丸氷
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
カランっ──と、グラスの中で丸氷が鳴る。
俺はバールのカウンターで、珍しくうな垂れていた。酒はそれなりに強い方だ。だが、今日は 酩酊 するが、少しばかり早いような気がする。
その理由は分かっている──アイツのせいだ。
アイツと初めて出会ったのも、このバールだった。それはただの暇つぶし──
あの日──俺は一人でこのバールに訪れた。そして、偶然目に止まったアイツに『一杯付き合ってくれねェか?』と、声をかけた。
アイツは俺に一瞬目を向けるも、さも興味なさそうに『やめといたほうがいいわ』と、一言だけ告げる。そして、再び正面のグラスに目線を移す。
俺はその横顔に、なぜか惹かれた。理由はまだ、わからないままに──
***
大抵そのバールに行けば、アイツに会えた。
いつもなら、女のほうから俺に腰振り擦り寄ってくる……はずなのに、アイツはそうじゃあなかった。どれだけ甘い言葉をかけようとも、いつも素気のない返事が返ってくるだけ──
誘いに乗らないその態度が、俺のプライドに火をつけた。必ずアイツを俺の物にしたい。身も心も全て──と、少しばかり躍起になっていた。
でも、今になって思えば、アイツはあのときすでに、“自分に近付くな”と、警告していたのかもしれない。俺は夢中になり過ぎていて、そのことに気付けずにいた。
***
それから幾分か言葉を交わし、わかり合っていくうちに芽生えていく感情──それに名前をつけるのなら、人は“恋”と呼ぶのだろう。
俺は柄にもなく、アイツに本気で恋をしていた。ようやく胸の内を言葉に晒け出し、アイツの唇に重ねた──
しかしその 一時 は、そう長く続かなかった。その日は突如として訪れる──
俺は一人、リゾットに呼びつけられる。そして、見せられたのは一枚の写真。それを目にした瞬間、俺は大きく目を見開く。そこに写っていたのは、紛れもないアイツの姿だった。
リゾットは、俺とアイツの関係に気付いていた。しかし、淡々と話を続ける。
「プロシュート……お前、この女を知っているな?」
リゾットが睨みつけるように、真紅の瞳を差し向ける。俺は思わず目線をそらす。次になにを言われるか──すでにわかってしまったから。
リゾットは、俺の返事を待たずして話を続ける。
「次のターゲットだ……この女は、組織の情報をかぎ回っているスパイだ。お前、まさかはめられていることに、気付いていなかったのか……?」
「ハンッ、まさか……だろ?」
「まぁいい……この任務はお前に任せる。分かっていると思うが、任務に私情は挟むな──」
「あ? 聞き捨てならねーなァ……リゾットよォ、随分と俺をみくびってやがるようだが……そんなことは当たり前だ」
そのときだけは感情を押し殺し、当然の台詞を口にする。もちろん分かっている……俺はプロだ。任務となれば、女、子供問わずに殺してきた。
「さっさと肩をつけてくるから、黙ってろ」
そう吐き捨てて、部屋を出た。
***
正直堪たえた。まさかアイツが……と思わずにはいられなかった。そして、図らずも今夜、俺はアイツと会う約束をしていた。
柄にもなくやるせない思いが押し寄せてくる。それを誤魔化すかのように、俺は静かにタバコに火をつける。殺るなら今夜だ──この機会を逃すわけにはいかなかった。
***
待ち合わせの時間になったとき、アイツから突然連絡が入る。店には行かず、ビルの屋上に来てほしいと言われた。俺はすべてを悟って、すぐさま屋上へと向かった。そこで待っていたアイツは、月明かりに照らされて、いつにもなく綺麗に映ってみえた。
「おい──」
呼び声に振り向いたアイツが、夜空を見上げる。
「ねぇ、見て……綺麗な星空……本当に綺麗──」
そういうアイツの頬を涙が伝った……ように見えた。
俺は、大きく息を吸い込み静かに吐き出すと、スッと視線を合わせた。
「俺は今からオメーに、一つ質問をする──」
「不躾ね……何?」
「今までのことはすべて、情報を聞き出すための芝居だったのか?」
俺の質問に、アイツは一瞬目線を背け、それから鼻で笑うのがわかった。
「何、そのふぬけた質問……あなた、それでもギャングなの? それに、そんなこと言えた義理かしら? あなたこそ……その容姿でもって普段から色香の任務もこなしてきたんでしょう? 本当……バカな男」
あざ笑うアイツに、俺は返す言葉が見つからなかった。当然だ……普段平気でやっているのは俺自身。今までのツケが回ってきただけだ。
「じゃあ、初めて会ったときに、なんであんなこと言ったんだ?」
「さぁ……そんなこと覚えていないわ……とにかく、私はあなたから情報を聞き出すためだけに近づいた……ただそれだけよ」
「まぁ、それももう終わりだ……相手が悪かったな……」
俺は静かにスタンド能力を発動させようとするも、思考が停止する。言葉が、出てこない。俺のスタンドは……?
「どうしたの……?」
口角を吊り上げるアイツが、俺の目の前に立つと同時にねじ伏せられる。いったい何が起こっているのか──俺はスタンド攻撃を食らっていたのだ。アイツは、俺と同じスタンド使い──惹かれ合うのは必然だったということ。
「一足遅かったわね……あなたの能力……手の内はもうバレている。だから、先手をね。さて、今から消されるのは、私とあなた──いったいどちらかしら?」
アイツが俺の胸ポケットから、仕込んでいた銃を取り出して、差し向ける。そして、躊躇することなく、俺に向けて三発撃ってきた。
アイツが放った弾丸は、太ももに命中し、俺はその場に倒れ込んだまま、起き上がれなくなってしまった。見上げた先に、アイツの冷たい視線が降り注ぐ。
でも、その表情はどことなく憂いを帯びて見えた。その視線ですら、今は愛おしく思ってしまなんざ、俺は頭がおかしくなっていたのかもしれない。
それを見たアイツは、怪訝そうな表情を 露 にする。
「……ねぇ、何笑ってるの……?」
「ハンッ、やっぱりオメーはいい女だと思ってなァ」
「ハァ!? 何言ってるの!?」
「なァ……笑ってくれよ……オメーは笑顔が一番似合う」
「この期に及んで……そんな顔しないでよ……戯れ言はあの世で言って……!」
次の瞬間──アイツが引き金を引く手を止めて、瞬時に俺から離れた。
そこに現れたのは、リゾットだ。
「プロシュート……お前、大口を叩いておきながら、なんだこのザマは……? 任務に私情を挟むなと言っただろ……? 女は俺が殺る──」
「やめろ! ……いや、頼む……やめてくれ──」
まったくありえない構図だ。ひきづる足で、俺はリゾットの前に立ちはだかる。
「どけ、邪魔だ……メタリカ!」
しかし時すでに遅し──アイツは闇へと消えていった。
任務は失敗に終わり、俺は制裁を受けざる終えなかった。
幸い、受けた傷は急所が外されていたから、命に別状はなかった。しばらくすると、徐々に傷は癒えていく──しかし、心が癒えていくことはなかった。
そのとき俺は改めて知った。本気だったんだ……と。報われないのは、幾人もの命を容赦なく奪ってきた罪の重さに比例するのか──
脆くも敗れ去った恋を溶かすかのように、グラスの中で丸氷がカラン──ッ、と鳴った。
俺はバールのカウンターで、珍しくうな垂れていた。酒はそれなりに強い方だ。だが、今日は
その理由は分かっている──アイツのせいだ。
アイツと初めて出会ったのも、このバールだった。それはただの暇つぶし──
あの日──俺は一人でこのバールに訪れた。そして、偶然目に止まったアイツに『一杯付き合ってくれねェか?』と、声をかけた。
アイツは俺に一瞬目を向けるも、さも興味なさそうに『やめといたほうがいいわ』と、一言だけ告げる。そして、再び正面のグラスに目線を移す。
俺はその横顔に、なぜか惹かれた。理由はまだ、わからないままに──
***
大抵そのバールに行けば、アイツに会えた。
いつもなら、女のほうから俺に腰振り擦り寄ってくる……はずなのに、アイツはそうじゃあなかった。どれだけ甘い言葉をかけようとも、いつも素気のない返事が返ってくるだけ──
誘いに乗らないその態度が、俺のプライドに火をつけた。必ずアイツを俺の物にしたい。身も心も全て──と、少しばかり躍起になっていた。
でも、今になって思えば、アイツはあのときすでに、“自分に近付くな”と、警告していたのかもしれない。俺は夢中になり過ぎていて、そのことに気付けずにいた。
***
それから幾分か言葉を交わし、わかり合っていくうちに芽生えていく感情──それに名前をつけるのなら、人は“恋”と呼ぶのだろう。
俺は柄にもなく、アイツに本気で恋をしていた。ようやく胸の内を言葉に晒け出し、アイツの唇に重ねた──
しかしその
俺は一人、リゾットに呼びつけられる。そして、見せられたのは一枚の写真。それを目にした瞬間、俺は大きく目を見開く。そこに写っていたのは、紛れもないアイツの姿だった。
リゾットは、俺とアイツの関係に気付いていた。しかし、淡々と話を続ける。
「プロシュート……お前、この女を知っているな?」
リゾットが睨みつけるように、真紅の瞳を差し向ける。俺は思わず目線をそらす。次になにを言われるか──すでにわかってしまったから。
リゾットは、俺の返事を待たずして話を続ける。
「次のターゲットだ……この女は、組織の情報をかぎ回っているスパイだ。お前、まさかはめられていることに、気付いていなかったのか……?」
「ハンッ、まさか……だろ?」
「まぁいい……この任務はお前に任せる。分かっていると思うが、任務に私情は挟むな──」
「あ? 聞き捨てならねーなァ……リゾットよォ、随分と俺をみくびってやがるようだが……そんなことは当たり前だ」
そのときだけは感情を押し殺し、当然の台詞を口にする。もちろん分かっている……俺はプロだ。任務となれば、女、子供問わずに殺してきた。
「さっさと肩をつけてくるから、黙ってろ」
そう吐き捨てて、部屋を出た。
***
正直堪たえた。まさかアイツが……と思わずにはいられなかった。そして、図らずも今夜、俺はアイツと会う約束をしていた。
柄にもなくやるせない思いが押し寄せてくる。それを誤魔化すかのように、俺は静かにタバコに火をつける。殺るなら今夜だ──この機会を逃すわけにはいかなかった。
***
待ち合わせの時間になったとき、アイツから突然連絡が入る。店には行かず、ビルの屋上に来てほしいと言われた。俺はすべてを悟って、すぐさま屋上へと向かった。そこで待っていたアイツは、月明かりに照らされて、いつにもなく綺麗に映ってみえた。
「おい──」
呼び声に振り向いたアイツが、夜空を見上げる。
「ねぇ、見て……綺麗な星空……本当に綺麗──」
そういうアイツの頬を涙が伝った……ように見えた。
俺は、大きく息を吸い込み静かに吐き出すと、スッと視線を合わせた。
「俺は今からオメーに、一つ質問をする──」
「不躾ね……何?」
「今までのことはすべて、情報を聞き出すための芝居だったのか?」
俺の質問に、アイツは一瞬目線を背け、それから鼻で笑うのがわかった。
「何、そのふぬけた質問……あなた、それでもギャングなの? それに、そんなこと言えた義理かしら? あなたこそ……その容姿でもって普段から色香の任務もこなしてきたんでしょう? 本当……バカな男」
あざ笑うアイツに、俺は返す言葉が見つからなかった。当然だ……普段平気でやっているのは俺自身。今までのツケが回ってきただけだ。
「じゃあ、初めて会ったときに、なんであんなこと言ったんだ?」
「さぁ……そんなこと覚えていないわ……とにかく、私はあなたから情報を聞き出すためだけに近づいた……ただそれだけよ」
「まぁ、それももう終わりだ……相手が悪かったな……」
俺は静かにスタンド能力を発動させようとするも、思考が停止する。言葉が、出てこない。俺のスタンドは……?
「どうしたの……?」
口角を吊り上げるアイツが、俺の目の前に立つと同時にねじ伏せられる。いったい何が起こっているのか──俺はスタンド攻撃を食らっていたのだ。アイツは、俺と同じスタンド使い──惹かれ合うのは必然だったということ。
「一足遅かったわね……あなたの能力……手の内はもうバレている。だから、先手をね。さて、今から消されるのは、私とあなた──いったいどちらかしら?」
アイツが俺の胸ポケットから、仕込んでいた銃を取り出して、差し向ける。そして、躊躇することなく、俺に向けて三発撃ってきた。
アイツが放った弾丸は、太ももに命中し、俺はその場に倒れ込んだまま、起き上がれなくなってしまった。見上げた先に、アイツの冷たい視線が降り注ぐ。
でも、その表情はどことなく憂いを帯びて見えた。その視線ですら、今は愛おしく思ってしまなんざ、俺は頭がおかしくなっていたのかもしれない。
それを見たアイツは、怪訝そうな表情を
「……ねぇ、何笑ってるの……?」
「ハンッ、やっぱりオメーはいい女だと思ってなァ」
「ハァ!? 何言ってるの!?」
「なァ……笑ってくれよ……オメーは笑顔が一番似合う」
「この期に及んで……そんな顔しないでよ……戯れ言はあの世で言って……!」
次の瞬間──アイツが引き金を引く手を止めて、瞬時に俺から離れた。
そこに現れたのは、リゾットだ。
「プロシュート……お前、大口を叩いておきながら、なんだこのザマは……? 任務に私情を挟むなと言っただろ……? 女は俺が殺る──」
「やめろ! ……いや、頼む……やめてくれ──」
まったくありえない構図だ。ひきづる足で、俺はリゾットの前に立ちはだかる。
「どけ、邪魔だ……メタリカ!」
しかし時すでに遅し──アイツは闇へと消えていった。
任務は失敗に終わり、俺は制裁を受けざる終えなかった。
幸い、受けた傷は急所が外されていたから、命に別状はなかった。しばらくすると、徐々に傷は癒えていく──しかし、心が癒えていくことはなかった。
そのとき俺は改めて知った。本気だったんだ……と。報われないのは、幾人もの命を容赦なく奪ってきた罪の重さに比例するのか──
脆くも敗れ去った恋を溶かすかのように、グラスの中で丸氷がカラン──ッ、と鳴った。
the END