真夏の星座
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いつものように手のひらを前へ──漫画を描く前の“準備体操”を終えて、机に向かいペンを取ったときだった。スマホから呼び出し音が聞こえる。このタイミングの悪さ──きっと相手は“彼女”に決まっている。
画面に映る予想どおりの相手に、ぼくは若干、声色低く応答する。
「もしもし……?」
「あっ、露伴先生? 土曜日、暇ならちょっと付き合ってください!」
「オイオイオイオイ! 全く君と言う人は……まずはこっちに伺いを立てるのが、筋ってもんじゃあないのか? 生憎だが、ぼくは今から漫画の原稿を──」
「あっ、ごめんなさい! で、どうですか?」
話を腰の折るようにして、彼女が一方的に話を進める。いつもそうだ。まったく彼女には、ぼくのペースを乱される。
いったん話を落ち着かせるために、ゆっくりと問いかける。
「というか……まったく話が読めないな。君、今どこにいるんだ?」
「えっ、先生の家の前ですけど──」
家の前……だと!? 呆れて物が言えなかった。
ぼくはスマホを片手に玄関へと向かう。ガチャリと扉を開けると、そこにはスマホを耳に当てながら、ヘラヘラとした笑いを浮かべる彼女が立っていた。
「君はいったい、何がしたいんだ?」
「いや、だって……露伴先生、前に来るなら連絡してからにしろ! って、いってたから──」
「確かにそうはいったが、家の前にいるなら、インターフォンを押せばいいだろ? そんなところにつっ立ってないで、さっさと中に入ったらどうだ?」
ぼくの言葉を聞いて、うつむき加減だった彼女が、いっぺんして意気揚々と家の中へと足を進める。一応男の家だというのに、警戒心のカケラもないのは、ある意味信用されているのか──それとも、単に男として見られていないということなのかと、少しばかり頭が痛い。
そして、部屋に入るなり、彼女から志願される。
「先生! 今週の土曜日、私と一緒にプラネタリウムを見に行ってください!」
これはいわゆる“デートの誘い”か? と、少しばかり期待しつつも、それを悟られないように、当然ぼくは、冷たくあしらう。
「……は? プラネタリウム? なんでぼくが君と?」
「実は、どうしてもみたい物があって……この博物館、土曜日はカップルで行くと、なんと入館もプラネタリウムも無料になるんですよ!」
目を輝かせながら、訴える彼女を前に、本当は二つ返事で答えたい気持ちを抑えつつ、再びひねた返事を返してしまう。
「要するに君は、タダでプラネタリウムを見たいから、この岸辺露伴を利用したい……ということか?」
「あ〜、言い方は悪いかもしれませんが、早い話がそうですね!」
にこりと笑みを浮かべ、まったく悪びれるようすもなく、彼女が言ってのける。
ぼくはため息を一つこぼし、またどうしようもなくひねたことを言ってしまう。
「相手は別に、ぼくじゃあなくてもいいだろう? 男なら他にもいるじゃあないか──例えば、くそったれ仗助にあほの億泰とか……あっ、康一くんはだめだ!」
「そんなの分かってますよ〜。いや、私もそう思ったんですけど……なんだか二人とも乗り気じゃあなくて……それに声を揃えて“露伴先生なら暇だ”って、言うから──」
魂胆見え見えのアイツらの行動には、心底腹が立った──だが、結果オーライなら多少のことは目を瞑ってやろうと思った。
「ぼくだって暇じゃあない!」
「……やっぱりそうですよね。一人で行きます……」
「だが……プラネタリウムを見るのは久しぶりだし、なにか漫画のネタにもなりそうだな……」
肩を落とす彼女の背中に向けて、そう声をかける。すると、彼女が振り向きざまに見せるのは、きっとあの笑顔──
「えっ、じゃあ、土曜日いっしょに行ってくれるんですか!?」
「……あぁ」
そう頷くと、彼女は文字どおり、満面の笑みを見せた。
***
そして、土曜日がやってきた──
ぼくは彼女と博物館前で待ち合わせた。やって来た彼女は、いつも見る制服姿とは違う装いに、いかにもデート感が増しているなと、少し優越感に浸る自分がいた。今日だけは、ぼくしか知らない彼女を、独占しているかのように思えた。
そして、彼女が行きたがっていたプラネタリウムへとやって来る。
席に着く。映画館のように徐々にあたりは薄暗くなり、頭上に星空が広がっていく──
普段は、真夜中でも街から明かりが消えることのない日常。そこでは到底見ることのできない満点の夜空が映し出される。チラリと彼女を垣間見ると、薄っすらだが瞳が輝いて見えた。
そのとき、偶然にも隣にあった彼女の手に触れてしまった──まぁ、真横に座っているのだから、ありえないことではない。でも、次の瞬間──明らかに彼女がぼくの手を握るのがわかった。
思わず再び彼女の横顔に目を向ける。しかし、そこには夜空を映し出したスクリーンを見上げている彼女の横顔があるだけだ。
ぼくはわざと強く握り返してみる。すると、彼女もそれに応えるように握り返してきた。それならと、ぼくは彼女の手の甲をゆっくりとなでてみる。次は指の根本、その間もなぞるように触れていき、その指に自分の指の間を絡めてみる。
ちょっとやり過ぎたかなと思うも、振り解かれる様子もない。再び彼女に目を向けると、彼女もこっちを見ていることに気付く。はっきりとは見えないが、少し瞳が潤んで見えた。そして、徐々に互いの気配が近くなる。
このままいくと唇が触れてしまう──と思ったときに、照明が徐々に明るくなっていく。彼女はサッと距離をとり、顔を背けつつ、先に席を立った。
***
その後、無言のまま家路に着く。もちろん彼女を家まで送り届けた。その帰り際、話を切り出したのは彼女だ。
「先生……覚えてます? 今日の星座の話──」
「星座……?」
「春の大曲線から見つかる二つの星──オレンジ色の一等星、うしかい座の“アルクトゥルス”と青白く輝く一等星、おとめ座の“スピカ”──この二つを春の夫婦星って呼ぶって──」
「あぁ……」
「そんなふうに寄り添う星があるなんて……なんだか素敵な話でしたね」
「あぁ、そうだな」
「それはそうと、先生! あの手の触り方は、いったいなんだったんですか?」
「な、なにって……君こそなんだ? この岸辺露伴にキスしようとしてただろ?」
「なっ……違います! あれは先生が──」
「でも、嫌じゃあなかった──」
「えっ……」
「本当にぼくのことが嫌なら、その手を振り払えばよかっただけのこと。でも、君はそうはしなかった……そうだろ?」
「先生だって──」
「え?」
「私からの誘いが嫌じゃあなかった──だから、こうしていっしょに星を見てくれたんでしょう?」
そういう彼女の言葉が突き刺さる。まったくそのとおりなのは事実──だとしたら、思わず本音をこぼしてしまう。
「じゃあ、今後も君は、こんなふうにぼくを誘うのか?」
「そうですね! だって、カップルで来たほうが、お得ですからね!」
そういって、彼女がぼくの手をとってくる。さっきとは違い、今度はしっかり手を繋ぎ合った。
「先生……本当は満更でもないんでしょう?」
彼女がそういって、片方の口角を吊り上げながら微笑むから、ついついぼくも、負けじと言い放つ。
「ふんっ、ぼくとのデートがタダで楽しめて、君もよかっただろ?」
互いに違い合う性格なのは、どうしようもないこと。でも、今はこうして互いに寄り添い合っている──今日は、そんな君とのある意味始まりの日だ。
画面に映る予想どおりの相手に、ぼくは若干、声色低く応答する。
「もしもし……?」
「あっ、露伴先生? 土曜日、暇ならちょっと付き合ってください!」
「オイオイオイオイ! 全く君と言う人は……まずはこっちに伺いを立てるのが、筋ってもんじゃあないのか? 生憎だが、ぼくは今から漫画の原稿を──」
「あっ、ごめんなさい! で、どうですか?」
話を腰の折るようにして、彼女が一方的に話を進める。いつもそうだ。まったく彼女には、ぼくのペースを乱される。
いったん話を落ち着かせるために、ゆっくりと問いかける。
「というか……まったく話が読めないな。君、今どこにいるんだ?」
「えっ、先生の家の前ですけど──」
家の前……だと!? 呆れて物が言えなかった。
ぼくはスマホを片手に玄関へと向かう。ガチャリと扉を開けると、そこにはスマホを耳に当てながら、ヘラヘラとした笑いを浮かべる彼女が立っていた。
「君はいったい、何がしたいんだ?」
「いや、だって……露伴先生、前に来るなら連絡してからにしろ! って、いってたから──」
「確かにそうはいったが、家の前にいるなら、インターフォンを押せばいいだろ? そんなところにつっ立ってないで、さっさと中に入ったらどうだ?」
ぼくの言葉を聞いて、うつむき加減だった彼女が、いっぺんして意気揚々と家の中へと足を進める。一応男の家だというのに、警戒心のカケラもないのは、ある意味信用されているのか──それとも、単に男として見られていないということなのかと、少しばかり頭が痛い。
そして、部屋に入るなり、彼女から志願される。
「先生! 今週の土曜日、私と一緒にプラネタリウムを見に行ってください!」
これはいわゆる“デートの誘い”か? と、少しばかり期待しつつも、それを悟られないように、当然ぼくは、冷たくあしらう。
「……は? プラネタリウム? なんでぼくが君と?」
「実は、どうしてもみたい物があって……この博物館、土曜日はカップルで行くと、なんと入館もプラネタリウムも無料になるんですよ!」
目を輝かせながら、訴える彼女を前に、本当は二つ返事で答えたい気持ちを抑えつつ、再びひねた返事を返してしまう。
「要するに君は、タダでプラネタリウムを見たいから、この岸辺露伴を利用したい……ということか?」
「あ〜、言い方は悪いかもしれませんが、早い話がそうですね!」
にこりと笑みを浮かべ、まったく悪びれるようすもなく、彼女が言ってのける。
ぼくはため息を一つこぼし、またどうしようもなくひねたことを言ってしまう。
「相手は別に、ぼくじゃあなくてもいいだろう? 男なら他にもいるじゃあないか──例えば、くそったれ仗助にあほの億泰とか……あっ、康一くんはだめだ!」
「そんなの分かってますよ〜。いや、私もそう思ったんですけど……なんだか二人とも乗り気じゃあなくて……それに声を揃えて“露伴先生なら暇だ”って、言うから──」
魂胆見え見えのアイツらの行動には、心底腹が立った──だが、結果オーライなら多少のことは目を瞑ってやろうと思った。
「ぼくだって暇じゃあない!」
「……やっぱりそうですよね。一人で行きます……」
「だが……プラネタリウムを見るのは久しぶりだし、なにか漫画のネタにもなりそうだな……」
肩を落とす彼女の背中に向けて、そう声をかける。すると、彼女が振り向きざまに見せるのは、きっとあの笑顔──
「えっ、じゃあ、土曜日いっしょに行ってくれるんですか!?」
「……あぁ」
そう頷くと、彼女は文字どおり、満面の笑みを見せた。
***
そして、土曜日がやってきた──
ぼくは彼女と博物館前で待ち合わせた。やって来た彼女は、いつも見る制服姿とは違う装いに、いかにもデート感が増しているなと、少し優越感に浸る自分がいた。今日だけは、ぼくしか知らない彼女を、独占しているかのように思えた。
そして、彼女が行きたがっていたプラネタリウムへとやって来る。
席に着く。映画館のように徐々にあたりは薄暗くなり、頭上に星空が広がっていく──
普段は、真夜中でも街から明かりが消えることのない日常。そこでは到底見ることのできない満点の夜空が映し出される。チラリと彼女を垣間見ると、薄っすらだが瞳が輝いて見えた。
そのとき、偶然にも隣にあった彼女の手に触れてしまった──まぁ、真横に座っているのだから、ありえないことではない。でも、次の瞬間──明らかに彼女がぼくの手を握るのがわかった。
思わず再び彼女の横顔に目を向ける。しかし、そこには夜空を映し出したスクリーンを見上げている彼女の横顔があるだけだ。
ぼくはわざと強く握り返してみる。すると、彼女もそれに応えるように握り返してきた。それならと、ぼくは彼女の手の甲をゆっくりとなでてみる。次は指の根本、その間もなぞるように触れていき、その指に自分の指の間を絡めてみる。
ちょっとやり過ぎたかなと思うも、振り解かれる様子もない。再び彼女に目を向けると、彼女もこっちを見ていることに気付く。はっきりとは見えないが、少し瞳が潤んで見えた。そして、徐々に互いの気配が近くなる。
このままいくと唇が触れてしまう──と思ったときに、照明が徐々に明るくなっていく。彼女はサッと距離をとり、顔を背けつつ、先に席を立った。
***
その後、無言のまま家路に着く。もちろん彼女を家まで送り届けた。その帰り際、話を切り出したのは彼女だ。
「先生……覚えてます? 今日の星座の話──」
「星座……?」
「春の大曲線から見つかる二つの星──オレンジ色の一等星、うしかい座の“アルクトゥルス”と青白く輝く一等星、おとめ座の“スピカ”──この二つを春の夫婦星って呼ぶって──」
「あぁ……」
「そんなふうに寄り添う星があるなんて……なんだか素敵な話でしたね」
「あぁ、そうだな」
「それはそうと、先生! あの手の触り方は、いったいなんだったんですか?」
「な、なにって……君こそなんだ? この岸辺露伴にキスしようとしてただろ?」
「なっ……違います! あれは先生が──」
「でも、嫌じゃあなかった──」
「えっ……」
「本当にぼくのことが嫌なら、その手を振り払えばよかっただけのこと。でも、君はそうはしなかった……そうだろ?」
「先生だって──」
「え?」
「私からの誘いが嫌じゃあなかった──だから、こうしていっしょに星を見てくれたんでしょう?」
そういう彼女の言葉が突き刺さる。まったくそのとおりなのは事実──だとしたら、思わず本音をこぼしてしまう。
「じゃあ、今後も君は、こんなふうにぼくを誘うのか?」
「そうですね! だって、カップルで来たほうが、お得ですからね!」
そういって、彼女がぼくの手をとってくる。さっきとは違い、今度はしっかり手を繋ぎ合った。
「先生……本当は満更でもないんでしょう?」
彼女がそういって、片方の口角を吊り上げながら微笑むから、ついついぼくも、負けじと言い放つ。
「ふんっ、ぼくとのデートがタダで楽しめて、君もよかっただろ?」
互いに違い合う性格なのは、どうしようもないこと。でも、今はこうして互いに寄り添い合っている──今日は、そんな君とのある意味始まりの日だ。
the END