序章
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「ぐ……」
「うう……いた、いたい……………」
「うわ、悪い悪い。人がいるとは思わなくてな。すまなかった、大丈夫か?」
本当に痛い。後頭部をしたたかにぶつけ、目の前がちかちかした。ピヨピヨ。ひよこがくるくる舞う幻覚を見そうだ。
どうやらさっきの衝撃は、内側から急に開いたドアに反応できなかった兵士さんがドアに当たってよろけ、そのまま背後に突っ立っていたわたしにぶつかったものだったよう。わたしもわたしで受け身の一つも取れずに雪崩れるように転がってしまった。
扉を開けた本人であろう人は床に座り込んでいたわたしを助け起こしてくれたあと(兵士さんはとっくに立ち上がって威儀を正していた)、「本当にすまん。俺はちょっとここには内緒で来てたんでな、もし怪我があったら中にいる奴に言っておいてくれ、じゃ」と言ってさっさと退散してしまった。あっという間のことで「はあ…」としか返事できなかったけれど、あの人もなんだかどこかで見覚えがあった。き、気のせい。きっと。
「全くあの方は……。貴方も、軍兵ならこのくらい当然に反応しなさい。そちらの方は?」
「は、はっ!申し訳ございません、カーティス大佐!フリングス少将に用事があるそうです。オルドリッジ…氏、の遣いであるそうなのでお通ししました」
「ああ、彼ですか。困ったものですねえ、一般人を入れていないことは彼も知っているはずなんですが。まあ入れてしまったものは仕方ない、少将なら中にいますよ」
「…………………………」
「どうぞ?入って構いませんよ。中の物に不用意に触れないでいただければ」
「ッエ、あっ、ハイ!あは、は…ししし失礼します…」
やっぱりジェイドさんだった!!!!!部屋の中から出てきた黃朽葉色の長髪を持つ彼は、わたしが一番会いたくて一番会いたくなかったジェイド・カーティスまさにその人だった。ほほほ本物だ…深い赤色の瞳も真っ青な軍服もすらっとした体躯も(想像よりめちゃくちゃ大きい)、ゲームで見た姿そのままで、でも実際に目の前に存在している。ついじっと見入ってしまっていると、少し怪訝そうにしながら入室を促され、狼狽えまくりの返しをしてしまった。やばい、いきなり挙動不審になった。
ジェイドさんの執務室に入ると、ソファーで何やら書類を手にしていたフリングスさんはわたしの姿を目に入れると驚いた顔をした。やっと会えた、もう一刻も早く帰りたい気持ちでいっぱいだ。
「フリングスさん、これ、昨日お店に忘れていかれたのでお届けに来ました。大切なものかもしれないと思って」
「ああ、それでわざわざ。ありがとうございます、無くて少し困っていたんです。ご足労をおかけしてしまって申し訳ありません」
執務用のを壊してしまって新調したばかりのものだったんですよとにっこり笑ってくれたフリングスさんを見たら、ちゃんと届けに来てよかったと思った。モリーさん、ロシーさん、わたしはやり遂げました。
「用件はそれだけですか?でしたら話の続きがしたいのですが」
「ああそうでした、ハナさん、私は大佐に報告の続きがあるので、少しお時間戴ければこの後お店まで送っていきますよ」
「いえ!!大丈夫です、わたしほら早くお店の手伝いに戻らなきゃいけないので!お気持ちだけいただきます!さようなら!!」
「あ、こら、待ちなさい!」
どこまでも親切なフリングスさんに早口でそうまくし立ててしまうと、案内の兵士さんの制止の声も耳に入れずにばたばたと執務室を後にした。だってジェイドさんにずっと観察されるような視線を向けられていた気がして耐えられなかった、被害妄想かもしれないけど。わたし一人で作戦本部を出歩かせたらあの兵士さんは怒られちゃうかな、ごめんなさい。心の中で謝罪しながら一目散にお店に逃げ帰った。
「慌ただしい方でしたねえ。おや、これは…」
✱✱✱
「はあ〜あ………疲れたな………」
あれからお店に帰ったあとはいつもどおりに仕事をこなした。店じまいと片付けも済ませてから、モリーさんが私にと与えてくれた自室でようやく一息ついて、今日のことを思い返す。
今日わかったことは、わたしは本当に嘘や隠しごとが下手だということ。そんなの前からわかってたんだけど、この世界に来てからはなにかと隠さなきゃならないことが増えたせいで改めて実感させられる。こんなことじゃ他の登場人物たちに出会ったときもなにかと怪しまれる言動をしてしまいそうだ。2日も続けて登場人物に出会うなんて予想だにしなかったし、今後はできるだけ大人しくして気をつけていよう。
寝る前に今日のぶんの日課を済ませるために日記を取り出し、壁にかけた服のポケットを探る。けれど、目当てのものは見つからない。
「え、あれ!?ち、ちょっと……!」
ない、ない。左右のポケットは空っぽだ。いつも定位置として入れている"あれ"はどこにもなかった。
「ノート、落とした………!」
✱✱✱
ずーん。そんな音がしそうなほど、今のわたしの心は沈んでいる。大人しくしていようと思った矢先にまたあそこに行くことになるなんて思わなかった。マルクト軍の作戦本部に。
わたしの服のポケットは、ロシーさんに貰ったお下がりのシャツに自分で縫って取り付けたものだ。深めに作ってあるから、穴でも空いていなければそう簡単に中身を落とすことはないはず。もちろん穴なんかないから、落としたとしたら昨日執務室の前で転んだときしかない。
行きたくない、でもあのノートは誰にも見られるわけにはいかない。二つを天秤にかければ後者に軍配が上がるのは当然で、わたしは今作戦本部への道をとぼとぼと辿っている。
昨日と同じ手でまた中に入れてもらえるかわからないし、返してもらえなかったらどうしよう。ぐるぐる考えながら歩いていたせいで周りが見えていなくて、曲がり角を曲がったところで向かいから歩いてきていた人にどん、とぶつかってしまった。よろけたところを相手の人が支えてくれたので、慌てて体勢を立て直す。
「あ、ごめんなさ………イッ!?」
「いえ、こちらも不注意でしたので。怪我は?」
「だいじょうぶでひゅ…」
噛んだ。動揺を隠しきれなかった。だってぶつかってしまった相手は、まさかのジェイドさんだったのだ。2日連続で、それも道端でぶつかってだなんて漫画みたいな出会い方ほんとにある?しかも肩支えてくれた、近い近い!焦るのと恥ずかしいのとちょっと嬉しいのとで顔色がくるくる変わるわたしをよそに、ジェイドさんはわたしの肩から手を離して口を開く。
「昨日もお会いしましたが、私はマルクト帝国軍第三師団師団長、ジェイド・カーティス大佐です」
存じ上げております。
「ど、どうもご丁寧に…わたし花と申します…」
「知っています。貴女に会いに来たんですよ」
「エッ」
なにそれ。別のときに言われていたらときめいたかもしれないけど、今は嫌な予感しかしない。
「これです。昨日貴女が落としていったものですよね?」
やっぱり!!ジェイドさんがひょいと差し出したそれは正真正銘わたしのノートだった。昨日の兵士さんあたりか、せめてフリングスさんが拾ってくれてたらいいなと思っていたけど、よりによってジェイドさんに拾われていたなんて。しかも忙しい彼が知り合いですらない一般人のわたしに自らわざわざ届けに来るって。嫌な予感がむくむくと膨らんでいく。
「そっ!!!そうです!ちょうど今取りに行こうとしてたところで!ありがとうございます!」
「それはよかった。それでですね、」
「え」
ノートを受け取ろうとした手を掴まれて阻まれてしまう。間抜けな声が出た。
「失礼ながら、念のために中身を確認させていただきました。―――これは、何なんです?」
さっ。
全身から血の気が引くような音が聞こえた、ような気がした。