序章
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滞在3日目。今日は街の教会を見に行ったらグランコクマへ帰ろうと思う。ダアトはじゅうぶん満喫できたし、早く頼まれたものをロシーさんに届けてあげたい。
昨日は大荷物だったから行くのを控えたけれど、ダアトといえばまずこの場所と言えるくらい、教会はこの街の象徴のようなところだ。なんといってもかなり大きいし、ユリアを祀る礼拝堂、膨大な書物が保管されている図書室、さらには教団員の居住区域や騎士団の本部も集まっているダアト教会は名実ともにこの街の中心となっている。
教会前の階段を上ってわたしの背丈の何倍もある大きな扉をくぐれば、荘厳な雰囲気を纏う教会の広間が出迎えてくれる。
礼拝堂は入り口から入って正面の扉。開けるのにもだいぶ力の要るこれまた巨大な扉をどっこいしょと押し開けると、真っ先に目に入ったのはきらきら輝く虹色だった。
「きれい………」
太陽……こっちの世界では太陽じゃなくてレムという星なんだったか。その光をいっぱいに浴びて輝くユリアの姿。天井の高い礼拝堂の壁を一面埋めるように填められた、始祖ユリアのステンドグラスだった。
「こうして見ると、本当に女神様みたい」
硝子で描かれた穏やかな表情の彼女は、礼拝堂を神秘的な雰囲気で満たす。この場所で、彼女の子孫であるティアはユリアの譜歌を歌うんだ。きっとびっくりしちゃうくらいきれいなんだろうな。歌うに至った理由は…あんまり考えたくないけれど。
「………トゥエ、レイ、ズェ、クロァ、リュオ、トゥエ、ズェ…」
小さく、彼女たちの歌の一節を口ずさんでみる。ふわ、とあたたかい風が通り抜けたような気がした。わたしが歌っても全然ティアみたいに上手じゃないけれど、とても綺麗な、神聖な歌。いつか本物の歌声を聴いてみたいな、なんて。
そう考えているとふとどこからか視線を感じて、首を動かす。少し距離のあるところから誰かがこちらをじっと見ていた。途端にここにいるのは何も自分だけじゃないことを思い出す。小声とはいえ一人で歌ってしまったことが急に恥ずかしくなって、そそくさと礼拝堂を後にした。へ、変な人って思われちゃったかな…。
礼拝堂を出たあとはあっちこっちと教会内を見学した。一般人が入れるところはだいぶ制限されているといってもじゅうぶんに広くて、一度迷子になって教団員の人に入り口近くまで送ってもらってしまったり。大きな図書室にはローレライ教団の聖典からオールドラントの歴史書、児童文学まで幅広いジャンルの書物が置いてあってつい小一時間も居座ってしまったり。壁の時計を見るともう正午を過ぎていた。船の時間もあるしそろそろ行かないと、と教会の出口へと向かう。
「そこの人避けて!!!」
「うぇ?」
いきなり教会内に響くくらいの大声がして反射的に上を見る。広間の高い天所を通る渡り通路から男性が慌てた顔で身を乗り出していて、そこから落下してくるのは、工具箱―――開いた蓋からレンチやドライバーが飛び出している―――。ぴしっと身体が固まったように動かない。避けなきゃ、あんな高さからあんなもの当たったら、でももう、間に合わない―――!
「危ない!!」
ゴッ、と硬いものどうしがぶつかる音。がしゃん、と工具箱の中身が散らかる音。予想していた音なのに、わたしを襲った痛みは予想していた頭部の鋭いものじゃなくて、腰の鈍い痛み。予想していなかったのは、体の上にあるずっしりとした重み―――
「っ!!うそ、なんで、!大丈夫ですか!!あ、血が…!」
それはわたしを庇うようにして倒れる男性だった。頭から血を流している。目は固く閉じられたまま開かない。
「だ……誰か!この人、びょういんに……治癒士のひとは!?いませんか!!」
「すみません!大丈夫でしたか!」
すぐにさっきの男性がばたばたと降りてくる。「申し訳ありません、自分の不注意で…!大変だ、治癒士の方を連れてきました」そう言うと、隣にいた治癒士らしき女の人がわたしたちの前にしゃがみこむ。「私が治癒します。あなたはそのままこの方を支えていて。動かさないように、患部を心臓より高くして」そう指示され、言われたとおりにする。
女の人が手を翳すと、第七音素の薄緑色の光が眠っている男性の傷口を覆っていく。ドライバーの先などでついた細かな傷はあっという間に塞がり、工具箱の角がぶつかった一番大きな傷もじわじわと小さくなっていく。しかし、男性は目を覚まさない。
「頭蓋骨が折れているわ…。最悪脳に異常が出てもおかしくない。私だけでできるのは応急処置だけだわ」
「そんな…」
わたしのせいで…!どうにか助かってと、縋るように女の人の腕を掴んでしまう。
瞬間、女の人の手から発する光が急激に輝きを増す。「な、何!?」明らかにさっきとは違う様子に、騒ぎを聞きつけて周りに集まっていた人たちもざわめく。ある程度治るってからは治癒が効かなくなっていた男性の傷口が、再び小さく薄くなっていく。瞬く間に傷は痕もなく消え、傷があった部分の髪の毛までが元に戻り、そして。
「ぅ、う……私は……、」
「!!、目を覚ました!」
「信じられない…」
男性は目を覚まし、自力で身を起こせるまでになっている。この世界の治癒術がどれだけなのかはわからないけれど、治癒士の人も周りの人たちも驚いたような顔をしているから、男性が目を覚ましたのはきっと奇跡に近いことなのかもしれない。本当に、よかった…。
「何の騒ぎだ、これは」
こつこつ、と足音がしてきた方に目を向けてみれば、大柄な男性がこちらに向かって歩いてきていた。というよりあれは、
「!、主席総長!私の不注意で上階より備品の工具箱を落下させてしまい、教団員と参拝者に怪我を負わせてしまいました。どんな罰も受ける覚悟はできています」
「そうか…一旦下がっていなさい。お嬢さん、と、そっちはオリバーだったな。部下が済まないことをした、一度騎士団の医師に診てもらいなさい」
「いっいえ、わたしは別に!」
やっぱりヴァンだ。ついに会ってしまった、ジェイドさんと並ぶレベルで会いたくなかった人に。なんたってこの人はジェイドさんと同じくらいの切れ者で、その上何考えているのか全然わからないんだから。
「この人が庇ってくれたおかげで、わたしはほんとに擦り傷すらないんです。それよりこの人をお願いします、傷はお姉さんが治してくれたけど、酷い怪我だったので…」
「承知した。責任を持って騎士団で預かろう。お前達はオリバーを連れて行ってやりなさい、後で私の元に報告に来るように。…して、お嬢さんは礼拝に来ていた、のでいいだろうか。帰るのなら港まで送ろう」
送ってもらう??ラスボスに??むりむり、この人とずっと一緒にいたらあっという間にぼろが出て危険因子の邪魔者扱いされて後ろからグサッといかれてしまう。自意識過剰ではないはず、わたしはこの人のとんでもない計画を全部知ってしまっているんだから。ていうかこの人今頃はキムラスカにいるはずじゃなかった?なんでダアトにいるの。
「だっ!!大丈夫です、帰ろうとは思ってたんですけど、オリバーさんにお礼も言えていないので…もう一泊します。明日お見舞いに来てもいいですか?」
「勿論。明日の朝、ここにオリバーの部屋へ案内を待たせておこう。重ねて詫びる、申し訳なかった」
そう言ってヴァンは教会の出口までわたしを見送ってくれた。しっかりした人だな、わたしみたいなのにも優しかったし、いい声だし…部下に慕われるのもわかる。慕われてるから"物語"で主人公のルークたちは大勢の敵に悩まされたんだけど。
しかし大変なことになっちゃったな、わたしを庇ってくれたオリバーさんというらしい人にはいくらお礼をしても足りない。明日はなにか、できるだけいいものをお見舞いの品として持参しよう。はて、オリバーってどっかで聞いたことがあるような。
✱✱✱
翌朝、お見舞いといえばやっぱりこれかなと選んだフルーツの盛り合わせ(メロンが入ってる高いやつ)を両手に抱えて再びダアトの協会を訪れた。
教会の入口前に立っていたツインテールの女の子が、わたしの姿を目に入れるとたたたっと駆け寄ってくる。
「ね!昨日パパを助けてくれた子ってあなたでしょ!」
「ぱぱ?あなたもしかしてオリバーさん、の……あっ」
「そう!オリバーは私のパパだよ〜。私、信託の盾騎士団導師守護役所属アニス・タトリン奏長。私たちの部屋に案内するね。あなたは?」
「わ、わたしは花。あの、案内よろしくね、ア……タトリンさん」
「アニスでいいよ〜。よろしく、ハナ」
アニスだ!!かかかかわいい。ツインテールふわふわ、ほんとにいつもぬいぐるみ背負ってるんだ……トクナガかわいい…!そっか、オリバーさんはアニスのお父さんだから名前に聞き覚えがあったんだ。"物語"にも出てきたもんね。
「あのね、アニス、これお見舞い…。わたしね、オリバーさんを助けたんじゃなくて怪我を負わせてしまった本人なの。本当にごめんなさい」
「わっ、立派〜!高そ〜!ありがとう!いいのいいの、知ってるよ、パパが庇ったんでしょ。うちの両親超お人好しだから、こうやって怪我することも珍しくないんだよね」
「そうなんだ…でもやっぱり、ごめんなさい。それからありがとう」
「うん。今回は割とマジヤバだったって聞いたから私もびっくりしたけど、パパが気にしてないから私も気にしない。さ、着いたよ!」
パパママ〜、連れてきたよ〜、とアニスがドアを開ける。小ぢんまりした部屋の中、ベッドの上には昨日助けてくれたオリバーさんと、その傍らに奥さんのパメラさんであろう女性がいた。失礼します、と一歩部屋に入り、がばりと頭を下げる。
「あの、オリバーさん、わたしのせいで大変な怪我を負わせてしまって申し訳ありませんでした!助けてくださって、ありがとうございます!」
「おやおや、顔を上げてください。お嬢さん、お名前は?」
「あ、花、です…」
「ハナさん、私は大丈夫だから、どうか気にしないで。あなたに怪我がなくてよかった」
「オリバーさん…」
「ね、気にしてないって言ったでしょ。ママもね。見て見てパパ、ママ!ハナってばこんなに立派なお見舞い持ってきてくれたんだよ〜」
「まあ素敵!むしろごめんなさいね、ハナさん。どうもありがとう」
「は、はい……」
優しすぎる。おっとりしたご両親だとは知ってたけどこんなにお人好しでいいの?命に関わる怪我だったんだよ?いつか悪い人に騙されてしまいそう……現にもう騙されているのか。うう、こんなに優しくしてくれる人たちに何にもしてあげられない自分が憎い。例のごとく罪悪感がむくりと首をもたげる。
「あの後騎士団の医師の方に診てもらったけど、どこにも異常はなかったよ。治癒術が驚くほどに効いたらしくてね、ハナさんにはローレライとユリア様のご加護がついているのかもしれない」
「ご加護…はちょっとわからないですけど、でも本当によかったです。お大事にしてください」
「ありがとう。だからどうか、気にしすぎないで。子供を、それも娘と同じくらいの子を守るのは大人として当然のことだよ」
ん?なんだか聞き捨てならないことが聞こえたぞ。子供…はまだしも、娘と同じくらいって…アニス13歳だよね?しかもひとりっ子だよね。あっ。いろいろ察してしまった。