アジトに着いたキアラは、すぐさまブチャラティの居場所を尋ねる。

「あっ、おはようございます、キアラ」
「おはよう、フーゴ……あのさ、ブチャラティは……？」
「ブチャラティなら、部屋に居ると思いますけど……？」
「Grazie ──」

　そう言って、足早にブチャラティの部屋へと向かった。部屋の前で２、３呼吸を整える。
　そして、トントントンッ……とノックをした後、部屋のドアをゆっくりと開けた。

「ブチャラティ、ちょっといいかしら……？」
「あぁ……」

　改めて、ブチャラティ本人を目の前にすると、昨日の事がさらに鮮明に蘇る。
　同時に少し自分の顔が赤らむのを感じたキアラが隠すように顔を背ける。

「どうかしたのか……？」
「いや……あのさ、私──」

　そう言いかけた所で、キアラの視界がグニャリと歪む。

「──ッ！？」

　キアラが思わず額を押さえながら、手で顔を覆う。その様子を心配したブチャラティが咄嗟（とっさ）にキアラの元に駆け寄る。

「どうした、キアラ？　どこか具合が悪いのか……？」
「う、ううん、大丈夫……ちょっと目眩（めまい）が──ッ…」

　まただ……息が、できな、い──

　プロシュートの時と同様に呼吸困難に陥ったキアラが、胸元を掴みながらその場に倒れ込んでしまう。

「キアラッ！？　おい、キアラ──ッ……！？」

　しばらくして──

「……ん…っ……」
「キアラッ！　……気がついたか……？」

　場所はアジトの仮眠室のベッドの上。
　キアラがゆっくりと目を開けると──そこに居たのはブチャラティだ。
　倒れたキアラを仮眠室まで運び、ずっと看病していた事が窺（うかが）える──そして、その表情はどこか 憔悴（しょうすい）して見えた。

「私──？」
「倒れてしばらく目覚めなくてな……でも、意識が戻って良かった……本当に良かった……」

　ブチャラティがようやく安堵（あんど）の表情を浮かべる。

「もしかして……今までずっとここに？」
「当たり前だろ！？　こんなお前をほっといて、仕事なんて手につくわけないだろ！？」
「ブチャラティ……」
「とりあえず、もうしばらくここで休むといい……」
「あ、ありがとう……」

　このままキアラが目覚めなかったら……と思うと、心配でいても経ってもいられなかった事を、きっとキアラは知る由もない──
　そういう思いもあるからか、ブチャラティがキアラをやるせ無い表情で見据える。

「あのさ、ブチャラティ──」

　キアラがそう言いかけた時、ノック音と同時にミスタがやって来た。

「ブチャラティよォ、お取り込み中のところ悪いんだが……、お客さんだぜ？」
「客……？　この状況だ。今は立て込んでいるとでも言って断ってくれるか？」
「いや〜俺だってそう思って断ったんだがよォ、ど〜してもブチャラティを出せってきかなくて、しつこく居座ってんだわ……」

　頭の後ろを掻きながら、ミスタもバツが悪そうな表情を浮かべ、さらに話を続ける。

「“マリー”だって言えば分かるって言ってんだけどよォ……知り合いか？」
「マリー……？　まさか──」
「ブチャラティ、行って？　私ならもう大丈夫だから！　それに少し喉が渇いたから、水を飲みに行きたいし……」
「そうか……」

　そして皆が集ういつもの場所へと向かうと──

「ブローノ……？　ブローノ──ッ！」

　ブチャラティを目にした女が即座にこちらにやって来る──…どうやら彼女がブチャラティを待っていた“マリー”のようだ。
　マリーはキアラには目もくれず、一目散にブチャラティの元へと駆け寄る──そしていきなり抱きついたかと思うと頰にキスをした。

「──ッ！？」
「ブローノ、会いたかった……居るなら早く来てよね？　さっきからずっと待ってたのよ？」

　マリーは少し拗ねたような表情を浮かべている。それを目の当たりにしたキアラの動きが一瞬止まる。
　ブチャラティはそれを軽くあしらいながら、マリーに向き直る。

「お前……マリー……なんだな？」
「そうよ、見れば分かるでしょ？　あの頃と美貌はそう変わらないでしょ？」
「そうだな……少しは大人っぽくなったように感じるが……？」
「そうかしら……？　とにかく、会いたかったわ、ブローノ……！」

　そう言って、マリーが再びブチャラティに抱きつく。



　ブチャラティをファーストネームで呼ぶこの“マリー”の正体は──？
　波乱の予感がしたのは言うまでもなかった。