。「うわあっ!」、デッキの手すりを掴んでいたわたしは多少たたらを踏むだけに留められたけど、何も掴んでいなかったルークは大きくよろける。
「なんだ、普通の揺れじゃないぞ」
「ご主人様、ボクは泳げないですの…」
「…知ってるよ。大丈夫。沈みゃあしないって」
「…!ジェイドさんなら何かわかるかも。船橋に戻ろう」
ルークとミュウとデッキを離れる。これ、確かタルタロスの故障かな。ということはこの次に行くところって、あそこだ。
「おい、どうなってるんだ!?ってあれ、ガイとジェイドは?」
「タルタロスの様子を見に行っていますわ。どこか故障でもしてしまったのかしら…」
わたしたちが船橋に戻ったそのタイミングでちょうど伝声管からジェイドさんとガイの声が響く。崩落の衝撃や魔界の泥、外殻への打ち上げなど諸々の無理が祟ってついに機関部が故障してしまったらしい。音機関の扱いに長けているガイが応急処置をしてくれたものの、グランコクマまではまだまだ距離がある。このまま無理を通して航行を続ければ本当に沈みかねない。できればどこかの港で修理したいな、とガイが言う。
「ここからだと停泊可能な港で一番近いのはケテルブルク港です」
「じゃあ、そこへ行こう。いいだろジェイド」
「…まあ……」
歯切れの悪い返答に、ジェイドさんの内心を思う。と言っても、わたしなんかの頭じゃジェイドさんの考えていることは全然察せないから、勝手に想像してるだけだけど。ケテルブルク、あの街はわたしにとっても印象深くて、今でもよく覚えている。ちょっと楽しみだなあ、とこっそり雪の降る街に思いを馳せた。
✱✱✱
「さっ…………む〜〜!!!さぶい!さむ、さむい……ウウウ…」
「寒い寒い寒〜い〜!!」
「若いのにだらしないですねぇ」
「ジェイドさんが一番厚着なくせして!」
目指すシルバーナ大陸に近づくにつれて著しく気温が下がり、艦の中にいても寒さで鳥肌が立つようになった。到着前の艦内でこれなのに、港に着いたら凍っちゃうんじゃないか。わたしは半袖だし、特に露出の多いアニスやルークは自分の肩やお腹を擦って震えている。風邪引いちゃうんじゃないかな。「軍人だもの、このくらいで弱音は吐かないわ」と言ってるティアだって肩が丸出しで絶対寒いと思う。
みんなで毛布に包まって上陸しましょうよ〜と隣のジェイドさんに言えば、「神託の盾に動かされていなければ、マルクト軍の支給品のコートがまとめて積んである筈ですよ」と返ってきたのですぐさま倉庫に走った。いくつかサイズの種類があるのを適当に全員分見繕って持ち帰れば、体格の良い男性陣や手足の長いティアとナタリアがしっかり着こなすのに対してわたしとアニスはコートの袖を盛大に余らせた。イオンだってちゃんと着られてるのに。これ、一番小っちゃいサイズなのに…。
「私たちがマルクト軍の支給品を身に着けてもいいものなんでしょうか…」
「まあ、いいんじゃないですか」
真面目なティアの心配に対する返答が随分適当だけど、ジェイドさんが言うんなら大丈夫じゃなくても大丈夫になるんだろうなあ、と呑気に思う。ルークやガイは剣を振るふりをしては動きにくいなあと若干渋い顔をしているけれど、寒いよりはずっといい。ぶかぶかの袖からなんとか手を出しながら、一枚着ただけで寒さが全然変わるコートに感動したわたしはお金を貯めたら自分用に一着買おうと密かに決意した。