外殻大地編
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「あともう一個お願いがあるんですけど」
「なんです」
「アリエッタに会いたくて」
「…………あなたはさっきの今で…………」
「違う!!!そうじゃなくて!!!」
ジェイドさんが今度こそ表情を消しかけたので弁解する。別に密告とかしたいわけじゃなくて。
「わたし、フーブラス川のとき、ライガに『必要以上に殺さないで』ってお願いしたんです。それで、カイツール港で亡くなった人が出なかったから、お礼を言いに」
「そんなことを言っていたんですかあなたは……。お礼、ねぇ。あれだけ被害を受けたのに?」
「たしかに酷いことされたし、わたしの言葉は関係なかったのかもしれないけど、でもわたしが言いたいんです。怪しいならどこかで聞いててもいいですから」
お願いします。そう頭を下げると、「……しょうがないですね」と了承してくれた。今日はとことん甘やかしてくれる日だな。ありがたい。
アリエッタはカイツール港で独断で大勢の人を襲ったために、次のケセドニアでダアトの監査官に引き渡されるそうだ。確かそんな感じだったなと適当に記憶していた内容は合っていたみたいで、今はキャツベルトの一室に監視付きで隔離されているらしい。
「私は部屋の外で待っています」
「わかりました。いってきます」
ジェイドさんは中には入らないらしい。ごんごん、と金属製の扉を2回ノックして、「アリエッタ。花です。入ってもいいかな」と声をかける。10秒くらい待って、なにも返事がないので勝手に開けさせてもらった。
「お邪魔します、アリエッタ」
「……なにか用…ですか」
「うん。ちょっとお話がしたくて」
アリエッタは部屋の一番隅のベッドで小さくなっていた。歩み寄って、一緒に座ってもいい?と訊くとこくんと頷いてくれたので、一人分の間を開けてベッドに腰掛ける。「わたしは花です、よろしくね」「……アリエッタ、です」と、自己紹介をしたら律儀に返してくれる。かわいい。
「お礼を言いにきたの」
「………お礼?」
「カイツールの港で、手加減してくれたでしょ。おかげで誰も亡くならなかったんだよ」
「……あれは、あの仔が言ったから……」
「それでも、ライガの言葉を聞いて、考えて決めたのはアリエッタなんだよね。思い留まってくれて、ありがとう」
「……へんなの…、アリエッタ、あなたたちの敵、なのに……」
「あはは、変かな。でも、ちょっとへんてこな方が面白いかもよ」
ライガにもありがとうって伝えておいてね。アリエッタの顔を見てそう伝えると、少し間を置いてまたこくんと頷いてくれる。
「ね、アリエッタは、アニスのことをどう思ってる?」
「……どうして?」
「いいからいいから。船が着くまで少しお話しよう」
「……………嫌い、です。アニスはアリエッタのイオン様を取っちゃった」
アリエッタは腕に抱いたぬいぐるみをぐしゃりと握りしめる。「そんなに強く握ったら伸びちゃうよ」、わたしはそっとアリエッタの手に触れた。
「アリエッタはイオンが大好きなんだね。やきもち焼いちゃう気持ち、わかるよ。でもね、アリエッタ。相手の気持ちを聞くことも大切だと思わない?」
「相手の気持ち…?」
「そう。アリエッタは導師守護役がアニスに変わっちゃったのが悲しくて、アニスと喧嘩しちゃうんだよね。でも、そうなっちゃったのは『どうして』なのか、ちゃんと考えてみたことってあるかな」
「どうして……」
「……例えばさ。アリエッタの知らないどうしようもない理由があって、イオンは仕方なく導師守護役を交代しなきゃいけなかったのかもしれないよ。必ずしもアニスが悪いんじゃないかもしれない可能性だって、もしかしたらあるよね」
アリエッタがいっぱいいっぱいにならないように、落ち着いて話を聞いてくれるように、ゆっくりゆっくり話す。そっと背中に触れて、アリエッタが嫌がらないのを確認すると、話しながらその小さな背中を撫でた。
「導師守護役じゃなくなっても、イオンはアリエッタのことをとても考えてるよ。ちゃんと話せば、アニスとも仲良しのお友達になれるかもしれない。喧嘩するのは、ちゃんとお互いの気持ちを確認し合ってからでも遅くないと思わない?」
「………アリエッタは…でも………」
「………まずは、相手の気持ちをきちんと確かめてほしいの。話を聞いて、それでもアリエッタ自身が嫌だ、間違ってる、って思ったときは、アリエッタの思ったとおりに行動したらいいと思うよ」
「……………わかった……」
「えらいね、アリエッタ」
話を最後まで聞いてくれたアリエッタの頭を撫でる。「でもやっぱりアニスは嫌い…、アリエッタを根暗って言うから」と拗ねたように言うので、「それはアニスが悪いね。わたしが叱っておいてあげる」と言ったら、ほんの少しだけ笑ってくれた。
「アリエッタ、指切りしよう。アリエッタは喧嘩する前にちゃんと考えること、わたしはアニスをちゃんと叱ることの約束」
「指切り…?」
「友達の証!友達との約束を守ろうねっていうおまじないだよ」
「お友達……」
ちょっとグイグイしすぎかなと思いつつ、わたしとお友達になってくれる?と小指を差し出せば、ちょっと迷ったアリエッタがおずおずと自分の小指を絡めてくれる。わたしはルークたちと行動しているし断られるかなと思ったから、アリエッタが応えてくれたのはとても嬉しい。少しは心を開いてくれたって思ってもいいのかな。
これで悲しい未来が少しでも変わったらいいのに、なんて。
「(……まただな…。変えちゃいけないって思ってるのに)」
わたしが余計なことをして未来が悪い方向に変わるよりは、何もしないでいる方がましなのかもしれないのに。そうすれば最終的に、犠牲はあっても世界は救われるんだから。それでも実際に目の前にすると、悲しい未来を覆したいという気持ちが大きくなってつい行動してしまう。
アリエッタに言ったことは全部わたしの本心だ。でも、少しも後悔がないかといえば―――
「ハナ、そろそろ港に着きます。降りる準備をして下さい」
ノックのあとに聞こえたジェイドさんの声にはっとする。急にぼうっとしていたわたしをアリエッタが不思議そうに見ていた。
「ジェイドさんが呼んでるから、もう行かなくちゃ。アリエッタ、またね」
「……またね、ハナ」
最後に少し手を振って部屋を出た。扉をばたんと閉めると、待っていたジェイドさんと並んでみんなのところに戻る。ジェイドさんはわたしのかばんとワンドを手に持っていた。
「あっ!わたしの!」
「コーラル城の地下に全部置いていったでしょう。世話が焼けますねぇ」
「よかった〜〜回収してもらえてなかったらどうしようかと思った…ありがとうございます」
「どういたしまして。それで、指切りは友達の証、ですか。私とあなたは友達だったんですねぇ」
「だったらいいな〜」
「ただの軍人と一般人ですよ」
「お店の常連さんと店員でもあるし、保護者と被保護者でもあるから、ついでにお友達でもいいじゃないですか」
「誰がいつあなたの保護者になったんですか」
「あいたっ」
またデコピン。結構すぐ手が出る人なんだよな。でも、さっき疑いを顕にされたときはどうなっちゃうかと思ったから、打ち明けたあとでもこうしていつもみたいに話せるようになってよかった。内心、すごくほっとした。
✱✱✱
ケセドニアに着いてすぐ、アリエッタを引き渡しに行くと言うヴァンさんと別れた。ルークは大好きな師匠と離れるのが嫌だと言わんばかりに愚図ったが、諌められてしぶしぶと引き下がる。
視界の端にケセドニアのマルクト領事館が目に入って、わたしは危うく忘れかけていたことを口に出した。
「そういえば、わたしはこれからどうしたらいいのかな、もうグランコクマに戻っても大丈夫かなあ」
「あー、ハナはディストに狙われていたからここまで来る羽目になっちまったんだもんな。ディストの目的がそもそも何だったのかもよくわからないし、微妙なところだな…」
「でも、たぶんやることは済んだって感じだったし、前みたいに追いかけられるってことはない…気がするんだよね…」
「ハナさんもご主人様と一緒に行けばいいですの!」
「だめだよ、ミュウ。ルークたちは遊びで旅をしてるんじゃないんだから。
ジェイドさん、わたしモリーさんたちに何も言わずに出てきちゃったし、帰れるなら帰りたいです」
「…まあ、まだ油断はできないとは思いますがね。いいでしょう。グランコクマの本部には連絡を入れておきます」
「本当にここまでいろいろしてもらって、ありがとうございます。みんなもありがとう」
そう、ここから先みんなに着いて行くとわたしまでキムラスカ領に入ってしまうし、旅の目的に関わりのない非戦闘員のわたしがこれ以上みんなの足を引っ張るわけにはいかない。
ディストさんの目的はわたしの体質を調べることが一つだったとして(そういえばどこでそれを知ったんだろう)、何故それを調べようとしたかという疑問が残るが、それがあってもケセドニアに預けられるくらいならグランコクマに帰りたかった。グランコクマを離れてからかなりの距離を徒歩移動してきて、もう120日以上経っているのだ。地球時間でおよそ4ヶ月、まさかこんなにも時間が経つなんて思わなかった。
「あ〜でも、私たちが乗ってきたのは確か最後の便だったから、今日はもうマルクト行きの船はないよぅ。今日は宿に泊まったら?」
「えっそうなの?じゃあそうする」
今日の便は終わってしまったらしい。ジェイドさん曰く明日になればケセドニアからグランコクマまでの直行便もあるらしいので、それに乗って行くことにして、今日はアニスの言うとおり宿を取って一泊することにした。
「みんな、頑張ってね」
「お前も気をつけて帰れよ」
「ありがと、ルーク」
宿屋の前でみんなにお礼と挨拶をして別れる。わたしは宿屋へ、みんなはキムラスカの領事館へ。一泊分のお金を払って、小さな部屋のベッドに腰掛けて一息。これで、あとはもう大きなイレギュラーが起こることはなく"物語"どおりの未来へ進んでいくんだろう。思えばすごい偶然が重なってこんなところにまで来てしまったものだ。わたしがみんなに混じったことでいろいろ迷惑をかけてしまったけれど、取り返しのつかないことが起こる前に離脱できて良かったと思う。ちょっと、寂しいけど。
「いやいや、寂しいとか…、わたしはグランコクマに帰らなきゃいけないし」
…でも、グランコクマにだって、いつまでもいてもいいのかな。わたしの本当の家はあそこにはないし、ずっといたらモリーさんたちも迷惑かもしれない。
元の世界に帰れたら。でも帰り方もわからないし、帰れたとしてもわたしがいない向こうの半年以上の間、家族や友達、学校やバイト、…わたしの世界は、どうなっているんだろう―――?
「……うー、だめだだめだ…後ろ向きはよくない」
ぶんぶんと頭を振って暗い考えを吹き飛ばす。ただでさえひとりぼっちの今の状況でマイナスなことを考えたら、止まらなくなってしまう。
気晴らしに街の散策でもしようと思い立つ。心配をかけたお詫びに、モリーさんとロシーさんにちょっとしたお土産を買っていくのもいいかもしれない。部屋にずっと一人でいるよりも賑やかな街を歩いたほうがきっと、うじうじした気持ちにならなくていい。かばんを背負い直して、ワンドを片手に部屋を出た。
ケセドニアは砂漠の街だ。
キムラスカとマルクト、両国の国境を跨ぐ砂漠の地に作られた街。街の大富豪アスターさんが取り仕切る街で、ローレライ教の総本山であるダアトを除き、世界で唯一自治を認められている商業区だ。両国の商人が街を行き来していて、両国間の貿易で取り扱う品物はこの街を経由して世界に流通していく。世界中の品物が集まるこの街の市場は、多くの人で賑わっている。
「こんなに大きい街だったんだなあ…」
当たり前だけど、他の街と同様にこの街も液晶越しにゲームで見ていたときよりずっと広くて大きい。ダアトのようにきっちりした感じではなく、建物や露店が複雑に並び、裏道がごちゃごちゃしている。油断するとどこを通ったかすぐわからなくなるから、この街を隅から隅まで見て回るのは骨が折れそうだ。
一人では迷子になるのが大いに予想できるので、横道には行かずに周辺で一番大きな通りだけを見て回ることにした。それだけでも、そこらじゅう見慣れない品物ばかりだから見ていて飽きない。
「あ、かわいい」
「お嬢ちゃん、見てくかい?女の子に人気のデザインの響律符(キャパシティ・コア)もあるよ」
「響律符?へえ…これが…」
「軍や騎士団が使うような性能のはうちでは扱ってないけどな。どれも一般のお客さんが装飾品として使うもんばっかりだ。これなんかどうだい?」
きらきらしたペンダントやブレスレットが並ぶ露店の前でふと足を止めた。アクセサリーのお店かと思ったが、響律符を取り扱うお店だったらしい。
響律符は譜石に様々な譜を彫り込んで加工したもので、それを身につけると身体能力や譜術の威力の向上などの効果を得られるもの。ルークたちもそれぞれ持っているはず。ここにあるのは響律符としての効果は低く装飾品としての意味合いが大きいものらしいけど、実際に響律符が売られているのを見るのは初めてだ。
「へえ…指輪とか眼鏡なんてのもあるんですね。でも、わたしはアクセサリーは、」
「逃がすか!!」
手に取っていたペンダントを戻そうとしたとき、争い合うような声と複数の足音が耳に入った。音の方にすい、と視線を向ける。
「えっ!?み、みんな!シンク!」
「ハナ!?宿にいたんじゃなかったの!?」
「…へえ。消えたって聞いてたけど、こんなところにいたんだ。丁度いい」
「う、うわ、ちょっと…!」
音の正体は逃げるように大通りを走るさっき別れたばかりのみんなと、それを追いかけるシンクだった。あ、あー!?みんなが通る道ってここだったのか…!
逃げるみんなと追うシンク、攻撃と防御を交えながら大人数が駆け抜けていくので街の人たちはさっと道を開ける。わたしもそれに則ろうとしたら、仮面の下のシンクの目がこちらを向いた、気がした。みんなを追う足は緩めることなく、しかしわたしの方にそれて距離を縮めてくる。わたしの見方が合っていれば、なんだか物騒な構えを取りながら。なに、なに!
「あわわわわわ」
「なにやってんだ逃げるぞ!」
「うわっ」
突っ立ったままのわたしを視界に入れたルークが通り抜けざまにわたしの腕をがしりと掴んでそのまま走り出す。ちょっと!わたしはここに残らなければならないことを忘れていないか。みんなは最後尾を走るルークがわたしを引っ掴んだことに気づいていない。うわあ、港、もう目の前。
「ルーク様、出発準備完了しております」
「急いで出港しろ!」
「は?」
「ちょっ、ちょっと」
「追われてるんだ!急げ!」
「待ってってばー!!」
案の定ルークはわたしを連れたまま船に飛び乗ってしまい、指示を受けたキムラスカ兵はルークの言葉通り本当にすぐさま船を出向させた。ものすごく優秀な兵士さんたちだけど、今はありがたくない。