「今夜は俺のそばにいてほしい──」

　そんな事を言われるなんて思ってもみなかった。だって私は、大勢のいる内の1人にすぎないと、そう思っていたから。
　でも、あなたはそう言って、私に手を差し伸べた──私はその手を迷わず掴む。嘘でもいい、これは運命だって、そう思いたかったから──

＊＊＊

　翌朝、不意に目覚めると、傍（かたわ）らにいたはずの彼の姿がなくなっていた。
　あれは泡沫（うたかた）の夢……？　そう思った矢先、不意に彼の気配を感じ、私は物音のする方──バスルームへと向かった。思った通り、そこには彼の姿が──
　シャワーを浴びたのか……軽くシャツを羽織っただけの状態で、髪を束ねているところに出くわす。
　私はか細い声で、彼に朝の挨拶を告げる。すると、彼はゆっくりとこっちに視線を合わせた。

「何だ……もう起きてきたのかよ……今日は休みだろ？　オメーはまだ寝ててもいいんだぜ？　昨日、結構無理させちまったからなァ……」

　ニヤリと口角の端を吊り上げる彼を目の当たりにして、ふと鏡に映る自分の姿が目に入る。そこには、いくつかの赤い印──昨夜の記憶が鮮明に呼び起こされ、恥ずかしくなった私は、思わず顔を背けてしまう。しかし次の瞬間、後ろから抱きすくめられ、耳元で囁かれる。

「……急にそんな顔すんなよ。全くよォ……ここから離れたくなくなっちまうだろォがよォ……」

　言われた私は、少し力のこもったあなたの手を解き、振り返りながらゆっくりと視線を合わせる。

「ハンッ、心配すんな……俺はちゃんと戻ってくる──だからオメーは、ここで大人しく待ってろ」

　そう言って軽く触れるキスを落とし、支度を終えると彼は部屋を後にする。
　それから私はベッドルームに戻り、シーツに包まりながら、言われた通りにあなたの帰りを待つ。だから──
　今日も大袈裟で痛いくらい、私を愛していて欲しい。