第9章 バタフライ

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あなたの名前は?
ヒロインの名前になります。(未入力の場合は、キアラになります)

 そして──
 ブチャラティと別れたキアラがしばらくしてやって来たのは、ネアポリスの高級リストランテの最上階。
 そう……ボスからの伝言メッセージには、こう記されていた。

 重要事項──
 詳細は下記の通りだ。

 3月14日
 時間は19時
 場所はリストランテ──

 欠席は認めない。以上。

 キアラは、一呼吸置いてからエレベーターに乗り込む。
 ガラス張りのエレベーターからは、綺麗な夜景が望めるにもかかわらず……キアラの瞳に映るのは、ただの真っ暗闇に他ならなかった。
 到着したキアラが予約席へと案内される。
 しばらくしてそこに現れたのは、幹部のペリーコロだ。

「ペリーコロ……さん──!」
「おや、少しは目上を敬う事を覚えた様だな、キアラ……? 久しぶりだなァ、元気にしておったか?」
「貴方がわざわざ出向くなんて……」
「いきなりじゃが、ボスからの指令だ。お前は今後、ある任務についてもらう」
「ある任務……?」

 キアラ怪訝けげんそうな表情を浮かべながら、ペリーコロに視線を向ける。
 ペリーコロは、少し間を空けて話を続ける。
 その内容はキアラにとっては予期せぬ物だった。

「それは、暗殺者ヒットマンチームの指揮を取ってもらう事だ」
「暗殺者チーム……!?」

 明らかにキアラの表情に動揺が色がにじみ出る。

「何だ、その顔は……? お前の部下だろう?いや、“元”部下か……」
「……」
「まぁ、それはさておき、本題に入るが──」

 それを横目にペリーコロは淡々と話を続ける。その話を遮るように、キアラが強い口調で詰め寄る。

「ちょっと待ってよ! 私はあの時言ったはずよ!? もう二度と暗殺はしないって!」
「あぁ、そうやって逃げたなぁ……あの時はどうやってボスをあざむいたかは知らんが……今回は従った方が身の為だな……前のような事がまた通用するとは思えん……これは、ワシからの警告だ、いいな……?」
「……」

 キアラが下唇を噛み締めながら、口をつむぐ。

「まぁ、期間は1週間程度くらいか……任務さえ遂行すれば、また保護任務に戻れる。その間の責任は、全てブチャラティに任せるようにとのご達しだ」
「……分かった」
「また、詳しい日にちが決まり次第、伝言が届くはずだ……それと──」

 ペリーコロが不意に視線を向ける。
 その先には、いつの間にいたのか気付きはしなかったが、男が1人立っていた。

「あいつがお前に話があると言っておってな……」
「私に……?」

 キアラが鋭い視線を向ける。

「さて、ワシはもう帰るとする……話は、あいつと食事をしながらでもするといい」

 そう告げると、ペリーコロはその場を後にする。入れ違いにやってきた男がキアラに話しかける。

「お前がキアラ……か?」
「──ッ!」

 キアラはこの男の声に聞き覚えがあった。そう、それはあの時頭に流れ込んできた声だった。

「あんた、一体何者……!?」
「俺か? 俺は……まぁ、この世界じゃあギャング組織の幹部らしいが……まぁ、悪くはないな……」
「ん? 何を言ってるの?」
「とりあえず、“D”……とでも呼んでくれ」
「D……?」
「さて、腹も減ったし……飯でも食おうぜ? 冷めちまう前になァ……」

 そう言いながら、男は上品にコース料理を食べ始める。
 キアラは男を気にしつつも様子を伺う為、黙って同じく料理を口にする。
 特に会話もないまま、食後の飲み物が運ばれてきた。その時やっとDが話し始める。

「お前……あの時、俺の声が聞こえたのか?」

 その質問に“やはり”と、キアラが確信する。

「えぇ、聞こえたわ……あれはどういう意味……?」
「おいおい、俺に探せと命令したのは、お前自身だぜ、キアラ?」
「私が……!? 何を言ってるの……? 私と貴方が会うのは今日が初めてのはず……だとしたら、それは一体どういう──」
「まぁ詳しいことは、今度またゆっくり話すとして……今日は──」

 そう言いながら、不意にDがキアラに近づく。
 そしてあごを持ち上げ、さらに距離を縮める──
 キアラは思わず目をつむる。

「……」
「おい、いつまで目を閉じてるつもりだ?」
「えっ……?」

 Dにそう言われて、キアラがパッと目を開けた所で、不意にまた目が合う。

「何か……した?」
「お前、まさか俺が“キス”するとでも思ったのか?」

 Dの嘲笑あざわらうかのような眼に、キアラの顔が徐々に赤くなる。
 あんな事をされたら、少なからずそうされるのかもと思った自分が、心底恥ずかしくなった。

「だ、だって──」
「残念だが、俺はイタリアーノじゃないからな」
「じゃあ、さっきは一体何を──」
「ちょっとな……」
「……?」
「まぁ、後で分かる……さてと……用も済んだ事だし俺も行くとするかな……じゃあ、キアラ、いずれまた──」
「えっ、ちょっと──」

 次の瞬間Dの姿はなく、ただ口のついてないコーヒーだけが湯気を立てたまま残されていた。

「あの男は一体……? それより、暗殺者チームと──」

 1人残されたキアラは、再び椅子に腰を下ろし深いため息をつく。
 あの日──そう、クリスマスイブにリゾットに会ってから嫌な予感はしていた。
 あの時、二度と現れなるなと自らが言っておきながらこのざまだ……どの面下げて会いにいけばいいのか……本当、頭が痛い……
 それに──
 キアラはふと、窓ガラス越しに外を透かし見る。
 街の明かりがキラキラ輝いている中、キアラの瞳に映るのは、さっきと同じ真っ暗闇だけ……そこにはもはや光はなかった。



 そしてこの出会いこそが、後の運命を左右する事になることを、キアラはまだ知らなかった。
←To Be Continued…|/
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