外殻大地編
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「そんなの俺には関係ない!俺はそんなこと知らなかったし、好きでここに来た訳じゃねえ!」
ジェイドはやれやれと額に手を当てた。世間知らずで我儘な貴族の少年の発言に、思わず溜息を漏らしそうになる。
タルタロス艦内の一室。この艦の指揮を取っていたジェイドは、先程協力関係となった少年少女とともに、牢屋と化したこの部屋に閉じ込められていた。正体不明の超振動を発生させてマルクト領に侵入した彼等、ルークとティアをタルタロスまで連行し、両国の和平条約を結ぶための橋渡し役として協力を得ることが決まった矢先の出来事であった。
突如魔物の大群の襲撃を受け、間もなく艦橋を制圧された。簡単に敵の人質になってしまうような足手まといを連れていたとはいえ、封印術(アンチフォンスロット)を食らってしまったのは自らの力不足が招いた結果だった、とジェイドは自分の掌を見つめる。体中が重たく沈みこむような強烈な違和感を覚えていた。この状態では、一人ではタルタロス奪還はおろか体勢の立て直しも厳しい。状況を巻き返し、現在敵に連れ去られてしまっている和平の鍵役であるローレライ教団導師イオンを奪還するには、彼等二人の協力は不可欠だった。
「驚きましたね。どんな環境で育てば、この状況を知らずに済むというのか……」
7年前に誘拐されて記憶喪失になってから、身を守るために屋敷で軟禁生活を強いられ続けたという少年ルークは言った。一触即発の両国間の関係も、町の外に出れば当たり前に存在する魔物や盗賊から襲われる危険も、戦い抗う力を持たなければこの世界では生きていけないことも自分は何も知らないと。知らないのは仕方ないことなのだと。この世界で生きていながら、殺すか殺されるかの状況に立たされて尚、敵の命を奪うことを恐れている。
「確かにこんなことになったのは私の責任だわ。だから私が必ずあなたを家まで送り届けます。
そのかわり、足を引っ張らないで。戦う気がないなら、あなたは足手まといになる」
「た、戦わないなんて言ってない!……人を殺したくないだけだ」
「同じことだわ。今戦うということはタルタロスを奪った『人間』と戦うということよ。敵を殺したくないなら、大人しく後ろに隠れていて」
「……なるべく戦わないようにしようって言ってるだけだ。……俺だって死にたくない」
「私だって……好きで殺しているんじゃないわ」
「結局戦うんですね?戦力に数えますよ」
神託の盾の軍人であるというティアがいたことがせめてもの幸いか。彼女も未だ若く未熟な面があるが、普通の人間、まして箱入りの貴族よりも余程しっかりとした覚悟を持っていた。
二人に意思確認をし、ジェイドは牢を破壊する。「死霊使い(ネクロマンサー)の名によって命じる。作戦名『骸狩り』始動せよ」。伝令管に予め登録してあった声紋を流し、タルタロスの非常停止機構を発動させた。
「左舷昇降口へ。非常停止した場合あそこしか開かなくなります。タルタロスに戻ってくるというイオン様を連れた神託の盾も、左舷昇降口から艦内に入ろうとするはずです」
「でも、俺達の武器取り上げられてるぜ」
「近くに置いてあると思うわ。探してみましょう」
✱✱✱
「意外と近くに置いてあったな。見張りもいねぇし」
「見張りはいたのだと思いますよ。今はタルタロスの復旧に追われてるでしょう」
「行きましょう。……あら?この鞄は私達の物じゃないわね。女性もののようだけど、兵が持つようなものにも見えないし…」
「……!それは」
「ジェイド、なんか知ってんのかよ?」
「……確証はありません。ですが念の為、この辺りの船室を確認していってもよろしいですか」
「?ええ、大佐がそう仰るなら……」
先程いた船室から程遠くない部屋に、ルークたちの荷物は置いてあった。ルークの剣、ティアのメイス、最低限の道具類。そしてその傍らに、この場には似つかわしくない小綺麗な鞄が置かれている。ジェイドはそれに見覚えがあった。グランコクマでとあるきっかけから知り合った少女がいつからか持ち歩き始めたものと同じであったからだ。何故こんなものがこんなところに?彼女の物とは別物である可能性もあるが、正真正銘彼女の物である可能性も捨てきれない。誰の物にせよ、もしこの艦に神託の盾以外に一人でも生き残りがいるのなら、助け出さない理由はなかった。
「あ?なんかここだけ鍵閉まってるぞ」
「譜術でこじ開けましょう。下がってください」
封印術により譜術の威力も平常時より著しく下がってはいたが、扉の鍵は難なく破壊することができた。部屋に一歩踏み込んだ途端に鼻についた血生臭さに、ルークは盛大に顔を顰めた。その横で即座に部屋全体を見回して敵影の有無を確認したティアが、部屋の隅にいる何か…"誰か"の存在に気付く。
「!、女の子…?」
「やはりか…!ハナ、聞こえますか。しっかりしなさい、ここで何が……、いや、話すのは後にしましょう」
「……あ、ジェイドさん…?」
蹲っているのは少女だった。ジェイドが迷い無く歩み寄るのを見て、ティアもすかさず少女のそばにしゃがみこむ。ハナと呼ばれた少女は、意識はしっかりあるものの顔色を真っ青にしていた。その原因が、ちょうど少女に向かってしゃがみこむジェイドの背後、ベッドの陰になる位置に横たわる男性の遺体であると気付くと同時に、ティアはジェイドが出入り口から彼女へ一直線に最短の位置ではなく、わざわざ少し回り込んでしゃがんだ理由を理解した。
「おい、そいつ知り合いなのか?」
「ええ。ですが彼女は一般人です。何故彼女がこの場所にいるのかは私もわかりませんが、今は互いに詳しい説明をしている時間がありません。事情を聞くのは後にして、今は脱出とイオン様の奪還を優先します。いいですね、ハナ」
「はい…」
遺体があることに気づいていないのか、痺れを切らしたように口を開くルークに、ジェイドは彼女の手首を縛る拘束具を外しながらそう言った。多少弱々しくはあるがはっきりと返事を返している少女、ハナに、ティアは先程見つけた鞄を差し出す。「これ、あなたのかしら」。すると少女は目を見開いて、「あ、わた、わたしのです!」と鞄を受け取る。ほっとしたように鞄をひと撫でした後、ありがとうございます、と三人に向けてゆるく微笑んだ。顔色は未だ優れないものの、笑顔を見せた彼女にティアは内心ほっとして、同時に疑問に思う。見れば見るほど普通の少女のようだが、ジェイドとは一体どういう関係なのだろうかと。