外殻大地編
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「ルーク様!お帰りお待ちしておりました!」
ところ変わって、今いるここはルークのお家、ファブレ公爵邸の前。ルークのお家に仕える白光騎士団の騎士さんがルークに丁寧に敬礼をした。お屋敷に住むルークとガイ以外のわたしたちはお城にお部屋を用意してもらえているそうなのだが、イオンの希望で少しだけお邪魔することになったのだった。
「ほんとに今更だけど、わたしまでお城についてきちゃってよかった?まさかわたしのぶんまでお部屋を用意してもらってるなんて……わたし全然関係ない一般人だよ?」
「いいんじゃねーの、伯父上も許してくれたんだから」
「うーん」
にしたって、やっぱりお城の人たちの視線はちょっと痛かった。ファブレ家のルークとその使用人のガイ、それ以外のみんなも国の要人や軍人で、わたしだけ明らかに謎のちんちくりん。おまけにマルクトから来たとくれば、じろじろと見られるのも当然といえば当然なのだけど。
さっきの謁見の間で親書を渡したあと、少しだけわたしの話になった。どうやら王様や内務大臣さんにはルークが港で言った話(マルクト人、一般人、貧しい)がそのまま伝わっていたらしく、お二人、特に内務大臣さんからは上から下までじろじろと見られた。嫌味も言われた。曰く、マルクトのスパイだとか、卑しい身分で貴族のルークに取り入ったとか。前半はまだしも後半にはさすがにカチンときてしまいそうになったものの、ルークとイオンが擁護してくれたことでなんとか収まったのだった。
いいんじゃねーのと言いながらお屋敷の扉を開けたルークを、大勢のメイドさんが恭しくお辞儀で出迎えた。すごい、メイドさんなんて初めて見た。制服がかわいい。
玄関にはちょうどルークのお父さん、ファブレ公爵と先程港で会ったセシルさんがいた。「ただいま帰りました」と言うルークに、ファブレ公爵は何だかそっけない。いきなり行方不明になった自分の息子が帰ってきたというのに、ファブレ公爵はヴァンさんのことについて一言二言ルークに質問するのみで、セシルさんと一緒にお屋敷を出ていってしまった。なんか、冷たいな。あれ、でも、ファブレ公爵はルークがレプリカだということを知っているんだっけ…?
「なんか変だったな。旦那様」
「ああ…ヴァン師匠がどうかしたのかな」
ルークとガイも、ファブレ公爵の様子に疑問を持ったようだった。ヴァンさんってここで何かあったっけ?"物語"を最後に見てからもう随分と時間が経ったし、ノートに書いたのは大まかな流れだけだから、だいぶ記憶が曖昧になってきてしまっている。うーんと記憶をかき回していると、「ルーク!」と凛とした女性の声が響いた。あっ!この声は!
「げ……ナタリア」
「まあ何ですの、その態度は!私がどんなに心配していたか…」
「いや、まあ、ナタリア様…。ルーク様は照れてるんですよ」
「ガイ!あなたもあなたですわ!ルークを探しに行く前に、私の所へ寄るようにと伝えていたでしょう?どうして黙って行ったのです」
やっぱりナタリアだ!"物語"のルークの旅の仲間の最後の一人。まさかナタリアまで生で見られるなんて。めちゃくちゃ美人だ。すらっとしていて、わたしよりも10センチくらいは背が高いんじゃないだろうか。スタイルの良さを強調しながらも品のあるドレスがとてもよく似合っている。ナタリアに詰め寄られて「俺みたいな使用人が城に行ける訳ないでしょう!」と怯えるガイに助け舟を出すよりも、見惚れることの方に集中してしまう。
「何故逃げるの。少しは慣れなさい、私がルークと結婚したら、おまえは私の使用人になるのですよ。……あら?そちらの方々は?」
あまりにもじっと見すぎてしまったせいか、ルークとガイ以外のわたしたちに気づいたナタリアは、特にわたしを見て「私の顔に何かついていまして?」と少しだけ訝しげな顔をした。
「はっ!す、すみませんじろじろと…、その、ナタリア…様が、とてもお綺麗だったので……」
不躾にじろじろ眺めたことを謝って弁解しようとしたけれど、恥ずかしくなって声が窄んでしまう。思春期の男の子みたいな理由だ。幸いナタリアは気を悪くはしなかったようで、「まあ、そうでしたの。ありがとう」とわたしの不敬を流してくれた。
「私はナタリア・キムラスカ・ルツ・ランバルディア。ルーク、紹介して下さる?」
「あ?あー、こいつがハナ、こっちが導師イオン、導師守護役のアニス、マルクトのジェイド」
ルークがやや面倒臭そうに一人ひとり名前を読んでいくので、みんなそれぞれぺこりと会釈する。
「で、こいつがティア」
「…ルーク!まさか使用人に手を付けたのではありませんわよね!」
「何で俺がこんな冷血女に手ぇ出すんだ!つーか、使用人じゃねーよ!師匠の妹だ」
「……ああ、あなたが今回の騒動の張本人の…。ヴァン謡将と共謀したのではないかと父が仰っていましたけれど?」
「? 兄と?どういうことでしょう」
「共謀?師匠が何かしたってのかよ」
「あら?聞いてらっしゃらないの?」
ナタリアの口からもヴァンさんの名前が出たのでルークがそう尋ねると、ルークの今回の出奔はヴァンさんの仕組んだことたという疑いがかけられているのだとナタリアは言う。
「はぁ!?そんな訳ねーだろ!じゃあ師匠はどうなっちまうんだ!」
「姫の話が本当なら、バチカルに到着次第捕らえられ、最悪処刑ということもあるのでは?」
ジェイドさんの言葉にアニスとイオンも動揺する。ルークがヴァンさんの無実を証明するためにナタリアに王様への取りなしを頼み込むと、ナタリアはルークの頼みだからと了承した。そして「そのかわり、あの約束、早く思い出して下さいませね。記憶障害の最初に思い出す言葉が、子供の頃のプロポーズの言葉だと運命的でしょう」と最後に爆弾を落として去っていった。ティアはわかりやすく動揺したし、アニスは白目をむいた。
「ナタリアさま、綺麗な人だね。ドレスも素敵で」
「そうだな、あれでもう少しお転婆がおさまるといいんだけど……それにハナだって素敵な女の子じゃないか」
「えっありがとう、今のきゅんとした……そういうこと言うから女の子がたくさん寄ってくるんだよ、さっき街で囲まれて震えてたの見てたからね」
「見てたんなら助けてくれよ!思ったことを言ってるだけなんだけどなあ……」
「わたしのこと最初子供だと思ってたくせに〜」
「う、それは」
公爵邸の中庭のベンチに座って足をぶらぶらさせながら雑談をする。ルークとティアが、体調を崩してしまったルークのお母さんのシュザンヌさんのお見舞いに行ったのを待つまでの時間つぶしだった。帰還報告と、ティアは謝罪も兼ねているのだろう。
「まさかお城まで来られてお姫様に会えるなんて思ってもなかったよ。結構な大冒険だった、すごい体験したなあ」
「タルタロスからここまで大変でしたものね。ハナは帰ったらどうするんですか?」
帰ったら、か。グランコクマにということだろうけど、元の世界にもいつまで経っても帰れそうな気配がないし、自分で方法を探すしかないのかも。手がかりはないけど、調べものとかしてみようか。
「うーん、まあ、前みたく酒場のお手伝いに戻るよ。…そういえば、モリーさんたちに随分連絡してないな……」
「陛下に定期報告を送るがてら、夫妻にも鳩を飛ばしていますよ」
「そうなんですか!?し、知らなかった……いつもいつもありがとうございます…」
「大佐ってハナの保護者みたいですよね〜…あっ、帰ってきた。ルーク様〜♡」
庭師のペールさんが毎日お手入れしているのだろう、花壇の綺麗なお花を眺めながら会話をしていれば、お屋敷の方からルークとティアが戻ってきた。
「もういいの?お母さんの具合はどうだった?」
「おう、大丈夫そうだった」
「それはよかった。じゃあ俺は行くわ。おまえの捜索を俺みたいな使用人風情に任されたって、白光騎士団の方々がご立腹でな。報告がてらゴマでもすってくるよ」
「僕たちもおいとましますね」
「ルーク様。アニスのこと…忘れないで下さいね」
「……なかなか興味深かったです。ありがとう」
「ルーク、ありがとう。…またどこかで会えたらいいね」
「…おう、じゃあな」
ルークにお別れを告げて、わたしたちはお屋敷を出た。ティアはまだ何かルークに話したいことがあるのかその場に残っていたが、用事が済んだら戻ってくるだろうと一足先にお城へ戻る。メイドさんが客室に案内してくれて(なんと一人一部屋用意されていた)、各自部屋で休もうということになった。
「……ふー、よし」
部屋に入ると、豪華なダブルサイズのベッドに腰掛けてかばんを下ろす。中からノートを出し、首に下げていた鍵を取り出した。
✱✱✱
「……あ、もうこんな時間…」
ふと窓の外を見れば、空はすっかり暗くなって月が昇っていた。開いていたノートを閉じて、しっかりと鍵をする。
さっき"物語"の記憶が曖昧に感じたこともあって、自分でまとめたノートを全て読み返していた。別の世界にいたわたしとこの世界との繋がりはこの"物語"しかないから、少しでも帰る手がかりはないかと縋る気持ちで。でも、やはり何も手がかりは見つからず、少しずつ忘れつつあった"物語"の大筋を再確認しただけだった。ノートだって完璧じゃない、情報の抜けはかなりある。元々"物語"の記憶にも偏りがあったから、先々で行く場所や出来事が書かれていてもそれが何故、どういう経緯でそうなるのかなど書かれていないことも多いし、そういった部分は既に忘れてしまっていた。
「(夕食のお誘いも断って読み耽ったわりに、知りたいことはなんにもわからなかったな)」
せめてヒントか何かだけでも見つかると良かったんだけど。集中していて疲れた両目を軽く揉んで、少し夜風にあたりたくなって部屋の小さなバルコニーに出た。
「あ、気持ちいい。…………うわ高」
夜の冷たい風がふわりと髪を擽って気持ちがいいけれど、視線を下げると随分と地面が遠くて即座にぐっと前に向き直す。お城のバルコニーはしっかりしているし手すりも高いからディストさんの椅子や天空客車よりだいぶ平気だけど、下を見ればやっぱり足は竦むなあ。
足元見ないように景色を見渡せば、貴族街の街明かりやそれを照らす月…ルナの光が幻想的だ。わたしにとっては珍しいこの世界の街並みも、今は夜闇に包まれて光だけがちかちかと輝いていた。
「綺麗〜。こうして見ると、日本に似てるみたい」
「ニホンとは?」
「うわっ!!!」
びっっくりした。完全に一人だと思っていたら、どこかからいきなり話しかけられた。きょろきょろと辺りを見回すと、いつの間にか隣の部屋のバルコニーにジェイドさんが立っていた。
「まだ起きていたんですか?夕食にも顔を出さずに」
「少し考え事してて…。ジェイドさんは?」
「同じです。夜風にあたろうと思って出てきてみれば、なにやらあなたが独り言を言っていたので」
「うっ、聞かなかったことにしてくださいよ」
がっつり独り言を聞かれていたらしい。恥ずかしい。「また隠し事ですか」まぁた、とおどけて言うジェイドさんには苦笑いで返した。連絡船で強引な指切りをしてから、ちょっとしたことならジェイドさんはつっこんでこない。
「んー、ジェイドさんは、例えば…別の世界ってあると思いますか?」
「急ですね」
「暇潰しのもしも話ですよ。このオールドラント以外にも、他の世界ってあると思いますか。住んでる生き物が違ったり、言葉が違ったり」
「そうですねぇ、否定はできないと思いますよ。我々の解明できていない世界や宇宙の謎は多くありますから」
「じゃあ、その別の世界を目指すにはどうしたらいいと思いますか?」
「また突飛な話をしますね。…どれだけ研究と実験を重ねても、今の技術では途方もない時間、それこそ何百年とかかるのではないてしょうか。そもそもそんな発想をする人間はなかなかいません」
「そっかあ……今の技術……創世歴時代の技術なら少なくとも今より可能性はあったのかな」
「さてね。随分具体的ですが、そういう話に興味でも?」
「うーん、まあ」
興味はもちろんある。理由は言えないので濁しておくけれど。博識で頭の良いジェイドさんならなにかいい話が聞けるかもと思ったが、やっぱり世界を飛び越えるなんてことはジェイドさんから見てもあんまり現実的ではないらしい。
「その発想もですが、あなたは基本的には良識あるのにたまに突飛なことをしますからね。今日までも何度か頭を抱えましたよ」
「あはは……その節もあの節もご迷惑をおかけしました」
「やれやれです。ハナ、手を出しなさい」
「?」
バルコニーは横幅が広くて、お互い端に寄って手を伸ばせば触れられるくらいの距離。言われるがままに右手を差し出したら、ぽんと何かを乗せられた。結構大きい。なんだろう、とよく見るために月明かりに翳す。
「……バングル?きれい……」
「響律符です。持っていなかったでしょう」
「……えっ。くれるんですか」
渡されたそれは金属製のバングルだった。金属だけど軽くて、それなのにしっかりしていて何だか高価そうに見える。中央に嵌め込まれた赤い石とそれを取り囲むように飾る青緑色の石が光をきらきらと反射して綺麗だ。
「あなたに合った効果のものを見繕いました。あなたは旅の間もしょっちゅう転んだり怪我したりで危なっかしいといったらないので。日常に戻っても役に立つでしょう」
「だとしても貰えないです、こんな高価そうなのに…どうしてわたしなんかに」
「……これでも一応、責任を感じていますからね。あなたがここまで巻き込まれてしまったのは、判断を下した私のせいでもあります」
「えっいやいやいや、それは違いますよ。どう考えたって偶然とわたしのドジのせいでしたし、ジェイドさんが気にすることなんてそんな」
「私には必要ありませんから、受け取ってもらえないとそれは無駄になってしまいますねぇ」
「えええそれは…!…わかりました、じゃあ、ありがたく頂きます」
なんと、わたしのためにわざわざ買ってくれたものらしい。いつの間にこんなもの買っていたんだろう。贈り物をしてもらう理由がないと思ったが、そう言われては受け取る他ない。貰ったバングルを右手首につけて、再度翳してみる。サイズはぴったりだった。
「ほんとに綺麗……。ジェイドさん、すっごく嬉しいです。ありがとう…!」
「そんなに喜んでもらえると、贈りがいがありますねぇ」
「大事にしますね」
腕をくるくると回してバングルを眺めて言った。うれしい。また大切なものが増えた。
「体が冷えますから、もう部屋に入りなさい」
「はーい。おやすみなさい、ジェイドさん」
「…ええ、おやすみなさい」
おやすみを言い合って、お互いの部屋に戻る。腕につけたバングルは窓を閉めてカーテンを引くときもずっと目に入って、そのたびに顔が綻ぶ。ジェイドさんがわたしにくれた、新しい宝物。
「……もうちょっと頑張ってみよう」
元気をもらったから、まだもっと。いつもだったら考えすぎるとマイナス思考になって逃げてしまっていたけど、いまならきっと前向きなまま頑張れる気がした。
✱✱✱
チュン、チュン。
さっきまではシンと静まり返っていた空間に小鳥の鳴き声が響いて、ハッ!?と窓の外を見る。真っ暗だった空は既に日が昇りつつある。「あ、朝チュン………」 ちょっと意味は違う。いかがわしいことはしていない。
あれから、この世界に来てからわかった自分のことと、世界を越える前後の記憶を思い出せる限りとにかくひたすら書き出していた。ディストさんの検査で言われたことや、その後連絡船に急に移動していた不可解な出来事。この世界に来る前にどこで何をしていたか、この世界にやってきたときの状況。うんうんと頭をしぼりながら書いていたから存外時間をかけてしまった。
思い出せたのは、あの日が平日だったこと。前日に夜中までゲームをしていたせいで珍しく寝坊をしてしまって、学校に遅刻しそうになったために普段はたまにしか使わないバスに乗っていた。
それから、書きながら思い至ったのは、連絡船での状況がルークとティアの超振動による現象と似ているということ。ローレライ(らきしもの)の声が聞こえて、超振動で遠くの場所へ瞬間移動して、その後暫くして目が覚めた。わたしが移動したあの時はちょうどルークの超振動が暴走していたタイミングのはずで。もしかしてわたしに起きたあれも超振動だったのでは?と俄には信じがたい仮説が生まれた。
一晩寝ずに考えても、役立つのか微妙な記憶と突飛な仮説しか浮かばなかった訳だけど、どんなものだって無いよりはマシなはず…と自分自身を慰めていると、部屋の外からかちゃりと扉を開閉するような音が聞こえる。随分早起きなのは誰だろうと思って廊下を覗き見ると、そこにいたのはイオンだった。
「あれ、イオン?おはよう、早起きだね。どこいくの?」
「おはようございます、ハナ。目が覚めてしまったので、散歩にでも行こうかと」
「一人じゃ危なくない?アニスを連れて行ったら?」
「まだ寝ているでしょうから。ここまで頑張ってくれた分、ゆっくり休ませてあげたいので」
確かに、まだ早朝だから起きている人の方が少ないだろう。だからって導師に一人で外を歩かせるのもいかがなものか。
「じゃあ、わたしも行こうかな。アニスみたいには頼りにならないけど、全然」
「いいんですか?」
「もちろん。もともと起きてたから」
そう言うとイオンは嬉しそうに笑ってくれるから、言い出した甲斐もあるというものだ。朝のお散歩なんて素敵。わくわくしながら荷物を持って部屋を出る。
しかしこのときのわたしは知らないのだ、後のわたしがこの軽はずみな行動を後悔することになるなんて。
ごめんなさい、覚えてなかったんです、行くんじゃなかった、と。