外殻大地編
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わたしの体からワンドを通じて発されるやわらかい光が、シンクの右足を包み込む。じわりじわりと塞がっていく傷口に、もっと、もっとと力を込める。
ほんの数秒間が、何分間のようにも長く感じられた。傷口を全て塞ぎ終えると、そっと体の力を抜く。握りすぎて冷たくなった手が、少しずつ熱を取り戻していく。
「……アンタ、術が使えたのか」
「……………いま初めて使った………」
「ハァ!?」
信じられない、と言うようなシンクの声には怒気が混じっている。「何ボクを実験台にしてるわけ?初めて使った術が治癒術って、素養がなかったらどうするつもりだったんだよ」最悪ボクもアンタもお陀仏だぞ、と言うシンクにぐうの音も出ない。だ、だって必死だったんだもん…。
「ごめんね…。でも成功してよかった…」
「……ボクは頼んでないからね。アンタが勝手にやったんだ。礼は言わない。…それと」
立ち上がったシンクは落ちた仮面を拾い上げ、付け直す。よかった、立つのも問題ないみたいだ。
「…このことは誰にも言うな」
「……素顔のこと?」
「わかってるのなら聞かないでよ」
「おい、シンク!無事か」
ちょうどそのとき、ラルゴさんたちが岩や瓦礫をどかし終えてくれて、わたしたちは再び合流することができた。わたしは全員に向き直って、「迷惑をかけてごめんなさい。…危ない場所にいるって、自覚が足りていませんでした。次からは気をつけます」と、頭を下げる。アッシュは鼻を鳴らすだけで、ラルゴさんは「何が悪いか自覚して謝れるだけマシな方だ」と言った。「無事でよかったです」とイオンが酷く心配していた様子で言ってくれたので、心配かけてごめんね、ともう一度頭を下げた。
「アンタのせいで時間をロスした。さっさと進むよ」
「あ、シンク!」
歩き出したシンクの手を掴む。「何」 ちょっと苛立った様子のシンクに、言い損ねていたことを伝える。一番言わなければならないことだから。
「助けてくれて、本当にありがとう。……わたし、絶対言わないから」
「……ふん」
シンクは鼻を鳴らしただけだけど、気持ちはちゃんと伝わったのかな、となんとなく思う。
ルークたちと接して思ったのと同じように、六神将とも関わることで、彼らもまた"物語"の登場人物なのではなくこの世界に"生きている"人間なのだという強い実感が生まれる。
仲良くしてくれたリグレットさん、話をしてくれたディストさん、お友達になれたアリエッタ、助けてくれたシンク。まだ関わりの少ないラルゴさんやアッシュも、同じ空間にいるだけで彼らがそこに生きているという事実が、十分すぎるくらい伝わる。もう作り物のキャラクターなんて思えない。だからこそ、彼らに待ち受ける最期がどんどん受け入れられなくなっていく。
「(あんな悲しい未来、やっぱり嫌だ。でも…)」
いくら受け入れられなくても、それがこの世界を最終的に守るための正しい道であるのなら。異物のわたしは、なにもしてはいけないのだ。
✱✱✱
「ここだ」
「…はぁ、はぁ…、……ダアト式封咒…。やはり、ここもセフィロトなんですね…」
「シュレーの丘同様、ここも開けてもらおう」
「ちょっとまって!ここまでだって休憩なしで来たのに、そのうえイオンに術を使わせたら…!ほんとに倒れちゃうよ!」
たどり着いた遺跡の最深部で、わたしたちはセフィロトの入り口を守るダアト式封咒の扉の前に立つ。ダアト式譜術の一種であるこの封印は、導師であるイオンにしか解くことができない。しかし、体の弱いイオンはダアト式譜術を使うといつも倒れてしまう。過酷な遺跡の道を歩いてきたイオンにそんな追い打ちをかけさせるなんて、できるわけがなかった。
「そのためにアンタを連れてきたんだ」
「え……?」
「見つけた!六神将!」
どういうこと?と訊こうとする前に、その場にわたしたち以外の人の声が響く。振り返れば、イオンを助けに来たのだろうルークたちが追いついてきていた。
わたしたち二人のところにアッシュを残し、ラルゴさんとシンクがみんなに立ちはだかる。
「導師イオンは儀式の真っ最中だ。おとなしくしていてもらおう」
「なんです。おまえたちはっ!仕えるべき方を拐かしておきながらふてぶてしい」
各々の武器を構えるみんなの中には、動きやすそうな服装に身を包んだナタリアも加わっていた。慣れた手つきで弓を構え、六神将の二人と対峙する。話し合いでは決着しないと早々に判断した両者が睨み合い、「…本気で行くよ」「いざ、尋常に勝負!」 六神将二人の言葉を皮切りに、激しい戦闘が始まった。
「(…シンクもラルゴさんも凄い。魔物を相手にしてたときとは比べ物にならないくらい、攻撃が速くて重い…)」
「お前たちはこっちに集中しろ。おい馬鹿女」
「えっ、馬鹿女ってわたしのこと!?」
「他に誰がいるんだ。お前は導師が術を使う間、導師に触れているだけでいい」
「触れるだけって…」
「お前が心配しているようなことにはならない。さっさとしろ」
よくわからないが、"物語"を恙無く進めるには何にしろここでイオンが解呪をしなければならない。無理をさせるのはつらいけど、ここはわたしも言うとおりにしたほうがいいだろう。封印に両手を翳すイオンの肩にそっと手を添える。
「本当につらかったら、すぐやめてね」
「僕は大丈夫です。…始めます」
イオンが解呪を始めると、封印の前に白い円形の陣が幾重にも浮かび上がる。複雑に入り組んだそれをひとつひとつ、かちり、かちりと回転させて解いていく。
かちり。最後の一つが重なり合って、セフィロトへの道を閉ざしていた扉が消えた。ダアト式封咒が解除されたのだ。同時によろめくイオンを慌てて支える。
「イオン!大丈夫!?」
「平気です…本当に。不思議です、いつもより負担が少ないんです」
ハナがいてくれたからでしょうか、と微笑むイオンに、とりあえず倒れるまでには至らなかったとほっとする。
ちょうど、ルークたちと六神将の決着もついたようだった。一人一人が驚異的な強さを持つ六神将とはいえ、それなりに強敵とも戦い慣れしているルークたちとの二対六では流石に分が悪かったのか、ラルゴさんとシンクは膝をついていた。それを見たアッシュは「二人がかりで何やってんだ!屑!!」と悪態をつき、自らも剣を抜いてルークに斬りかかる。六神将としての怒りではなく、もっと深いところの、アッシュ個人の憎しみをぶつけるような気迫で。
「くっ…!」
ルークも剣を抜いてアッシュの攻撃を受け止め、一進一退の攻防が続く。お互いが一歩引いた瞬間、二人は瞬時に攻めの姿勢に切り替え、そして同時に技を放つ。
「「双牙斬!」」
同じ構え、同じ動き、同じタイミングで同じ技を繰り出す二人。本当に鏡をみているような気がしてくるほどの戦いに、わたしもイオンもティアたちも、そしてルークも息を呑む。
「今の……今のはヴァン師匠の技だ!どうしてそれをおまえが使えるんだ!」
「決まってるだろうが!同じ流派だからだよ、ボケがっ!俺は……!」
「アッシュ!やめろ!ほっとくとアンタはやりすぎる。剣を収めてよ。さあ!」
憤りのままに何かを言おうとしたアッシュの肩を、シンクが掴んで制止する。アッシュとルークに剣を収めさせ、次いでルークたちの方に向き直って言う。
「取引だ。こちらは導師と女を引き渡す。その代わりここでの戦いは打ち切りたい」
「このままおまえらをぶっ潰せば、そんな取引、成り立たないな」
「ここが砂漠の下だってこと、忘れないでよね。アンタたちを生き埋めにすることもできるんだよ」
「むろんこちらも巻き添えとなるが、我々はそれで問題ない」
「…ルーク、取引に応じましょう。今は早くイオン様たちを奪還して、アクゼリュスへ急いだ方がいいわ」
「陸路を進んでいる分、遅れていますからね」
「……わかった」
みんなに決断を求められたルークが頷く。アッシュとのことは納得がいっていないんだろう、少し不満げな様子で。行っていい、と言うようにシンクがわたしとイオンに顎をしゃくるので、わたしたちはそのままルークたちの方に合流した。
「そのまま先に外に出ろ。もしも引き返してきたら、そのときは本当に生き埋めにするよ」と命令するシンクを見つめるガイ。イオンと見比べて、何かを考え込んでいた。
「……やっぱり似てる」
「あのような下賤な輩に命令されるとは腹立たしいですわね」
「え?ああ、そうだな。でもナタリア、こらえてくれよ」
「! ナタリア…?」
確かガイはコーラル城でシンクの素顔を目撃している。ルークとアッシュと同じように、シンクとイオンの顔が似ていることがひっかかるのだろう。そんなガイが発したナタリアの名に、ラルゴさんが反応する。「…なんですの?」と訊き返すナタリアだったが、今は話している時ではないとそのまま場を離れていった。
「…ふ〜、六神将と戦うなんてマジヤバだったけど、イオン様を取り戻せてよかったです。ハナも一緒でよかった〜。ちゃーんと話は聞かせてもらいますからね、二人とも」
「迷惑をかけてしまって、すみません」
「わたしもごめんなさい…。何度も何度も、手間かけさせてしまって」
「話はここを出てからにしましょう。ここにいてはいつ魔物や落石に遭うかわかりません」
ジェイドさんの言葉にそれもそうだと頷いたわたしたちは、事情説明は後にして無事に遺跡を出ることを優先する。ただ一人、さっきの戦いからほとんど黙り込んだままのルークが気がかりだった。
✱✱✱
「ふー、やっぱり暑くても、砂だらけでほこりっぽくても、外のほうがいいっ」
無事に全員で遺跡を脱出することができ、アニスがうんと伸びをする。遺跡の周りは倒壊した建物や砂の山に囲まれていて魔物から見つかりにくいから、ここならば一旦落ち着いて話ができるだろう。
「みんな。改めて、迷惑かけてごめんなさい」
「そうね、どうしてこんなことになったか、教えてもらってもいいかしら?」
「ハナは悪くないんです。ちゃんと僕を止めてくれていました。こうなったのは僕のせいなんです」
そう言ってわたしを庇うイオンが、バチカルの早朝での出来事を話す。
「イオンだけのせいじゃない、わたしがよく考えもせずに同調してついていったんだもん…ごめんなさい」
「もー、大変だったんだから!」
「ところでイオン様、ハナ。彼らはあなた方に何をさせていたのです?ここもセフィロトなんですね?」
「……はい。ローレライ教団ではセフィロトを護るため、ダアト式封咒という封印を施しています。これは歴代導師にしか解呪できないのですが、彼らはそれを開けるようにと…」
「……わたしは、ただのついで」
本当は攫われた理由が別にある気がするけど、わたしはそれをはぐらかした。シンクの言ったわたしの利用価値は、きっとわたしの体質や正体に関係していると思うから。たぶん前者に関してはジェイドさんも予想していることだと思う。わたしがはぐらかしても、それを指摘してこないもの。
なんでセフィロトを護っているのか、というガイの質問にはイオンは答えなかった。教団の最高機密だからという理由と、イオン自身も六神将の意図がわからないからと。
「何でもいいけどよ、とっとと街へ行こうぜ。こんなとこにいたら干からびちまうし、ヴァン師匠が待ちくたびれてるよ!」
「そうね。ここもいつ魔物が現れるかわからないし。イオン様、ハナ。続きはケセドニアに着いてからお話しましょう」
痺れを切らしがちなルークが口を挟み、話を中断してケセドニアに向かうことになった。いつものルークだったら、もっとイオンを心配して気遣っていたと思うけど、今はただヴァンさんのことしか頭にないようだった。わたしはその場にいなかったけど、バチカル城でヴァンさんに言われたのだろうことが頭を占めていて、他のことを考える余裕がないのだと思う。今だって、無理が続いているイオンを気遣わないペースで先頭をずんずん歩いていっている。
「(ちょっと注意したほうがいいのかな…。でも、"物語"どおりなんだし)」
余計なことはしない方がいいと思う。本当はこんなところまで"物語"に関わる気なんてなかったので、わたしの中にも焦りが積もっている。これ以上、異物のわたしがみんなと居続けたらこの先どんな影響が出るかわからない。わたしの行動ひとつの影響でわたしの知っている未来よりも更に悪いことが起こって、取り返しがつかなくなるのが一番怖い。
「(でも……。もし"物語"で見た未来をもっと良い方向に変えられるとしたら、それができるのはきっとわたしだけなんだよね…)」
「ハナ」
「あ…ジェイドさん。なんですか?」
悶々と考えていると、いつの間にか隣にジェイドさんが来ていた。遺跡での反省を踏まえて今回は自分の世界に入り込みすぎないようにしていたから、急に話しかけられても驚かずにいられた。
「本当は、ついでじゃなかったんじゃありませんか?」
「ああ、さっきの…。うん、そうだと思います。わたしの体質が、関係してるんだと思うんですけど…」
「遺跡では何を?」
「術を使うイオンに触ってろって言われました。……そういえば、イオンがいつもより負担が少なかったって」
ジェイドさんにはわたしの体質のことを明かしている。みんなに内緒にしようとしているわたしを気遣ってか、みんなの前では訊かずにいてくれたらしい。ルークはジェイドさんを冷たいって言うことがあるけど、こういうところはすごく優しいと思うなあ。
「ふむ……おそらく彼らは、あなたの体質の音素受け渡しを利用してイオン様の負担を軽減したんでしょうか。周囲の音素を集めたり、自らの音素を消費したりするのには体力も精神力も使いますから」
「わたしもそうなんじゃないかなって思ってたけど、なるほど…。術が無限に使えないのはそういう仕組みなんですね」
「普通じゃないし危ないから嫌な体質って思ってたけど、イオンの助けになれたならちょっとは好きになれそうです」と言うと、「前向きですねぇ」と返される。
「よくわからなくて怖い力だけど、持って生まれちゃったならばちゃんと向き合って、ほんの少しでもいいところを見つける努力をして好きになれたほうがいいですから。ジェイドさんもそうでしょう」
「おや。どうしてそう思うんですか?」
「才能があって頭がいいとしても、持ってるだけで何もしないんじゃすごい結果は出ないと思います。ジェイドさんがとっても強くて物知りなのは、そうなれるように自分の力と向き合って努力したからじゃないですか?」
「……そうきますか」
「はい」
ジェイドさんも努力してるんだーって勝手に思ってるから、わたしもわたしの力と向き合って、いつか長所にできたらいいなって思います。みんなに打ち明けるのはまだちょっと怖いけど。
と、そんなことをジェイドさんに伝えてみると、ジェイドさんはなんとも言えないような顔をした。いや、いつも通り笑ってはいるんだけど、なんとなく取り繕えていないというか。微妙な顔だ。
「あっ…ごめんなさい、勝手なこと言って…わたしに何がわかるんだって感じですよね。不快にさせちゃいました?」
「いえ、そうではありません。…珍しい人だなと思っただけですよ」
「?」
何がだ?まあ、ジェイドさんが怒っていないならそれでいいんだけれど。
そんなことを話していれば、いつの間にかケセドニアが見えてきた。砂漠越えは大変だったけど、やっぱりジェイドさんがくれた響律符のおかげか、あんまりへばらなかった。お喋りしていたから疲れた気分も紛らわせたし、それにあんまり暑くも……あれ?
「……ふふふ。今気づいた。ジェイドさんやさしい」
「何のことやら」
ジェイドさん、隣でお喋りしている間、ずっとわたしの日陰になっていてくれたんですね。