外殻大地編
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「うぇ、はぁ、ひぃ…………げほ、」
「なんとか逃げ切れたか…?」
「イオン様、大丈夫ですか?ハナも、しっかりして」
「…はい、僕はなんとか…」
「……うう、ほんとにごめんなさい……………」
何度も(わたしが)転びそうになりながら、しつこい魔物の群れをなんとか撒いて逃げ切れた頃には、川幅の広いフーブラス川をほとんど渡りきるかというところだった。体力のないわたしとイオンは息も絶え絶え、みんなも呼吸を乱していて、この事態を引き起こす発端になってしまったわたしは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「お前が変なことするからこっちは散々だっつの!何なんだよあれ!」
「ルーク、ハナはわざとやったんじゃないんだ、そんなに責めるな。…でも本当に、あれは何だったんだ?すごい威力だったな…」
「ルークの言っていた通り、あれは私も使う『エナジーブラスト』という術と同じに見えました。ただ、威力は普通より段違いでしたが」
「……わたしもなにがなんだか……。体がざわざわして、はじけそうな感覚が抑えられなくて、爆発しちゃうかもって思ったら……あんなふうに………」
「おそらく、ティアの言うとおりハナにはかなりの譜術の才能、音素を感じ取り集めるセンスがあるのでしょう。ただハナは譜術の訓練を受けたことがなければ、杖などの媒介も持っていない、詠唱も知らなかった。それで集まりすぎた力が暴走してしまったのだと思います。威力はともかく、初心者にはよくあることですよ」
「……まじですか…」
信じられない。わたしに譜術の才能?譜術も音素もない地球産の人間なのに。「これ以上はきちんと媒介を用意してから、経験者のもとで訓練することをおすすめします。危険ですので」とジェイドさんは言った。わたしの考え無しのせいでみんなを危険に晒してしまったことにううう、と小さくなっていると、頭の上にぽんと何かが乗っかる。ジェイドさんの手だ。
「…普通なら、イメージを固めて術に反映するにもそれなりの時間がかかるものです。初めてで爆発というイメージが術として正しく形になったのは見事なことですよ。偶然とはいえね」
「ジェイドさん゙」
「握らないでください、皺になるので」
「そうよ。ハナは初心者なのに、気づいて止めてあげられなかった私達にも責任はあるわ。怖かったでしょう、ごめんなさい」
「ハナさん、すごかったですの!」
「うう……みんなやさしい………」
罪悪感に押しつぶされているわたしにみんなが優しい言葉をかけてくれるものだから、危うく涙がちょちょぎれそうになる。いけないいけない。ズビ、と垂れかけた鼻水を啜っていると、ルークは飽きたのか「もういいから早く行こうぜ」とごねた。「最初に怒り出したのはあなたでしょう」とティアがズバッと返す。でも確かにいつまでもここにいるわけにはいかないので、みんなで先に進みだそうとすると、今度は前方から何か大きな影が飛び出してきた。
「今度は何だ!?」
「…ライガ!」
「後ろからも誰か来ます」
わたしたちに立ちはだかったのは、虎に似た風貌の巨大な魔物、ライガ。通常のライガよりかなり大きなこのライガを連れているのは一人しかいない。
「妖獣のアリエッタだ。見つかったか…」
「逃がしませんっ…!」
「アリエッタ!見逃してください。あなたならわかってくれますよね?戦争を起こしてはいけないって」
「イオン様の言うこと……アリエッタは聞いてあげたい……です。でもその人たち、アリエッタの敵!」
「アリエッタ。彼らは悪い人ではないんです」
「ううん……悪い人です。だってアリエッタのママを……殺したもん!」
こちらに敵意を向けるアリエッタに、イオンが優しく語りかける。アリエッタは悲しそうにイオンを見つめるが、イオンの言葉を受け入れずにわたしたちを…特にルークとティアとジェイドさん、三人のことをキッと睨みつける。
「何言ってんだ?俺たちがいつそんなこと……」
「アリエッタのママはお家を燃やされて、チーグルの森に住み着いたの。ママは仔供たちを……アリエッタの弟と妹たちを守ろうとしてただけなのに……」
「まさかライガの女王のこと?でも彼女、人間でしょう?」
「彼女はホド戦争で両親を失って、魔物に育てられたんです。魔物と会話できる能力を買われて神託の盾騎士団に入隊しました」
イオンの言葉に、ルークとティアとガイの三人は驚いた顔をする。
ルークたちはタルタロスに連行される前、エンゲーブの食料泥棒をしていたチーグルの謎を突き止めるためにチーグルの森に行った。結果、幼いミュウがライガたちの森を誤って燃やしてしまったせいで移り住んできたライガに仲間を喰われないためにチーグルたちが盗んだ食料を献上していたことがわかり、それをやめさせるよう話し合いに行ったもののそれは叶わず。激しい戦闘の末、ライガクイーンは孵化直前の卵もろとも命を落としてしまった。その時その場にいたのが、ルークとティア、イオンにミュウ、そしてジェイドさん。
「じゃあ俺たちが殺したライガが…」
「それがアリエッタのママ……!アリエッタはあなたたちを許さないから!地の果てまで追いかけて……殺しますっ!」
いつも抱いている不気味なぬいぐるみを形が変わるほど抱きしめ、殺気を飛ばすアリエッタが今にもこちらに襲いかかってきそうになったそのとき、ごごご、と地響きがして足元が大きく揺れた。地震だ!
「うわぁぁ!」「きゃ…!」「うおっ!?」、突然の揺れにみんなが体勢を崩す。わたしは体を支え切れず、よろけて隣にいたジェイドさんの肩に頭突きした。
慌ててごめんなさいと言う前に、地面から紫色の蒸気のようなものが勢いよく噴出してそちらに気を取られる。つ、次から次へと……!
「おい、この蒸気みたいなのは…」
「障気だわ…!」
「いけません!障気は猛毒です!」
「きゃっ!!」
「!! アリエッタが!」
突如噴き出した猛毒の障気を吸ってしまったのか、わたしたちを挟み撃ちにしようとしていたアリエッタとライガが昏倒した。「吸い込んだら死んじまうのか!?」と焦るルークに、「長時間、大量に吸い込まなければ大丈夫」と返すティア。とにかくここを逃げなければと逃げ道を探すが、前方は障気、後方は地割れによりどちらも通ることができない。
「どうするんだ!逃げらんねぇぞ!」
「………っ!」
ーーー クロア リュオ ズェ トゥエ リュオ レイ ネゥ リュオ ズェ
ティアは意を決したようにメイスを構えて歌を歌いだす。あれは、ティアの譜歌だ。
「譜歌を詠ってどうするつもりですか」
「待って下さい、ジェイド。この譜歌は………ユリアの譜歌です!」
ティアを中心に薄い光のドームのようなものが広がり、噴出していた障気が消えていく。
「障気が消えた…!?」
「障気が持つ固定振動と同じ振動を与えたの。一時的な防御壁よ。長くは保たないわ」
「噂には聞いたことがあります。ユリアが残したと伝えられる七つの譜歌…。しかしあれは暗号が複雑で、詠みとれた者がいなかったと…」
「詮索は後だ。ここから逃げないと」
「ーーー そうですね」
ガイの正論に返事をしながら、ジェイドさんは槍を取り出す。意識のないアリエッタにその鋒を向けた。
「!や、やめろ!なんでそいつを殺そうとするんだ!」
「生かしておけば、また命を狙われます」
「だとしても、気を失って無抵抗の奴を殺すなんて…」
「…本当に、甘いのね」
「るっせぇ!冷血女!」
「……ジェイド、見逃して下さい、アリエッタは元々僕付きの導師守護役なんです」
「…まあいいでしょう」
「障気が復活しても、あたらない場所に運ぶくらいはいいだろう?」
「ここで見逃す以上、文句を言う筋合いではないですね」
ルークはともかくイオンに頼まれると弱いのか、ジェイドさんは仕方ないといった様子で槍を仕舞う。ガイの言うとおり、このままここに寝かせていてはいつまた障気にあたってしまうかもわからないので、アリエッタを安全な場所に運ぶことになった。
「…あ、それなら、ねえ。ちょっとわたしに任せてくれないかな」
「ハナが?ハナじゃアリエッタを運ぶのはきついだろう」
「いいから。できればちょっと離れててほしいの。危ないことはしないから…」
「…何をするつもりか知りませんが」
「ごめんなさい。ミュウ、ちょっと手伝ってね」
「みゅ?」
ルークの道具袋に収まっていたミュウをそっと抱き上げて、アリエッタ…ではなく、倒れているライガの方に向かう。「おい!」、ルーク達の制止の声がするけど、聞こえないふり。
「ライガにちょっと伝えてみたいことがあるの。わたしが起こしてみるから、ライガが起きたら怒らないように話しかけてみてくれないかな。それから通訳をお願いしたいの」
「みゅ…?わかったですの!」
「ありがとう。じゃ、起こすね。……ライガさーん、大丈夫ですかー………、お、起きてー」
わたしの突然の頼みにもミュウは素直に応えてくれる。いい子だ。ミュウをわたしの横に下ろすと、横たわるライガの前足を恐る恐る揺らして声をかけてみる。気配に敏感なのか、ライガはすぐに目を覚ました。目の前にいるのがわたしだとわかると、すぐによろけながらも立ち上がって威嚇の体勢をとる。ハナ!と、こちらをひやひやした様子で見守っているみんなの焦る声が聞こえた。
「っひ!待って待って!」
「ライガさん、待ってほしいですの!みゅうみゅう、みゅみゅ〜、みゅう」
「、……………」
普段ソーサラーリングの力で人語を話すミュウは、チーグル本来の魔物の言葉でみゅうみゅうとなにを言ったのか、ライガは警戒しながらも威嚇の姿勢を抑えた。ミュウすごい。
「…ラ、ライガさん。わたしは花です。武器もなにも持ってないただの人です。あなたたちになにもする気はないよ。あなたを起こしたのは、アリエッタを助けるお手伝いをしてほしいから。ティアの防御壁はもう保たないし、ここにいたらアリエッタもあなたも障気が危ない。わたしたちじゃあなたを運べない」
みゅうみゅう、とミュウが同時通訳をしてくれる。わたしがこんな突飛な行動に出たのは、このライガのことが気になったからだった。アリエッタのことはきっとルークかジェイドさんが運ぶはずだったのだろうけど、じゃあこのライガは?到底数人の力だけで運べる大きさとは思えない。ライガもルークたちの敵だけど、ここに置き去りにしてもし障気を吸って病気にでもなってしまったらきっとアリエッタは悲しむ。
「ライガさん、言うことを聞いてくれるそうですの!」
「ほんと?よかった…じゃあ寝ちゃってるけど、アリエッタを背中に乗せてられる?わたしじゃちょっと…持ち上げてあげられないから」
ライガは大人しくアリエッタのほうにのっしのっしと歩いていく。遠くからはらはらと見守っているみんなには大丈夫と意味を込めて腕で大きく丸マークを作った。あ、なんか呆れられてる。ジェイドさんがやれやれってポーズをした。
✱✱✱
「このあたりならきっと大丈夫。…ねえ、ライガさん、ちょっとだけ聞いてくれる?」
障気の出た場所からは離れた場所で、ライガに腰を下ろしてもらう。まだ眠っているアリエッタは、きつい体勢にならないようにライガにもたれかけさせた。
「あのね。アリエッタは…まだ自分がやっていること、全部はちゃんとわかってないんだと思うんだ。きっと経験も、教えてくれる人も少ないから…
でもね、そんなまま、誰かに言われるままに行動してたら、きっといつかアリエッタは傷ついちゃうと思う。アリエッタが自分の心から、わたしたちを憎いと思う気持ちを止めろなんて言わない。でも、そうでないとき…アリエッタが自分の意志じゃなく、不必要に罪のない誰かを傷つけてしまいそうなときは、あなたが止めてあげて」
殺すのは、だめだよ。警戒を解かず未だこちらを睨みつけるライガの目を見つめる。わたしの言葉は直接は届かないから、せめて目を逸らさず。長く喋ってしまったのに、ミュウは一生懸命通訳してくれた。しばらくして、「…行こうか」とわたしはミュウを抱えてアリエッタたちから離れた。
タルタロスのときもそうだし、これから先、アリエッタはたくさんの罪のない人たちの命を奪ってしまう。それは誰かの言いなりになって。精神がまだ未熟なアリエッタは、言われるがままにその強い力を振るってしまう。でもアリエッタがそのことを理解したとき、アリエッタが奪ってきた何百、もしかしたら何千という命の重みはアリエッタの心を押し潰してしまうだろう。……アクゼリュスの悪夢を経たルークのように。
「(たとえ誰だってそうならないほうがいい。なってほしくない)」
これはわたしのエゴだ。証拠に、結果なにも変わらなかったのだとしても、今こうしてライガに語りかけたことで満足をしている自分がいる。先の未来を知っている罪悪感晴らしに利用してしまっているのと同じだけれど、でもこうせずにはいられなかった。
「ミュウ。今言ったこと、みんなには内緒にしてね」
「みゅ…?」
みんなは知らなくていい。わたしがこんなに、ずるいことなんて。