外殻大地編
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がたがた、がたん、ごとん。
全身をゆるく揺さぶられるような感覚にゆっくりと意識を浮上させる。
「ここは」
がたがた、がたん、ごとん。
独特の匂い。後ろへ後ろへと流れていくビル。乗客の疎らな車内。
「バスだ」
バス。そうだ、わたしはバスに乗っていたんだ。毎日通学に使ういつものバスで、前の日の夜にゲームに熱中しすぎたせいでついうたた寝をして。
なんだか長い夢をみていたような。
夢、だったのかな?
『次は 、次は 、お降りの方はお手元の降車ボタンを―――』
「……あ、ここだ」
降りるバス停。ボタン押さなきゃ。そう手を伸ばそうとするも、なぜだか金縛りにあったように両手が動かない。あれ、おかしいな。これじゃボタンを押せない。早くしないと表示が変わってしまう。
どうにかならないかと藻掻いてみるも、不思議なことにどうしても腕は動かない。仕方ないので、運転手さんに直接声を飛ばす。
「あのう、すみません。つぎでおります」
『―――い』
「え?なに?」
『――――起きろ!!!!!』
「………はっ!」
「いつまで寝ているんだ貴様は!もう丸一日経ってるんだぞ!」
「ここどこ、いまいつ、あなただれ…」
「寝ぼけてるのかこいつ………ここは西ルグニカ平野、今は21の日の夕刻、我々の素性を明かすことはできない」
律儀だな。訊いたら全部応えてくれた。…うん、思い出してきた、わたしは月見花、ここはオールドラント、ここが夢なんじゃなくてさっきのがもとの現実だけど夢で……あれ、どっち?まあそれで、そう、グランコクマにいて、お買い物をした帰り道に、よくわからないが後ろからガツンとやられたのだ。
「あっ………首痛い………あたまも………」
「気絶させるときに何発か殴ったんでな」
「できれば一発で済ませてほしかった……あれ、ていうかこの状況なんですか、西ルグニカ!?なんで!?あっなんか縛られてるし……誘拐みたい……」
「誘拐だ。とある方からの命令により、貴様は我々のある目的に協力してもらう」
「ええ…!?」
えええ。"とある"ばっかりで全然わからないし。お買い物の途中だったのに……。モリーさんたちに何も言ってないし、仕事もすっぽかして、あっ、たまごとお豆腐…!なんてこった。わたしなんかをゆ、誘拐する意図ってなに?一番ありえそうな理由としてはやっぱりわたしの出自や知識のことだけど、誰にもバレていないはずだし……強いて言えばジェイドさんにはちょっと怪しまれているけど、ジェイドさんにしては手口が雑だ。そもそも誘拐なんて強引な手段じゃなくて、もっと知略を巡らせるようなひとだし。いや、手段云々じゃなくてこんなことをする人じゃないって真っ先に否定しなきゃいけなかったか。ごめんなさい、つい。
改めて自分の置かれている状況を確認してみると、どうやらわたしが転がされていたのは小さめの馬車の荷台の中だったようだ。窓はなく、出入り口を閉じたら真っ暗になってしまうようなつくり。手は体の後ろで拘束されていて、そのままごろんと転がされて移動したせいか体中にぶつけたような痛みが残っている。ひ、ひどい。
ぽかんと口を開けたままのわたしを気にすることなく、誘拐犯らしき男性は続ける。
「これから野営の準備に入る。大人しくしていれば手荒な真似はしないし、我々に協力するにあたり貴様の身に危険が及ぶことはないと約束しよう。なので大人しくしていることだ」
「はあ……」
さっきから思ってたけど誘拐犯にしてはやけに優しい、この人。優しくないよりずっといいけど、こんな態度なら普通に協力してってお願いされたらしたのに(内容にもよる)、わざわざ誘拐だなんて危険な手段を取る必要はあったんだろうか。どっちにせよ、わたし一人ではもうグランコクマまで戻れないし、言うことを聞くしかないのだけれど。モリーさんロシーさん、黙って出てきてしまってごめんなさい。
✱✱✱
誘拐犯は3人組で、男性が2人と女性が1人。昼間はほとんど移動し通しで、その間わたしは真っ暗な荷台に転がされているけれど、朝昼晩の食事はしっかりと出してもらえた。夜は周囲から見えにくい林の陰で野営をして、その際には誘拐犯の女性(名前がわからないのでお姉さんと呼んでいた)が体を拭く布をくれたり、その…お花を摘みに連れて行ってくれたりした。
自由はほとんどないものの、随分と待遇はいいんじゃないだろうか。いや、誘拐されているんだけど。
数日も繰り返していれば、両手を拘束されたままの移動にも慣れてしまった。我ながら図太い。荷台のなかでぐっすり熟睡していたところを、ゆさゆさと揺すられて目を覚ます。
「ふあ」
「移動だ。これから貴様を我々の仲間に引き渡す」
「あ、はい…」
バトンタッチをされるらしい。一体どこまで運ばれるんだろう、と馬車の荷台から降りてみれば、ギャアギャアバウバウとそこら中から獣の鳴き声がする。「えっ」、辺りには細身の虎のような魔物が闊歩し、上空には羽を広げればわたしの身長よりも大きく見える巨大な鳥の魔物が飛び回っている。そしてなにより、目の前に佇む見上げるほど巨大な乗り物。見間違えようもない、"物語"の中でも大活躍の、マルクト軍の陸上装甲艦タルタロスであった。
た、タルタロスだーー!!!生で見ることのできた興奮と自分の置かれた状況にパニックになっているうちに、あれよあれよと艦内に連れて行かれ、適当な部屋にぽいと押し込まれてしまう。
暫く呆然としてしまったものの、すぐに我にかえって今の状況を整理する。
「えー、と……今はたぶん、ルークとティアがチーグルの森から連行されて、ジェイドさんたちとタルタロスで協力関係結んで、…神託の盾に襲撃された後、だよね…」
艦の周りには六神将アリエッタが従える魔物がそこかしこにいたし、この部屋に来るまでもところどころに赤い飛沫が散っていて、ここで戦いがあったことを思わせた。"物語"で知っていたこととはいえ、画面越しに見るのと実際に見るのとでは天と地ほどの差がある。心臓はどくどくと煩く跳ねていた。
「このタイミングでわたしがタルタロスに乗せられたってことは、誘拐犯は神託の盾ってことかな…でもなんで…?」
考えても結局はそこに行き着く。うーんと首を捻らせていると、薄暗い灰色の船室の中では一際浮いている赤色が視界の端に入り込んだ気がして、無意識にそちらに目を向ける。それがいけなかった。
「……ひっ!?」
簡易ベッドの陰。こちらからは死角になっているそこから、じわじわと真っ赤な水たまりが広がっている。視認した瞬間ようやく気づく、部屋にずっと充満していた錆びた鉄のような臭い。ちらりと見える投げ出されたような人の足は、青いブーツを履いていた。
「ひ、うっ……、な、なんで……」
人。人が血を流して倒れている。そう認識した瞬間さっと全身から血の気が引いて、1歩、2歩、後退ったところではっとした。まだ生きているかもしれない。助かるかもしれない。確認しないと。
なけなしの正義感が働いて、恐る恐る近づいてみて、ああやっぱり見なければよかったと後悔した。マルクトの軍服を着た彼は、喉元を深く深く斬り裂かれていた。
脚に入れていた力が入らなくなり、ぺたりと座り込む。お尻をつけたまま、こんどこそずりずりと部屋の反対方向まで後退った。
この艦に乗っていたマルクト兵は約140名。神託の盾の襲撃を受け、生き残ったのはジェイドさんとルークたちだけ。きっとここでも、戦いがあったのだ。
「う……うぅ………っ」
かたかたと身体が震えだす。心臓の音が酷く煩くて、血の気の失せた冷たい手で必死に押さえつける。人の死を直接見たのはこれが初めてだった。まして、敵に斬りつけられてだなんて。この世界の恐ろしさを、まざまざと見せつけられた気がした。
暗い部屋の隅、わたしは、膝を抱えてうずくまることしかできなかった。
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