Brotherhood
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「今日は疲れた……」
思わず口に出してしまうくらい、本当に今日は一日目まぐるしかった。
こんな時は甘いものが食べたくなる。そう思い、近くのコンビニに寄って、今話題のスイーツを求めたが、売り切れ。仕方なく今日は飲もうと気持ちを切り替える。
明日も仕事だからと、ビールを一本だけ買って店を出た。しかし、自然とため息が溢れ、視線も下向きになってしまう。
今日は早く寝ようと思いながらアパートの近くまで来たとき、不意に声をかけられる。顔を上げるとそこに居たのは見知った顔──私の住む部屋のお隣さんだ。バルコニーに出て、いつものように一服しているようだ。
髪をラフに束ねてTシャツ姿──見るからにオフの装いだ。
「今帰りか?」
「そうですよ。今日はお休みだったんですか?」
「あぁ、まぁな……」
このお隣さん──いつもはかっちりとしたスーツに身を包み、髪型もピシッと結っている。
隣から物音一つしないので、何日も留守なのかなと思えば、今のように私が帰宅する頃には、バルコニーに出て一服していたり……朝に顔を合わせる事はほとんどないし……一体何をしている人なのか、皆目見当がつかない。でも、あまり深くは知らない方がいいような気もする。
***
その後──
二、三言葉を交わして、私はエントランスへと向かい自分の部屋へと帰り着く。そして、すぐさまバルコニーへ向かうと、再び声隣に向かって声をかける。
仕切られた壁の先から紫煙が見えるから、彼がまだそこにいることがわかる。
「こんばんは」
「あぁ、おかえり」
“おかえり”なんて言われるのは、ちょっと照れ臭く感じる。一人暮らしだから、家に帰ってきても“おかえり”なんて誰も言ってくれないから。
そして私は、今日あった出来事を彼に話し始める。話す内容と言えば、仕事の愚痴がほとんどだが……とにかくくだらない世間話をするのがお決まりの流れだ。
彼の一服が吸い終わるまで、こうして会話を交わす時間が、私は何気に好きだ。
「オメー、今日は飲んでんのか?」
私が缶を開ける音が聞こえたのか、彼がそう尋ねる。
「そうですよ〜。本当は甘い物が食べたかったんですけど、売り切れで」
「美味い酒ならあるぜ? こっちにきて飲むか?」
始まったのは彼の軽口。いつもそんな感じで誘われるが、普段からこんな口振りで女性を誘うのだろう。
はっきり言って、彼はかなりの男前だ。彼女の一人や二人いてもおかしくはないだろう。単なる挨拶がわりのリップサービスなのかもしれないが、中には二つ返事で彼の部屋に行く女性もいるだろう。
でも、私は丁寧にお断りをする。お隣さんとはいえ、そう易々と男の部屋に行くほどバカではないし、一応のプライドがあるからだ。いや、ちょっとビビりなだけかもしれない。
それにしても、ここで彼が女性といっしょだった所は不思議と見たことはなかった。
***
そんなある日──
その日は本当に気持ちが沈んでいた。そう、好きな人にフラれたのだ。いや、正式には好きな人に彼女がいたのだ。まぁ、単に私がその事実を知らなかっただけ。しかも知り合いと付き合っていただなんて──
この日はやけ酒と言わんばかりにお酒を買い込んで帰宅した。とにかく誰かに話を聞いて欲しい──でも、そんなときに限って彼はいない。
私は一人バルコニーに出て、夜風にあたりながらちょっと強いお酒を仰いだ。肌寒さのある夜空を見上げれば、綺麗な月が私を見下ろしていた。何故だか涙が溢れた。
「綺麗……」
思わず呟いた言葉に返事が返ってきた。
「本当だな……月が綺麗だ」
私は声のする方──隣のバルコニーに目を向ける。すると紫煙が上がるのが目に飛び込んできた。
「あの〜……」
「なんだ……?」
「続き……なにか話してくださいよ……」
「あ? 続きって……?」
「えっ……だって、いつも私ばかりが話してるし……だから、たまにはあなたの事も聞きたいです……」
「俺の話なんざ、聞いても別に面白くもなんともねぇよ。俺はオメーの下らない話が聞きてーんだ」
「下らない話……今日はいつもみたいに煙草一本じゃあ済まないですよ?」
「あぁ……」
「煙草一箱は余裕で話ちゃいますよ?」
「別に構わねーよ」
そう言われて、思わず黙り込んでしまった。だかがお隣さんなのに、なんでそこまで……?
「……どした?」
「……なんでもないです。やっぱり今日はいいです。もう寝ます。おやすみなさい」
そう告げて、部屋の中に入ろうとしたときだ。
「なぁ……ちょっと表に出てこいよ」
「えっ……」
その後の返事はなく、彼が室内へと戻ったのは気配でわかった。
表……玄関の外に出ろってことかなと思い、とりあえず玄関先へと向かう。
そして、ガチャリと戸を開けると、表に彼が立っていた。
「よォ……」
「……」
「ひでェ顔してんな」
「……ほっといてください」
そういって顔を背けた時、不意に気配が近付くなったのがわかった。
そう思った矢先──気付いたときには彼の腕の中にいた。
「いつも壁越しに思ってた……ころころ表情を変えて話てんだろうなってよォ……それはそれで楽しかった、でも、今日は違った。今すぐに抱きしめてやりたくなっちまった……まぁ、そんなのは俺のエゴだな」
「……」
言葉が出てこない。でも、私はやんわりと彼を押しのける。
「私は……その……」
「この一本を吸い終わるまででいい……このまま抱きしめさせてくれ」
彼がそういって抱き寄せてくるから、私はそのまま身を委ねた。
こんなふうにされるのは今だけかもしれない。でも私は、苦手な煙草の煙でさえ、彼の吐き出す甘い紫煙になら巻かれてもいいと思い始めていた。
さながら目の前が霞む朝靄の様なその副流煙は、徐々に私の心を蝕んでいくことだろう。
思わず口に出してしまうくらい、本当に今日は一日目まぐるしかった。
こんな時は甘いものが食べたくなる。そう思い、近くのコンビニに寄って、今話題のスイーツを求めたが、売り切れ。仕方なく今日は飲もうと気持ちを切り替える。
明日も仕事だからと、ビールを一本だけ買って店を出た。しかし、自然とため息が溢れ、視線も下向きになってしまう。
今日は早く寝ようと思いながらアパートの近くまで来たとき、不意に声をかけられる。顔を上げるとそこに居たのは見知った顔──私の住む部屋のお隣さんだ。バルコニーに出て、いつものように一服しているようだ。
髪をラフに束ねてTシャツ姿──見るからにオフの装いだ。
「今帰りか?」
「そうですよ。今日はお休みだったんですか?」
「あぁ、まぁな……」
このお隣さん──いつもはかっちりとしたスーツに身を包み、髪型もピシッと結っている。
隣から物音一つしないので、何日も留守なのかなと思えば、今のように私が帰宅する頃には、バルコニーに出て一服していたり……朝に顔を合わせる事はほとんどないし……一体何をしている人なのか、皆目見当がつかない。でも、あまり深くは知らない方がいいような気もする。
***
その後──
二、三言葉を交わして、私はエントランスへと向かい自分の部屋へと帰り着く。そして、すぐさまバルコニーへ向かうと、再び声隣に向かって声をかける。
仕切られた壁の先から紫煙が見えるから、彼がまだそこにいることがわかる。
「こんばんは」
「あぁ、おかえり」
“おかえり”なんて言われるのは、ちょっと照れ臭く感じる。一人暮らしだから、家に帰ってきても“おかえり”なんて誰も言ってくれないから。
そして私は、今日あった出来事を彼に話し始める。話す内容と言えば、仕事の愚痴がほとんどだが……とにかくくだらない世間話をするのがお決まりの流れだ。
彼の一服が吸い終わるまで、こうして会話を交わす時間が、私は何気に好きだ。
「オメー、今日は飲んでんのか?」
私が缶を開ける音が聞こえたのか、彼がそう尋ねる。
「そうですよ〜。本当は甘い物が食べたかったんですけど、売り切れで」
「美味い酒ならあるぜ? こっちにきて飲むか?」
始まったのは彼の軽口。いつもそんな感じで誘われるが、普段からこんな口振りで女性を誘うのだろう。
はっきり言って、彼はかなりの男前だ。彼女の一人や二人いてもおかしくはないだろう。単なる挨拶がわりのリップサービスなのかもしれないが、中には二つ返事で彼の部屋に行く女性もいるだろう。
でも、私は丁寧にお断りをする。お隣さんとはいえ、そう易々と男の部屋に行くほどバカではないし、一応のプライドがあるからだ。いや、ちょっとビビりなだけかもしれない。
それにしても、ここで彼が女性といっしょだった所は不思議と見たことはなかった。
***
そんなある日──
その日は本当に気持ちが沈んでいた。そう、好きな人にフラれたのだ。いや、正式には好きな人に彼女がいたのだ。まぁ、単に私がその事実を知らなかっただけ。しかも知り合いと付き合っていただなんて──
この日はやけ酒と言わんばかりにお酒を買い込んで帰宅した。とにかく誰かに話を聞いて欲しい──でも、そんなときに限って彼はいない。
私は一人バルコニーに出て、夜風にあたりながらちょっと強いお酒を仰いだ。肌寒さのある夜空を見上げれば、綺麗な月が私を見下ろしていた。何故だか涙が溢れた。
「綺麗……」
思わず呟いた言葉に返事が返ってきた。
「本当だな……月が綺麗だ」
私は声のする方──隣のバルコニーに目を向ける。すると紫煙が上がるのが目に飛び込んできた。
「あの〜……」
「なんだ……?」
「続き……なにか話してくださいよ……」
「あ? 続きって……?」
「えっ……だって、いつも私ばかりが話してるし……だから、たまにはあなたの事も聞きたいです……」
「俺の話なんざ、聞いても別に面白くもなんともねぇよ。俺はオメーの下らない話が聞きてーんだ」
「下らない話……今日はいつもみたいに煙草一本じゃあ済まないですよ?」
「あぁ……」
「煙草一箱は余裕で話ちゃいますよ?」
「別に構わねーよ」
そう言われて、思わず黙り込んでしまった。だかがお隣さんなのに、なんでそこまで……?
「……どした?」
「……なんでもないです。やっぱり今日はいいです。もう寝ます。おやすみなさい」
そう告げて、部屋の中に入ろうとしたときだ。
「なぁ……ちょっと表に出てこいよ」
「えっ……」
その後の返事はなく、彼が室内へと戻ったのは気配でわかった。
表……玄関の外に出ろってことかなと思い、とりあえず玄関先へと向かう。
そして、ガチャリと戸を開けると、表に彼が立っていた。
「よォ……」
「……」
「ひでェ顔してんな」
「……ほっといてください」
そういって顔を背けた時、不意に気配が近付くなったのがわかった。
そう思った矢先──気付いたときには彼の腕の中にいた。
「いつも壁越しに思ってた……ころころ表情を変えて話てんだろうなってよォ……それはそれで楽しかった、でも、今日は違った。今すぐに抱きしめてやりたくなっちまった……まぁ、そんなのは俺のエゴだな」
「……」
言葉が出てこない。でも、私はやんわりと彼を押しのける。
「私は……その……」
「この一本を吸い終わるまででいい……このまま抱きしめさせてくれ」
彼がそういって抱き寄せてくるから、私はそのまま身を委ねた。
こんなふうにされるのは今だけかもしれない。でも私は、苦手な煙草の煙でさえ、彼の吐き出す甘い紫煙になら巻かれてもいいと思い始めていた。
さながら目の前が霞む朝靄の様なその副流煙は、徐々に私の心を蝕んでいくことだろう。
the END