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第11章 スターフィッシュ

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 翌日──
 ブチャラティは、早朝からマリーが滞在するホテルへと向かった。
 ロビーで待ち合わせた2人がまず向かった先はサンタキアラ教会──行き先は事前にマリーからリクエストされていたのだ。
 サンタキアラ教会は、13世紀半に建てられたゴシック様式の教会で、教会裏手には博物館がある。中庭はイエローとブルーの美しいマヨルカ焼のタイルで装飾されている──それはまるで絵画のようだ。

「ブチャラティ、見て──」

 マリーが不意に指差す。
 その先には、スタッコ細工の真っ白なチャペルがあるのだが──そこで挙式が行われていた。

「綺麗な花嫁さんね……」
「あぁ、そうだな」
「幸せそうな笑顔……ねぇ、私もあんな風になれるかしら?」
「当たり前だろ? 君は普通の人と結婚して幸せになる資格がある……そうだろ?」
「……普通の人と……そうね……」

 マリーはそう呟くと、少し目線を下に落とす。しかしすぐさま顔を上げ、ブチャラティの手をとる。

「さぁ、行きたいところはまだまだあるの! 行きましょう!」
「おい、ちょっと、慌てるんじゃぁない!」

 そして2人が次に向かったのは、国立考古学博物館。
 イタリアを代表する博物館の1つだ。大理石彫刻、宝石、銀製品や彫刻──バラエティーに富んだ作品が鑑賞できる。
 マリーの目的は、中二階。
 ポンペイ、エルコラーノの古代遺跡で発掘された作品──なかでも、とりわけモザイク画を鑑賞した後、ショッピングがしたいということで、お店やカフェ等が立ち並ぶ、ナポリを代表するショッピングモール──ガレリアウンベルト1世へと向かった。
 天井のガラスで造られたドーム部分には、天使や女神の彫刻が掘られおり、まるで芸術品のように美しい。

「そろそろお昼だな」
「じゃあ、ここでちょっと休憩ね」

 ブチャラティが馴染みのリストランテへとマリーをいざなう。
 席に案内され、マリーをエスコートするブチャラティは、側からみれば彼氏の様に見えるはずだ。護衛と言うより、今日は単なるデートなのだ。

「かなりのハイペースだったが……大丈夫か?」
「えぇ、ブローノと過ごす時間が楽しくて、あっという間に過ぎてしまったわ」
「大袈裟だろ? それに時間はまだまだあるじゃあないか」
「そうよね……」

 不意にマリーが寂しげな表情を浮かべた……ような気がした。
 ブチャラティは、それに気付いているのか否か……いつもと変わらぬ態度で接する。
 そして、食事を終えた2人が向かったのは、サンテルモ城だ。
 ヴォメロの丘に築かれた星形の要塞──屋上に上がれば、そこからナポリの街が一望できる……それはまさに絶景だ。俗にいう“ナポリを見て死ね”の全景と言うわけだ。
 美しい町の景色を眺めながら、マリーが呟く。

「綺麗……本当に綺麗ね……」
「あぁ……」

 しばらくの沈黙の後、ブチャラティが問いかける。

「久しぶりのネアポリス……楽しめたか?」
「えぇ、ブローノ……本当にありがとう……」
「マリー……、実は──」

 ブチャラティの話を遮るかのように、マリーが自ら語り始める。 

「ブローノ、私……結婚するの……相手はもちろん父が決めた人よ。彼、私の幼なじみなの……小さい時からずっと一緒で、私も彼と結婚するって思ってた……あなたと出会うまでは……」

 スッとマリーが静かにブチャラティを見据える。

「私、あなたと出会って世界が広がったわ。色んなことが私を待っていた……こんなにも自由があるなんて今まで気付けなかった……」
「それは全て君が成し得た事だ……俺はただ君を護衛していたに過ぎないし、寧ろ何もしちゃあいない……」

 ブチャラティの口振りは、まるでマリーを突き放すかのように聞こえる。しかし、マリーは更に続ける。

「違うわ、ブローノ! あなたがいたから私は一歩を踏み出せたの……だから──」

 そう言いながら、マリーがブチャラティの背中に両手を回し、胸の中に顔を埋めて呟く。

「ブローノ、お願い……私を連れてこのまま逃げて…… 私はあなたが好きなの……今もあなただけを──」

 しかしブチャラティは、ゆっくりマリーを引き離す。その表情は、どことなく哀しげに見えた。

「それは出来ない……マリー、君はもう気付いているはずだ、そして既に答えも決めている……その覚悟を受け入れる為にここに来たんだろ? このネアポリスに──」
「ブローノ、あなた……知っていたのね……」

 マリーが全てを悟ったかのように、ため息混じりに呟く。

「お前は嘘をついていたからな……すぐ親父さんに連絡を入れ確認させてもらった」
「じゃあ、なぜ今日──?」
「さぁ……なぜだろうな……」

 ブチャラティがネアポリスの街並みを見下ろす。

「分かったわ……いや、分かっていたの……あなたがこうする事は……あの時はキスのおねだりに答えてくれたけど……ブローノ、あなたはやっぱり私の欲しい言葉はくれないのね…… あ〜ぁ、やっぱりフラれちゃった……しかも2度もよ⁉︎ こんないい女をフったことを後悔しても知らないからね!」

 そうだな……と、ブチャラティはバツが悪そうに微笑む。

「もうすぐアバッキオが親父さんとフィアンセを連れてここに迎えにやって来るだろう……親父さんには俺からうまく伝えておいた……この後どうするかはマリー、お前次第だ……」
「分かったわ、本当気が効く事……」

 まぁな……と軽口を叩きながら、ブチャラティがフッと笑みを浮かべる。
 全く、彼は今までどれほどの女性を泣かせてきたのだろうか……しかし、どの人もきっと彼を嫌いになんてなれない……いっそのこと彼を嫌いになれた方が楽かもしれない。
 そんな彼の心を射止める女性なんて──マリーは不意に気付かされる。
 頭に浮かんだのは、昨日の──
 そしてゆっくりと、ブチャラティに問いかける。

「ねぇブローノ、一つ聞いてもいいかしら?」
「何だ?」
「あなた、今……好きな人がいるでしょう?」
「えっ!?」

 ブチャラティの目が泳ぐ……さっきまでとは打って変わり、反応があからさまだ。
 彼自身も嘘のつけない性格のようだ。

「昨日一緒だったあの子……でしょう? あなたが好きなのは──」

 マリーが見透かした様に問いかける。
 ブチャラティは暫しの沈黙の後、静かに答える。

「あぁ、そうだ……」

 ブチャラティがキアラへの気持ちをはっきり口にした。
 今まで胸の内にあったモヤモヤがスッー……と消えていくのが分かった。
 何だ……こんな簡単な事だったのか……俺は今まで、なんて遠回りをしていたのだろう。

「やっぱりね……」
「どーゆー意味だ?」
「そんなの……見てれば分かるわよ……あなたは嘘をつけないもの……いつだって自分の気持ちには正直でしょう?」
「そうか?」
「そうなのよ!……ねぇ、早く行ってあげて?」
「マリー……?」
「いいから早く! 私が……私がまだ笑顔でいられるうちに……」

 マリーが無理やり作った笑顔に、一筋の涙がこぼれる。
 ブチャラティはかける言葉を探しながら口から出たのは『ありがとう』の一言だけだった。
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