外殻大地編
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「…頭が冷えたか?」
「…なぜ兄さんは、戦争を回避しようとなさるイオン様を邪魔するの?」
マルクト側の宿屋へと向かうと、そこで待っていたヴァンさんは静かにティアに語りかけた。ティアはもうヴァンさんに襲いかかろうとはせず、ずっと募らせていただろう疑問を口にする。
「やれやれ。まだそんなことを言っているのか」
「違うよな、師匠!」
「でも六神将がイオン様を誘拐しようと…」
「落ち着け、ティア。そもそも、私は何故イオン様がここにいるのかすら知らないのだぞ。教団からは、イオン様がダアトの教会から姿を消したことしか聞いていない」
「すみません、ヴァン。僕の独断です」
「こうなった経緯をご説明いただきたい」
状況説明を求めたヴァンさんに、ジェイドさんが名乗り出て説明を始める。イオン様を連れ出したのは私であるから、と。これまでの経緯、戦争回避のためイオンが動いていることや道中で六神将に襲われたことなどを説明すれば、ヴァンさんは少し納得したように頷いた。
「…なるほど。事情はわかった。確かに六神将は私の部下だが、彼らは大詠師派でもある。おそらく大詠師モースの命令があったのだろう」
「なるほどねぇ。ヴァン謡将がキムラスカからダアトに呼び戻されたのも、マルクト軍からイオン様を奪い返せってことだったのかもな」
「あるいはそうかもしれぬ。先ほどおまえたちを襲ったアッシュも六神将だが、奴が動いていることは私も知らなかった」
「じゃあ兄さんは無関係だっていうの?」
ティアはまだ納得がいかないように問い詰める。疑っているのもあるんだろうけど、わたしにはヴァンさんがやろうとしている危険なことをなんとなく察知して、心配しているように見えた。
ヴァンさんは自分の不監督で六神将が迷惑をかけたという意味で自分は無関係ではないものの、自分自身は大詠師派ではないと言う。神託の盾所属のアニスも初耳だったらしく意外そうな声を上げると、「六神将の長であるために大詠師派ととられがちだがな」とヴァンさんは苦笑する。
「それよりティア、おまえこそ大詠師旗下の情報部に所属しているはず。何故ここにいる?」
「モース様の命令であるものを捜索しているの。それ以上は言えない」
「第七譜石か?」
「………機密事項です」
「第七譜石?なんだそれ?」
聞き馴染みのなかった言葉にルークが会話に割り込んで疑問符を飛ばすと、ヴァンさんとわたし以外のみんなが呆れた顔でルークを見た。それくらい、第七譜石というものはこの世界で生きる人には常識であるものらしい。なんだよ、と少したじろぐルークに、「箱入りすぎるってのもなあ……」とガイが溜息。
「始祖ユリアが2000年前に詠んだ預言よ。世界の未来史が書かれているの」
「あまりに長大な預言なので、それが記された譜石も、山ほどの大きさのものが七つになったんです。それが様々な影響で破壊され、一部は空に見える布石帯となり、一部は地表に落ちました」
ティアの言葉に続けて言葉を紡ぐイオンが窓の外を見上げる。この世界の空は、昼間でもきらきらと星の光のように瞬く石が帯になって浮かんでいる。それは、ユリアの詠んだ預言が砕けて空に昇ったものなのだと言う。
「地表に落ちた譜石は、マルクトとキムラスカで奪い合いになって、これが戦争の発端になったんですよ。譜石があれば世界の未来を知ることができるから…」
アニスがさらに付け加えて、ルークは理解したのかしてないのか「ふーん」と頷く。「とにかく七番目の預言が書いてあるのが第七譜石なんだな」とざっくりまとめた。ジェイドさん曰く、第七譜石はユリアが預言を詠んだ後、自ら隠してしまったらしい。故に、世界中の様々な勢力がそれを探し求めていると。
それを探しているのか質問してもティアははぐらかすから、この話はこれ以上できないだろうと判断したのか、ヴァンは脱線しかけた話を戻して纏める。
「まあいい。とにかく私はモース殿とは関係ない。六神将にもよけいなことはせぬよう命令しておこう。効果のほどはわからぬがな」
「ヴァン謡将、旅券の方は…」
「ああ。ファブレ公爵より臨時の旅券を預かっている。念の為持ってきた予備もあわせれば、ここにいる全員分は足りよう」
「これで国境を越えられるんだな!」
「いえ、ハナはここに置いていきます」
ヴァンさんが取り出した旅券にルークが歓声を上げ、みんなも全員で国境を越えられるとほっとした表情になるが、ジェイドさんは突然わたしの離脱を告げた。みんなはえっ?とジェイドさんに顔を向けたが、わたしはやっぱりか、とあまり驚きはなかった。もともとわたしがここにいるのも何かの間違いという感じだったし、何もなければセントビナーでお別れの筈だったんだもの。
「大佐〜、どういうことですか?」
「ハナは元々グランコクマにいたところを六神将のディストの勢力に拉致されてきたんですよ。タルタロスから今まで敵の追跡が途切れなかったためにここまで連れてきましたが、ここでキムラスカに渡ってしまうとほとぼりが冷めてから彼女が帰るのにも手間がかかってしまいますから」
「ディストが?何故」
「あ、それはわたしもわからなくて」
「そっか…元々ハナは巻き込まれただけなんだもんな」
「寂しくなるけど、当然ね。この先も連れていけばハナも危険だもの」
「ハナ、そんなことになってたの?なんかダアトの時といい、巻き込まれ体質だね〜」
「ダアトで何かあったのか?」
やいやいとまた話が脱線しかける。お世辞でも寂しいと思ってもらえるならちょっと嬉しいな。でも、とわたしは少し前から考えていたことを伝えるために口を挟む。
「ま、まあその話は後でね。………うん。わたしはここに残るよ。でも……ヴァンさん、あの」
「何かな」
「その旅券って、一度向こうに渡ったらまたこっち側に戻ってくることってできますか」
「勿論。ファブレ公爵、乃ちランバルディア王家から預かった旅券だ。両国間の関係がこれ以上悪化しない限りは、問題なく使えるだろう」
「じゃあ……それ、わたしが頂いてもいいですか。ここにいる全員分、あるんですよね」
「構わんが……何故?」
「……この先の港で、ちょっと確かめたいことがあって。それに、みんなのお見送りもしたいです」
ちら、とヴァンさんと、ジェイドさんのほうを伺う。
「確かめたいことというのは?」
「あ、えーと………それはその」
「まあ、よいのではないか?死霊遣い殿。ここは両国の国境。ディストもここで物騒な動きをすることはなかろう。奴は私が問い詰めておく」
「…港までみんなを見送ったら、ちゃんとここで大人しくしていますから。ジェイドさん、みんな」
「…わかりました。ではそのように、ここの兵にも話を通しておきます」
「俺達も全然構わないさ」
「ハナさんと一緒にいられて嬉しいですの!」
無理があるかも、と思いつつ頼みこめば、意外なことにヴァンさんが後押ししてくれてジェイドさんたちの許しを貰うことができた。今までずっと一緒にいたティアやイオンも頷いてくれているし、ルークはヴァンさんがいればどうでもいいやって感じ。
わたしがカイツールの港まで行きたいとわがままを言ったのは、フーブラス川でライガに伝えたあの言葉がこの先の展開を何か変えてくれるかもしれないという希望が捨てきれなかったからだ。"物語"の中では、ルークたちがカイツールの港に行くと、そこではアリエッタが港の人たちを虐殺してしまっていた。目的はルークをコーラル城に行かせるためだから、船さえ使えなくしてしまえば殺すまでする必要はないのに、だ。もしかしたら、万が一にでも、わたしの言葉がライガに届いていれば、その結果は変わっているかもしれない。
みんなには引き続き迷惑をかけてしまうし、もし結果が変わっていないとしたらわたしは死体の山と血の海を目にすることになる。そんなのは怖い。泣いてしまう自信がある。それでも、可能性の低い希望に縋りたい気持ちが勝ってしまった。
「わがまま言ってごめんなさい…許してくれてありがとう」
「ルークたちはここで休んでから行くがいい。私は先に国境を越えて船の手配をしておく」
「カイツール軍港で落ち合うってことですね」
「そうだ。国境を越えて海沿いに歩けばすぐにある。道に迷うなよ」
ヴァンさんはそう言って宿から出ていった。直後、やっぱりヴァン師匠は悪くなかったのだと言うルークと信用しきれないというティアの間にまた言い争いが起こり、「寒い関係だねぇ」とガイが肩を竦めた。
✱✱✱
「ちょっと会わないうちにハナがそんな面倒なことに巻き込まれてたなんて驚き〜。よりにもよって狙われてるのがディストにだなんて、カワイソ」
「ディストさんがどうこうはともかく、ほんとに何でこんなことになっちゃったんだろね…」
「アニスとハナは知り合いだったんでしたね。僕も知りませんでした。どういう繋がりなんですか?」
「あの時イオン様はいなかったですもんね。ちょっと前にダアトで〜、かくかくしかじかで」
カイツールの宿屋は部屋が大きく、今日はみんなで大部屋に泊まることになった。各々旅の疲れを癒やす中、話題はわたしとアニスのことになる。イオンが尋ねると、わたしとアニスは出会いのきっかけを掻い摘んで話した。
「それは……巻き込まれ体質だな……」
「ええっ、ガイとかルークも大概だと思うよ」
「それもそうだけど、それであのときハナってば悪くなかったのに次の日こんなに大っきな果物の籠持って謝りに来たんだよ。すごい豪華そうなやつ。律儀だよね〜」
「だってわたしのせいでオリバーさん怪我しちゃったから…」
「そういうものにかけるお金は頓着しないんですねぇ」
「当たり前です!」
「なになに?ハナもお金大好きな感じ?アニスちゃんと一緒〜♪」
わたしはアニスみたいな意味でお金が好きというよりはできるだけ節約するのが癖みたいな感じなんだけれど、そうなった環境を思えば確かにアニスとわたしは少し似ている部分もあるのかもしれない。
お金は大事だよね、とアニスと頷き合っていると、さっきから喋る口の止まらない元気なアニスを見て「それにしてもアニス、無事でなによりだったわね」とティアが微笑む。
「えへへ、ありがと。ルーク様ぁ♡私一人で寂しかったです〜♡」
「お、おう。合流できて良かったな」
「大変でしたね。アニス」
「おつかれ様だね!」
「もう少しで心配するところでしたよ」
「ぶー。最初から心配してください」
「…………」
「なになに?見つめちゃって。ガイってば私に興味ありげ?」
「いや、ジェイドとイオンの話から一体どんな子なのかと思って」
「え〜。私、普通の可愛い女の子ですよぅ」
「アニスの普通の基準は私とは少し違うようですねぇ」
「ははは」
「大佐ってば、ひっどーい!イオン様も笑うところじゃなーい!」
あはは、と和やかな空気が流れる。賑やかで、楽しい。わたしだけここでお別れなのはちょっと寂しいなと思ったり。だからってこの先についていく理由もないから仕方ないんだけど。
「(わたしがいたら、物語が悪い方向に変わっちゃうかもしれないし)」
いい変化ばっかりだったらいいんだけどな、と頭の端で考えながら、わたしは再びみんなの会話に混ざる。宿での楽しい夜は、あっという間に更けていった。
✱✱✱
「旅券は……あるな。よい旅を」
朝になって宿屋を出たわたしたちは、昨日足止めをくらった検問所に再び出向く。ヴァンさんに一人一つずつ貰った旅券をマルクト兵に見せると、すんなりと通してもらうことができた。マルクト側の門をくぐり、すぐにまたキムラスカ側の門が見えてくるのでそこでもまた旅券を見せる。
「…この旅券は!国王陛下より、すぐお通しするよう勅命を受けております!どうぞ」
わあ。ヴァンさんはルークのお父さんのファブレ公爵から預かったって言ってたけど、やっぱり普通のとは違うのか。もしかして王家の紋とか入ってたり、素材が特別だったりするのかな?旅券を表にしたり裏にしたりぺらぺら観察するが、高そうな紙質だな…ということしかわからない。とにかくルーク様々だ。ジェイドさんたちはここをどうやって抜けるつもりだったんだろうと一瞬考えたが、ピオニー陛下から勅命を授かってるんだからもともとジェイドさんたちは陛下から旅券を貰っていたに決まってるじゃないかとすぐに自己完結。旅券をもらうときにあんまりほかのみんなのことを見てなかったけど、ジェイドさんたちはヴァンさんからは受け取ってないのかも。そうじゃないと、予備なのに6、7枚なんて多すぎるもんね。
「ようやくキムラスカに帰ってきたのか…」
「駄目駄目。家に帰るまでが『遠足』なんだぜ」
「こんなヤバい遠足、カンベンって感じだけどな」
「キムラスカへ来たのは久々ですねぇ」
「ここから南にカイツールの軍港があるんですよね。行きましょう、ルーク様♡」
「そういえば、ハナの武器はどうするの?」
「ん?」
武器?と聞き返すと、「フーブラス川で話していたでしょ」とティア。ああ、あのときの。
アニスだけはあの場にいなかったので、わたしが譜術を教わろうとして大失敗したことを簡単に話す。あのときの失敗は術の媒介になるもの、つまり剣や杖など集中を込めるためのアイテムや武器がなかったのが原因のひとつだとジェイドさんは言っていた。
「でも、わたしはもう旅にはついていかないし…」と言うと、「でもせっかく才能があるんだから、これからも練習したらいいじゃないか」とガイ。
「まあ確かに、使いこなしたらすっげーことになりそうだったな」
「普通に暮らしてたら譜術なんて使わないんじゃないかなあ」
「簡単な術だけでも使いこなせればいざというときに役に立ったりもしますよ。護身用として武器を持っている一般人も多いですし」
「そうかな……でもわたしが武器持つってなんか想像できないです。高いだろうし」
「じゃあじゃあハナ、これいる〜?」
アニスが背中に背負うぬいぐるみ、トクナガに挟むようにして背負っていた一本の杖をすぽんと抜いた。ちなみにアニスは右手にもう一本違う杖を持っている。
「あ、それ…なんか二本持ってるなとは思ってたけど」
「一人旅だったからさ、念の為にセントビナーで性能いいやつに新調したんだよね〜。新しいの使い慣れたらこっちの古いやつは売っちゃおうと思ってたから、ハナにあげてもいいよ」
「でもいいの?お金にしなくて」
「いいよいいよ、どうせ結構使ってて傷ついてるし、大したお金にならなそうだし。オトモダチ特別価格、タダであげちゃうよ〜!」
「いいんじゃないかしら。そのワンドは初心者の譜術士でも使いやすいものだし、比較的軽くて刃もついていないからハナが持っても安全だわ」
「アニスがそう言ってるんだし、貰っちまえよ」
「じ、じゃあ……貰ってもいい?アニス」
「最初からいいよって言ってるのに」とアニスは笑ってワンドをわたしに差し出す。
「わあ…」
「初のマイ杖だね!」
「わたしの…」
わたしの杖。材質が何かはわからないけど、ぎゅっと握りしめてもしっかりとしていて手に馴染む黒い柄。先端部分についている、ルビーみたいに真っ赤な丸い石が綺麗だ。一度譜術を暴発させてから若干トラウマになっていたのに、両手にこれを握りしめるだけで不思議となんでもできそうな気分になってくる。
「すごーい…!RPGっぽい…!ありがとうアニス!うれしい!大切にするね!」
「あーるぴーじーって何?」
「さあ」
「嬉しそうだし、なんでもいいんじゃないか」
嬉しくて一回二回と軽くジャンプしてしまって、みんなから生温かい視線を向けられてしまったけれど、それも気にならないくらい嬉しかった。こんなに嬉しいと思ったのは、そう、リグレットさんにかばんを貰ったときと同じくらいかも。本来ここにいるはずのない異端なわたしが、この世界の誰かと繋がっていることが目に見えてわかるものだからかもしれない。リグレットさんのかばんや、ロシーさんのお下がりの服、アニスのワンド。誰かがわたしに贈ってくれたものを抱いていると、いつも元の世界へ帰りたいと思う寂しさがちょっとだけ和らぐ。
「これ使ってまた譜術の練習するね」
「やれやれ、ちゃんと監督役をつけるのを忘れないでくださいよ」
「天才譜術士のジェイドさんがやってくれたらいいな〜。この旅が終わったら」
「私は忙しいんですがねぇ」
「おーい、早く港にいこうぜ」
「あっごめんルーク!今いく」
数メートル先を行くルークに呼ばれて、立ち止まっていたみんなとぞろぞろ歩き出す。わたしはジェイドさんより先に歩き出したから、後ろから聞こえた「……やれやれ、嬉しそうな顔をして」という呟きを零したジェイドさんが、どんな表情をしていたかは知らない。