崩落編
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鏡窟の入り口で留守番していたイオンと合流したところで、突然大きな地震が起こった。バランスを崩して倒れかけたナタリアを抱きとめたアッシュのかっこよさといったらない。二人の間に甘いムードが流れている。その傍ら、ナタリアがよろけたのだからわたしがよろけないわけがないのだけど、ちょうど背後にいたジェイドさんがアッシュのように抱きとめてくれるかというとそうではない。むしろポケットから両手を出すことすらしてくれず、不動のジェイドさんの胸にぼんっと後頭部で頭突きをかましたわたしはそのままべちゃっと尻餅をついた。
「痛いですよ」
「そう言うなら支えてくれたっていいのに……」
「少しは自分で踏ん張る力もつけませんと」
「ぶう……」
そう言いながらもポケットから出して差し伸べてくれた片手に捉まってフンッと立ち上がる。ちょっとした仕返しのつもりで全力で体重をかけたのにびくともしなかった。細身なのにどこにそんなに力があるんだろうか。
今の地震は、南ルグニカ地方の崩落によるものらしい。ルークが消してしまったセフィロトツリーはアクゼリュスを中心に南ルグニカを支えていたから、他の地方のセフィロトでかろうじて浮いていた部分が崩れたのかもしれないとアッシュは言う。
ヴァンさんはこのためにイオンを攫って各地のセフィロトの扉を開けて回っていたのだ。イオンしか解くことのできないダアト式封咒を解けば、その先でパッセージリングを守っているユリア式封咒はヴァンさん自ら解くことができる。…ティアと同じ、ユリアの子孫のヴァンさんなら。
「つまりヴァンは何らかの方法でセフィロトを制御できるということですね。ならば彼の目的は…さらなる外殻大地の崩落ですか?」
「そうみたいだな。俺が聞いた話では、次はセントビナーが落ちるらしい」
「セントビナーが!?それってマジヤバじゃん!どうするの!?」
「俺はこれからヴァンの動向を探る。大元を抑えない限り問題は解決しないからな。セントビナーの崩落にはまだ時間の猶予があるはずだ」
「でしたら僕は、一度ダアトに戻ります。ヴァンの行動を制限できないか働きかけてみましょう」
「じゃあ、次の目的地はダアトですね」
「……? うん、そうだね」
次の目的地はダアト。あれ、そうだっけ?
✱✱✱
「ハナ、シャワー浴びてきたら?」
「へ?」
「ダアトに着くまで時間あるし。さっき魔物に捕まったりとか転んだりとかしててどろどろじゃん」
「……確かに……。うん、そうするね」
操縦席に座るアニスに言われ、改めて自分の姿をまじまじと見る。服や腕には鏡窟で戦った魔物の粘液が付着して未だぬるぬるしていたし、おまけに土埃もついていて他のみんなよりもだいぶ汚い。というか、こんな汚さでわたしはナタリアに抱きついてしまったのか……ごめんねナタリア……。もしかしてジェイドさんが受け止めてくれなかったのもわたしが汚すぎたからなのかも。そう考えるとなんだかものすごくショックな気がして、わたしはそそくさとタルタロスに備え付けられているシャワールームへと向かった。
「……あ、」
服を脱いで、きれいに畳む。全部洗うとダアトに着くまでに乾かないだろうから、小さくてすぐ乾く下着と、あまりにも汚れが目立っているシャツだけ洗うためにそれらを持ってシャワールームに入る。さっと体の汚れを落としたあとにそれらをごしごしもみ洗いしていると、ふと鏡に映った自分の二の腕が視界に入った。
「(やっぱり何度見ても、ガイのと同じ…)」
そこにあるのは、紋章のような不思議な形をした傷跡。今は少しの痛みもないのにくっきりと残るその傷は、カースロットにかかったガイの腕にあったのと同じものだった。二の腕の裏側、服を脱いで鏡で見ないと気づかない場所にあるそれを見つけたのは、イオンとザオ遺跡に連れて行かれた日の夜、ケセドニアの宿屋でお風呂に入ったときだった。
これが本当にカースロットだとすれば、犯人はシンクしかいない。同じくダアト式譜術を使えるイオンはこんなことをする訳がないし、ザオ遺跡に向かう途中の陸艦の中でシンクに腕に何かされたのを覚えている。でもどうしてわたしにカースロットを?カースロットはその術にかかった人間の記憶を利用して人を操る術で、誰かに強い恨みや敵対心を持つ人にかけないと意味がないはずだ。恐らくヴァンさんづてに過去を知ったのだろうガイにかけるのはともかく、わたしは操られるほど誰かを恨んだ覚えはない。
―――アンタは憎くないのか。この世界が
あの時のシンクの言葉。
わたしが恨むのは、世界?
「ハナー!ちょっと……わっ!」
「うわー!?」
ぼんやりとシンクのことを考えながらブオオと衣類を乾かしていたら(この世界にもドライヤーみたいな音機関がある。最初は驚いた)、シャワールームの個室のドアが突然バーンと開かれた。びっくりして見ればそこにいたのはアニスで、対するわたしは下着も乾かしていたのだから当然すっぽんぽん。あ、アニスに見られたのは構わないけど…もっとノックとか…してほしいな…。
「ハナ、胸ちゃんとあるんだね……」
「失礼な!!あるよ!!というか、いきなりどうしたの?」
「そうだった!大変なんだよ、ナタリアが!」
「! ナタリアがどうかしたの!?」
「とにかく艦橋に来て!」
ただならぬ様子のアニスに急かされて慌てて下着をつける。粗方乾いていた。タイツは履くのに手間取るのでほっぽり投げて、シャツもさっと羽織るだけの何ともだらしない格好でシャワールームを飛び出した。
「ナタリア!一体どう、し………」
「まあ、ちょうどよかったですわ!呼びに行こうと思っていましたの」
「なにがあったのこれは」
駆けつけた艦橋、そこにいたナタリアは泣いてもいなければ具合が悪そうでもない、至極ごきげんそうな顔で大きなお盆を手にしていた。あれ?と思ったのもつかの間、そのお盆の上の何かが異臭と黒煙を放っていることに気づいて「大変」の意味を理解した気がした。
「私たちの食事はいつもほとんどハナが作ってくださっているでしょう?そのお礼と先程のお詫びも兼ねて、今日は私が食事を用意いたしましたの!」
「そっ…………そうなんだー!う…嬉しいな〜!あー、すごいね、ナタリア一人で作ったの?この……えーと」
「ええ!ハンバーグですわ」
「ハンバーグですわ!?」
どう見てもハンバーグには見えない。本当にこう言うのは申し訳ないけれど……真っ黒な小石みたいだ。ぼろぼろ黒焦げの何かがこんもりとお皿に山を作っていて、そのくせ匂いは生臭いのだからわけがわからない。付け合わせなのだろうか、その横に盛られたものが一体何なのかもわからない。枯れ枝に見える。
ナタリアって…ナタリアってお料理苦手なの!?ゲームで遊んだ記憶を遡るけれど、ゲーム下手なわたしはお料理機能を使いこなせていなかったので料理の記憶がそもそもほとんど無い。たまにルークがおにぎり作るくらいだった気がする。ナタリアのかわいい笑顔とお盆の上の凄惨さのミスマッチさにあわわわわ…と内心狼狽えていると、ふとお皿の数が人数分に満たないことに気付く。
「ナタリア、これ…どうして四皿しかないの?」
「大佐はもう食事を済ませてしまったそうですわ」
「は?」
サッとジェイドさんのほうを見る。「そうなんですよ、もうお腹いっぱいで……歳を取ると胃も縮んでしまうんですよねぇ」といかにも残念そうな顔をするジェイドさんは、こちらを向いているのに一切目が合わない。絶対嘘だ!!いけしゃあしゃあと言ってのける彼は今までずっとタルタロス操縦の指揮をとっているのに、いつごはんを食べる暇があったと言うのだろうか。
「…それでも一人分足りないよ?」
「私の分はいいんですの。これは日頃の感謝の気持ちとして作ったのですから」
「あっ…へえ…そうなんだ…」
「あ、あー!ナタリアごめーん!実はアニスちゃんとイオン様も食事は済ませちゃっててー!」
「えっ」
「あら、そうでしたの?残念ですわ…」
「いえ、僕らは…」
「シッ!!イオン様は黙ってて!!」
なんとアニスまでもがこの状況を回避してしまった。ちゃっかりイオンを連れて。
「では、ハナとアッシュしか召し上がらないのですね…二人分も残ってしまいますわ」
「いや…俺は…」
「まさかアッシュも食べないなんて言わないよね!ナタリアがせっかく手作りしてくれたのに断らないよね〜アッシュは!!わたし一人だと食べきれなくて無駄になっちゃうもんね!!せっかくの!ナタリアの手料理が!」
必死である。逃がしてやるものか。わたしだってせっかく作ってくれたナタリアの気持ちを反故にしたくないけれど、これを一人で食べるのは遠慮したい。かくしてわたしは渋々頷いたアッシュと共に、ナタリアの視界の外で鼻をつまんだジェイドさんによって艦橋から追い出されてしまったのだった。
「……………ファーストエイドいる……?」
「………一応……」
こんな弱々しいアッシュは初めて見る。それだけ、ナタリアの料理は筆舌に尽くしがたい凄まじさだった。
艦橋から場所を移してナタリア曰くのハンバーグを振る舞われたわたしたちは、その一口目から悶絶し、しかし横でにこにこと見守ってくるナタリアを傷つけないためにポーカーフェイスを余儀なくされた。どちらかがウッとえずきそうになる度にテーブルの下で互いの足をげしげし蹴り合って、「おいしいよ」のリアクションを崩さないまま四人前の料理を二人で完食したのである。やりきった。
「アッシュ、漢だね……」
「……おまえもな」
「女だよ」
お互いの健闘を称え合う。差し出した拳には応えてくれなかったので、アッシュの手を引っ掴んで強引に拳を突き合わせた。勝利のガッツポーズだ。わたしは何がなんでも逃がす気はなかったけど、アッシュは他の三人みたいにこの事態を回避することだってできたはずだ。それでも最後の一口まできれいに食べきって「うまかった」と言ったアッシュはどこまでもかっこいい。わたしたちがきれいにしたお皿にとっても嬉しそうな顔をしたナタリアは、後片付けをするために既にこの場を去っていた。
「おい、……この際に聞いておくが」
「ん?」
「お前は自分のことをどこまで知っている」
「……いきなりだね……?」
突然変わった話題にどきりとした。さっきまでたかだか(たかだかでは済ませられないレベルだったけど)失敗したお料理を食べきっただけなのにお互いを讃え合うような…ふざけたムードだったのにいきなりそういう話になるとびっくりする。しかもわたしにとってはなかなか話しづらい話題を…。でも確かに、どこでもできるような話ではないから、ふたりきりの今聞いておかないといけないかもしれない。
「どこまで……って言われても、」
「……俺は…俺たちは既に、お前が別のどこかから来たことを知っている」
「!」
「お前がどれだけ自分のことを把握しているのか知っておきたい。……聞いたとして、他言するつもりはない」
そう言うアッシュは真っ直ぐ目を逸らさずにこちらを見つめていた。"俺たちは"。やっぱり六神将やヴァンさんはわたしのことを知っていたんだ。
「……そうは言っても、わたしも全然わかってないんだよ。…半年以上前、わたしは突然別の世界からここへ来た。原因も帰り方もわからない。ディストさんに調べてもらったときに自分の体質…音素が出る体質のことがわかって、………それだけ」
言いながら、もう半年も経ったんだなあと思う。地球だったら一年が経ってしまった。
少し迷って、"物語"のことは言わなかった。ジェイドさんが特殊なだけで、普通は自分の人生が娯楽として生み出された物語の筋書きに沿っているなんて言われたら、信じないか混乱するか怒るかのどれかだ。わたしのこれは、予言じゃないのだし。それに、アクゼリュスを消したルークをあれだけ責めたアッシュがわたしを責めないわけがない。胃がきりきりと痛む。どれだけ後悔していても、わたしは弱虫なままだ。
でも、ヴァンさんやシンクの態度からして、六神将たちはわたしに関する情報をわたし以上に持っている気がする。そもそも、今わかっている異世界のことだって一体どこから知ったんだろう?アッシュこそどこまで知っているのか、そしてそれは何故なのかを問いかけようとする前に、「……お前は」と彼から言葉を切り出した。
「俺と完全同位体かもしれない」
「へっ???」
「確証はない」
「えっ???」
内容が予想外すぎて文字通り言葉を失ってしまった。質問しようと思っていたことも飛んだ。なんの冗談?と思ってもアッシュの顔は至極真面目で、えっ?
「そんなばかな」
「俺だってそう思う」
「えー…!?その仮説はどこからでてきたのいったい」
「…ディストが計測したお前の音素振動の波が、周期的に俺の音素振動と完全に重なるタイミングがある。普通、生物や無機物に関わらず全ての物質の音素振動数は一定であるはずが、お前の振動数は揺らいでいる。一定の値にならない」
「うん?つまり?」
「俺と振動数が全く同じ時もあれば全く違う時もある」
「なんじゃそりゃ……?」
あまりにもよくわからない新事実に目を白黒させると、俺だって知るかとアッシュは眉間にしわを寄せる。
「ただ少なくともお前は一人で超振動を起こした。ディストの研究室から連絡船までの距離をお前は超振動で飛び越えている。ヴァンとディストがそれを目撃しているそれは、俺と…ローレライと同位体であることの証拠になる」
「………えっ超振動!?あれが!?………いやいやいや、うそだあ…!」
「俺は見ていないから知らない。…本来はありえないことだ。ただヴァンはお前が超振動を使えると思っているし、それを狙っている。検査結果にも数字が出てる」
ばさ、とテーブルに置かれた分厚い紙束にはよくわからないデータがつらつらと書かれている。完全同位体とか超振動とか、一度に知るにはちょっとキャパシティが足りない。きりきり、本当にさっきから胃が痛い。
「…聞きたいことは聞けた。俺はもう戻る」
「えっ待ってよ、全然まだ話途中だよ!?それにわたしはまだ聞きたいことが……っ、うっ!!」
「!? おい、どうした」
「……お、お腹痛い………!!」
部屋を出ていこうとするアッシュを引き留めようとして、わたしは床に崩れ落ちる。ぎゅごごご、と聞いたこともないような音が自分のお腹から聞こえて、じわじわと脂汗が浮かんだ。そしてワンテンポ遅れてアッシュのお腹からも同じ音が鳴る。顔を土気色にしたわたしたちはお互いの顔を見合う。これは。
「…………わたし逆方向のに行くから絶対こっち来ないでね」
「わかってる」
そう頷き合うと二人して弾かれたように船室を飛び出て左右反対方向に走り出し、目指す先のトイレへと駆け込む。この世界にやってきていろんな初めての出来事があったけど、まさかあの鮮血のアッシュがトイレに駆け込む姿を見ることになるなんて本当に思いもしなかった。話したいことはまだ沢山あったのに、それを中断せざるを得ないほどの腹痛と吐き気だった。
ナタリアごはん、恐るべしすぎる。