外殻大地編
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「う……わたしが悪かった……悪かったからさあ……」
ざあざあと降り出した雨に晒されながら、わたしはもう何度目かと言いたくなる自分の醜態に打ちひしがれていた。
「元気を出してください、ハナ…すみません、僕のせいで」
「違うんだよぉぉ……イオンのせいじゃなくて……」
ずーんと落ち込むわたしをイオンが慰めてくれるが、わたしの罪悪感が煽られるだけだった。ごめん。
ここはバチカルからほど近い砂漠の入り口。目の前には見慣れない陸艦、そして大勢の神託の盾兵。いつも一緒に行動していた他のみんなはここにはいない。何故わたしとイオンだけがこんな状況に置かれているのか、それはひとえにわたしの不注意と記憶力不足のせいだった。
ことが起こったのは今朝、わたしがイオンと散歩に出かけた時に遡る。
―――
「イオン、朝のお散歩ならお城の周りとかだけにしたほうがよくない?あんまり遠くまで行くとみんな心配しちゃうよ」
「少しだけ足を伸ばしてみませんか。僕もあまり外を出歩ける機会は多くないので、興味があって…」
「あ、そっか…普段はずっとお仕事で教会にいるんだもんね。朝なら人も少ないし大丈夫かな」
早起きした朝、ふたりでお散歩に出かけたわたしとイオンは、誰かに出かける報告もせずに下層の平民街まで足を伸ばしていた。今思えばせめて誰かに連絡しておくとかくらいはすべきだったが、このときのわたしはあれだけ危険な旅を経験してなお平和ボケが抜けていなかったらしい。
「ちょっとそこの導師とお嬢ちゃん、いいかい?」
街を歩いていたら、突然奇抜な……だいぶ奇抜な男女三人組に声をかけられた。ひと目見て漆黒の翼だ!!とわかる。髪型や服装の違いなど、実際に生きた人として対面するとゲーム画面とは印象が変わる"物語"の登場人物も多い中、この人たちは面白いくらいにわたしが見慣れた姿そのものだった。
「大人しくついてきたら手荒な真似はしないでゲス」
「ち、ちょっと!イオンに何を…!」
リーダーのノワールさんが顎で指示をすると、イオンの腕をウルシーさんががっしりと掴んだ。なにかまずいと察知したわたしは二人の間に割り込んでイオンを背に庇うも、ヨークさんに肩を掴まれてどかされてしまう。当然抵抗したが、じたばた藻掻いた甲斐もなくひょいと米俵のように肩に担がれてしまい、ワンドも取り上げられてしまった。
「も、も〜〜!!離して!ぬ〜!!」
「暴れても無駄無駄、盗賊の筋力を舐めちゃいけないぜ」
暴れても離してもらえず、ならばと助けを呼ぶために「だれかー!」と大声を出してみたが、あたりはシンと静まり返ったまま。忘れていた。時間帯はまだ人の少ない早朝だったのだ。
―――
そしてあれよあれよと連れてこられて今に至る。漆黒の翼の三人組は、わたしたちを神託の盾に引き渡すと金銭を受け取ってさっさとどこかへ行ってしまった。
ここまできてわたしはようやく、"物語"ではこのタイミングでイオンが攫われることを思い出したのだ。昨日読み返した自分のノートの内容を思い浮かべる。
『王様と謁見→親善大使になる→廃工場でナタリアが仲間になって蜘蛛を倒す→イオンを助けようとしてルークとアッシュが対面』
その他に廃工場のダンジョンの仕掛けなんかもメモしてあったが、大まかにはこんな感じ。今肝心なことである「助けるべきイオンはいつ攫われたのか?」という情報がすっぽり抜けている。なぜ昨日のうちに疑問に思わなかったのか。せっかく知識を詰めたノートがあってもわたしの頭が役立たずすぎる。
「わたしがちゃんと気をつけていれば……攫われるのだってもう何回目……?いったいどれだけみんなに迷惑をかけたら」
「ぶつぶつうるさいんだけど」
「いたい!!」
あまりの自分の不甲斐なさに地面にのの字を書いてキノコを生やしていると、脳天に強烈な手刀が落とされた。いや本当に手刀?痛すぎる。木刀か何かかと思った。こんな酷いことをするのは誰だ!と振り返ったら、そこには犯人であろう手刀を構えた姿勢のシンクと、そこに並び立つアッシュがいた。
「シンクの手って木なの?」
「はあ?」
本気で何だこいつみたいな反応をされた。コーラル城のときもそうだったからちょっと慣れた。す、とそのまま視線をずらすと、アッシュとばっちり目が合う。この世界で直接見かけるときはいつも後ろ姿ばかりで、顔をちゃんと見るのは初めてだった。いつもは後ろに流している前髪が雨に濡れて垂れていて、その姿は本当に、本当に……ルークと瓜ふたつ。というよりも、全く同じだった。
「………」
「…………」
「…は、はじめまして」
「は?」
視線が合ったままなんと言ったらいいかわからず、イオンもちょっと驚いてからは微妙な顔をして何も言わないので、とりあえず挨拶をしたらすごく微妙な顔をされた。六神将みんな「は」しか言わない。シンクとアッシュだけだけど。
「どうでもいいやり取りしてないで、さっさと中に連れていきなよ。奴らの邪魔が入る前に終わらせなきゃならないんだ」
「はっ!」
「わ、痛!」
シンクの指示でわたしたちを拘束している神託の盾兵士が陸艦へ引っ張り込もうとする。乱暴だ。で、でも確かこのタイミングで…! わたしは引っ張られながらもなんとか首をひねって後ろを振り返る。遠くの方に、もうすっかり見慣れたカラフルな集団がいるのが見えた。
「イオンを、返せーっ!!」
廃工場の抜け道を通ってきたのであろうルークたち、その中でいの一番にルークが一人走り出して神託の盾に斬りかかる。受け止めたのはアッシュだった。
がきんとぶつかり合った剣と剣、鍔迫り合いになった二人は初めて互いの顔を正面から目にする。同じ姿で剣を向け合う二人は、まるで鏡合わせのようだった。
「……っ!?」
「おまえかっ……!」
ルークはアッシュの顔を見て酷く動揺し、アッシュは憎々しげな顔でその隙にルークを弾き飛ばした。アッシュがルークから距離を取る間に、他のみんながこちらに駆けつける。アッシュの姿を見たティアとナタリアは息を呑み、ガイとアニスはルークのもとに駆け寄った。ジェイドさんだけが、冷静でどこか悟ったような表情で二人を見つめていた。
「アッシュ!今はイオンが優先だ!」
「わかってる!」
再び斬り合いが始まりそうな雰囲気に、シンクが喝を入れる。ぶっきらぼうに応えたアッシュは、「いいご身分だな、ちゃらちゃら女を引き連れやがって」と吐き捨てて陸艦に乗り込んだ。シンクがそれに続き、わたしとイオンも乗せられる。間もなく陸艦は動き始めてしまった。
しん、と場が静まり返る。誰も言葉を発することなく、わたしとイオンをある一室まで連れていく。シンクたちはそのまま退出しようとしたので、「まって!」と思わず引き止めてしまった。
「何」
「あ、ええと………どうして、わたしまで連れてきたの?イオンが必要なのはわかるけど、わたしは…ただの足手まといだよ」
「アンタはアンタで別の利用価値がある」
「……?」
「…ああ、そうだ。ちょっとやっておくことがある。アンタだけ来なよ。導師はそのまま監視しておけ」
わたしの利用価値ってなんだ?人質?にしても大した質にもならないと思うんだけど…。人質ならそれこそ、イオンとかルークとか、傷ついたら困る人を選ぶものだ。疑問符を飛ばしていると何故かわたしだけシンクに呼ばれて、イオンと引き離されてしまった。部屋を出て、二人で別の部屋へ向かう。他の兵士さんはついてこない。
適当な部屋にわたしを連れ込んだシンクは、掴んだわたしの腕に徐に手を翳した。瞬間、びりっと腕に痛みが走る。
「いたっ!なに?今の…何したの?」
「………アンタは」
「…シンク?」
「アンタは憎くないのか。この世界が」
「…………?それって…」
わたしの質問には答えず、謎の語りかけをしてくる。憎くないのか?この世界が?なんで?何故いきなりそんなことを言われているのかわからなくて混乱する。
そりゃあシンクはこの世界が憎いだろう。勝手にレプリカとして生み出されて、そのくせ失敗作だからと…火山の火口に生きたまま捨てられてしまったのだから。そんな運命を定めた星の記憶と、預言とレプリカの源である第七音素を恨むのも、悲しいけれど当然の感情だと思う。でもどうしてわたしなんかにその感情の一部を見せるの?…わたしに、この世界を憎む理由があると思っている?「……………もしかして、」
「もしかしてシンクは、……わたしが"何"なのかを知ってるの?」
「………だったらどうする?」
「……だったら………」
だったらどうする、だなんて、まるで本当に知っているみたいじゃないか。…それなら、わたしはどうする……?
「………シンクがわたしよりもわたしのことについて詳しいなら、教えてほしいって思う。わからないことが多すぎて、憎むか憎まないかなんて……わからない」
「………アンタがもし、」
「…え?なに?聞こえない」
「………なんでもない」
ぽつりと零されたシンクの呟きは、陸艦のがたがたという揺れの音にかき消されて聞き取ることができなかった。なんと言ったのか訊き返しても答えてはもらえず、シンクは何も言わないまま部屋を出ていってしまう。あれだけ思わせぶりなことを言っておいて、結局何も教えてもらえないのか。
でももし本当にシンクがわたしのことを…わたしが異世界から来たことを知っているのだとしたら、それは何故?当人のわたしですらわからないことだらけなのに。
「……ヴァンさんが関わっていそうで怖いな」
知り得ないことをシンクが知っているのなら、情報源として可能性が高そうなのはヴァンさんな気がする。ただの憶測だけど、相手が相手なだけにぶるっと身震いしてしまった。
◇◇◇
「………話は終わったのか」
「…何、聞いてたの」
「…あいつ、やっぱりそうなのか」
「ボクも半信半疑だったけど、反応を見るにどうやら本当らしいね。ディストの検査でも結果は出てたけど」
「…………」
「ボクは着くまで休むから。…流石に、何度も続けては響く」
◇◇◇
それから小一時間、わたしはその部屋で一人何もせずに陸艦が停止するのを待った。というか、シンクはわたしを置いて行ってしまうし、イオンのところに戻ろうかと思って扉を開けたら見張りの兵士さんに思いきり睨まれてしまって部屋から出るに出れなかった。
陸艦が停止して、見張りの兵士さんが「出ろ」とわたしを促す。言うとおりにしてついていくと、昇降口を降りたところにイオンとアッシュ、シンク、そして先程は見かけなかったラルゴさんがいた。
「イオン!」 すぐさまイオンに駆け寄ってお互いに無事を確認すると、自分たちが今いる場所はどこなのかと辺りを見渡す。辺りは一面砂だらけ、強い日差しと乾いた空気。そして正面に、砂に埋もれた古い建造物。予想していたとおり、わたしはイオンとともに砂漠のど真ん中、ザオ遺跡に連れてこられたようだった。砂漠も遺跡も目にするのなんて初めてで呆気にとられていると、「おい」と後ろから声をかけられる。
「ラルゴさん…」
「持っていけ」
ラルゴさんはわたしのかばんとワンドを差し出す。陸艦に乗ったときに取り上げられていたものだ。ありがたいので素直に受け取る。
「ここから先は俺たちだけで進む。念の為自分の身は守れるようにしておけ」
「わたしも行くんですか?」
「そうだ」
「武器、持ってていいんですか」
「俺たちに勝てる気でいるか」
「むりです…………」
わたしのへっぽこワンド捌きでラルゴさんに向かっていったところで、あの大鎌でまっぷたつにされてしまうだろう。いや、その前にシンクの木刀チョップが降ってくることはなんとなく予想ができるので、両手でワンドを抱えるようにしてイオンの隣に大人しく収まった。
他の兵士さんたちは陸艦ごと一旦この場を離れるらしい。ルークたちに居場所がバレないようにするためだろうか。でも確かわたしたちの居場所は、ヴァンさんの目論見を阻もうとしているアッシュがルークに告げ口していたはずだけど。
六神将の三人がわたしとイオンを囲むような陣形をとり、遺跡の内部へと進んでいく。長い長い階段を下ると、砂漠の下とは思えないほどの広々とした空間が広がっていた。お、思っていたよりも広い。ここを奥まで進むのはすごく骨が折れそうだ。出現する魔物は三人が文字通り一瞬で倒してくれるけれど(すごすぎる)、立ちはだかるのは魔物だけではない。
落石でもあったのか、度々通り道が岩で塞がれていて、どかせない岩はよじ登ったりしながら突破しなければならなかった。確かこの後ここに来るルークたちは、第二音素のパワーを得たミュウの岩をも砕くアタックで先に進んでいたはずだけど…六神将はこんな地味な進み方をしていたのか…。岩をよじ登る以外にも坂道や階段の登り降りが多く、さらには進んでいる途中にもたまに落石がある。歩くだけで相当な体力を消耗するのだ。
「……はぁ、……は、……」
「イオン、大丈夫?…じゃないよね。あの、ちょっと休憩をさせてもらえませんか」
「…そんな時間はない」
「ハナ、いいんです。僕は大丈夫ですから…」
「でも…」
体の弱いイオンはこのハードな移動に息を切らせているし、顔色も随分悪い。みんなといるいつもだったら休憩を挟めるけど、今行動を共にしているのは六神将の人たちだ。「導師の体力はこんな弱そうな女以下か」とシンクがぼそっと吐き捨てたのを耳で拾う。ん?確かに、そういえば。
「(……なんでわたしはあんまり疲れてないんだろ?)」
いつもはただの平地の移動でも脚が棒になるかと思うほど疲れてしまうときもある。こんな場所を歩き続けたら、元の世界基準で見ても決して運動が得意な方ではないわたしなんか、イオンと同様かそれ以上にへばっていてもおかしくない。それなのに今日は息切れもしていないし、足場が悪いのに一回も転んでいないし、イオンを気遣う余裕もある。
「(もしかして、ジェイドさんのくれたこれのおかげ?)」
右腕にはめたバングルを見る。特に何の変哲もないように見えるけど、これはジェイドさんがどんくさいわたしに合わせて選んでくれた響律符なのだ。もしかして、体力とか運動能力が底上げされているのかも。だとしたらすごい。「……い!」ものすごく効果を実感しているけど、響律符ってこんなに露骨な効果が出るんだ。譜石に譜を刻んだのが響律符っていうけど、一体どういう仕組みなんだろう。「おい!」
「聞こえないのか馬鹿!お前も避けろ!」
「へ?」
「ハナ!上です!」
ぼうっと考えていたら、なにか怒鳴るアッシュの声に気づくのが遅れた。気づくとイオンとアッシュたちはわたしのいる場所から距離を取ろうとしている。まさか。はっとして上を見ると、上階の遺跡の通路が崩れて…今までよりも大きな落石がわたしの真上に迫ってきていた。
「……っ!」
うそ、間に合わない。避けられない…!
「―――チッ!」
もうだめだ、と目をかたく瞑った瞬間、体の横から衝撃がくる。直後、岩が落ちる重い音が辺りに響いた。
「…………シンク……?」
「何やってんだよ馬鹿、死にたいのか!」
予想していた痛みも重さもこない。恐る恐る目を開けたら、シンクがわたしの肩を掴んだ状態で二人で地面に倒れ込んでいた。倒れた拍子に仮面が落ちたのか、いつもは見えることのないシンクの瞳とわたしの視線が重なった。
「ごめん……助けてくれたの……?」
「…アンタに今死なれたらこっちも困るんだ」
「おい!大丈夫か!」
「ハナ!無事ですか!」
落ちた岩の向こうからイオンたちの声が聞こえる。向こうは無事だったみたいだ。「わたしは大丈夫!シンクが庇ってくれたから…」そう返してシンクの方を見ると、その顔は痛みに歪んでいる。
「し、シンク!?」
「…うるさい。―――こっちは問題ない!そっちから岩をどかしてくれ」
「問題なくないよ…!」
シンクは自分の右足を抑えて蹲ったままだ。抑える右手が真っ赤に染まっている。「わたしを庇ったから…!」「…うるさい」 どう見たって大丈夫じゃないのに、聞く耳を持ってくれない。砕けた岩の破片で深く切ってしまったのか、かなり出血量が多い。脚は格闘術を使うシンクの大事な武器なのに…!
どうしよう、どうしよう。ダアトに行ったときの、頭から血を流すオリバーさんの姿がフラッシュバックする。またわたしのせいで。あのときは治癒術士のお姉さんが助けてくれたけど、今ここに治癒術を使える人は……、
「(……わたしなら、できる?)」
あのとき、お姉さんの治癒術が急に強くなったおかげでオリバーさんの命は助かった。あのときは奇跡だと思ったけど、あれがわたしの"体質"の力なら?
―――体から第七音素が湧いているなら、扱う素養だってきっとあるはず。そうじゃなかったときが怖いけど、迷ってる暇はない。
一度バングルに触れてから、両手でワンドを握りしめる。ジェイドさん、アニス、みんな、力を貸して。
ジェイドさんとティアに教わったことを思い出す。ワンドに意識を集中させて、集めた音素を術にする―――
「おい…何を」
「―――癒しの力よ」
今度は絶対に暴走させたりしない。呼吸を整えて、手が白くなるくらいにワンドを固く握る。
大丈夫……できる。
「―――ファーストエイド!!」