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マスカレードを壊したい
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家へ帰宅する時のいつもと変わらない道。
そこには鼻先を擽る夕飯の食欲をそそる匂いと、今日1日起こった出来事を話す家族の声とテレビから流れるニュースキャスターの耳触りの良い声。そして窓から見える誰かが食器を洗う影だったり人の暖かみを感じられる灯り。
非現実を体感して帰る私にとっては、この懐かしさを肌で感じられるから家へ向かう時間は嫌いじゃなかった。
なのに…今は憂鬱になりつつある。
「またか…。」
ポストを開けると毎日入っている名無しの封筒。これで8通目。
名前の目の前には、マジシャンがトランプをテーブルに並べたみたいに複数の封筒が広がる。そしてその中に入っていた私を遠くから隠し撮りした、無惨にもナイフで怨みを刻むみたいに切り裂かれた写真。私はこんな脅しじゃ屈しない試練を乗り越えてきたし、ギャングとしてどんな痛い拷問を与えられても絶対に口を割らない術を持っている。
悪いけど、無駄なのにな…。
ふうっと溜め息を吐いてから封筒をまとめて戸棚の引き出しの中へと放り込んだ。これ以上の嫌がらせはしてこないとは思うが、用心する事に越した事はない。私の予想とメローネの情報からしてブチャラティのファンは一般人だし、女性であるから乱暴な行いはしないだろう。
ブチャラティと別れたら気が済むんだろうけど…。
『オレに恋したら怖くないって事、証明してやる…。名前、おまえも愛されてるって自信持てよ?』
いつも自信満々なブチャラティ。それがまた彼をキラキラと魅力的に輝かせていたし、もはや同業者とは言え別世界の人間みたいだった。そんな彼がこんな私の事を、ずっと待ってくれていた。
彼と出会ってから、女になってしまう事が怖いと…ずっと恋を誤魔化してきた私の背中を押してくれたから、やっと手に出来た本当の気持ちと自分。
私はあの日から身に付けているダニアーニのネックレスをぎゅっと握り、素顔の見えない女性に意を表する。
私だって好き…なんだもの。いくらなんでも無理。他の女性よりも色んな経験してきたんだものっ。安っぽい気持ちじゃあない!
そう心で強く決意した私は、姿を隠してこそこそ裏で手を回す女性を睨み付ける。
そして一先ずこの状況を彼に話す事は保留にした。また心配を掛けたくはないし、自分で解決出来るのならば大事にはしたくない。
と、思ってたんだけど。
「名前…疲れが顔に出てますよ。」
「ああ、マジで顔色悪いぜ。ちゃんと食べてるのかよぉ…オレのさ、肉団子やるから元気だせよ!」
「ぼくのも良かったらどうぞ。」
「うん…ありがとう。」
私は同じテーブルを囲うナランチャとフーゴから、まだ皿にパスタが残ったままの空いているスペースにミートソースが絡んだ肉団子が盛られていく。見るだけで大食い選手みたいで喉が詰まるけど、心配してくれる気持ちが嬉しくて名前はフォークで一口頬張った。
「ちゃんと寝れてるんですか?」と言うフーゴの問い掛けに小さく唸るのは、美味しい筈なのに喜べない肉団子の味付けが変わったからじゃあない。正直あれからちゃんと眠れていない。
写真は続いているし、夜中はガチャガチャと誰かがドアノブを開け様とする音やドアには批判や汚い言葉が殴り書きされた紙が貼ってある始末で、イライラしすぎて鉢合わせたら殴ってやりたい気持ちでいっぱいだ。
「なあ名前、ぼく達に言いにくかったらブチャラティに相談してみたらどうですか?」
「うーん…ブチャラティかぁ。」
「バカだなフーゴ。ブチャラティだから、言いにくいって事あるだろぉ。」
「バカってなぁっ…おまえにぜっったいに言われたくない。誰が聞いたってぼくの方が賢く見えますよ。」
「そんな穴空いてる服着た奴に言われたくない…。」
「ああ"!?」
「あはは、2人共ありがとね。」
いつものペースで喧嘩腰になるフーゴと唇を尖らすナランチャを見てたら徐々に元気が湧いてきた。やっぱり仲間って良いなと改めて思うと同時に2人に心配されると言う事は、ブチャラティにも"何か変化が起こっている"と勘づかれているに違いない。ちょっと気を付けなきゃな…。
「!?」
そう気を引き絞め様とした時だ。何処からか此方を突き刺す様な視線を感じて私は素早く背後へ振り返る。しかし目を細め獣の如く警戒して狙う怪しい影が無いか、少しの変化も見逃さないと視線を投げるが行き交う人々や談笑する姿に違和感は無い。
…気のせい?否、でも確かに視線は感じた…これは今までの経験からして間違いじゃあ無いわ。
「名前?」
「ぁ…何でもないの。今日は観光客多いなぁっと思って!」
「確かに最近増えましたね…それだけナポリの良さが解ったって事ですよ。」
「青の洞窟とか人気だもんなぁ…オレは今週のサンジェンナーロ祭が楽しみだぜ!旨いもん食えるしさっ。」
フーゴの声でこれ以上探られては不味いと話題を変えたのだが、ナランチャの言葉でイタリアで有名な祭りの1つであるサンジェンナーロ祭が近付いている事を思い出した。この日は祝日で学校も仕事も休み、街はお祝いムードに包まれる。
「あのなぁナランチャ、その日はお嬢さんの護衛があるのを忘れてるだろ。」
「お嬢さん?」
「嫌だな、名前まで忘れてるんですか?うちの組織に支援をしてくれている富豪のお嬢さんですよ。」
「ごめんね、聞き逃してたみたい。そのお嬢さんの護衛って…何かサンジェンナーロ祭で特別な事でもするのかしら。」
「いえ、楽しむらしいです。」
「楽しむ!?」
「まあ娘が大事なんでしょうが…本当に金持ちの考える事は解りませんね。勝手に命が狙われていると思ってるんですから。」
「今までそんな脅しも無いんだぜ?なのにいーっつも買い物にブチャラティを呼ぶんだぜ!?1人で行けっつーの!」
「へえ…。」
いつもの徴収だけではなく、護衛チームの本業とも言える依頼なのだから仕事を全うするまでなのだが…聞く限り子供のお守りみたいなものかと理解した。
でも、それほど親に大切にされるって良いわね…きっと素敵なお嬢さんなんだろうな。
引っ掛かるとしたら"ブチャラティを呼ぶ"と言う事だが、彼等の話からすると何度も護衛を頼んでいるみたいだし親としたら1番信頼しているから彼を選ぶのだろう。何だか誇らしくて自分の事じゃないのに、照れくさくなる。
私は今晩会う恋人の顔を思い浮かべると、嬉しいのと濃い霧の中を歩いているみたいなハッキリとしない感情に反映してパスタを巻き取るフォークをずっとくるくると巻き続けた。
* ** *** ***
くるくると…真っ黒な闇を切り裂きたくて私はコーヒーを銀色のスプーンでかき混ぜる。実は1度家に寄ると既に私とフーゴとナランチャが一緒に居たランチでの写真が封筒に入っていて、"尻軽女""地獄に落ちろ""いつだって見てるぞ"等と言った言葉まで添えられていた。
やっぱりあの時感じた視線はアイツだったんだ…。て言うか尻軽って何よ!皆仕事仲間なんですけど!?あーまた腹立ってきた!
私はコーヒーに映る顔をグリグリと攻撃するみたいに激しくスプーンを動かした。浮かんでは歪んで渦を巻いては暫くしてまた浮かぶその顔は、やっとブチャラティと付き合えて生き生きと輝き始めた表情など消えた私。
「不細工な顔…。」
「おいおい、冗談でも聞きたくない事言ってるな。」
本当に心から出た言葉を拾い取ったのはブチャラティだった。この前のデートで見つけた持ち手が金色で白とピンクのお揃いのマグカップ。その白いカップを手にして隣に座る彼は怪訝な顔をして此方を見ていて、私は隠さなきゃと無理矢理口角を上げて「冗談じゃないわよ。私より可愛い子なんて今日も沢山見たものっ。観光客でもね、日本人の可愛い子に道を聞かれたの!」と少しトーンを上げて話した。でも本当の話しで、クリクリした瞳で小柄な女性は可愛らしくて女の私でも話せて嬉しいくらいだったもの。男なら尚更嬉しくてデートの約束まで漕ぎ着けたいくらい。
「……何かあったのか?」
「ぇ…。な、何って?ああ、ちゃーんと教えてあげたわよ!昔近所に住む日本のおばあさんに日本語教えてもらった事あったから!良かったーって思って!」
「オレはおまえの事を聞いてるんだ。名前…最近おかしいぜ。」
「おかしくないわよ!」
「ほらな、イライラしてる事が多い…まあ可愛いけどな。」
「わっ!ちょっ…と!」
焦る私の手からマグカップを取り上げると、あっという間に座るソファの上で組み敷かれてしまいバクバクと心臓まで慌てる。いつ見てもかっこいい。そのブチャラティの揺れる揃った黒髪から覗く射抜くみたいな瞳に胸が苦しくなって、お互いの胸の間を手で押して距離を保とうとした。じゃないと色々と動揺しているのがバレちゃいそう。
「イライラしてる私が可愛いなんて、貴方って前から思ってたけどMじゃあないの!?」
「違うぜ。オレは怒ってるおまえを困らせて辱しめたいだけだ…。」
「ぁ…もう!今はやだってば!」
それでも私の顎を持ち上げて唇をなぞる親指はキスする合図の1つ。身体はして欲しいのに、真実を溢してしまいそうで首を左右に振って意思表示をするのにブチャラティは簡単に塞いでしまう。すると簡単に「っ…は…。」と声が漏れてしまう。柔らかいソレが歯列をなぞり、先端が私の舌を擽りちゅっと吸われると抵抗なんて無意味になる。
「ぁ…は…ぁ…ブチャ…。」
「ん…ブローノって呼べよ。オレ達しか居ないんだぜ?」
「まだ慣れないし…皆の前で呼んじゃいそうだもの。」
「オレは早く言いたいんだがな…街の人にはそう公言してるんだし、暗殺チームの奴等にはバレてるんだ。あいつ等に嘘つく必要は無いだろ。」
「嘘…。」
そうだ…私、ブチャラティに嘘ついてるから苦しくて仕方ないんだ。
迷惑かけない為の"いい嘘"の筈なのに、どんどん追い込まれていく自身に気付いてどうしたらいいか一瞬頑なだった気持ちが揺らぐ。狙われている私だけが解決出来たらいいんじゃあないの?
「……1ついいか?」
「うん、何?」
「付き合うにあたって、もしオレに嘘ついたら…キスするの暫く禁止する。」
「ええ!?」
いきなりの条件に私は大きな声を上げてしまった。何故なら既に嘘をついているから"キス禁止"は確定なのである。恋人とキスが出来ないなんて愛情表現の1つが奪われた訳で、条件を出したブチャラティにとっても酷な事だと思う。
だって付き合ってから、仕事終わりにデートしたりお泊まりしたら…何回キスしてるかなんて解んないくらい。うわ…考えたら恥ずかしい…けど、そのくらいしてる訳で…冗談……では無さそう。
ブチャラティは別に困らないとばかりに動揺もせず、寧ろ「嘘つかなければいいだろ?」と爽やかな笑みを浮かべている。それとも隠し事はバレていないにしろ、何かしら嘘を言ってると探って言っているのだろうか…どちらにしろ拒否しても突っ込まれそうだしと、私は引けずに同意するしかなく首を縦に動かした。
ブチャラティは幹部になるだけあって素質も率いる指導力もあるから、有無を言わさない雰囲気を出す時がある。多分反論していたのは今も昔も私だけだっただろうけど、今は頷いておこう。
バレた時は仕方がない…私なら我慢できるわよ!キスでしょう!?余裕よ!よゆー!
「約束するわ。嘘ついたらキス禁止ね。」
「期限は1週間な。」
「1週間…。」
果たして1週間は短いのか長いのだろうか…。具体的な期間にグッと眉を寄せて考えるが、意外とあっという間に1日は過ぎて行くし速い気がする。
すると彼が私の腕を引くと身体を起こされてぐらりと一気に視界は反転した。気付いた時には座るブチャラティの上に向き合う形。どうしてどの角度で見ても綺麗なの?芸術品みたいでズルい…だからファンだって出来ちゃうのよ。
私は珍しく見上げる彼の顔を観察しながら沁々と神様へ問いかけた。
「さっき『怒ってるおまえを困らせて辱しめたい』って言ったろ?」
「うん…変な趣味ねって思った。」
「ははっ、酷いな。惚れてるんだよ。さっきみたいに怒ったり悩んだり、今みたく頬赤らめたり疲れてる時だって…どんな名前も可愛い。不細工なんかじゃない…綺麗だよ。」
睫毛からキラキラ水面に太陽が反射するみたく光る瞳で、綺麗な形の唇で、身体中がときめいちゃう程の魅力的な声で言われたら泣きそうになる。疲れきっている心が癒されていき、気付いた時には普段なら届かないブチャラティの頭ごとぎゅうっと腕に閉じ込めていた。
恋人の力ってすごい…。きっと私1人じゃ行き詰まったままだったかも。
「ありがと…。」
身体と同じで感謝の言葉も自然と伝えていた。早く解決して、もう1度ブチャラティの前で心から笑いたい。不安にならずに大好きって伝えたいし、外でも気にせず手を繋いだりデートを楽しみたい。
この前のデートだって気が気じゃなくて、楽しむよりも疲れちゃってデートの内容を思い出せない程だったもの。
しかし家の中だったら見られている事もない。そう気付くと、もう少し甘えたくなった私は瞳を閉じてずっとこうしていたくなった。何だかこの落ち着く感じ…子供の時にお気に入りだった人形を抱き締める時の感覚に似てるなぁ。
「…随分積極的だな。名前、胸…顔に当たってる。」
「バカ!前言撤回!もう今日はコーヒー飲んで寝る!」
それなのにこう言う時の雰囲気読まないブチャラティの発言に、危機を感じて私は真っ赤になって離れたが間に合わない。甘える所では済まされない状況に、じりじりと身体の隅々まで熱が湧く。
「バカはおまえだよ…子供じゃあないんだ、簡単に寝かせるかよ。」
「ひゃ!」
「エッチな顔も好きだぜ…名前。」
ああもう!
こうして意地悪な表情を浮かべる彼の腕に子供の様に抱き上げられて、私はいつもの様に寝室へと連れて行かれるのだった。
be continued
そこには鼻先を擽る夕飯の食欲をそそる匂いと、今日1日起こった出来事を話す家族の声とテレビから流れるニュースキャスターの耳触りの良い声。そして窓から見える誰かが食器を洗う影だったり人の暖かみを感じられる灯り。
非現実を体感して帰る私にとっては、この懐かしさを肌で感じられるから家へ向かう時間は嫌いじゃなかった。
なのに…今は憂鬱になりつつある。
「またか…。」
ポストを開けると毎日入っている名無しの封筒。これで8通目。
名前の目の前には、マジシャンがトランプをテーブルに並べたみたいに複数の封筒が広がる。そしてその中に入っていた私を遠くから隠し撮りした、無惨にもナイフで怨みを刻むみたいに切り裂かれた写真。私はこんな脅しじゃ屈しない試練を乗り越えてきたし、ギャングとしてどんな痛い拷問を与えられても絶対に口を割らない術を持っている。
悪いけど、無駄なのにな…。
ふうっと溜め息を吐いてから封筒をまとめて戸棚の引き出しの中へと放り込んだ。これ以上の嫌がらせはしてこないとは思うが、用心する事に越した事はない。私の予想とメローネの情報からしてブチャラティのファンは一般人だし、女性であるから乱暴な行いはしないだろう。
ブチャラティと別れたら気が済むんだろうけど…。
『オレに恋したら怖くないって事、証明してやる…。名前、おまえも愛されてるって自信持てよ?』
いつも自信満々なブチャラティ。それがまた彼をキラキラと魅力的に輝かせていたし、もはや同業者とは言え別世界の人間みたいだった。そんな彼がこんな私の事を、ずっと待ってくれていた。
彼と出会ってから、女になってしまう事が怖いと…ずっと恋を誤魔化してきた私の背中を押してくれたから、やっと手に出来た本当の気持ちと自分。
私はあの日から身に付けているダニアーニのネックレスをぎゅっと握り、素顔の見えない女性に意を表する。
私だって好き…なんだもの。いくらなんでも無理。他の女性よりも色んな経験してきたんだものっ。安っぽい気持ちじゃあない!
そう心で強く決意した私は、姿を隠してこそこそ裏で手を回す女性を睨み付ける。
そして一先ずこの状況を彼に話す事は保留にした。また心配を掛けたくはないし、自分で解決出来るのならば大事にはしたくない。
と、思ってたんだけど。
「名前…疲れが顔に出てますよ。」
「ああ、マジで顔色悪いぜ。ちゃんと食べてるのかよぉ…オレのさ、肉団子やるから元気だせよ!」
「ぼくのも良かったらどうぞ。」
「うん…ありがとう。」
私は同じテーブルを囲うナランチャとフーゴから、まだ皿にパスタが残ったままの空いているスペースにミートソースが絡んだ肉団子が盛られていく。見るだけで大食い選手みたいで喉が詰まるけど、心配してくれる気持ちが嬉しくて名前はフォークで一口頬張った。
「ちゃんと寝れてるんですか?」と言うフーゴの問い掛けに小さく唸るのは、美味しい筈なのに喜べない肉団子の味付けが変わったからじゃあない。正直あれからちゃんと眠れていない。
写真は続いているし、夜中はガチャガチャと誰かがドアノブを開け様とする音やドアには批判や汚い言葉が殴り書きされた紙が貼ってある始末で、イライラしすぎて鉢合わせたら殴ってやりたい気持ちでいっぱいだ。
「なあ名前、ぼく達に言いにくかったらブチャラティに相談してみたらどうですか?」
「うーん…ブチャラティかぁ。」
「バカだなフーゴ。ブチャラティだから、言いにくいって事あるだろぉ。」
「バカってなぁっ…おまえにぜっったいに言われたくない。誰が聞いたってぼくの方が賢く見えますよ。」
「そんな穴空いてる服着た奴に言われたくない…。」
「ああ"!?」
「あはは、2人共ありがとね。」
いつものペースで喧嘩腰になるフーゴと唇を尖らすナランチャを見てたら徐々に元気が湧いてきた。やっぱり仲間って良いなと改めて思うと同時に2人に心配されると言う事は、ブチャラティにも"何か変化が起こっている"と勘づかれているに違いない。ちょっと気を付けなきゃな…。
「!?」
そう気を引き絞め様とした時だ。何処からか此方を突き刺す様な視線を感じて私は素早く背後へ振り返る。しかし目を細め獣の如く警戒して狙う怪しい影が無いか、少しの変化も見逃さないと視線を投げるが行き交う人々や談笑する姿に違和感は無い。
…気のせい?否、でも確かに視線は感じた…これは今までの経験からして間違いじゃあ無いわ。
「名前?」
「ぁ…何でもないの。今日は観光客多いなぁっと思って!」
「確かに最近増えましたね…それだけナポリの良さが解ったって事ですよ。」
「青の洞窟とか人気だもんなぁ…オレは今週のサンジェンナーロ祭が楽しみだぜ!旨いもん食えるしさっ。」
フーゴの声でこれ以上探られては不味いと話題を変えたのだが、ナランチャの言葉でイタリアで有名な祭りの1つであるサンジェンナーロ祭が近付いている事を思い出した。この日は祝日で学校も仕事も休み、街はお祝いムードに包まれる。
「あのなぁナランチャ、その日はお嬢さんの護衛があるのを忘れてるだろ。」
「お嬢さん?」
「嫌だな、名前まで忘れてるんですか?うちの組織に支援をしてくれている富豪のお嬢さんですよ。」
「ごめんね、聞き逃してたみたい。そのお嬢さんの護衛って…何かサンジェンナーロ祭で特別な事でもするのかしら。」
「いえ、楽しむらしいです。」
「楽しむ!?」
「まあ娘が大事なんでしょうが…本当に金持ちの考える事は解りませんね。勝手に命が狙われていると思ってるんですから。」
「今までそんな脅しも無いんだぜ?なのにいーっつも買い物にブチャラティを呼ぶんだぜ!?1人で行けっつーの!」
「へえ…。」
いつもの徴収だけではなく、護衛チームの本業とも言える依頼なのだから仕事を全うするまでなのだが…聞く限り子供のお守りみたいなものかと理解した。
でも、それほど親に大切にされるって良いわね…きっと素敵なお嬢さんなんだろうな。
引っ掛かるとしたら"ブチャラティを呼ぶ"と言う事だが、彼等の話からすると何度も護衛を頼んでいるみたいだし親としたら1番信頼しているから彼を選ぶのだろう。何だか誇らしくて自分の事じゃないのに、照れくさくなる。
私は今晩会う恋人の顔を思い浮かべると、嬉しいのと濃い霧の中を歩いているみたいなハッキリとしない感情に反映してパスタを巻き取るフォークをずっとくるくると巻き続けた。
* ** *** ***
くるくると…真っ黒な闇を切り裂きたくて私はコーヒーを銀色のスプーンでかき混ぜる。実は1度家に寄ると既に私とフーゴとナランチャが一緒に居たランチでの写真が封筒に入っていて、"尻軽女""地獄に落ちろ""いつだって見てるぞ"等と言った言葉まで添えられていた。
やっぱりあの時感じた視線はアイツだったんだ…。て言うか尻軽って何よ!皆仕事仲間なんですけど!?あーまた腹立ってきた!
私はコーヒーに映る顔をグリグリと攻撃するみたいに激しくスプーンを動かした。浮かんでは歪んで渦を巻いては暫くしてまた浮かぶその顔は、やっとブチャラティと付き合えて生き生きと輝き始めた表情など消えた私。
「不細工な顔…。」
「おいおい、冗談でも聞きたくない事言ってるな。」
本当に心から出た言葉を拾い取ったのはブチャラティだった。この前のデートで見つけた持ち手が金色で白とピンクのお揃いのマグカップ。その白いカップを手にして隣に座る彼は怪訝な顔をして此方を見ていて、私は隠さなきゃと無理矢理口角を上げて「冗談じゃないわよ。私より可愛い子なんて今日も沢山見たものっ。観光客でもね、日本人の可愛い子に道を聞かれたの!」と少しトーンを上げて話した。でも本当の話しで、クリクリした瞳で小柄な女性は可愛らしくて女の私でも話せて嬉しいくらいだったもの。男なら尚更嬉しくてデートの約束まで漕ぎ着けたいくらい。
「……何かあったのか?」
「ぇ…。な、何って?ああ、ちゃーんと教えてあげたわよ!昔近所に住む日本のおばあさんに日本語教えてもらった事あったから!良かったーって思って!」
「オレはおまえの事を聞いてるんだ。名前…最近おかしいぜ。」
「おかしくないわよ!」
「ほらな、イライラしてる事が多い…まあ可愛いけどな。」
「わっ!ちょっ…と!」
焦る私の手からマグカップを取り上げると、あっという間に座るソファの上で組み敷かれてしまいバクバクと心臓まで慌てる。いつ見てもかっこいい。そのブチャラティの揺れる揃った黒髪から覗く射抜くみたいな瞳に胸が苦しくなって、お互いの胸の間を手で押して距離を保とうとした。じゃないと色々と動揺しているのがバレちゃいそう。
「イライラしてる私が可愛いなんて、貴方って前から思ってたけどMじゃあないの!?」
「違うぜ。オレは怒ってるおまえを困らせて辱しめたいだけだ…。」
「ぁ…もう!今はやだってば!」
それでも私の顎を持ち上げて唇をなぞる親指はキスする合図の1つ。身体はして欲しいのに、真実を溢してしまいそうで首を左右に振って意思表示をするのにブチャラティは簡単に塞いでしまう。すると簡単に「っ…は…。」と声が漏れてしまう。柔らかいソレが歯列をなぞり、先端が私の舌を擽りちゅっと吸われると抵抗なんて無意味になる。
「ぁ…は…ぁ…ブチャ…。」
「ん…ブローノって呼べよ。オレ達しか居ないんだぜ?」
「まだ慣れないし…皆の前で呼んじゃいそうだもの。」
「オレは早く言いたいんだがな…街の人にはそう公言してるんだし、暗殺チームの奴等にはバレてるんだ。あいつ等に嘘つく必要は無いだろ。」
「嘘…。」
そうだ…私、ブチャラティに嘘ついてるから苦しくて仕方ないんだ。
迷惑かけない為の"いい嘘"の筈なのに、どんどん追い込まれていく自身に気付いてどうしたらいいか一瞬頑なだった気持ちが揺らぐ。狙われている私だけが解決出来たらいいんじゃあないの?
「……1ついいか?」
「うん、何?」
「付き合うにあたって、もしオレに嘘ついたら…キスするの暫く禁止する。」
「ええ!?」
いきなりの条件に私は大きな声を上げてしまった。何故なら既に嘘をついているから"キス禁止"は確定なのである。恋人とキスが出来ないなんて愛情表現の1つが奪われた訳で、条件を出したブチャラティにとっても酷な事だと思う。
だって付き合ってから、仕事終わりにデートしたりお泊まりしたら…何回キスしてるかなんて解んないくらい。うわ…考えたら恥ずかしい…けど、そのくらいしてる訳で…冗談……では無さそう。
ブチャラティは別に困らないとばかりに動揺もせず、寧ろ「嘘つかなければいいだろ?」と爽やかな笑みを浮かべている。それとも隠し事はバレていないにしろ、何かしら嘘を言ってると探って言っているのだろうか…どちらにしろ拒否しても突っ込まれそうだしと、私は引けずに同意するしかなく首を縦に動かした。
ブチャラティは幹部になるだけあって素質も率いる指導力もあるから、有無を言わさない雰囲気を出す時がある。多分反論していたのは今も昔も私だけだっただろうけど、今は頷いておこう。
バレた時は仕方がない…私なら我慢できるわよ!キスでしょう!?余裕よ!よゆー!
「約束するわ。嘘ついたらキス禁止ね。」
「期限は1週間な。」
「1週間…。」
果たして1週間は短いのか長いのだろうか…。具体的な期間にグッと眉を寄せて考えるが、意外とあっという間に1日は過ぎて行くし速い気がする。
すると彼が私の腕を引くと身体を起こされてぐらりと一気に視界は反転した。気付いた時には座るブチャラティの上に向き合う形。どうしてどの角度で見ても綺麗なの?芸術品みたいでズルい…だからファンだって出来ちゃうのよ。
私は珍しく見上げる彼の顔を観察しながら沁々と神様へ問いかけた。
「さっき『怒ってるおまえを困らせて辱しめたい』って言ったろ?」
「うん…変な趣味ねって思った。」
「ははっ、酷いな。惚れてるんだよ。さっきみたいに怒ったり悩んだり、今みたく頬赤らめたり疲れてる時だって…どんな名前も可愛い。不細工なんかじゃない…綺麗だよ。」
睫毛からキラキラ水面に太陽が反射するみたく光る瞳で、綺麗な形の唇で、身体中がときめいちゃう程の魅力的な声で言われたら泣きそうになる。疲れきっている心が癒されていき、気付いた時には普段なら届かないブチャラティの頭ごとぎゅうっと腕に閉じ込めていた。
恋人の力ってすごい…。きっと私1人じゃ行き詰まったままだったかも。
「ありがと…。」
身体と同じで感謝の言葉も自然と伝えていた。早く解決して、もう1度ブチャラティの前で心から笑いたい。不安にならずに大好きって伝えたいし、外でも気にせず手を繋いだりデートを楽しみたい。
この前のデートだって気が気じゃなくて、楽しむよりも疲れちゃってデートの内容を思い出せない程だったもの。
しかし家の中だったら見られている事もない。そう気付くと、もう少し甘えたくなった私は瞳を閉じてずっとこうしていたくなった。何だかこの落ち着く感じ…子供の時にお気に入りだった人形を抱き締める時の感覚に似てるなぁ。
「…随分積極的だな。名前、胸…顔に当たってる。」
「バカ!前言撤回!もう今日はコーヒー飲んで寝る!」
それなのにこう言う時の雰囲気読まないブチャラティの発言に、危機を感じて私は真っ赤になって離れたが間に合わない。甘える所では済まされない状況に、じりじりと身体の隅々まで熱が湧く。
「バカはおまえだよ…子供じゃあないんだ、簡単に寝かせるかよ。」
「ひゃ!」
「エッチな顔も好きだぜ…名前。」
ああもう!
こうして意地悪な表情を浮かべる彼の腕に子供の様に抱き上げられて、私はいつもの様に寝室へと連れて行かれるのだった。
be continued