崩落編
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ジェイドさんの出した案をテオドーロさんたちが話し合った結果、タルタロスを少し弄れば艦ごと外殻に戻るのは不可能ではないらしい。一応ちゃんと説明してもらったけど半分くらいしかわからなかった。タルタロスに何やら装置を取り付けるだけで完了らしいので、その間わたしはティアに挨拶に行くことにした。
ティアはやっぱり、ルークとミュウと一緒に魔界に残るらしい。
「ティア」
「あら、ハナ。タルタロスの打ち上げは上手くいきそう?」
「うん。今ジェイドさんたちが何かいろいろやってるよ。…ティアは残るんだね。ルークをよろしくね」
「…彼次第ね」
「ミュウも残るですの!」
「うん、ミュウもしっかりルークを支えてあげてね。ティア、起きたルークがどうであっても、ティアの思ったことをそのまま言ってあげてよ。それがきっと一番、ルークのためになると思うから」
「わかったわ。ハナ、気をつけてね」
彼次第だとは言っているけど、眠るルークを見つめるティアの眼は心配を孕んでいるように見えた。ティアがいればきっとルークは大丈夫、そう思える。
気をつけて、と微笑んでくれた彼女に「ティアもね。またね!」と手を降って、彼女の部屋を後にした。
「あ、アッシュ」
「…馬鹿女」
「もうその呼び方やめようよ。わたし花っていうんだよ」
ティアの家を出てすぐのところに立っていたアッシュと鉢合わせる。
「おまえも外殻に戻るのか」
「うん。これからはね、わたしも戦うんだ」
「おまえがか?はっ、精々その辺の雑魚に殺されないようにするんだな。…それと」
「うん?」
「おまえ、ヴァンには気をつけろよ。奴はおまえも狙ってる」
「それって、」
いきなり真剣な顔になるから何かと思えば、アッシュはわたしに忠告をしてくれているらしい。『それってわたしが異世界人だから?』そう出かけた言葉を慌ててぐっと飲み込む。今って確か、アッシュとルークの意識は繋がってるんだったよね。ルークに筒抜けちゃうのはよくない。…打ち明けるなら、ちゃんと直接言いたいから。
「…うん。わかった。ありがとう」と深くは突っ込まないように返すと、わたしの顔を見たアッシュは眉間にしわを寄せる。何?
「…おまえ、泣いたのか?」
「えっまだ腫れてる?あ、さっきまた泣いちゃったからか…」
「レプリカのせいでか」
「? 違うよ。なんで?」
レプリカ…つまりルークのせいか、なんて言うので否定すると、アッシュはえっ?と言いたげな顔をした。珍しい顔だなあ…フォンスロットで繋がってると、お互いの表情にも影響したりするんだろうか。
「さっきも言ったけどさ、わたしが最初に泣いたのは自分がなんにもできなくて情けないと思ったから。でももう泣かない。この目の赤いのだって、悲しいとか悔しいとかで泣いたんじゃないからね」
「…憎まないのか。レプリカを」
「もちろん。わたしだってルークを責められる立場じゃないし…それに、友達だもん。ルークがまだわたしのことをそう思ってくれてればだけどね。わたしはまたルークと一緒に旅がしたいよ」
アッシュの深い緑色の瞳の奥にいるルークに届くように、わたしの気持ちを伝える。また立ち上がったルークに会いたい。乗り越えてほしい。
「とんだ甘ちゃんだな、おまえは」
「アッシュが辛口すぎるから、わたしは甘いくらいでちょうどいいよ。ね、そろそろタルタロスの準備も終わるんじゃない?みんなのとこ行こう」
ナタリアが待ってるよ〜、と背中を押すと、「ナタリアは関係ないだろ!」とムキになった声が返ってくるので思わずあははと笑いがこぼれる。ちょっとからかうと反応がいいところとか、ルークと似てる。
歩きながら、ちらりとティアの家を振り返った。ルーク、ティア、ミュウ。わたしたちは先に行ってるね。
✱✱✱
「これだけの陸艦を、たった四人で動かせるのか」
「最低限の移動だけですがね」
音素活性化装置とやらを取り付けられたタルタロスの艦橋で、ジェイドさんとアッシュとガイ、そしてアニスが操縦席につく。譜業操作に明るくないわたしとイオンとナタリアは後ろに控えた。
「セフィロトって、私たちの外殻大地を支えてる柱なんだよね。それでどうやって上に上がるの?」
「セフィロトというのは星の音素が集中し、記憶粒子が吹き上げている場所です。この記憶粒子の吹き上げを人為的に強力にした物が『セフィロトツリー』、つまり柱です」
「ええと、つまりセフィロトツリーの記憶粒子で押し上げてもらうってことですか?」
「そういうことです。一時的にアクゼリュスのセフィロトを活性化し、吹き上げた記憶粒子をタルタロスの帆で受け止めます」
消えてしまったセフィロトツリーをもう一度だけ活性化させて、それを利用して外殻大地に上がるらしい。クジラの潮に吹き上げられるみたいだな、と思った。
タルタロスをセフィロトの上につけて、音素活性化装置を作動させる。泥の海から微かにわき出ていた記憶粒子の勢いがどんどんと強まり、タルタロスを持ち上げていく。光の一筋一筋が絡まり合って、まるで大樹が枝葉を広げていくように。す、すごい!風の谷のラストシーンみたいだ!その者蒼き衣を纏いて……チラ、とジェイドさんの方を見る。古き言い伝えはまことであった。
「うまく上がれたようですね」
「ここが空中にあるだなんて、信じられませんわね…」
無事外殻大地の海に着水したタルタロス。窓の外はすっかり見慣れた青い空と青い海だった。さっきまで空も海も紫色の魔界にいたなんて夢だったんじゃないかと思ってしまいそうなくらい。
「タルタロスをどこにつけるんだ?」と質問するガイに、ベルケンドへ向かうと返すアッシュ。ベルケンドにある第一音機関研究所にヴァンさんが頻繁に出入りしているらしい。ヴァンさんの目的を誤解していたアッシュは、彼の本当の目的を知るために情報収集をしたいと言う。
「私とイオン様は、ダアトに帰して欲しいんだけど」
「こちらの用が済めば帰してやる。俺はタルタロスを動かす人間が欲しいだけだ」
自分の部下を使えばいいだろうに、とぶっきらぼうに言うガイをナタリアが窘める。ヴァンさんの目的を知ることはわたしたちにも必要であることだけど、ガイは何か思うところがあるみたいだ。ルークのことを、気にしているのかな。
その後ぽつぽつと続く会話でも、ガイからアッシュへの当たりは強くて、その度にナタリアが咎立てをした。
「ガイ。ルークのことが気になってるの?」
珍しくぴりぴりしているガイに問いかける。
「…ん?ああ、まあ…、な。ティア以外、みんな戻ってきちまったし…。あいつ、完全に見捨てられたと思っちまうんじゃないかってな。それに、やっぱりまだあいつには、俺がいてやらないと…」
「そういうのを自惚れって言うんですのよ。大体あなたはルークを甘やかしすぎですわ。少なくとも皆、ルークの無責任な発言には呆れていましたわよ」
ルークを心配するガイと、ルークに呆れを示すナタリア。どちらも一理ある意見だけど、お互い今はルークとアッシュの双方に傾倒していて意見がぶつかってしまっている。
「…だがな、あいつはレプリカだったんだ。七年前屋敷に帰ってきた後、ルークをあんな風に育てた原因は、俺にもある。……キミにも、ね」
「…そう……ですわね。そうかもしれません。確かにあなたの言う通り、ルークには今、支えが必要なのだろうというのも理解できますわ。でもそれなら…七年間存在を忘れ去られていたアッシュは、誰が支えてあげればよろしいんですの?それも私やあなたのような幼馴染の役目だと思いますわ」
いきなり突きつけられるには難しすぎる問題なのに、こんなにしっかり自分なりに考えられる二人はすごいと思う。話し終えるとナタリアは外の空気を吸いにデッキに出て行ってしまったので、操縦を続けるガイの隣に立つ。もちろん一人分の距離は空けて。
「二人の言うこと、どっちも間違ってないと思うよ。今、アッシュを一番に支えてあげられるのはきっとナタリアとガイだと思うけど…まだ気持ちの整理がつかないなら、今はガイのしたいように行動すればいいんじゃないかな」
「…俺が考えてること、わかるのか?」
「なんとなくね」
嘘、本当は知っているだけ。でも知らなくても、ガイならそうすると思うから。
「今は難しいかもしれないけどね、いつかガイの心のもやもやに整理がつけられたら、アッシュとも仲良くできるよ」
「…はは、すごいな。ハナって結構鋭いのか?」
「ふふ、そんなんじゃないよ」
✱✱✱
ガイと話したあと、操縦に参加しないわたしはタルタロスのお掃除をしたり、みんなの軽食を作ったりと、そうしているうちにベルケンドに到着した。
ベルケンドはキムラスカ領にある、譜業の研究が盛んな街。たくさんの研究者が暮らしていて、ナタリア曰くここはルークのお父さんのファブレ公爵が治めている領地なのだそう。
目当ての第一音機関研究所は街の一番奥にあった。様々な研究が行われている施設内で、レプリカ研究を行う区画にいたある一人のお爺さんを見つけたアッシュがつかつかと歩み寄って行く。
「おい」
「…お、おまえさんは!ルーク…!いや…アッシュ……か?」
「はっ、キムラスカの裏切り者が、まだぬけぬけとこの街に居るとはな。…笑わせる」
お爺さんはアッシュの顔を見て一歩退く。どうやらこの人がスピ、ええと、スピ………そう、スピノザさんだったらしい。
「裏切り者ってどういうことですの?」と尋ねるナタリアに、「こいつは俺の誘拐に1枚噛んでいやがったのさ」と憎々しげにアッシュが答える。
「まさかフォミクリーの禁忌に手を出したのは…!」
「…ジェイド。あんたの想像通りだ」
「ジェイド!死霊使いジェイド!」
スピノザさんがジェイドさんの名前を聞いて目を見開く。
「フォミクリーを生物に転用することは、禁じられた筈ですよ」
「フォミクリーの研究者なら一度は試したいと思うはずじゃ!あんただってそうじゃろう、ジェイド・カーティス!いや、ジェイド・バルフォア博士。あんたはフォミクリーの生みの親じゃ!何十体ものレプリカを作ったじゃろう!」
スピノザさんの言葉に驚いてジェイドさんの方を振り向くみんな。当のジェイドさんは動揺することなく涼しい顔をしているのに、何故かわたしが胸をちくちくさせている。
「否定はしませんよ。フォミクリーの原理を考案したのは私ですし」
「ならあんたにわしを責めることはできまい!」
ちくり。
「そ、それは違います!」
「!?」
スピノザさんが喋るたびにわたしの中に何かがちくちく溜まっていって、気がついたら横から口を挟んでいた。
「やったことは同じでも、悪いことだって自覚したから生物レプリカを禁忌にしたジェイドさんと悪いってわかってるのに続けてるあなたじゃ全然違います!ジェイドさんを使って自分を正当化しないで…!」
「な、なんじゃあんたは、」
「ハナ、そのくらいにしておきなさい」
「だって…!、……ごめんなさい……」
いきなり喋りだしたわたしにみんなびっくりしてるのに、それでもスピノザさんを責める口が止まらない。胸がむかむかして、次の言葉を紡ごうとする前にジェイドさんの制止がかかる。それでわたしは一拍置いて冷静になって、…なにをやってるんだろう、わたしは。ジェイドさんだって気にしてない態度だったのに、関係ないわたしが話の腰を折ってまで怒っちゃうなんて。
「まあ、そういうことです。自分が罪を犯したからといって、相手をかばってやるような傷の舐め合いは趣味ではないんですよ。生物レプリカは、技術的にも道義的にも問題があった。あなたも研究者ならご存じの筈だ。最初の生物レプリカが、どんな末路を迎えたか」
「わ、わしはただ……ヴァン様の仰った保管計画に協力しただけじゃ!レプリカ情報を保存するだけなら…」
「保管計画?どういうことだ」
アッシュが怪訝な顔をする。それを見たスピノザさんは自分が口を滑らせたと気づいて、口を閉ざして何も言わなくなってしまう。その態度から保管計画というのがヴァンさんの目的に深く関わるのは一目瞭然で、何度も問い詰めるもののスピノザさんの口を割らせることはできなかった。民間人であるスピノザさんを脅すまでする気はないのか、チッと舌打ちをしたアッシュは踵を返す。
「アッシュ、どこへ行きますの?」
「ワイヨン鏡窟に行く」
どうやら、レプリカを作るのに必要なフォニミンという鉱石が採れるワイヨン鏡窟でレプリカについて調べたいらしい。ヴァンさんの計画にはレプリカが関わっている、それはきっと確かだから。ワイヨン鏡窟という名前に微妙な顔をするジェイドさんやなかなかダアトに帰れずぶうたれているアニス、その横でガイが「俺は降りるぜ」とアッシュに背を向けた。「どうしてだ、ガイ」とアッシュが、本当によく見なければわからない変化だけど…、少しショックを受けたような顔をする。
「ルークが心配なんだ。あいつを迎えに行ってやらないとな」
「呆れた!あんな馬鹿ほっとけばいいのに」
「アニス、言い過ぎだよ」
「馬鹿だから、俺がいないと心配なんだよ。それにあいつなら…立ち直れると俺は信じてる」
「ガイ!あなたはルークの従者で親友ではありませんか。本物のルークはここにいますのよ」
「ナタリアも…!」
「本物のルークはこいつだろうさ。だけど…俺の親友は、あの馬鹿のほうなんだよ」
アニスやナタリアが苦言を呈す。仕方のないことかもしれないけど、アニスやナタリアはまだルークへの当たりが強くて、わたしは酷い罪悪感に苛まれる。本当はわたしもルークと同じ…ルークよりも責められる立場のはずなのに。
意志の変わらないガイに、アッシュは諦めたようにルークと合流できる場所をガイに教えた。ルークがユリアシティから外殻へ来るにはダアト北西のアラミス湧水洞を通るから、そこに行けと。
「悪いな。いや……ありがとう、アッシュ」
「…フン。おまえがあいつを選ぶのは、わかってたさ」
アッシュはそう言うけど、その瞳は少しだけ寂しそうだ。この二人も、早く和解できるといいんだけど。
「ガイ、行くんだね」
「ああ、キミのおかげて決心がついた。…アッシュに礼が言えたのも、キミのおかげだな」
「ん?」
「なんでもないよ。じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい、ルークによろしくね、わたしも待ってるから」
「伝えておくよ」
そう言って、ガイは走り去って行った。「ルーク!止めないのですか!」そう叫ぶナタリアの言葉が、どうしても耳についてしまう。
「その名前で呼ぶな。それはもう俺の名前じゃねぇんだ」
ぶっきらぼうにそう言うアッシュの顔は、やっぱり少し寂しそうに見えた。