序章
夢小説設定
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終わった。
懸念していたことが現実になった。「ノートの中身を見られるかも」なんて心配、そもそも鍵付きのノートなのだからよっぽどのことがなければいらない心配なのだ。ちゃんと鍵がかかっていれば。
でも、昨日の朝は書いていた途中にモリーさんに呼ばれて慌てて中断したから鍵を閉めた記憶がなかった。閉めたかも、いや閉めてないかもと余計な期待も混じっていたので無駄に疲れることになったけど、実際にジェイドさんは中を見たと言ったのだから結果はそういうことだろう。
わたしのばか。せっかく普通のより高い鍵付きを買った意味がないじゃないか。
「えっと…何なんです、と申しますと」
「言わなければわかりませんか?中に書いてある文字のことです。フォニック文字ではなく、ただの落書きにしては文字の種類と数があまりに作り込まれている。文量も落書きとは言えない多さですし、文字以外に何かの図も書いてある。明らかに意味を持って書かれたものでしょう」
めちゃくちゃ隅々まで見られてる…!図っていうのは遺跡なんかにある仕掛けの中でも特に面倒くさいものの解き方を覚え書きで書いたものだけど、本当にいくつかだけをページの隅っこにちょっと書いただけだ。ぷ、プライバシーの侵害!
「あー…それはですね、その…趣味で…、そう!趣味で!書いてるものなんです!」
「ふむ。趣味というと?」
「えーと……わたし物語とか考えるの好きで!いろいろ設定で、架空の世界の文字とか地図とか暗号とかもよく考えるんですけどそれはちょっと筆が乗りすぎたというか!!へ、変な趣味ですよね!あは、あはは…はは…」
かなり苦しい。文字考える趣味って何だろう。あのノート、平仮名も片仮名も漢字もアルファベットも混ざったかなりの種類の文字が入ってるのにそれ全部ひとりで考えたオリジナルって……少なくともわたしにはできるわけないし、普通の人はなかなかそんなことしないだろう。
ジェイドさんはどう見ても不審であろうわたしのことを暫く見つめたあと、やれやれとでも言いたげに溜め息をつく。
「そうですか。それは失礼しました。貴女の個人的な趣味を勝手に覗いてしまって」
「あれ、返してくれるんですか」
「没収されたいんですか?」
「滅相もない!!」
意外なことに、ジェイドさんはなんともあっさりノートを返してくれた。個人的な趣味、のところをだいぶ強調してたけど、絶対ねちっこく追及されると思ってたのに。なんて気持ちをぽろっと口に出したら、差し出されたノートがジェイドさんの頭の上にすいっと持ち上げられてしまった。わたしよりざっと30cmは背丈のあるジェイドさんにそれをやられたら必死に飛びついても到底届かない。元の世界で好きだった映画の中の、イモリの黒焼きをせがむ蛙男のシーンが脳裏に過ぎって今のわたしと重なる。本気で取り上げる気はなかったみたいなのですぐに返してくれたけど、それでもどっと疲れてしまった。
まあ何はともあれノートが返ってきてよかった。一般人(不審者に見られてるかもしれないけど)にはジェイドさんもあんまりねちっこくないのかも。
「しかし、貴女はかなりの頭脳の持ち主のようですねえ。文字の種類が桁違いで、私には規則性も何もわかりませんでしたから。貴女のように使いこなすのは到底無理そうです」
…前言撤回!やっぱりちょっとねちっこいし、嫌味だ!
✱✱✱
ノートを無事取り返して、そこからはまた平和な日々に元通り。なんてことはなかった。
ジェイドさんとの遭遇率がぐぐんと上がったのだ。
だいたい多いパターンとしては夜、お店のお客さんとしてジェイドさんが来る。その時はお客さんだしそれでなくても軍の偉い人なので話しかけられたりしたら邪険にできるわけもないが、それをわかっていてかジェイドさんはいろいろとわたしに質問をしてくる。多くはわたしの身の上とか普段のことについて。記憶喪失(設定)のことなんかは早い段階で知られてしまった。ちなみにそのときは「記憶喪失になったばかりであれだけのものを考えられるとは本当にすごい方ですねえ」と音符付きでにっこり嫌味を言われている。
その他に、街に買い物に出たときにばったり出くわすこともある。その時も一言二言の挨拶だけで済まなかったり。会う度にそれなりにやりとりするから、最近では何を言われるかおっかなびっくりしながらもだいぶ慣れてきてしまった。
今までこの街で一ヶ月以上過ごしてきても道で偶然見かけることすらなかったのに、もしかしなくても行動パターンを把握されている…?
もしこれで相手が別の人だったら、相手の人はわたしに気があるんじゃない!?なんて乙女な妄想もできたかもしれないけど、どっこい相手はあのジェイドさん。失礼ながら積極的な恋愛とは無縁の人に見えるし(性格的な意味で)、きっとものすごく忙しいあの人がわたしに関わってくる理由なんて間違いなく、探られているのだ。
あれかな、もしかしてキムラスカ王国のスパイとか思われちゃったり。わたしのノートは内容が整頓してあって明らかに何かのメモって感じだし、読めない文字も秘密の暗号に見えないこともないし、軍の重要人物のフリングスさんに接触して軍の作戦本部に入り込んだし、突然街に現れた身元不明の記憶喪失の女で……
大変だ、考えれば考えるほど怪しい。かわいそうな女のふりして内部に潜り込む敵国のスパイっぽい!!
考えたらちょっと納得した。マルクト帝国とキムラスカ王国はいつ戦争が始まってもおかしくない関係だし、怪しい奴が現れたらそりゃ警戒もするよね。
お話できる知り合いが増えたのは嬉しいけど、冤罪で逮捕とかされちゃったらいやだなあ……。
✱✱✱
「ダアトに?」
「そ。行ってきてもらえない?」
ある朝、お店の開店前にモリーさんにそう告げられた。
ダアト。この世界の最大級の宗教であり、オールドラントの始祖ユリア・ジュエを信仰するローレライ教団の総本山だ。
この世界、オールドラントには"預言(スコア)"というものが存在している。
この世界の生き物含むすべての物質は、元素の他に"音素(フォニム)"と呼ばれる音の固有信号で構成されていて、第一から第六まで属性によって分けられている。それに加えて2000年前に新たに発見された"第七音素(セブンスフォニム)"の力を使うことで、ユリアが詠んだこの星の行く末、星の記憶、つまり未来を知ることができる。それが預言。
預言は人々の生活に強く根差していて、中でも遠くの未来を正確に詠むことができるローレライ教団は世界中に大きな影響力を持つため、どちらの国にも属さない中立の都市国家として成立している。で、
「なんでダアトに?」
「店に出してる料理に使ってるスパイスが残り少ないんだよ。パダミヤ大陸の火山の影響した土壌でしか育たない植物で作るらしくてね、こっちまで流通してくる頃にはだいぶ高価になっちゃうのさ。もっと安く簡単に買えるのにしたらって言ったこともあるんだけど」
「……だめだ。スパイスは、あれじゃないと」
「ってね。この人料理のこだわりようはすごいから」
「ちょっと遠めのおつかいってことですね。わかりました!わたしもいろいろ覚えてきたし、行ってきます」
「助かるわ〜。いつもはこの仕入れのために店閉めなきゃいけないから。ハナちゃんがいてくれてよかった!じゃあこれお金!」
なるほど、仕入れのためにダアトへ行く必要があったらしい。渡された麻の巾着袋を受け取ると、ずし、と手に重みが伝わる。「?、なんか多くないですか?」現地で買ってもそんなに高価なのかな、スパイス。
「ハナちゃんは明日からしばらく仕事お休み!ダアトで何日か宿でも取って、街のいろんなとこを見てきたらいいさ。袋の中に仕入れ代と分けてお駄賃入れてあるから、ボーナスだと思って好きに使いな」
「えっ!でもそんな、悪…」
「悪い、なんて思わないで。ハナちゃんはあたしらに負担かけてると思ってるのかもしれないけど、それ以上にハナちゃんが頑張ってくれてるからあたしらは前よりもずっと楽しいんだよ。グランコクマのパパとママからのご褒美だと思って受け取って頂戴な」
「モリーさん……」
にっこり笑ってそう言ったモリーさんの隣で、めったに気持ちを表情に出さないロシーさんもほんの少しだけ笑って頷くから、ちょっぴり涙が出てしまった。
パパとママ。そう思っていいんだ。元の世界の家族にはずっと会いたいし、夜に泣いちゃうこともあるけれど、モリーさんとロシーさんをこの世界での拠り所にしていいんだと言ってもらえたような気がして、ずいぶんと心が軽くなる。
滲んだ涙をぐしぐしと拭って、預かった巾着袋をぎゅっと胸に抱く。
「モリーさんロシーさん、ありがとう!わたし、しっかりお勤め果たしてきます!」