シーグラス
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「ハァ……」
周囲に聞こえそうなくらいの大きなため息をつくのはこれで何度目だろうか……
アジトにしているリストランテの片隅──
頬杖をつきながら窓の方に顔を向け、1人たたずんでいるのはキアラだ。
いつからそこにいたのか……
テーブルには冷めきってしまったエスプレッソが無造作に置かれている。手にしているのはスマホ……目線を向けたかと思うと、画面を伏せて肩を落とす。
そこへ外に出ていたブチャラティが戻ってきた。
不意に店内を見渡すと、今日は非番の彼女の姿が目に留まる。憂いを帯びたその表情からは、“何かあった”ことは明白だ……と、言うのも、このような姿を見るのはこれが初めてではなかった。
また“アイツ”と何かあったな──
そう悟ったブチャラティが、キアラの元へとゆっくり歩み寄る。
「どうした、こんなところで……? 今日は、ミスタとデートじゃあなかったのか?」
問いかけると、キアラは無言のままチラリとこちらに顔を向け、『……ドタキャンされた』と、ポツリと呟く。そして再び、窓枠で区切られた風景を眺める。
またか……
ブチャラティがやるせない表情を浮かべながら、向かい側の空いている席に腰を下ろす。
『私、ミスタと付き合ってるの──』
少し照れたように話してくれた日の事をふと思い出す。
ミスタからもそれとなく、話は聞いていた
要らぬ世話とは思いつつも、女遊びも大概にしておけと、釘を刺してはおいたのだが……男の本質はそう簡単には治らない。
もちろんキアラも、ミスタと付き合うと言うことは、それ相応の諸事情もある程度は覚悟の上だとは思うが……やはり、女絡みの内情で2人が言い争う姿を時折目にしていた。
近頃はその頻度が増したようにも感じ、些 か気にはしていたのだ。
今度の原因は何か……
聞けば、待ち合わせ場所に到着した直後、急な任務で行けなくなったとの連絡が入ったと──程なくして帰ろうとした矢先、別の女と腕組みしながら並んで歩く姿を目撃してしまったらしい……ミスタの奴……全く、どうしようもないな……
ブチャラティは頭を抱えたくもなった。
「私、やっぱり遊ばれてるだけのかな……?」
「……」
かける言葉が出てこなかった。気休めでも『そんな事はない』と、言ってやるべきなのに……いや、いつもはそう声をかけている……はずなのに──
思案しながら、ブチャラティまでもが頬杖をつき、一息漏らす。その時、タイミングを計ったかのごとく、さっき注文したエスプレッソが2つ運ばれてきた
温かいうちに──と勧められ、キアラがカップに口を付ける。
『美味しい…』と、呟きながら、生気の抜けた表情を浮かべる。
そんなキアラを目の当たりにしたブチャラティが、何か思い立ったかのように急に席を立つ。そして、真っ直ぐキアラを見据える。
「今から、ちょっと俺に付き合ってくれないか……?」
一瞬目を見張るキアラだったが、その後コクリとうなずいた。そしてブチャラティは、1時間程度、車を南に走らせる。
その車内……キアラは行き先を聞くわけでもなく、ただ助手席から窓外 に流れる景色を見つめる。
時折ラジオから流れるBGMに、ブチャラティが耳を傾ける……いい曲だなと思い、ふとキアラに目を向けると、好きな曲が流れてる──と、はしゃぐ様な声と共に、穏やかに時は過ぎていく。
ドライブデートさながらの気分を楽しみながら、2人は目的地に到着する。
車から降りると、そこに見えるは入り組んだ海岸線──汐風 がキアラの髪をとかし、それにのって波の香りが鼻をくすぐる。
2人は早速、浜辺へと向かった。
***
目の前に現れたのは陽光にきらめく紺碧 の海──波間は陽の光を浴びてキラキラと輝き、遠方には広く水平線が続いている。
あの海の端まで行ったら、いったいその先には何があるのだろうか……?
ブチャラティは、背伸びをしながら大きく息をする──
「やっぱり海はいいな……」
「うん、すっごく綺麗……」
海を眺めると心が洗われるような──そんなゆったりとした気分にさせられる。
ブチャラティ自身、海に来たのは久しぶりだった。いつも煩雑で違和感を感じる……言うならば、“ゆっくりと死んでいく”ような、そんな日常だ。だが、今だけはそんな現実を忘れられる……ような気がした。
そして、隣には──
「俺は気分が滅入った時、よくこうして水平線を眺めた……海は広くてどこまでも続いている、波はどれ1つ同じ顔は持たない、見ていて飽きなかった……そんな海を見ていると、その内、抱えていた悩みなんて、ちっぽけな事のように思えてくる──」
「そっかー……でも、ブチャラティって完璧そうなのに、そんな落ち込むようなことあるの?」
「おいおい、それは買いかぶり過ぎだな。俺だって人間だ……もちろん任務で失敗もするし、それ以外の事でも──」
他愛のない会話の中、キアラの表情も徐々に和らいでいく。
「ねぇ、少し浜辺を歩いてもいいかしら?」
「あぁ、もちろんだ…… でも、あまり波に近付き過ぎるなよ? 裾が濡れるぞ」
平気──、そう言いながら、履き物を脱ぎ捨てたキアラが波際を歩き出す。
ふと足元に、砂とは違う色を見つける──
それを拾い上げ、徐 に光に透かすと……キラキラと輝きを増す──それはでまるで宝石のようだ。
「ブチャラティ、見て! きれいな石──」
キアラが小さな掌を広げる。中にあるに石のようなものを、ブチャラティが手に取り微笑む。
「あぁ、これはシーグラスだな。石じゃあなくてガラス片だ。長い時間をかけて海に磨かれるとこうなるんだ。小さい時によく集めたな……」
ブチャラティが懐かしむように目を細める。その表情は、どこか無邪気な少年に重なって見えた。それを横目に、キアラも自然と頰が緩むのが分かった。
「なんだか……宝探しみたいね」
「あぁ、そうだな」
『あっ、ここにも──』と、キアラが拾い上げたシーグラスは、水色に近い青緑色の欠片 ……
それを見つけた瞬間に、キアラの表情がパッと明るく変わる。
「このシーグラス……なんだか、ブチャラティの瞳と同じ色じゃない? すっごく綺麗……」
『そうでしょう?』──と、微笑みかけるその笑顔に、ブチャラティが心臓の高鳴りを感じる……
この笑顔が向けられるのは、本来俺じゃあない……こんな笑顔を曇らせている……ミスタは何て罪な男なのだろうか──その瞳に映るのが、今だけ俺であるのならば……
ブチャラティがジッ……とキアラを見つめながら、そっと頰に手を差し伸べる。その瞳に映るキアラは、少し不思議そうに首を傾げているが、そのまま構わず言葉を囁く。
「……ッ」
「え……」
ブチャラティ自身に驚きはなかった。気付いていたのだ……この気持ちに……ここに来るずっと前から──
ブチャラティが徐々にキアラとの距離を詰める。そのまま唇が触れてしまいそうになった時──スマホに着信が入る。
その音を聴いてはたと我に返り、慌てて後ろに1歩下がる。
「……鳴っているぞ? 出なくていいのか?」
「……」
「ミスタから…だろ? 行き先も告げずに出て来てしまったからな、きっと心配しているはずだ」
ブチャラティの言葉に、キアラがスマホの画面を確認する。しかしそれに出ることはなく、無造作に電源を切ると、そのままカバンにしまい込む。
「キアラ……?」
「……」
キアラはただ真っ直ぐ目の前の海に視線を向け──そしてブチャラティもまた、同じ様に前を見据える。
ふと、自分の指先に、キアラがそっと手を絡ませる。それに気付いたブチャラティが、その右手を強く握りしめた……
「ねぇ、ブチャラティ……もう少しだけこのまま──」
「あぁ、もう少しだけ──」
遠く水平線を見つめるキアラの頰を、夕焼けが赤く染める──
少し肌寒くなった海岸沿いに、2人の影だけが長く伸びた。
周囲に聞こえそうなくらいの大きなため息をつくのはこれで何度目だろうか……
アジトにしているリストランテの片隅──
頬杖をつきながら窓の方に顔を向け、1人たたずんでいるのはキアラだ。
いつからそこにいたのか……
テーブルには冷めきってしまったエスプレッソが無造作に置かれている。手にしているのはスマホ……目線を向けたかと思うと、画面を伏せて肩を落とす。
そこへ外に出ていたブチャラティが戻ってきた。
不意に店内を見渡すと、今日は非番の彼女の姿が目に留まる。憂いを帯びたその表情からは、“何かあった”ことは明白だ……と、言うのも、このような姿を見るのはこれが初めてではなかった。
また“アイツ”と何かあったな──
そう悟ったブチャラティが、キアラの元へとゆっくり歩み寄る。
「どうした、こんなところで……? 今日は、ミスタとデートじゃあなかったのか?」
問いかけると、キアラは無言のままチラリとこちらに顔を向け、『……ドタキャンされた』と、ポツリと呟く。そして再び、窓枠で区切られた風景を眺める。
またか……
ブチャラティがやるせない表情を浮かべながら、向かい側の空いている席に腰を下ろす。
『私、ミスタと付き合ってるの──』
少し照れたように話してくれた日の事をふと思い出す。
ミスタからもそれとなく、話は聞いていた
要らぬ世話とは思いつつも、女遊びも大概にしておけと、釘を刺してはおいたのだが……男の本質はそう簡単には治らない。
もちろんキアラも、ミスタと付き合うと言うことは、それ相応の諸事情もある程度は覚悟の上だとは思うが……やはり、女絡みの内情で2人が言い争う姿を時折目にしていた。
近頃はその頻度が増したようにも感じ、
今度の原因は何か……
聞けば、待ち合わせ場所に到着した直後、急な任務で行けなくなったとの連絡が入ったと──程なくして帰ろうとした矢先、別の女と腕組みしながら並んで歩く姿を目撃してしまったらしい……ミスタの奴……全く、どうしようもないな……
ブチャラティは頭を抱えたくもなった。
「私、やっぱり遊ばれてるだけのかな……?」
「……」
かける言葉が出てこなかった。気休めでも『そんな事はない』と、言ってやるべきなのに……いや、いつもはそう声をかけている……はずなのに──
思案しながら、ブチャラティまでもが頬杖をつき、一息漏らす。その時、タイミングを計ったかのごとく、さっき注文したエスプレッソが2つ運ばれてきた
温かいうちに──と勧められ、キアラがカップに口を付ける。
『美味しい…』と、呟きながら、生気の抜けた表情を浮かべる。
そんなキアラを目の当たりにしたブチャラティが、何か思い立ったかのように急に席を立つ。そして、真っ直ぐキアラを見据える。
「今から、ちょっと俺に付き合ってくれないか……?」
一瞬目を見張るキアラだったが、その後コクリとうなずいた。そしてブチャラティは、1時間程度、車を南に走らせる。
その車内……キアラは行き先を聞くわけでもなく、ただ助手席から
時折ラジオから流れるBGMに、ブチャラティが耳を傾ける……いい曲だなと思い、ふとキアラに目を向けると、好きな曲が流れてる──と、はしゃぐ様な声と共に、穏やかに時は過ぎていく。
ドライブデートさながらの気分を楽しみながら、2人は目的地に到着する。
車から降りると、そこに見えるは入り組んだ海岸線──
2人は早速、浜辺へと向かった。
***
目の前に現れたのは陽光にきらめく
あの海の端まで行ったら、いったいその先には何があるのだろうか……?
ブチャラティは、背伸びをしながら大きく息をする──
「やっぱり海はいいな……」
「うん、すっごく綺麗……」
海を眺めると心が洗われるような──そんなゆったりとした気分にさせられる。
ブチャラティ自身、海に来たのは久しぶりだった。いつも煩雑で違和感を感じる……言うならば、“ゆっくりと死んでいく”ような、そんな日常だ。だが、今だけはそんな現実を忘れられる……ような気がした。
そして、隣には──
「俺は気分が滅入った時、よくこうして水平線を眺めた……海は広くてどこまでも続いている、波はどれ1つ同じ顔は持たない、見ていて飽きなかった……そんな海を見ていると、その内、抱えていた悩みなんて、ちっぽけな事のように思えてくる──」
「そっかー……でも、ブチャラティって完璧そうなのに、そんな落ち込むようなことあるの?」
「おいおい、それは買いかぶり過ぎだな。俺だって人間だ……もちろん任務で失敗もするし、それ以外の事でも──」
他愛のない会話の中、キアラの表情も徐々に和らいでいく。
「ねぇ、少し浜辺を歩いてもいいかしら?」
「あぁ、もちろんだ…… でも、あまり波に近付き過ぎるなよ? 裾が濡れるぞ」
平気──、そう言いながら、履き物を脱ぎ捨てたキアラが波際を歩き出す。
ふと足元に、砂とは違う色を見つける──
それを拾い上げ、
「ブチャラティ、見て! きれいな石──」
キアラが小さな掌を広げる。中にあるに石のようなものを、ブチャラティが手に取り微笑む。
「あぁ、これはシーグラスだな。石じゃあなくてガラス片だ。長い時間をかけて海に磨かれるとこうなるんだ。小さい時によく集めたな……」
ブチャラティが懐かしむように目を細める。その表情は、どこか無邪気な少年に重なって見えた。それを横目に、キアラも自然と頰が緩むのが分かった。
「なんだか……宝探しみたいね」
「あぁ、そうだな」
『あっ、ここにも──』と、キアラが拾い上げたシーグラスは、水色に近い青緑色の
それを見つけた瞬間に、キアラの表情がパッと明るく変わる。
「このシーグラス……なんだか、ブチャラティの瞳と同じ色じゃない? すっごく綺麗……」
『そうでしょう?』──と、微笑みかけるその笑顔に、ブチャラティが心臓の高鳴りを感じる……
この笑顔が向けられるのは、本来俺じゃあない……こんな笑顔を曇らせている……ミスタは何て罪な男なのだろうか──その瞳に映るのが、今だけ俺であるのならば……
ブチャラティがジッ……とキアラを見つめながら、そっと頰に手を差し伸べる。その瞳に映るキアラは、少し不思議そうに首を傾げているが、そのまま構わず言葉を囁く。
「……ッ」
「え……」
ブチャラティ自身に驚きはなかった。気付いていたのだ……この気持ちに……ここに来るずっと前から──
ブチャラティが徐々にキアラとの距離を詰める。そのまま唇が触れてしまいそうになった時──スマホに着信が入る。
その音を聴いてはたと我に返り、慌てて後ろに1歩下がる。
「……鳴っているぞ? 出なくていいのか?」
「……」
「ミスタから…だろ? 行き先も告げずに出て来てしまったからな、きっと心配しているはずだ」
ブチャラティの言葉に、キアラがスマホの画面を確認する。しかしそれに出ることはなく、無造作に電源を切ると、そのままカバンにしまい込む。
「キアラ……?」
「……」
キアラはただ真っ直ぐ目の前の海に視線を向け──そしてブチャラティもまた、同じ様に前を見据える。
ふと、自分の指先に、キアラがそっと手を絡ませる。それに気付いたブチャラティが、その右手を強く握りしめた……
「ねぇ、ブチャラティ……もう少しだけこのまま──」
「あぁ、もう少しだけ──」
遠く水平線を見つめるキアラの頰を、夕焼けが赤く染める──
少し肌寒くなった海岸沿いに、2人の影だけが長く伸びた。
the END