崩落編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「具合は?」
「微妙です……」
ベッドで丸まるわたしの元に、かばんやらワンドやらベルトやらタイツやら、わたしがシャワールームにほっぽりっぱなしだった私物を持ったジェイドさんが訪れた。気が利く……荷運びさせてしまってごめんなさい……。
あれからしばらく籠もりきりになったトイレからなんとか出ることはできたものの、腹痛やら吐き気やら、胃腸のおかしさはなくならなかった。海を進むタルタロスの揺れが気持ち悪さを助長させてわたしはベッドから起き上がれなかったけど、アッシュはあの後なんでもないように振る舞って体裁を守っていた。顔が見るからに真っ青だったのでアニスやジェイドさんは憐れんだ顔をしたりニヤニヤしたりしていたけど。
ダアト港に到着しても依然として体調は優れないままで、ベッドの上から挨拶はしたもののダアトに帰っていくアニスとイオンを見送ることもできなかった。同時にアッシュも行き先を告げずどこかに行ってしまったし、ナタリアは補給(料理に挑戦した際に食材を相当無駄にしてしまったらしい)のために街に出て、艦に残ったのはジェイドさんとわたしの二人だけだった。
「こう何時間も不調が続くとは、凄まじいですねぇ。彼女の手料理は」
「ジェイドさんが食べるの手伝ってくれたらここまでなってなかったですよ」
「ははは、嫌に決まってるじゃありませんか。お味はどうでした?」
「…………気持ちは美味しかった……」
味についてはノーコメントで。そんなわたしの内心を見透かしたように笑うジェイドさんが、わたしが寝ているベッドの上に荷物を置いてくれる。一応洗ってあるけど、タイツまで手に持たれたのは恥ずかしい。だいぶ履き古しててびろびろだし…。旅に出てから激しく動く機会が増えて、実は腰のあたりが擦り切れて小さな穴とか空いちゃってたりするのだけど、気づかれてたらどうしよう。流石に人のタイツをそんなにまじまじとは見ないか。こういうことが次またいつ起きるかわからないので、次に街に行くことがあったらケチケチしないでちゃんと新調しようと決めた。
「そういえば…アニスと別れちゃったしアッシュもどこかに行っちゃいましたけど、タルタロスってこれからどうやって動かすんですか?流石にジェイドさん一人じゃ無理ですよね」
「ええ。タルタロスはダアトに置いて、別の手段でナタリアを送り届けてからグランコクマまで向かうことになるでしょうね。この辺りにはマルクト軍もいないので、或いはここから近くにいるはずのガイに協力を頼むことも可能ではありますが…そもそも、軽く点検したところいくつかの主要な部品にダメージが入っているので長距離航行は難しいでしょう」
「あ、点検するからナタリアについて行かないで残ってたんですね。ふうん……ん?ガイに協力……?近くに……?」
ふと、ジェイドさんの言葉がひっかかる。そもそもダアトでタルタロスを一旦乗り捨ててグランコクマ、そんな道順にはさっぱり覚えがない。ガイは今アラミス湧水洞にルークを迎えに行っているはずで、そのガイとジェイドさんが合流するタイミングは確か……
「あっ!?」
ぐわっとお腹の気持ち悪さも忘れて飛び起きて、大慌てで自分のかばんからノートを取り出す。急になんだと言いたげにほんの少し目を丸くするジェイドさんを脇目にページをぺらぺら捲って探すのは、崩落、ベルケンド、ワイヨン鏡窟……あった!
『ワイヨン鏡窟のあと、ルーク視点へ移る
↓
ユリアシティ 断髪 変わる決意
↓
崩落が預言に詠まれていたことを知る
↓
ルーク、ティア、ミュウ ユリアロードを通って外殻へ
↓
アラミス湧水洞でガイと合流
↓
出口でジェイドと合流 軟禁されたイオンとナタリアの救出のためダアトへ行く』
「……!!じ、ジャイッ、ジェイドさん!!はやく迎えに行かないとっ、ナタリアとイオン…!あれっもう遅いのかな!?先にガイに…じゃない、アニス、」
「落ち着きなさい。あなたの知る未来のことですか?」
「そ、そう、そうなんですけど……」
自分のノートを見返して、ようやく"物語"の忘れていた部分を思い出した。ワイヨン鏡窟で「次の目的地はダアト」に違和感を抱いたのも、"物語"であればあそこでアッシュ視点からルーク視点に戻ってユリアシティに場所が移るからで…ああ、違和感を抱いた時点で早く確認しておくんだった!記憶は薄れているとはいえ、事前に読んでおけばナタリアとイオンの軟禁は防げたのに!
まだナタリアたちがタルタロスを離れてからそう時間は経っていない。今からでも行けば間に合うかもしれない、そうジェイドさんに言い伝えようとして、ぐっと言葉に詰まる。言っちゃっていいのかな?未来のことは話さないって決めたのに。ともすれば預言のようになり得るわたしの知識でみんなを振り回すわけにはいかない、でも訳を話さないとジェイドさんは意味がわからないだろうし…。
「……アニスがいるとはいえ、ナタリアとイオンを二人して外に出したのは迂闊でしたね」
「え、」
「これまで散々我々の妨害をしてきた大詠師派の本拠地でもあるダアトに導師と王女を護衛一人で行かせるべきではありませんでした。念の為迎えに行った方がいい。これは『私の判断』ですが、あなたも同じように考えているのでしょう?」
「……!そう、そうです!早く迎えに行きましょう!」
ぶんぶんと首肯する。ジェイドさんはすごい。わたしが言わんとすることも、それを躊躇った理由もすぐに理解して、全部まとまるように上手いこと言ってしまうのだから。
すぐにでも行かなきゃ、そうベッドから飛び出したわたしの勢いは自分の足を見てぴたりと止まる。
「……タイツ履くんで後ろ向いててください!」
✱✱✱
身支度を整えたわたしとジェイドさんがダアト港に降り立ったのと、街道の方からアニスが走ってきたのは同時だった。
「大佐〜!ハナ〜!」
「アニス。一人ですか?」
「それが大変なんですよぅ!イオン様とナタリアが神託の盾に捕まっちゃって!」
「あああ〜〜…!」
遅かった…!!思わず嘆いて頭を抱えたわたしにアニスが「何そのリアクション」と訝しげな目線を向けるも、「気にしなくて構いません」とジェイドさんのフォロー(?)が飛んだ。
曰く、イオンはアクゼリュスの崩落やそれによるナタリアの死――実際は生きているものの――を理由に両国が戦争を始めないように導師勅令を出そうとして、それを耳にしたナタリアも「自分も関わることだから」と教会へ同行したらしい。しかしそこで戦争を肯定する大詠師派に取り押さえられてしまい、アニスは助けを呼んでくるようにイオンから命を受けてなんとか一人逃げ果せてきたと言う。
「はやく助けに行かないと…!」
「ええ、世間では既に亡くなっていると認識されている二人ですから、要人とはいえ確実に身の安全が保証されるとも言い切れません。アニス、二人はどこへ?」
「うーん、教会からは出ないと思うんですけど…」
「そうですか…教会、もし本部にでも乗り込むとすれば、今のままでは戦力に不安がありますね」
「ガイたちに協力をお願いしましょう、ここから近いんですよね?アラミス湧水洞」
「…そうしましょう。アニスはダアトに戻って大詠師派の動向を探り、可能な限り二人の居場所を特定してください。できますね?」
「了解です!」
びしっと敬礼したアニスに「気をつけてね」と声を掛ければ「大丈夫!そっちもね」と頼もしげに胸を張ってからダアトの方へととんぼ返りして行った。うーん、わたしがちゃんと覚えていればこんなことには。
「ガイ"たち"ねぇ。ガイが離脱したときは迎えに行くだけ無駄かと思っていましたが、その口ぶりだと彼らも外殻に戻って来ているようですね」
「…あっ」
「それ以外にも度々ボロが出ていますよ。人前で指摘しないようにするのも苦労するんですから。あなたが何をどこまで知っているのか…隠すつもりならもっと上手く隠しなさい」
「う、ごめんなさい…」
「…私も、本当は問い詰めるべきなのですがね」
最後にぽつりと零されたジェイドさんの小さな呟きはうまく聞き取れなくて首を傾げたけど、ジェイドさんは曖昧な顔をするだけだった。
✱✱✱
「ひー!魔物多い!多い!」
「ほらほら喋ってないで、しっかり援護、お願いします…よっ。年寄りに無理させないで下さい」
「そんなこと言ったって…!うわ、ギャー!!虫!!お、おわっ終わりの安らぎを与えよフレイムバースト!!」
アラミス湧水洞までの道中短しと言えど魔物は出る。いつもは五人以上で捌いてさくっと終わる戦闘も、今はジェイドさんとわたしの二人きりなため一人あたりの負担が増え、ましてわたしはまだまだ戦闘に関してど素人なので一回の戦闘でも一苦労だった。普段譜術主体のジェイドさんが槍を片手に前衛にまわり、わたしが後ろから譜術でサポート、戦闘後の回復という役割分担。わたしが一体倒す間にジェイドさんは五体倒す。複数の魔物のほとんどをジェイドさんが槍一本で引きつけてくれるのは大変ありがたいし凄いのだけど、どうしてもそこをすり抜けてくる魔物はいて、そのたびにわたしは混乱して大きすぎる爆発を起こすかワンドで物理的に殴りかかるかしていた。
「虫の羽根が落ちましたよ」
「ヤダー!そんなの拾わないでください!」
「貴重な素材ですよ。そのまま売っても多少の資金の足しにはなりますし、あなたの大好きな節約術じゃないですか」
「それでも虫は嫌!たとえ羽根だけでも!」
パダミヤ大陸にはやたらと大きな蜂の魔物が多い。それだけでも勘弁してほしいのに、倒すとたまに落ちているその羽根を見るたびジェイドさんはわたしの顔の前に見せつけてくるものだから、完全に遊ばれていた。一回拒否するとぽいっとその場に捨ててくれるのだけど、これでもう三回目だ。しつこい。
戦闘のない間は、歩きながらジェイドさんから譜術の詠唱を教わった。ワイヨン鏡窟でわたしが使った詠唱なしのロックブレイクが不安定だったことに目敏く気づいていたジェイドさんが「譜術の使用に慣れるまでは詠唱破棄はできるとしてもおすすめしない」と言ったためだ。さっき使ったフレイムバースト然り、ジェイドさんが普段使う詠唱は小難しくて耳馴染みのない言葉や言い回しが多くて暗記に頭を使う。「終わりの安らぎを与えよ」とか、「狂乱せし地霊の宴よ」とか。
「イメージを固めて術を安定させるためのものだから覚えられないのであればイメージしやすいオリジナルの言葉で構わない」と言われてもなおわたしがジェイドさんの詠唱をそのまま使うのは、わたしのそういうセンスが壊滅的だったからだ。「オリジナルかあ…。熱く燃えろ〜めらめら〜…とか……」と思いついたものを言ったときその場に流れた沈黙と、わたしでもわかるほどのジェイドさんの露骨な作り笑顔が忘れられない。
「…あ、見えてきた!あれがアラミス湧水洞ですよね」
辺りの空気が湿気を帯びたものに変わってくると、程なくして緑の生い茂る岩山が見えてきた。さらさらと水の流れる音が聴こえる。不思議とじめじめした感じはしなくて、近づくほどに澄んだ空気が心地よかった。
「はい。入れ違いになる可能性も考えていましたが…心配はいらなかったようですね」
「…! ルーク!」
見慣れた赤髪を短く切り揃えた彼の姿を目に入れるや否や、わたしは彼の名前を呼ぶ。「おわっ!?」「ハナ、ジェイド!?」という驚きの声も無視して、わたしは洞窟から出てきた三人と一匹に駆け寄った。
「ハナ、俺…」
「ルーク、…おかえり!」
目をまん丸くしたルークの両手をぎゅっと握る。びっくりしたように伸びていた眉間が、今度はくしゃっと悲しそうに歪んだ。
「ハナ、ごめん。俺、本当に馬鹿で駄目な奴だったよな。おまえはいつも、ずっとこんな俺を気にかけてくれてたのに、何度も手を振り払って、突き放して」
「わたしのことはいいの、もう過ぎたことだもん。それより、今のルークはどうしたい?」
「…変わりたい。変わるって決めたんだ。具体的に、何がしたいかはわからないけど…今の俺ができることを、何だって頑張りたい」
「…その言葉が聞けてよかった、本当に。ルーク、また一緒に旅をしよう。またわたしと、友達でいてくれますか?」
「…俺、レプリカなのに?」
「関係ないよ。わたしが今友達になりたいってお願いしてるのは、わがままでぶっきらぼうな自分から変わろうと努力してて、不器用だけど優しくて、わたしを何度も助けてくれて、チキンとエビが好きでニンジンとお魚が嫌いで、短くした髪がとっても似合ってる"ルーク"だもん」
「ハナ……俺も、俺こそ、おまえと友達でいたい。ありがとう。待っていてくれて」
「うん。おかえり、ルーク」
そうしてルークはまた顔をくしゃくしゃにさせたけど、さっきみたいな悲しそうな顔ではなくて照れたような笑顔だったから、わたしはめいっぱい安心したのだ。万が一ルークが挫けたままの可能性だってあって、それでも立ち直ってくれて本当によかった。これから先は、わたしも背負うから。
「感動の再会はそのへんでよろしいですか?」
「あっごめんなさい、つい」
「大佐もハナも、どうしてここに…?」
タイミングを見計らってくれていたのか、わたしとルークのやりとりがちょうど終わったそのときにジェイドさんが差挟み、ティアがもっともな疑問を口にした。そうだ、本来の目的を忘れていた。
「ガイに頼み事です。ここでルークを待つと言っていたので探しに来たんですよ」
「俺に?」
「イオンとナタリアが軟禁されちゃったの!モースに!」
「何だって!?」
声を上げたのはルークで、そんな彼を視界に入れたジェイドさんは皮肉たっぷりに微笑む。「おや、ルーク。あなたもいらっしゃいましたか」。ジェイドさんにはわたしの秘密を話してあるとはいえそれはそれ、ジェイドさんはまだルークのことを認めていない。それをルークもわかっているのか、以前のように怒ったりつっかかったりすることはなく、「…いたら悪いのかよ」と少し臍を曲げるだけに留まった。
「いえ、別に。それよりモースに囚われた二人を助け出さないと、まずいことになります。近くにマルクト軍がいないので、ここはガイに助力をと…」
「まずいことって何が起きるんだ」
「…アクゼリュスが消滅したことをきっかけに、キムラスカは開戦準備を始めたそうです。恐らくナタリアの死を、戦争の口実に考えているのでしょう」
「そうだわ…。外殻の人たちは、何故アクゼリュスが消滅したかわかっていない…」
「イオンが戦争をやめさせるために導師勅令を出そうとしてそれにナタリアもついて行ったところで捕まっちゃったみたいなの…」
こちらの現状を説明すれば、ことの深刻さを理解したのか三人が真剣な顔になる。「よし、ルーク。二人を助けよう。戦争なんて起こしてたまるか。そうだろう?」「ああ」そう頷き合うガイとルーク。以前よりずっと頼もしい顔つきになったルークに、「ダアトまでの道のりで迷子になって足を引っ張らないようにお願いしますよ」とジェイドさんは追加の皮肉をぶつけた。
「ルーク。一度失った信用は、簡単には取り戻せないわ」
「……わ、わかってるよ」
「ジェイドさんだってルークが嫌いでああ言ってるんじゃないよ、大丈夫!ルークはこれから変わるんだから、そしたらきっとびっくりするくらい仲良しになるよ〜」
「それはそれで気持ち悪ぃな」
「ありゃ」
わたしたちのやりとりにガイがあははと笑い声をもらして、つられたルークとティアも笑みを零す。それを見て足元のミュウが嬉しそうに飛び跳ねた。「ご主人様が元気になったですの!」
数歩先を行くジェイドさんはこちらを振り返らないけど、以前とは違うルークの顔つきに思うところはあっただろう。ばらばらになったみんなの気持ちがまた重なる日はきっと近い。わたしも頑張らなければ。