序章
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「………っ!?」
目を覚ましたら知らない場所。
つい先程恐ろしい目に遭ったときと同じ状況に、今度は瞬時に覚醒して、がばりと飛び起きた。同時に体のいたるところがずきりと痛む。
「っ!!痛ぅ…!」
「あ、あんた!目ぇ覚ましたんだね。動いちゃだめだよ、酷い怪我なんだから」
「え、」
ぱっと響いた明るい声。慌てて目を向けた先には、水の入ったコップをのせたお盆を持った一人の女性が立っていた。
痛みに痺れた頭があのひとは人間だ、と認識したとき、わたしはようやく周囲を見回して、自分の置かれている状況を把握しようとした。
白い壁に白い床と天井。絨毯やカーテンなどの布は落ち着いた空色で統一されていて上品な色合いだけど、使い込まれたクリーム色の木製の家具が調和していてやわらかな印象のある部屋。
わたしはその部屋の窓の近くにあるベッドに今まで寝ていたようで、見覚えのないシャツから除く腕には清潔そうな包帯が巻いてあった。
きっとあの変な生き物は夢ではなくて、この女の人が襲われて怪我していたわたしを助けてくれたんじゃないだろうか。
頭の中でそう結論づけて、慌てて口を開いた。
「あ、あの…!わたし、っげほ」
助けてくれたんですか。ありがとうございます。ここはどこで貴女はどなたですか。言いたいことが沢山ありすぎて勢いよく飛び出そうになった言葉たちは、喉の乾きと口の端のぴりりとした痛みによって堰き止められた。
「あらら、大丈夫かい?暫く眠っていたから喉乾いてるでしょ。怪我も多いんだから無理しなくていいさ、ほらお水飲みな、今あたしの旦那が痛み止めの薬を買いに行ってくれてるからさ」
「っけほ…すみません、………ふう、えと、もう大丈夫です。あの、わたしは一体…あなたは…」
「そうだね、まずはお互い素性をはっきりさせないと。あたしはモリー。ここグランコクマで旦那と一緒に酒場をやってるんだよ。あんたの名前は?」
「あ、私は…花…です。月見花…って、」
差し出された水を一気に半分くらい飲み干してからようやく口に出せた質問の答えの半分は、すぐには理解できないものだった。
彼女はモリーさん。わたしは月見花。そしてここは、グランコクマ?グランコクマってどこだろう。明らかに日本の地名じゃない気がする。それともどこかテーマパークだとか観光地の名前だろうか。全く聞いたことのない地名じゃないけれど、わたしの知っているグランコクマは、あれはゲームの―――
「で、本題だけどね。テオルの森からグランコクマに続く街道で傷だらけで倒れてたあんたをうちの旦那が通りがけに見つけて、連れ帰ってきたんだよ。この辺りだって危険な魔物は出るってのに、なんだってあんたみたいな女の子が丸腰で街の外にいたんだい?」
「あ、えっとあの…わたしは…」
次々と聞き覚えのない、だけれど聞き馴染みのある単語が飛び出す。グランコクマ。テオルの森。魔物。つい最近、「あのゲーム」の中で何度も聞いた言葉だ。
巻かれた包帯の下が、頭の奥がじくじくと痛む。
どうしてあんな場所に寝ていたのか。わたしだってわからない。でもこれは夢じゃない。ここは、この世界は………
「わ、たし…わからないんです、なんにも、なんであそこにいたのかも、」
なんにもわからない。心から出た言葉だった。
ここはきっと、アビスの世界。ゲームの中の世界に迷い込んだなんてそんな漫画みたいな不思議な話とても信じられないけれど、夢みたいな話だけど、今のわたしにとってこの世界は現実だ。
ここは惑星オールドラント。マルクト帝国の首都グランコクマ。そんなことがわかったって、今のわたしにはなぜ自分がこの世界に来てしまったのかも元いた世界への帰り方も、この世界での生き方すらも何もわからないのだ。
じわりと滲んだ涙と不安を包み込むように、右手にぬくもりが触れた。
モリーさんが両手で私の右手を包んでいた。浮かべた微笑みとやわらかな両手は、泣きたくなるほどに、やさしい。
「もし、帰るところがなくて困っているなら、うちにいたらいいよ。ぜいたくはさせてあげられないかもしれないけどね」
「え…」
「酒場の女将の人を見る目、嘗めちゃだめだよ。あんたは悪い人間じゃない。どこの誰なのかはこれから知っていけばいい。こんなに不安そうな顔した小さな女の子、放っておけるわけないさ」
不安に冷えていた心にじわじわと暖かさが広がる。こんな身元の知れない怪しい女に、この人は何を言っているんだろう。
ああでも、嬉しい。この人はきっと嘘を言っていない、と思う。まっすぐな瞳がそう思わせてくれる。いきなりわけのわからない場所に飛ばされてからずっと張り詰めていた心が、やさしくほぐれていくのを感じた。
「モリーさん……助けてくれて、ありがとうございます。やさしい言葉を、ありがとう。わたし…今は何もわからないけど、自分のことも帰り方も絶対思い出します。だからその……よろしく、お願いしますっ…!」
堪えきれずに零した涙を、モリーさんは笑って拭ってくれた。これからどうなるのかはわからない。けれどこんなにも心のやさしい人に出会えたことはきっと奇跡みたいなことなんだ。
ずっと不安がってちゃだめだ。きっといつか帰れる。そう信じて、今は前を向いて、この世界で生きることを考えよう。
そう思えたとき、わたしはこの世界に来てから初めて、心から笑うことができた。