外殻大地編
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「……戦争を回避するための使者って訳か。でもなんだってモースは戦争を起こしたがってるんだ?」
タルタロスから離れて暫く。タルタロスの外でダアト式譜術という高度な術を使ったらしく、体力が尽きてしまったイオンが倒れてしまい、休憩をとることになった。ようやく落ち着けて話せる状況になったということで、互いに状況説明をし始める。
まず、合流したてのガイとわたしに、導師イオン一行の旅の目的を教えてもらう。
昨今頻発している両国同士の局地的な小競り合い。恐らく近いうちに大規模な戦争が始まると予測したマルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下が、相手国キムラスカ・ランバルディア王国に平和条約締結を提案した親書を送ることに決めた。イオンにはローレライ教団の最高指導者として中立の立場からの協力を要請したものの、ローレライ教団内部でもイオンを中心とする革新的な"導師派"とそれに対する大詠師モースを中心とする保守的な"大詠師派"で派閥抗争が起こっており、平和条約締結を邪魔しようとする大詠師派の妨害がある可能性があったんだとか。よってイオンは戦争回避のために行動することを公には明かさなかったものの、その甲斐も無く今回こうして襲撃を受けてしまった。
そこまで聞いたガイが先程の質問を口にしたのだけど、「それはローレライ教団の機密事項に属します。お話できません」とイオンは言う。ルークはけち臭いとぶうたれていたが、ガイはあまり気にした様子もなく「ルークもえらくややこしいことに巻き込まれたなあ」と肩をすくめている。
そういえば、ルークたちがこの和平の旅に協力するのを決める前、「事情を話して協力してもらえなければあなた方を軟禁しなければ〜」とかなんとか言われてなかっただろうか。わたしとガイにはすんなり話しちゃったけどいいのかな。まあ、わたしは知ってたんだけど…。状況が状況だったし今更隠してもしょうがないからとか?これから戦力に加わるガイはよくてもまさかわたしだけ軟禁されたりしないよね?気付いてしまった可能性にわたしが一人で顔を青くしていると、ティアがガイを見つめて口を開く。
「ところであなたは…」
「そういや自己紹介がまだだっけな。俺はガイ。ファブレ公爵のところでお世話になってる使用人だ」
そうガイが自己紹介をしてジェイドさんと握手を交わしたので、流れでティアも握手しようとガイに手を差し出すと、ガイは怯えた顔で飛び退く。「何?」とティアは顔を顰めるもガイは怯えるばかり。ガイは女嫌いなんだ、と説明したルークに、というよりは女性恐怖症のようですね、とジェイドさん。一歩近づいては一歩後退り、というやり取りをしばらく続けたあとどうしようもないと判断したらしいティアはガイに不用意に近づかないことにしたらしかった。
すると、今度はイオンがちらりとわたしのほうに目を向けた。あっそうか。この流れでわたしも自己紹介しておかないといけないよね。
「えーっと、わたしは花っていいます……えと、グランコクマで酒場のお手伝いをしてます」
わたしはここでの階級とか職業とかを持っていないのでとりあえずそう付け加えたが、なんというか、ぱっとしない自己紹介だ。
「僕はローレライ教団の導師イオン。よろしくお願いします」
「う、は、はい!こちらこそよろしくお願いします…ガイ、さんも、よろしくお願いします」
「ガイで構わないよ。敬語もいらないさ。よろしく、ハナ」
「そ、そう?ありがとう、じゃあそうする。よろしくね、ガイ」
「自己紹介が済んだなら、そろそろあの場にいた理由を聞かせてもらえますか、ハナ」
忘れてた。ジェイドさんの一言により次はわたしの状況説明が始まる。実はかくかくしかじかで……とグランコクマで攫われたところからタルタロスでジェイドさんたちに合流するまでの流れを大まかに話した。とは言っても、わたしも何が理由でこんなことになったのか全く把握できていないので、全員の頭にハテナが飛ぶ。
「神託の盾が一般人を誘拐…?一体何が目的で…?」
「僕もそういう話は耳にしていません。やったとすれば大詠師派の者たちだと思いますが…」
「理由がわからないんじゃあ、また狙われる可能性もあるってことか。危ないな」
「ハナさん、頭叩かれちゃったですの?いたそうですの…」
「なんかすみません…」
「……やれやれ、ゆっくり話している暇はなくなったようですよ」
ジェイドさんの言葉と同時に聞こえてきた複数の足音に全員が身構える。神託の盾兵士が四人、剣を構えてこちらに向かってきていた。
「に……人間……」
「ルーク!下がって!あなたじゃ人は斬れないでしょう!」
みんながすかさず応戦するも、人を斬ることに恐怖しているルークは動きが強張っている。剣の実力では充分に張り合えているのに、ルークはとどめを刺せないでいた。ボーッとすんなとガイに叱責され、迷いながら振りかぶった剣は簡単に弾き飛ばされてしまい、今度は兵士がルークに向かって剣を振りかぶる。殺す意思を持ったその動きに迷いはなかった。
「(えっ、みんな遠くない?)」
"物語"の流れどおりなら、ここでティアがルークを身を呈して庇って、その隙にガイが兵士を斬って決着がつくはず。しかし、みんなは別の敵に応戦するうちにそれぞれが離れていってしまっている。これ、ティアもガイも間に合うの?ルークにすぐさま駆け寄れそうな距離にいるのはわたしとイオンとミュウしかいない。大丈夫、きっとティアとガイが助けてくれるはずなのに、でも、でも―――
「っ、ルーク!!!」
気づいたら駆け出していた。
走った勢いのまま体当たりをするようにルークを突き飛ばす。ざしり、と嫌な音がして、右腕に熱を感じた。二人で折り重なるように倒れ込むと、間もなく兵士の追撃が降りかかりそうになる。しかしその剣は振り下ろされることなく、背後から振るわれたジェイドさんの槍によって兵士は事切れた。
「………ハナ……お、俺………」
「いた〜〜〜〜〜〜い!!!!いたいいたい!!うっ………いだい……ああ〜〜〜」
「ハナ!」
「ハナ、大丈夫!?傷を見せて、すぐ治癒をかけるわ」
ざっくりと斬られた右腕からは止めどなく血が流れ続けていて、わたしは普通に大泣きした。すごくいたい。遅れてやってきた痛みは経験したことがないほどで、こんなに大量に血を流したこともないから恐怖で自然と涙が出てきてしまう。自分の腕じゃないみたいだ。ティアみたいに「ばか……」って儚く倒れることなんてできなかった。全身で体当りした勢いのまま転がったから泥だらけの擦り傷だらけだし、なんとも格好つかない。
真っ先に駆け寄ってくれたジェイドさんと治癒術をかけてくれているティア、ルークを支えたガイにイオンとミュウが代わる代わる心配してくれて、みんな怪我がないようで安心した。
「ごめんなさい、花……一般人に怪我を負わせてしまうなんて軍人失格だわ」
「気にしないでティア………いたた、あっ………腰抜けてる……………」
「全く無茶をして…。ここではまた襲われる危険があります。あと少しだけ進んで、身を隠しやすい場所で今日は休みましょう。構いませんね?」
「はい」
「…………おう……」
✱✱✱
「ハナ、傷の具合はどう?」
「ん、もう平気!ティアが治してくれたから傷は塞がってるし、動かしてもあんまり痛くないよ。ありがとう」
「よかった…。怪我をさせて本当にごめんなさい。何かあったらすぐ言って頂戴?」
「うん、ありがとう。ティアもちゃんと休んでね」
夜。街道の傍ら、木々の間の陰になった場所にわたしたちはキャンプを張った。有り合わせで簡単な食事を済ませて、今は各々体を休めている。わたしの腕の包帯を取り替えてくれていたティアも、それを済ませるとルークの方に歩いていった。慰めてあげるんだろうな。いや、慰めるというよりティアはいつも自分の気持ちを言ってるだけかも。真っ直ぐルークを思った言葉だから、ルークが励まされるんだ。
「いい関係だな」
「何が?」
「うわっ!ガイ」
いきなり話しかけられて肩が跳ねた。女性恐怖症の彼だから、話すにしては距離がかなり離れているけど。
「ルークとティア。ティアはルークに真っ直ぐ気持ち伝えて、叱ったりするから。たぶんルークにはそういうのが一番必要で、響くんじゃないかって思って……会ったばかりのわたしが何言ってんだって感じかな」
「いいや、確かに。俺もそう思うよ。ルークのこと、ちゃんと見てくれてるんだな。……ルークを助けてくれてありがとう、ハナ」
「勝手に体が動いちゃっただけだよ。戦えもしないのに飛び出してばかみたいだなって思ったし、押し倒したとき結局ルークも怪我しちゃったし」
「擦り傷だろ。それでも俺は君にお礼が言いたいんだよ、ありがとう。でも、もうあんな無茶はしないでくれよ」
「…はあい」
ふたり分の距離を空けて聞こえてくる声はとてもやさしい。どれだけルークがわがままでも、過去のことがあっても、ガイは今の幼馴染を本当に大切にしているんだろうと伝わってきた。おやすみ、と遠ざかっていく背中を見送ると、今度は反対側からむすっとした顔のルークが近づいてきた。
「ルーク、もう大丈夫?」
「…それティアにも言われた。怪我したのお前だろ」
「わたしは大丈夫だよ、びっくりして大騒ぎしちゃったけど腕ちょっと斬られただけだし、ティアが治してくれたから。…正直拍子抜け。騒いじゃって恥ずかしいよ、治癒術ってすごいんだね」
「…なんで俺を庇ったりしたんだよ」
「わかんない。気づいたら飛び出しちゃってたんだもん。ルークが傷つくの、やだって思ったからかな」
「…おまえ戦えないくせに、馬鹿じゃねーの」
「あはは、そだね。……怖がらせちゃってごめんね。わたしは生きてるよ、大丈夫」
むん!右腕で力こぶをつくるふりをしながら言うと、ぴくり。ルークが反応する。やっぱり。
ルークは初めて人を殺してしまったばかりで、そういうことに敏感になっているんだ。庇われた相手がたくさん血を出してるのを見て、不安定になってしまっているんだろう。
「なんにもわかんないのは、ルークだけじゃないよ」
「え?」
「わたしもね、わかんなかったの。世界のこととかいろいろ。文字の読み書きだって最近覚えたばっかり」
「………それって…」
「こわいのも逃げたいのも当たり前だよ。でも、ジェイドさんもティアもガイもイオンも、その当たり前に一生懸命抗って生きてる。わたしもみんなと行動する間、当たり前を少しだけ我慢してみようって決めたんだ。こんなちょっとの傷で大泣きしてちゃ、呆れられちゃうもん」
「でも、俺は…」
「…ルークは剣を握るから、きっとわたしよりずっと辛い気持ちもあるよね。でも、剣を握るから、守れるものはわたしよりもたくさんあるよ。奪うためじゃなくて、守るために剣を振ればいいんじゃないかな。自分も、みんなも」
「…………」
黙り込んでしまったルーク。ちょっと一人で考えさせてあげたほうがいいかな、と思って、肩を二回ぽんぽんと叩いて「さっきは突き飛ばしてごめんね。おやすみ」と言ってからわたしはその場を離れた。かと言って行く場所もないのでふらふらとジェイドさんのほうに寄る。
「ジェイドさ〜ん」
「傷はもういいのですか。随分と無茶をしましたねえ」
「ね。わたしもびっくりしてます。自分にあんな度胸があると思わなかった。さっきはここまでありがとうございました」
「全く、世話のかかる子ですよ」
腰を抜かしたわたしをおぶって運んでくれたのはジェイドさんだった。ガイは女性恐怖症だしルークは意気消沈していたしでたぶん消去法だったのだろうけど。二人並んでなんとなしに焚き火を眺める。
「わたし、これからどうしましょう」
「狙われた理由がわからない以上、このままグランコクマに戻るのは危険でしょうね。マルクト領内のどこか他の街で保護する形になると思います」
「そっか…。モリーさんとロシーさん、心配してるかな」
「先程軍の方にあなたを保護したと鳩を飛ばしておきましたから、オルドリッジ夫妻にもすぐ知らせが行くでしょう」
「いつのまに?よかった、ありがとうございます」
「一般人を保護するのは仕事ですから。…あなたが本当に一般人なら、ね」
「う…。連れて来られちゃった理由はほんとにわたしにもわからないし、あのノートは趣味ですからね!」
「冗談です。誰もノートのことなんか口にしていませんが」
「うっ!」
墓穴。わたしはいつもそうだ。誰もお前を愛さない。机の下に蹲るジェスチャーをすると「何をしてるんですか」とチョップを入れられる。いてっ。
「あなたと話しているとどうも気が抜けます。まあ、もう殆ど疑ってはいませんよ。どう見てもあなたは一般人です、それが演技なら素直に負けを認めますよ」
「やっぱし疑ってたんだ……でも晴れたならよかった!ジェイドさん、わたし足手まといかもしれないけど、あとちょっとだけよろしくお願いしますね」
「ええ。あなたももう休みなさい。見張りは私とティアとガイで交代してやりますから」
「はーい」
おやすみなさい、と挨拶して、焚き火の横ですやすや眠るミュウのそばに腰を下ろして目を閉じる。明日にはきっと、ルークの気持ちも固まっているはず。わたしはこれからどうしようかな。
✱✱✱
「私とガイとティアで三角に陣形を取ります。ハナとルークはイオン様と一緒に中心にいて、もしもの時には身を守ってください」
「え?」
「おまえは戦わなくても大丈夫ってことだよ。さあ、いこうか」
「ま、待ってくれ」
朝になってまたセントビナーを目指すために陣形を組もうとすると、ジェイドさんがそう口にした。ルークは軍人じゃない。無理して戦うことはないし、足手まといになられても困る。そう思っての発言だろう。ガイ付け足すように言ってからみんなが歩き出すのをルークは引き止めた。「どうしたんですか?」、イオンが訊ねる。
「……俺も、戦う」
「人を殺すのが怖いんでしょう?」
「……怖くなんかねぇ」
「無理しないほうがいいわ」
「本当だ!そりゃやっぱちっとは怖ぇとかあるけど、戦わなきゃ身を守れないなら戦うしかねぇだろ。俺だけ隠れてなんていられるか!」
「ご主人様、偉いですの」
「おまえは黙ってろ!とにかくもう決めたんだ。これからは躊躇しねぇで戦う」
"物語"どおり、ルークはルークなりに決意できたみたいだった。しっかりとみんなを見つめる瞳に、迷いはない。
「……人を殺すということは相手の可能性を奪うことよ。それが身を守るためでも」
「……恨みを買うことだってある」
「あなた、それでも受け止めることができる?逃げ出さず、言い訳せず自分の責任を見つめることができる?」
「おまえも言ってたろ。好きで殺してる訳じゃねぇって。……決心したんだ。みんなに迷惑はかけられないし、ちゃんと俺も責任を背負う」
「……でも……」
「いいじゃありませんか。……ルークの決心とやら、見せてもらいましょう」
「無理するなよ、ルーク」
あえて厳しい言葉をかけるティアや心配そうにするガイに、ルークは静かに頷く。ルークの決意はちゃんとみんなに伝わったみたいだ。よかったね、にっこりとルークに微笑みかければ、ルークもぎこちなさげに笑い返してくれた。