崩落編
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ワイヨン鏡窟へと向かうタルタロスのデッキで、わたしは一人悶々と考えていた。それは、さっきのベルケンドでのこと。
『ジェイドさんを使って自分を正当化しないで』。わたしはスピノザさんにそう言ったけど、よく考えてみればそれは、ヴァンさんのせいで自分は悪くないと責任逃れをしてしまったルークにもそのまま言えることだった。ルークに関してはわたしも罪の意識があったことだとはいえ、ルークを責めていないのにスピノザさんを責めるなんてまるで棚上げをしているようで。
はあ、と溜息をついていると、デッキの扉が開く。見ると、そこにいたのはナタリアだった。
「ハナ、ここにいたんですのね」
「ナタリア…どうしたの?」
「私に何か言いたいことがあるのかと思いまして」
その言葉にぎくりとする。「何度か何か言いかけていましたのに、場に流されてしまって聞けないでいましたから…」と言うナタリア。言いたいことというか、引っかかったことがあるにはあるのだけど。
「…うんとね、気を悪くするかもしれないんだけど」
「ええ、何かしら」
「あのね、…アッシュをルークって呼ぶの、今はやめない?」
「アッシュが呼ぶなと言ったからですか?」
「それもあるけど、そうじゃなくて」
そう、わたしがずっと引っかかってもやもやしていたのは、ナタリアのルークの扱い方の変化だった。
「ナタリアがアッシュと再会できて嬉しい気持ちはわかるし、アッシュも本当は『ルーク』なんだから、その居場所を作ってあげなきゃいけないのもわかるよ。でも、アッシュのことを『本物のルーク』って言うなら、今まで七年間一緒に過ごしたルークは…偽物になっちゃうのかなって」
「それは……」
「ルークは確かに大変なことをしちゃったし、ナタリアがほんとに好きなのはアッシュだし、アッシュだってルークに居場所を奪われたのかもしれないけど……それでも、そういうつもりじゃなくても、アッシュがいるからルークはもういい、みたいな態度だったナタリア、ちょっと嫌だな。…ルークには今、『ルーク』って居場所しかないんだよ」
「………でも……わたくしは…」
「………ごめんね、言い過ぎた」
思っていたことを打ち明けて、ナタリアの顔を見た。そしたら途端に居た堪れなくなって、わたしは思わず逃げるようにデッキを出てしまう。
「……うう〜!!何言っちゃってるんだわたしは…!」
ナタリアのあの、傷ついた顔。罪悪感がふつふつと湧いて、べちょりとその場に崩れ落ちる。ちょうどそのタイミングでワイヨン鏡窟に到着したらしく、呼びに来たアニスが座り込むわたしを見て怪訝な顔をした。
✱✱✱
海から船でしか入ることのできないワイヨン鏡窟は吹き込む海風のせいでジメジメとしていて、その空気に女性陣は顔を顰めた。奥には魔物もうようよとしていて危険そうな場所だけど、船がつけられるような桟橋があるから人の出入りはあるのだろう。
鏡窟に興味ありげなイオンは「イオン様はタルタロスで待ってて下さいね!」と言うアニスの言葉に渋ったけど、アッシュの「邪魔だ」の一言に残念そうに引き下がった。
「ハナも待ってたほうがいいよ」
「ううん、わたしも行く」
「戦い慣れてないのにいきなり実践で平気?大丈夫なんですかぁ、大佐」
「何故私に訊くんです?」
「保護者でしょ」
「……まあ、軍人として民間人を保護しているのは間違いありませんが。…譜術のコントロールは幾分マシになっているようなので大丈夫でしょう。最前線まで出しゃばらなければの話ですが」
「オタオタにでもふっ飛ばされて気絶しちゃいそうだもんね」
「わたしもそう思う……」
「邪魔にならないならなんでもいい。さっさと奥に行くぞ」
ジェイドさんとアッシュの適当なお許しも下り、イオンに見送られたわたしたちは鏡窟の奥へと進んだ。一瞬ナタリアとぱちっと目が合ったけど、咄嗟に逸らしてしまう。うう、一緒にいるの、まだ気まずい。でもわたしの記憶もノートも完璧じゃないから、できるかぎりみんなについて行って事実を確認したいし。すぐに謝ってしまえばいいのだけど、ナタリアに言ったことはわたしの本心だからすんなり折れるのも、なんか、もやっとする。スピノザさんの時といい、言うならはっきり言う、言わないならとことん言わないのどちらもできず、言っても言わなくても後悔するような中途半端な自分にほとほと呆れてしまう。
「臥龍撃!」
「天雷槍!」
「通牙連破斬!」
「あわわわわ」
そんなふうにナタリアばかり気にしてしまうものだから、戦闘になっても全く動けていない。まず出だしで遅れて、どの技を出したらいいんだろう、えーとえーとと考えているうちに戦闘が終わってしまうので、戦闘終了後に申し訳程度のファーストエイド。それもきちんと治癒術士として訓練を積んでいるナタリアがいればわたしがやらなくとも十分間に合っていて、完全にお荷物になってしまっている。心なしかナタリアも元気がなくて、それを察したアッシュにぎろりと睨まれてしまうものだからいたたまれない。
「わたしはお荷物だ….」
「おや、自覚していましたか」
「否定してほしかった」
「今のところ事実ですから」
ナタリアと距離を取っててくてくと歩くわたしの呟きを耳聡くジェイドさんが拾う。ちょっとでいいからその白くてきれいな歯に衣を着せてほしい。
「戦闘中に関係ないことに気を散らさない」
「う」
「一つ考えることばかりに集中しない」
「ううっ」
「…まあ、見様見真似で成功させる技術がまぐれでないのであれば素質は本物ですから、戦い方を覚えれば戦力として十分見込みはありますよ」
「……ジェイドさん…!」
「握らないでください。皺になります」
「懐かしいやりとり…ちょっと元気でた…」
崩落を経ても仲間がぎすぎすしていてもいつも通りのジェイドさんに少しほっとした。フーブラス川でもこんなやりとりしたな、とにやにやしていると他のみんなが首を傾げるので、ああ、わたしとジェイドさん以外のあのときのメンバーは今はいないんだなと気づく。早くみんながまた集まれるといいな。
「…あ、ここが一番奥なのかな」
「ここは…?」
「フォミクリーの研究施設ですね。廃棄されて久しいようですが…」
魔物を倒しながら奥へと進み、行き止まりになったところに明らかに人の手が入った空間があった。大型の機械や人工の檻が並ぶその場はジェイドさん曰く研究施設らしい。「演算機はまだ生きているな」と中央の機械をてきぱきと操作しだしたアッシュが、とあるデータを画面に映し出す。
「これは…。フォミクリーの効果範囲についての研究…だな」
「データ収集範囲を広げることで、巨大な物のレプリカを作ろうとしていたようですね」
「大きなものって…家とか?」
「もっと大きなものですよ。私が研究に携わっていた頃も、理論上は小さな島程度ならレプリカを作れましたから」
「しま…」
「でか…」
「……なんだこいつは!?あり得ない!」
小さな島を複製……とわたしやアニスが目を白黒させていると、演算器を操作していたアッシュが驚きの声を上げた。
「どうかなさいましたの?」
「見ろ!ヴァンたちが研究中の最大レプリカ作成範囲だ!」
「……約三千万平方キロメートル!?このオールドラントの地表の十分の一はありますよ!」
「そんな大きなもの!レプリカを作っても置き場がありませんわ!」
ジェイドさんでさえも驚きの声を上げるようなデータ。星の地表の十分の一だなんて、もはや想像もつかない。演算器にはマルクト軍が廃棄したはずのデータ……ホドの住民のレプリカ情報も保存されていて、おそらく元マルクトの研究者だったディストさんが持ち出したものだと言う。「まさかホドをレプリカで復活させようとしているのでは」、その可能性に思い至ったみんなの深刻な表情を見て、わたしは拳をかたく握りしめる。ヴァンさんの思惑を実現させてはいけない。わたしという不確定要素がいて、未来を変えようとしていても、そこだけは変わらないようにしなければ。
演算器の前で話し込むジェイドさんとアッシュ、考え込むわたしをよそに、施設の奥の檻を覗いたアニスとナタリアがそこに閉じ込められたチーグルを見つけた。会話を止めたジェイドさんたちとわたしも檻を覗きこむと、確かにそこには姿かたちがそっくりなチーグルが二匹。二匹とも同じ場所に星の形のアザがあって、そういえばこの子たちはレプリカと被験体(オリジナル)なんだったかと思い出す。
ミュウのように火を噴いて、しかしその威力に差がある二匹に首を傾げるナタリアに、ジェイドさんは生物レプリカについて説明をする。レプリカは能力が劣化することが多く、またレプリカ情報を抜かれた被験体には悪影響が出ることも皆無ではない。今回は元気のないチーグルに被験体のタグがついているので、その例に当てはまる被験体なのであろうと。
「まあ……悪影響って……」
「最悪の場合、死にます。完全同位体なら別の事象が起きる、という研究結果もありますが……心配しなくていいですよ。レプリカ情報を採取された被験体に異変が起きるのは、無機物で十日以内です。生物の場合はもっと早い。七年も経ってピンピンしているアッシュは大丈夫ですよ」
「よかったですわ…」
「(完全同位体に起こる別の事象…。それって、大爆発(ビックバン)現象、て言うんだっけ)」
わたしの知る"物語"の結末を思い出す。ラストシーン、あのとき帰ってきた彼が"誰"なのか、わたしにはわからない。けれど、大爆発が起きたんだとしたら、やっぱりルークは…
「(わたしなんかが…変えられるのかな)」
あの結末を曲げたいのだとしたら、わたしは何をしたらいいのか、何が、できるのか。
「はぁーっ。レプリカのことってムズカシイ。これって大佐が考えた技術なんですよね?」
「……ええ。そうです。消したい過去の一つですがね」
「それでも、ここに来て結局わかったことって、総長がおっきなレプリカを作ろうとしてるってことだけかぁ」
「十分だ。……行くぞ」
「行くって、どこへ…」
「後は俺一人でどうにかなる。おまえらを故郷に返してやる」
ワイヨン鏡窟で現時点でわかることはもうない。わたしたちは研究施設を後にして、タルタロスへと引き返した。
帰り道でも、わたしとナタリアの会話はない。一度だけ目が合って、それから元々元気のなかったナタリアはなにか考え込むような様子で更に浮かない顔になってしまったので、アッシュは先程よりももっと怖い般若のような顔でわたしを睨んだ。こわすぎる。でも、わたしだってナタリアとずっとすれ違いたい訳じゃないし、一応わたしの方が歳上なのだから意地なんて張るものじゃないよね。うん、そうだ。やっぱりわたしから謝らなければ。
「な、ナタリア!」
「! ハナ……」
「あの…あのね、わたし、さっきは……」
「……気をつけろ、何かいる!」
「えっ!?」
さっきは、ごめん。そう紡ごうとした言葉は、警戒を促すアッシュの声に遮られた。それと同時に、洞窟内の海面からざばあと何かが飛び出してくる。
「うわ……!ナタリア、危ない!」
「きゃ…!」
こ、ここで出るのかー!間が悪すぎる!
わたしたちの目の前に這い上がってきたのは、青色の巨体に触手と大きなハサミを持った、クラゲなんだかカニなんだかイカなんだかよくわからないとにかく海の生物らしき魔物。一番近くにいたわたしとナタリアにその触手が振りかぶられて、咄嗟にナタリアを突き飛ばす。
その瞬間、思いきりお腹に衝撃が来て「ぐえ!」と女子らしからぬ呻き声が漏れた。そのまま触手がお腹に巻き付いて、ぐわんと逆さまに持ち上げられる。うっ。高い。
「ハナ!!」
「い、今助けますわ!」
「だ、だだだ大丈夫…!これくらい一人で…!」
4メートルはありそうな高さに持ち上げられたのと、触手のぬめぬめとした感触の気持ち悪さに縮み上がりそうになるのをぐっと堪えた。わたしだって戦力にならないといけないんだから、これくらいで怖がってちゃだめだ…!
「炸裂する力よ、エナジーブラスト!」
真下の魔物に譜術を食らわせる。一度失敗したことのある術は、今度は綺麗に成功した。ギエエ、と怯んだ魔物の触手からぽーんと投げ出されて、突然の浮遊感に「ヒイッ!」と今度こそ硬直したわたしを受け止めてくれたのは巨大化したアニスのトクナガだった。
「大丈夫!?」
「ああああありがとう…!!しぬかと思った…!!」
「喋っている暇はありませんよ、来ます!」
地面に下ろしてもらって(なんとか腰は抜けていなかった)、みんなと共に戦闘態勢に入る。いつもの前衛のルークとガイ、護衛対象のイオンがいないため、アッシュとアニスが前衛についた。中距離からナタリアの弓、後衛からジェイドさんとわたしが譜術でサポートをする。
「く、クラゲー!クラゲがいっぱい出てくる!」
「倒しても倒してもキリがないよぅ!」
「雑魚は無視して大元を叩くぞ!」
「そんなこと言われましても、この数では…!」
最初の大きな魔物に続いて、小ぶりな(といっても普通の何倍もある)クラゲの魔物がうようよと海面から這い出してきて、倒しても倒しても減らないそれに軽いパニックが起きる。アッシュの言うようにボスであろう最初の魔物を倒したくても、あまりにも数が多すぎてクラゲを倒す手を止めたらあっという間に埋もれてしまいそうだ。
「! そうだ!えーと、詠唱……なんだっけ、まあいいや…!ろ、ロックブレイク!」
ピンと思いついて、魔物に向けて、ではなく魔物が出てくる海辺に向かって地の譜術を放つ。狂乱〜、なんちゃらかんちゃら…みたいな詠唱だった気がするけど全然覚えていなかったので適当に放った譜術、ロックブレイクは、ちょっと制御がきかなくて大ぶりになってしまったけれどそれが結果的に良かった。ぼこぼこ、と地面から飛び出したいくつもの大きな岩塊で、海から出てくる敵を堰き止めることができた。
「やった!うまくいった!」
「ハナナイス!今のうちに〜、双旋牙!」
「シュトルムエッジ!」
すかさずアニスの広範囲の打撃技とナタリアの三本の弓が残りのクラゲを撃つ。
「唸れ烈風!大気の刃よ、切り刻め!タービュランス!……アッシュ、とどめを!」
「わかってる!…襲爪、雷斬!」
残ったボスの魔物にジェイドさんが風属性の譜術を放ち、それによって浮かんだFOFでアッシュが強力な雷の斬撃を落とす。強烈な一撃がもろに入り、ギャアアと倒れた魔物は暫くびたんびたんとのたうち回った後にぐったりと動かなくなった。
「終わった…?」
「ええ、他の魔物も現れなくなりましたね」
「何なの今の!でかっ、キモっ!」
「フォミクリー研究には、生物に悪影響をなす薬品も多々使用します。その影響かもしれませんね」
ジェイドさんの言うとおり、岩塊の後ろで蠢くクラゲの大群は潮が引くようにいなくなっていた。一時はどうなることかと思ったけど、無事に誰も怪我なく戦闘を終わらせることができてほっと息をつく。
「あの、ハナ…。庇ってくれて、ありがとう」
「ナタリア…。ううん、むしろ突き飛ばしちゃってごめんね、痛くなかった?」
「大丈夫ですわ。その……」
「えと……」
話しかけてきてくれたナタリアに言葉を返すけど、もっと言いたい言葉はすんなりと出てきてくれない。数秒沈黙が続いてから、意を決して息を吸い込んだ。
「「…ごめんなさい」」
ようやく言えたごめんなさいは、ナタリアの声と重なる。「「え?」」と驚いて出た声もまた、わたしひとりの声ではない。
「どうしてハナが謝るんですの?」
「だって、きつい言い方して傷つけちゃったし、目だって逸らして、避けちゃった…」
「私は傷ついてなどいませんわ。それに、それを言うなら私の方ですもの。ハナや…ガイのように、ルークを大切に思っている人の前で、私は無神経な発言をしてしまいましたわ。たとえアッシュを大切に思っていたとしても、その行いは間違いだった……ハナに言われて、初めてそれに気づけましたの。だから、ごめんなさい。それから、気づかせてくれてありがとう」
そう言って、ずっと浮かない顔だったナタリアがにっこり笑ってくれるから、わたしは思わず。
「っ、な、ナタリア〜〜〜!!!」
「あらあら、泣かないでくださいまし」
「泣いてない……ごめんねえ、ナタリアごめん、アッシュもごめんね〜〜うわ〜〜ん」
「なんで俺に謝るんだ……」
「がっつり泣いてるじゃん…なになに、喧嘩してたの?」
「そのようですね。泣かなすぎるのも彼女の場合問題ですが……本当に泣き虫になってしまいましたね」
訳わからん、馬鹿か、呆れた、そんな感情がまぜこぜになった顔をするアッシュにもう一度だけごめんね、と零す。だってわたしがナタリアに言ったことは、アッシュに『ルーク』に戻るなと言うのと同じことだから。ルークとアッシュ、どっちも大切にしたいけど、どっちも取るにはどうしたらいいかわたしはまだわからない。だから、ごめんね。
ナタリアがちょっぴりぎこちなくわたしの頭を撫でてくれて、ふわりと浮かべる微笑みがお花が咲くみたいにかわいいくて優しいから、またちょっとだけ浮かんでしまった涙を隠すためにわたしはぎゅうと目の前の女の子に抱きついた。