外殻大地編
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バチカル港に降りると、体格の良い初老の男性と練色の髪が美しい女性がルークたちの到着を出迎えた。
「お初にお目にかかります。キムラスカ・ランバルディア王国軍第一師団師団長のゴールドバーグです。この度はご帰国おめでとうございます」
「ごくろう」
「アルマンダイン伯爵より鳩が届きました。マルクト帝国から和平の使者が同行しておられるとか」
ゴールドバーグと名乗った男性とやりとりを交わすルーク。おお、なんか、相手が恭しい態度だといつもは傲慢に見えるルークの態度が貴族然としてかっこよく見える気がする。上に立つ者感がすごい。
「ローレライ教団導師イオンです。マルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下に請われ、親書をお持ちしました。国王インゴベルト六世陛下にお取り次ぎ願えますか?」
「無論です。皆様のことは、このセシル将軍が責任を持って城にお連れします」
「セシル少将であります。よろしくお願い致します」
女性の方はやはりセシルさんだったみたいだ。実際に見てみるととても美人な人だけど、これで将軍だというのだから驚く。きっとわたしには想像がつかないくらい努力してきたんだろう。その凛々しい態度は、少しリグレットさんと似た印象を思わせた。
彼女がセシルと名乗った瞬間、ガイが少し身構えた。彼女は確か、ガイの親戚なんだったか。お互い知り合いでもない風だから、初対面なのかな。
それからイオン、ガイに続いてみんなも自己紹介をしていく。ひええ、肩書が長い。かっこいい。すらすらと噛まずに言えるのがすごいなあ…。アニスはたまに噛んでいるけれど。
そして、死霊使いの名が世界中に知れ渡っているジェイドさんの自己紹介をを聞いた二人はわかりやすく反応した。キムラスカ軍の中でもいろんな意味で名高いのだろう、ジェイドさんは。特にセシルさんは戦場で実際にジェイドさん率いる軍と刃を交えたことがあるらしく苦い顔をしていた。
「皇帝の懐刀と名高い大佐が名代として来られるとは、なるほどマルクトも本気という訳ですか」
「国境の緊張状態がホド戦争より厳しい今、本気にならざるを得ません」
「おっしゃるとおりだ。それで、そちらの方は?」
「えっ、あ、わたしはその」
水面下で火花を散らしていそうな両国軍の主力同士のやりとりを少し緊張しながら見守っていたら、急にこちらに話を振られて狼狽えてしまった。あっわたし。確かに流れ的にわたしも自己紹介をしなければいけないのだけど、完全にその場の流れでここにいるわたしはなんと自己紹介したものか。うーん。
「こいつはハナだ。あー、マルクト人で、俺たちの旅に巻き込んじまったんだけど、こいつもいろいろ助けてくれたんだ。貧しい奴だからなんとか帰りやすいようにしてやりたいんだけど」
「る、ルーク…!」
ルークが、すごくまともなフォローをしてくれた!いや、まともなんて言ったら普段のルークに失礼だけど、でもこの時期のルークがこんなに上手く人に気を遣うことを言うなんて。連絡船からわたしは感動しっぱなしだ。貧しい、と聞いた瞬間ゴールドバーグさんの目がちょっと据わったけど。多分ナメられたな。
「…わかりました、陛下と、港の乗組員たちには私から話を通しておきましょう。船の点検が入るので出港には明日までお待ち頂くことになりますが。ではルーク様は私どもバチカル守備隊とご自宅へ…」
「待ってくれ!俺はイオンから伯父上への取り次ぎを頼まれたんだ。俺が城へ連れて行く!」
どこまでも頼もしいルークにみんなも意外そうな顔をする。イオンは顔を綻ばせてルークにお礼を述べ、ティアは見直したと言葉をかける。ゴールドバーグさんはルークの言葉を了承し、ルークの家への伝達をセシルさんに任せた。
「では、ルーク。案内をお願いします」
「……おう、行くぞ」
「………ちょっと待って」
「? どうしたんだよ」
「……これ、乗るの……?」
忘れていた。目の前には王都バチカル名物天空客車。私の世界で言うなればそう、ゴンドラだった。
✱✱✱
「う…………高かった………揺れた……………」
「ハナって本当に高いところが駄目なのね」
「ずっとしゃがみこんで外なんか見てなかったじゃん。景色よかったのに、もったいな〜い」
「自分が高くて不安定なところにいるって意識してるだけで怖い」
まるで巨大な高層ビルのように縦に長い街であるバチカルでは、階段移動のみだと過酷すぎる。キムラスカの発達した譜業技術を活かして、この街の主な移動手段は天空客車と昇降機だった。外ががっつりと見えるタイプの。高所恐怖症の国民に優しくなさすぎると思う。
「ここが…バチカル?」
「なんだよ。初めて見たみたいな反応して…」
「仕方ねぇだろ!覚えてねぇんだ!」
「そうか…記憶失ってから外には出てなかったっけな」
若干グロッキーになっていたわたしの横でルークとガイがそんな会話をする。そっか、ルークはずっと軟禁されていたから、せっかく帰ってきても初めて来た街と変わりないんだな。ルークは拗ねたような顔をして、みんなもルークの事情を思い出して浮かない雰囲気になる。
「ねえ、ちょっとだけ、お城へ行く前に街を見て行ったら?」
「はあ?なんで今更、そんなこと…」
「今更じゃないよ、初めてなんでしょ。知らないことはこれから知ればいいだけだし、ルークは新しく知る楽しみがまだまだたくさんあっていいじゃない。ね、ガイ」
「ああ。折角だし旅先と思ってブラつきゃいいんじゃねーの、あとちょっと楽しもうぜ。他にもバチカル初めてな奴いるだろ?もちっとだけ時間いいか?」
「別に俺は…」
「そうですね。僕はいいですよ」
「まぁ、いいんじゃないでしょうか」
「私も〜」
「ええ、良いと思うわ」
「だってよ、ルーク」
「行こ!」
「…ったく。しょーがねーな」
しょうがないと言う割にはずいぶんわくわくしているみたいだ。これだけ大きな街だから、ルークじゃなくても見て回るのは楽しいだろう。正直わたしが見物したかった気持ちも結構あった。
みんなで街をぶらぶらと散策しながら、メンバーの中では一番バチカルに詳しいガイが無知に等しいわたしやルークにバチカルの街について教えてくれる。
キムラスカの首都であるバチカルは、もともと平地だった大地を空から落下してきた巨大な譜石が抉ってできた土地に作られた街であるらしい。その地形が自然の要塞となり、今では人口50万人の巨大な都市に成長したのだという。その地形の性質上、上へ上へと大きくなった街は階層で別れていて、一番上が王様とその親戚が住むお城とお屋敷、その下に貴族街や軍の施設、今わたしたちがいる下層が観光地や平民街なのだそうだ。
「天空客車は世界中でもこの街にしかない名物なんだ。あとは闘技場なんかの娯楽もそうだな。世界中から観光客が集まるんだ」
「へー、闘技場なんてあるのか」
「ルークも結構いい線いくんじゃない?剣もだいぶ強くなったし」
「こらこら、あんまり興味持たせるようなこと言うなよ」
さすが王都というだけあって今まで見てきた街の中でもここはかなり都会。闘技場の中こそ見れなかったが、かなりの広さのある総合商店街や大勢の人で賑わう広場は見ているだけで楽しかった。でも、この街はちょっとお野菜やお肉の鮮度は良くないかな。マルクトからの輸入品が多いからかもしれない。時間にして小一時間ほどちょっとした観光を楽しんで、そろそろ満足したかというところでいよいよ王様への謁見に向かおうかとしたとき。
「…兄の仇!!」
「っ、ジェイドさん!」
突然、わたしたちの背後から一人の青年がジェイドさんに襲い掛かってきた。手には刃物を持っている。わたしが気づいて叫んだときにはもう、ジェイドさんは右腕から槍を出現させて青年の攻撃を弾き飛ばすところだった。その勢いで吹き飛んだ青年をすかさずティアが捩じ伏せる。
「おまえ!どういうつもりだ!」
「港で話を聞いていた!お、おまえが、死霊使いジェイドだな!兄の仇だ!」
「話を聞いていたならわかってるだろう。こちらの方々は和平の使者としておいでだ!」
「……わかってる。だけど兄さんは死体すら見つからなかった。死霊使いが持ち帰って、皇帝の為に不死の実験に使ったんだ!」
「、それは…!」
青年の訴えを聞いて、ジェイドさんは静かに槍を仕舞う。騒ぎを聞きつけたキムラスカ兵が駆けつけて、青年は連行されていった。
「なんだ、あいつ。馬鹿じゃねぇの?」
「…ルーク。そんな言い方はやめろ。あの人のしたことは許されることじゃないが、馬鹿にしていいことでもないだろう」
「……でも、根拠も何もないただの言いがかりだったよ」
珍しく、ガイが少し厳しめにルークを諭す。…復讐をしようとした青年の気持ちが、ガイにはよくわかるからだろう。ガイも少し浮かない顔をしている。
けれど、わたしは半ば無意識にそう漏らしてしまう。それに意外そうな目を向けられてしまった。「あなたがそうやって当たりの強いことを言うのは珍しいですね」と、騒ぎの中心だったはずのジェイドさんがあっさりとした調子で言うので、慌てて口を噤んだ。
それから、「前から気になってたんだけど」というルークの質問によって話題はジェイドさんの槍についてのことに移った。コンタミネーション現象という物質同士の融合現象を利用して出し入れするジェイドさんの槍。どこからともなく槍を取り出すように見えたのがルークの興味を惹いたのだろう。わたしももちろん気になる話題だったけれど、さっきの青年の言葉がもやもやとあとをひいて会話に集中することができなかった。
「(さっきのは、あんまりにも根拠がなさすぎた。でも…)」
さっきの青年の話は、少なくとも聞いただけでは、お兄さんの遺体すら見つからなかった悲しみを偶然耳にしたジェイドさんの噂話に強引に結びつけているだけのように聞こえた。根拠らしい根拠がなかったから。ジェイドさんの"死霊使い"という通り名や噂は、おそらく生物レプリカ技術の完成を目指して研究をしていたことに起因するのだろう。まさか本当に死者の蘇生をするために遺体を漁っていたなんてありえない、と思いたいけれど。
でも、レプリカの研究過程でも亡くなった人はいたのだろう。わたしが"物語"の中で見ていないから知らないだけで、本当はたくさん非道なことをしてきたのかもしれない。
「(わたしはジェイドさんのことが人として好きだけれど)」
過去と未来を盗み見るようにして知っているのに、かれの本質は全然理解できていないのかもしれない。ずるをして知っているのに理解しきれない、いろいろなおかしな罪悪感が心を重たくした。
「ハナ?どうかした?」
「………えっ?あ、ううん。なんでもないよ」
「なにボケッとしてるんだ?そろそろ伯父上んとこ行くぞ」
いつの間にかみんなの話は終わっていたようだった。数歩先に進んだみんなから名前を呼ばれて、はっと我にかえる。返事をしながらちらりと盗み見たジェイドさんは、先ほどの騒ぎなんて一切なかったかのようにいつもどおりだ。割り切っているんだろう。うーん、わたしばかり勝手に悩んで、いったい何様なのかという感じだ。
こんなに悩むなら、"物語"のことなんてさっさと忘れちゃえばよかったかもしれない。どうも余計なことを考えてしまうもやもやが嫌で、首に下げた"物語"のノートの鍵を、服の上からぎゅっと握りしめた。
✱✱✱
幾度となく神託の盾の妨害を受けてきた和平の旅もようやく終着点、バチカル城での謁見はつつがなく……は終わらなかった。旅の途中でも何度か名前が出てきた、ローレライ教団の大詠師モースが今まさに王様に謁見中だったのだ。
『大詠師派は戦争を起こしたがっている』というわたしたちの考えを裏付けるかのように、マルクトが戦争の準備をしているという嘘の情報を王様に流すモース。ルークはそれを遮って、兵士の制止も聞かずに謁見の間に乱入した。危うく全員追い出されかけたが、自分がマルクトから帰還したルークであると名乗った彼が話を親書を届けに来たイオンとジェイドさんに繋ぐ。
「陛下、こちらがピオニー九世陛下の名代ジェイド・カーティス大佐です」
「御前を失礼致します。我が君主より、偉大なるインゴベルト六世陛下に親書を預かって参りました」
ジェイドさんが深々と頭を下げ、アニスが王様の横に控える内務大臣さんに親書を手渡した。
親書が渡ったことを確認すると、ルークは自分の目で見てきたマルクトの様子を王様に伝え、モースの言うことはでたらめだと主張する。無論モースが反論するが、ルークはそれを一蹴した。なんというか、世界の三大勢力の一角のナンバー2に「うるせっ!」「マジうぜーんだよ!」なんて言えるルークは流石だ。
「こうして親書が届けられたのだ、私とてそれを無視はせぬ」という王様の一言でモースはすごすごと引き下がる。何はともあれ、これでイオンとジェイドさんたちの目的はようやく達成されたわけだ。