Waitress, Waitress
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こんなことになるなら、ずっと知らないままでいたかった──
でも、結局こうなる運命だったのだと、後になってそう思うのは、きっと私は彼の、何も知らなかったということ──
***
ほんの出来心だった。ただ、驚かせたいとか、そんな軽い気持ちだった。でも、私がついていくことに、ペッシは最初からいい顔はしなかった。それに強引についていった私が悪いのだ。そう、私が悪い──
***
彼がいる部屋の前まできた時だ。タイミングよく入口が開く。
ペッシが呼びに行く予定時刻にピッタリだったから、彼が出てきたのだとばかり思っていたのに──それが不運の始まり──
「あ……」
部屋から先に出てきたのは、一人の女性。自分とは似ても似つかないような、きらびやかで妖艶な雰囲気をまとっていた。その後に出てきたプロシュートは私を見つけると、女が絡ませていた腕を振り解く仕草をしてみせた。
偶然鉢合わせしてしまった最悪の瞬間に、私はただ立ち尽くしていた。
先に話しかけてきたのは、女の方。
「あら、ペッシくんに……この子が噂の彼女さん?」
その人は、私を上から下まで品定めするかのように視線をなぞると、あざ笑いを浮かべた。
「じゃあ、私はこれで……あ、昨日の夜は楽しかったわ。それじゃあまた、連絡……待ってるから」
そういって、彼の頬に軽くキスを落として、去っていく。それに対して彼は、顔色一つ変えずにただ突っ立っていた。
オロオロし始めるペッシをよそに、私は彼を問い詰める。
「ねぇ……これはいったいどういう事!? 昨日は仕事だって、私にはそう言ってたよね!?」
「あぁ、言ったな……」
「でも、実際は女の人と会ってたの……?」
「そうだ、これが仕事だ」
「仕事って……なにそれ? そんな仕事なんてあるわけないでしよう!? ねぇ、どういうこと!?」
その問いかけには、まったく聞く耳をもたないと言わんばかりに、おもむろに胸元からタバコを取り出す。そして、何事もなかったかのように、ライターで火をつけようとしたから、思わず怒りが込み上げてきた。“バカにしないで”と言わんばかりに、思い切り彼の頬に怒りをぶつけた。気持ちいいくらいの乾いた音が、辺りに響き渡った。
手の平がジンジンと痛む。私はきっと、涙を堪えるあまり、ひどい顔をしているにちがいない──そう思ったから、思わず顔を背けた。
しばらくの沈黙の後、プロシュートが口を開く。
「俺は初めに言ったはずだ……余計な詮索はするな──と。それに、何があっても構わないと、そう言ったのはオメーのはずだ」
その言葉に、ハッとさせられる。身勝手だったのは私の方──
「だから、オメーは見る目がねぇんだよ。俺みたいな奴を選んじまうとはよォ……だから最初に言ってやったんだ、やめておけってなァ。それでもオメーはいいと言った。だが、これでもうわかったろ? 二度と俺には関わるな……行くぞ、ペッシ」
「へ、ヘィ! 兄貴ィ 」
彼の足音が遠ざかる──私はその場にしゃがみ込み、身動きがとれなくなってしまった。その時だ。プロシュートの後を追って、行ってしまったとばかり思っていたペッシが、振り返りざまにこっちに戻ってきた。そして、私に向かって話し始める。
「……なぁ、これだけはわかってほしい……兄貴は、あんなこと言ってたけど……けどよォ、兄貴は本気であんたの事が──」
言いかけたところで、プロシュートの怒りに満ちた怒鳴り声に、血相を変えて戻っていってしまった。
彼は一体何を言い残そうとしたのかは、今となっては、もうわからないままとなってしまった。
***
アジトにたどり着いた俺は、ドカリとソファーに腰を下ろす。
アイツに叩かれた頬が、今頃になってジワジワと痛みを持ち始めていた。口元を指で拭うと、少し血がついている。当たりどころが悪かったのか──口内が切れてしまったようだ。あれくらい、止めようと思えば、簡単に止められた。でも、できなかった。そう思っていると、不意に心配そうに俺を見ているペッシの視線に気がついた。
「あ、兄貴ィ……大丈夫ですかィ? それと、オイラがアイツを連れてきちゃったばっかりにあんな……このまま別れたりしないですよね……? だって兄貴は──」
「おい、ペッシ……オメー、さっきアイツになんか言ったか?」
わざと睨みを効か背で問いかけると、額から汗を流しながら目を泳がせる。
「な、何も言ってませんですぜィ ……それより、何か冷やすものとってきます」
そういって、ペッシはキッチンへと向かう。まぁ、あの短時間だ……余計なことをいう暇なんて、きっとなかっただろう。
その時、勤務から帰ってきたホルマジオがリビングに顔を出した。同じタイミングで、ペッシが氷水を持って、俺の元に戻ってくる。
「これで冷やしてくだせィ ……」
「ペッシ……オメーは何も悪くねーよ。悪いのは俺だ……」
それだけ告げて、頬にタオルを当てた。
その様子を黙って見ていたホルマジオが話しかけてきた。
「おいおい、どうした、その面はよォ? 派手にやられたみてーだが……喧嘩か? まさか女にやられたとか? いや、それはねーよなァ。昔ならまだしも、今じゃあ余計ないざこざが起こらねーように、適当に遊んでんだろ?」
「……」
「……おいおい、そのまさかかよ? なんだ、オメー、珍しく本気になるような女と付き合ってたのかよ?」
声に出して高笑いを浮かべるホルマジオに、“うるせー、黙ってろと”と、吐き捨てて、俺はバルコニーへと出た。
見上げた空はラベンダーが色濃く映り、もうすぐ夕闇が迫ろうとしていた。
俺はおもむろに、胸ポケットからタバコを取り出して火をつける。そして、真っ直ぐ立ち上がり、やがて闇夜に消えゆく紫煙をぼんやりと眺めながら、アイツの最後の顔を思い浮かべていた。
泣いていた……あんな表情をさせたかったわけじゃあない。俺はアイツの笑顔が好きだった。好きだからこそ、いや、本気になる前に、アイツをこの世界から遠ざけたかった。
俺とアイツは生きる世界が、あまりにも違い過ぎる。アイツになんらかの非が及ぶ前に、この関係は終わらせるべきだと思っていた。本気で好きだったからこそ──
タバコを咥えて思いっきり息を吸い込むと、煙が傷に染みて、思わず声を上げた。
「イッテェなァ、クソ……」
でも、その痛みは、本当に殴られた頬の痛みだけだろうか。本当に痛むのは──
風が少し出てきたから、夕闇空に吐き出した煙は、瞬く間に消えてしまう。アイツの俺に対するの想いも、こんなふうに、サッサと消え去ってしまえばいい──
だが、俺の思いは漂いもせず、薄い煙幕となって心ごと覆い尽くしてしまうから、到底消えはしないだろう。
まさに今の一服は、酷く苦い血の味がした。
でも、結局こうなる運命だったのだと、後になってそう思うのは、きっと私は彼の、何も知らなかったということ──
***
ほんの出来心だった。ただ、驚かせたいとか、そんな軽い気持ちだった。でも、私がついていくことに、ペッシは最初からいい顔はしなかった。それに強引についていった私が悪いのだ。そう、私が悪い──
***
彼がいる部屋の前まできた時だ。タイミングよく入口が開く。
ペッシが呼びに行く予定時刻にピッタリだったから、彼が出てきたのだとばかり思っていたのに──それが不運の始まり──
「あ……」
部屋から先に出てきたのは、一人の女性。自分とは似ても似つかないような、きらびやかで妖艶な雰囲気をまとっていた。その後に出てきたプロシュートは私を見つけると、女が絡ませていた腕を振り解く仕草をしてみせた。
偶然鉢合わせしてしまった最悪の瞬間に、私はただ立ち尽くしていた。
先に話しかけてきたのは、女の方。
「あら、ペッシくんに……この子が噂の彼女さん?」
その人は、私を上から下まで品定めするかのように視線をなぞると、あざ笑いを浮かべた。
「じゃあ、私はこれで……あ、昨日の夜は楽しかったわ。それじゃあまた、連絡……待ってるから」
そういって、彼の頬に軽くキスを落として、去っていく。それに対して彼は、顔色一つ変えずにただ突っ立っていた。
オロオロし始めるペッシをよそに、私は彼を問い詰める。
「ねぇ……これはいったいどういう事!? 昨日は仕事だって、私にはそう言ってたよね!?」
「あぁ、言ったな……」
「でも、実際は女の人と会ってたの……?」
「そうだ、これが仕事だ」
「仕事って……なにそれ? そんな仕事なんてあるわけないでしよう!? ねぇ、どういうこと!?」
その問いかけには、まったく聞く耳をもたないと言わんばかりに、おもむろに胸元からタバコを取り出す。そして、何事もなかったかのように、ライターで火をつけようとしたから、思わず怒りが込み上げてきた。“バカにしないで”と言わんばかりに、思い切り彼の頬に怒りをぶつけた。気持ちいいくらいの乾いた音が、辺りに響き渡った。
手の平がジンジンと痛む。私はきっと、涙を堪えるあまり、ひどい顔をしているにちがいない──そう思ったから、思わず顔を背けた。
しばらくの沈黙の後、プロシュートが口を開く。
「俺は初めに言ったはずだ……余計な詮索はするな──と。それに、何があっても構わないと、そう言ったのはオメーのはずだ」
その言葉に、ハッとさせられる。身勝手だったのは私の方──
「だから、オメーは見る目がねぇんだよ。俺みたいな奴を選んじまうとはよォ……だから最初に言ってやったんだ、やめておけってなァ。それでもオメーはいいと言った。だが、これでもうわかったろ? 二度と俺には関わるな……行くぞ、ペッシ」
「へ、ヘィ! 兄貴ィ 」
彼の足音が遠ざかる──私はその場にしゃがみ込み、身動きがとれなくなってしまった。その時だ。プロシュートの後を追って、行ってしまったとばかり思っていたペッシが、振り返りざまにこっちに戻ってきた。そして、私に向かって話し始める。
「……なぁ、これだけはわかってほしい……兄貴は、あんなこと言ってたけど……けどよォ、兄貴は本気であんたの事が──」
言いかけたところで、プロシュートの怒りに満ちた怒鳴り声に、血相を変えて戻っていってしまった。
彼は一体何を言い残そうとしたのかは、今となっては、もうわからないままとなってしまった。
***
アジトにたどり着いた俺は、ドカリとソファーに腰を下ろす。
アイツに叩かれた頬が、今頃になってジワジワと痛みを持ち始めていた。口元を指で拭うと、少し血がついている。当たりどころが悪かったのか──口内が切れてしまったようだ。あれくらい、止めようと思えば、簡単に止められた。でも、できなかった。そう思っていると、不意に心配そうに俺を見ているペッシの視線に気がついた。
「あ、兄貴ィ……大丈夫ですかィ? それと、オイラがアイツを連れてきちゃったばっかりにあんな……このまま別れたりしないですよね……? だって兄貴は──」
「おい、ペッシ……オメー、さっきアイツになんか言ったか?」
わざと睨みを効か背で問いかけると、額から汗を流しながら目を泳がせる。
「な、何も言ってませんですぜィ ……それより、何か冷やすものとってきます」
そういって、ペッシはキッチンへと向かう。まぁ、あの短時間だ……余計なことをいう暇なんて、きっとなかっただろう。
その時、勤務から帰ってきたホルマジオがリビングに顔を出した。同じタイミングで、ペッシが氷水を持って、俺の元に戻ってくる。
「これで冷やしてくだせィ ……」
「ペッシ……オメーは何も悪くねーよ。悪いのは俺だ……」
それだけ告げて、頬にタオルを当てた。
その様子を黙って見ていたホルマジオが話しかけてきた。
「おいおい、どうした、その面はよォ? 派手にやられたみてーだが……喧嘩か? まさか女にやられたとか? いや、それはねーよなァ。昔ならまだしも、今じゃあ余計ないざこざが起こらねーように、適当に遊んでんだろ?」
「……」
「……おいおい、そのまさかかよ? なんだ、オメー、珍しく本気になるような女と付き合ってたのかよ?」
声に出して高笑いを浮かべるホルマジオに、“うるせー、黙ってろと”と、吐き捨てて、俺はバルコニーへと出た。
見上げた空はラベンダーが色濃く映り、もうすぐ夕闇が迫ろうとしていた。
俺はおもむろに、胸ポケットからタバコを取り出して火をつける。そして、真っ直ぐ立ち上がり、やがて闇夜に消えゆく紫煙をぼんやりと眺めながら、アイツの最後の顔を思い浮かべていた。
泣いていた……あんな表情をさせたかったわけじゃあない。俺はアイツの笑顔が好きだった。好きだからこそ、いや、本気になる前に、アイツをこの世界から遠ざけたかった。
俺とアイツは生きる世界が、あまりにも違い過ぎる。アイツになんらかの非が及ぶ前に、この関係は終わらせるべきだと思っていた。本気で好きだったからこそ──
タバコを咥えて思いっきり息を吸い込むと、煙が傷に染みて、思わず声を上げた。
「イッテェなァ、クソ……」
でも、その痛みは、本当に殴られた頬の痛みだけだろうか。本当に痛むのは──
風が少し出てきたから、夕闇空に吐き出した煙は、瞬く間に消えてしまう。アイツの俺に対するの想いも、こんなふうに、サッサと消え去ってしまえばいい──
だが、俺の思いは漂いもせず、薄い煙幕となって心ごと覆い尽くしてしまうから、到底消えはしないだろう。
まさに今の一服は、酷く苦い血の味がした。
the END