外殻大地編
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「ハナさん!もう元気でたですの?具合悪くないですの?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとうミュウ」
「みゅう!」
「よかったですの!」とわたしの腕の中でふわふわの耳を揺らしている小動物は大変にかわいい。癒される。
今わたしたちは神託の盾に連れて行かれた導師イオンの奪還のため、左舷昇降口に向かうべくタルタロス艦内を移動している。前を歩くジェイドさんとルークの後ろを、ミュウを抱えたわたしとティアがついて歩くかたちだ。
「(まさか本当に合流できちゃうとは)」
タルタロス襲撃のタイミングでここに連れてこられた時点で「あれ?これルークたちと会えてしまうんでは?」という予感はあった。それから間もなく兵士さんの遺体を目にして軽いパニックに陥ってしまったせいでそんなことを考える余裕はなくなってしまっていたけれど、無事あの部屋を出ることができて少し気持ちが落ち着いた今はいろいろと考えてしまう。それは"物語"が実際に目の前で繰り広げられている興奮と、それ以上の恐怖。
人が斬り裂かれて亡くなっているところを見て、噎せ返るような血の匂いを感じて、今まで画面越しに見ていた作りもののそれらが今はいつ自分の身に起こってもおかしくないことなのだと実感したとき、どうしようもない恐怖でたまらなくなったのだ。先の展開を知っているから多少は覚悟ができていても、わたしは今のルークより余程世間知らずで心が弱い。ましてこの世界はわたしという存在がいる時点でわたしの知っている"物語"とは違っている可能性だってある。失われなくていい命までもが失われたりすることだってあるかもしれない。手放しに喜んだり興奮したりなんてできるわけがなかった。
「(なんとなく言われるがままについてきちゃったけど、これでよかったのかな…)」
「ああ、ここです。ここの貨物をどけると奥に『イイモノ』があります」
「貨物を動かせばいいんですね」
「あ、わたしも手伝う…!」
たどり着いた物置のような一室。ジェイドさんの言葉にティアが貨物を動かし始めたので、わたしも別の貨物を引き摺ってどかす。このくらいなら役に立てる。ずずず、と音を立てて動く貨物は、結構重いけれどわたしでも問題なく動かせた。
あれだよね、昇降機が動かないからこの部屋の奥にある爆薬で壁を突き破るんだよね。
「そうです。ところでルーク、女性陣に力仕事を押し付けるのは感心しませんねぇ」
「大佐、私なら大丈夫です」
「っふぬ、わ、わたしもです」
「それとも、貴族の坊やにはまともな筋肉がついていないのでしょうか?やれやれ。脳みそは筋肉でできていそうなのにねぇ」
すごい煽り方だ。なんというか、人がカチンときそうな絶妙な言い回しをしてくる。ルーク、腹筋とか腕とか結構すごいのに。
案の定まんまと煽りに乗せられたルークが怒って、あんたも男なんだから手伝えと訴えると「いやですねぇ、あなたの方が若いじゃありませんか。私はもう節々が傷んで……」と弱々しげな表情をしてみせる。うそだ、とても35歳に見えないくらい若々しいなりをして。おそらくこのメンツで今一番力も体力もあるのはジェイドさんだろう。反論するのもめんどくさくなったのか、ルークはしぶしぶといった様子でティアとわたしを退かせて貨物を動かしだした。女子扱いされたからか、ティアがちょっと照れている。ふふ、かわいい。
「よっ、と…これで終わりか?」
「ああ、ありましたよ」
「大佐、これは爆薬ですか?」
「爆薬ぅ!?なんでそんな物が?」
「艦内に物資の横流しをしている集団がいましてね。彼らがここに爆薬を隠していることをつきとめていたんてすよ。この騒ぎで、調査も無駄になってしまいましたが」
貨物の奥に眠っていた他とは様子の違う箱。察しのいいティアがすぐに爆薬だと気付くと、ジェイドさんはそう説明をした。これに火をつけて壁を破壊しようという軍人ふたりの会話に、わたしとルークは横でおっかねー…と縮み上がる。
発火はミュウに頼もうというジェイドの言葉に「はいですの!」と元気に反応したミュウがわたしの腕から飛び降りて、ぷくりと頬を膨らませた。「おぁっ、ちょっとま……!」、ルークの制止の声と同時にわたしはぐいっと後ろに引っ張られ、そしてミュウはルークの言葉を聞き終わらないうちにぼぼっと口から炎を噴き出した。
バァン!!内臓が揺さぶられるような爆発音を立てて箱が爆発する。ヒェッ。船室の壁には人が数人楽々通れそうな大穴が空いていた。穴の周りは真っ黒く焦げついて、爆発に巻き込まれていたらひとたまりもなかっただろう。最新式軍艦の壁をぶち破る威力って…。未だにばっくんばっくんと暴れ回る心臓を押さえつけながら向かい側にいたティアに目を向けると、一切表情が動いていなかった。なんてこと。心臓が強すぎる。
ルークもいきなりすぎる!とミュウを叱りつけている。耳をしょんぼり垂らして謝るミュウに「ミュウ、上出来ですよ」と目の前のジェイドさんが声を発してようやく、彼がわたしを背に庇ってくれたのだと気づいた。
「ジェイドさん、庇ってくれてありがとうございます」
「いえいえ。さて、そろそろ行きましょうか」
「はーい」
「お、おう…」
冷静な顔で爆発を眺めていたティアとジェイドにルークがドン引きしたような視線を向けていたので、わかるわかる。びっくりしちゃうよね。という意味をこめて頷いておくと、ちょっとびっくりしたような顔をされた。わかるぞ、君の気持ち。
✱✱✱
「どうやら間に合いましたね。現れたようです」
爆発でできた穴をくぐり、外の魔物を倒しながらなんとか左舷昇降口へ辿り着いた。扉の向こう、タラップの下には、数人の神託の盾兵士と導師イオンが集まっているはず。そしてそこには彼女もいるはずだ。
「(リグレットさん……)」
「タルタロスが非常停止したこと気付いてるか?」
「さすがに気付いているでしょう。それよりこのタイミングでは詠唱が間に合いません。譜術は使えないものと考えてください」
「どっちにしたって封印術のせいで、セコい譜術しか使えないんだろ」
「大佐は少しずつ封印術を解除しているのよ。そんな言い方、最低だわ」
いることは知っていたとしても、実際この場で彼女を前にすると思うと心臓がぐ、とゆるく締めつけられるような気持ちになった。リグレットさんと今わたしが行動を共にする彼らは敵同士なのだ。
扉の陰でルークとティアの言い合いが始まりそうになったところをジェイドさんが「構いませんよ、事実ですから」の一言で鎮めるのと同時に、リグレットさんの指示で神託の盾兵が扉を開けるためにタラップを登ってくる足音がする。
ルークは扉の前でミュウを片手で掴んで待ち構え、外から扉が開いた瞬間「おらぁ!火出せえ!」とミュウの口から神託の盾兵の顔面に炎を浴びせた。よ、鎧被ってるとはいえかなり熱そう…。
炎が直撃して階段を落ちていく兵士、ざわつく神託の盾たち。その間隙を縫って飛び出したジェイドさんが虚空から…いや、彼の腕から取り出した槍をリグレットさんに突きつける。
「さすがジェイド・カーティス。譜術を封じても侮れないな」
「お褒め頂いて光栄ですね。さあ、武器を棄てなさい。ティア、譜歌を!」
「ティア……?ティア・グランツか……!」
「リグレット教官!」
リグレットさんの顔を見て、ティアが驚きの声を上げる。その一瞬の隙にリグレットさんは体勢を整えて銃を構え、こちらを牽制した。同時に巨大な魔物を連れた桃色の髪の少女、アリエッタも現れ、兵士と魔物に取り囲まれたわたしたちは一気に形勢逆転されてしまう。
もう一度拘束されてしまうか、という状況を覆したのは、上空から"降って"きた金髪の青年だった。
「ガイ様、華麗に参上」
な、生で見てしまった!!名シーン!めちゃくちゃかっこいい。おそらくタルタロスの甲板、かなり上から飛び降りてきた彼は軽々と受け身を取ってそのまま流れるように細身の片手剣を抜き、あっという間にリグレットさんの体勢を崩してイオンを救出してしまった。あ、鮮やか…!
その隙にアリエッタを拘束したジェイドさんは、リグレットさんたちに武器を棄ててタルタロス内へ入るよう促す。仲間の少女を人質に取られては抗えないのか、渋々と言うとおりにタラップを上っていった。
アリエッタも導師イオンに諌められて魔物と共にタルタロスへ引き上げたとき、わたしは初めてリグレットさんと目が合った。
「ハナ!?どうしてあなたがここに!」
ずっと冷静で感情の起伏が少なかったリグレットさんが、酷く動揺したような顔を見せた。わたしはずっとルークの陰に隠れるようにして立っていたから、リグレットさんのいた位置からは顔が見えなかったのかもしれない。
「リグレットさん、わたし……」
「…………」
リグレットさんは何も言わないまま、昇降口の扉を閉めてしまった。わたしも何も言うことができなかった。一瞬だけど、悲しそうな顔をしていた、ような。
「…。しばらくは全ての昇降口が開かない筈です」
「ふぅ……助かった……。ガイ!よく来てくれたな!」
「やー、探したぜぇ。こんなところにいやがるとはな」
ジェイドさんの言葉に、一息ついたルークは明るい声でガイに話しかけた。ルークはキムラスカのお屋敷にいたところをティアとの超振動事故でマルクト領に飛ばされて、そのままここまできてしまったから、幼馴染で使用人の彼が来てくれたことはとても心強いのだろう。
「ところでイオン様。アニスはどうしました」
「敵に奪われた親書を取り返そうとして、魔物に船窓から吹き飛ばされて……。ただ遺体が見つからないと話しているのを聞いたので、無事でいてくれると……」
「それならセントビナーへ向かいましょう。アニスとの合流先です」
セントビナー?ハテナを飛ばしたルークにここから東南の街だとジェイドさんが簡単に説明する。ガイがタルタロスの乗員のことを訊ねると、ジェイドさんは頭を振った。証人を残してはローレライ教団とマルクト間で戦争になる、生き残りがいるとは思えないと。
今回は極秘任務だったため常時の半数の乗員、それでも百人以上が殺された。重い空気に包まれたわたしたちの間に、ティアの凛とした声が響く。
「行きましょう。私達が捕まったら、もっとたくさんの人が戦争で亡くなるんだから」